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〈十九〉素敵な出会い

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「赤橋名物の柚餅子ユベシはいかがですか。試食販売を行っております。ぜひ、味見して下さい」

 とても切ないことがあった同窓会から一夜明けた。いつまでも悲しんでいても仕方ない。ぼくは気持ちを切り替え、少しでも売上げを上げるためにゆべ氏になって柚餅子ユベシの試食販売を行っていた。正月3が日は特別に羽織袴に柚子の被り物という格好だった。

「ゆべ氏さん、あけましておめでとうございます! 新年早々、お仕事お疲れさまです!」

 SNSに元旦から休まず営業すると投稿していたので、朝からお客さんがたくさん来て下さった。

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いしますね」

 新年の挨拶をすることで、自然と心が引き締まり新鮮な気持ちになる。

 昨年のお正月までは、3が日は、赤橋の商店のほとんどがお正月休みを取っていた。店を開けていてもお正月はそれほどお客さんが来ないので、閉めていたのだ。

「はい! いらっしゃい! どうぞ見てって!」

 今年は今までとは違った。ほとんどの店が営業をし、元気な声がいたるところから聞こえてくる。

「SNSで『友達』になった遠くに住んている人が、お正月休みを利用して赤橋に観光に来てくれるんだ」

 マルタカ醤油の高橋さんが、この前会ったときに嬉しそうに話していた。

 夕方になり、観光客の数が少なくなってきた頃、ニコニコと微笑む2人の女性がぼくの前で立ち止まった。きっと親子だろう。顔がそっくりだ。

「いらっしゃいませ、赤橋名物の柚餅子ユベシを試食して行きませんか」

「はい、ぜひお願いします! ゆずやの柚餅子ユベシを前からめっちゃ食べたかったんです!」

「もしかして、SNSでぼくと『友達』になって下さっているんですか」

 母親の方がニコニコしながらうなずいた。

「はじめまして、大阪の山田です。あけましておめでとう! 会いたかったわ、ゆべ氏さん!」

「えっ、山田さんですか? はじめまして、あけましておめでとうございます。大阪から、来て下さってありがとうございます。とても嬉しいです!」

 山田さんは、柚子のワッペンを作って送って下さった方だ。SNSのプロフィール写真は、クマのぬいぐるみだったので、ぼくは言われるまで分からなかった。

「このワッペン、どうもありがとうございました。とても役に立っています。」

「そりゃ、良かったわ。ワッペン作るの、娘も手伝ってくれたんやで」

「そうなんですか! はじめまして、鈴木健太と申します。ワッペンを作って下さってありがとうございました」

「はじめまして。うちはSNSはやっていないんやけど、おかんのSNSでゆべ氏さんの活躍を拝見しています! うちは、山田花子って名前です。ゆべ氏さんの投稿を見ているうちに、赤橋に行ってみたいと思うようになって、おかんに頼んで連れてきてもらいました。あかがね色の落ち着いた雰囲気に癒されますね。めっちゃ素敵ですやん!」

 ころころと笑いながら話す、花子さんの頬のえくぼがとてもかわいらしかった。

「せっかくだから、赤橋を案内しますね。お父さーん! ちょっと出てくるから店番よろしくね!」

 ぼくは店の中にいた父親に、声をかけた。

「えっ? あぁ、わかった……」

 何かが床へ落ち、「カン!」と音がした。ぼくから声をかけられて慌てて何かを隠そうとしたようだった。

 ぼくは山田さん親子に赤橋を案内した。佐藤ミートのコロッケを一緒に食べながら談笑したり、土蔵喫茶きゅうべえ跡の休憩所でゆっくりしたりして、とても楽しい時間を過ごした。

 新年早々素敵な出会いがあり、嬉しい気持ちになった。

 翌日の準備が終わり自分の部屋へ戻ったころ、通信アプリにメッセージが届いた音がした。花子さんからだった。今日会ったときに、QRコードを読み合って『友だち』になったのだ。ぼくは、ワクワクしながらアプリを開き、メッセージを読んだ。

「花子さん、とても素敵な人だったな……。『友だち』以上の関係になれたらいいな」

 ぼくは花子さんからのメッセージに返事をしながら、そうつぶやいた。
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