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木漏れ日
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愛実は、初日こそ緊張したが、野菜売場の仕事を、2日目からは、順調にこなせる様になった。
「いらっしゃいませ」
「あら、あら、あらあら、新しい店員さんなのね、よろしくね」
店は、盛況だった、午前中に殆どの品物が完売してしまう
パートの樋口と愛実は、品出しに追われ直ぐに1日が過ぎて行く。
「愛実ちゃん、疲れない、大丈夫、無理しないでよ、これから、もっと暑くなるからね」
「大丈夫だよ、商品が直ぐに売れて、閉店も早いし、トマトとスイカ、メロンも食べ放題だし、樋口さん優しいし」
「ふふ、ありがとう、愛実ちゃんが、売るのが上手だからよ」
「あ、いらっしゃいませ、トマトですか、ミニもありますよ、あ、キャベツ後1個あります」
「えー、買わない訳にいかないよ、ニッコリされちゃ、はい、ありがとうね」
客が一旦引けた後、樋口さんが愛実に、次の作業を指示した。
「愛実ちゃん、外で、打ち水しよっか、、、愛実ちゃん、愛実ちゃん、どうしたの」
愛実は、樋口さんの持っている物を見て、無意識に固まってしまった、その手には、ホースの束があった。
愛実は、タムやフォンと過ごした、小屋でも反応しなかったのに、突然ホースを見て、あの、忘れていた、男の仕打ちを全身で思い出したのだった。
何かあれば、笑いながらホースで叩かれたあの日々を、愛実は、心の中の深い部分で、傷が付いていることをわかっていなかった。
動けなかった、顔から、血の気が引いていた、これから、痛い目にあうのだ、忘れていた、あの激痛と惨めな気持ちが戻って来た。
「愛実ちゃん、愛実ちゃん、聞こえる
、大丈夫、ねえ、愛実ちゃん、聞こえてる」
樋口留美は、愛実の突然の変わりように、驚いていた、何か自分の言動に、間違いがあったのか思い返してみた。
取り敢えず、ホースは捨てて、愛実を抱き締めながら、背中をさすってあげた。
「ね、愛実ちゃん、大丈夫、私が付いてるから、どうしたかな、なんか、嫌な事あったかな」
誰かが、抱き締めてくれている、辛くて、痛い時に、温かい、愛実は思わず抱きついた。
柔軟剤の香りがする、心が落ち着く、樋口さんが抱き締めてくれていた。
ずっとこうして居たかった、でも、、、
「大丈夫、樋口さん、何でも無いし、てか、愛実は、打ち水って何か知らないし、何それ、教えて」
留美は、愛実が、何かの理由で、深く傷ついている事に思いを巡らせた。
「ううん、いいの、愛実ちゃんは、中の掃除して、打ち水は、私がやるから」
「はーい」
そうこうしているうちに、いつものとおり、美亜が愛実を迎えに来て、1日が終ってしまった。
樋口翔太は、帰宅が楽しかった、最近、妻の留美が、めっきり明るくなったのだ、嬉しかった、妻の明るい笑顔を見るのは、何ヶ月ぶりだろうか、それも、帰って来ると、ずっと一人の同僚の話を楽しげに話出す、聞いていて自分も嬉しかった、今日はどんな話題を聞かせてくれるのか、笑顔が戻った留美に早く会いたかった。
二年前の春
留美は、小学五年生の娘、はるかに、使いを頼んだ、近くのコンビニで卵を頼んで、つり銭でアイスを買うように言った。
はるかは、アイスにつられて、喜んでコンビニへ向かった、何気無い家族の、普通の一日を送る筈であった。
はるかの帰宅が遅かったが、どうせコンビニで何か見ているのだろうと、家事を続けていたら、めったに鳴らない家電が鳴った、相手の番号は、市内局番に0110であった、その時点で途轍もない不安が頭をよぎった。
内容を聞き理解するまで、震えが収まらない、はるかが車にはねられ、救急車で病院に搬送された、後の内容は覚えていなかった。
病院名を覚えるのと、夫の翔太に連絡するだけで、手一杯であった、タクシーに乗った事さえ覚えてはいない。
もう、既に冷たくなっていた、手を握っても、握り返してはこない、話しかけても返事もしてくれない。
ベッドの横の椅子に座ったまま、傷ついた顔を眺めていた。
涙など出なかった、泣きもしなかった、全てを何処かに置いてきた様に、翔太が駆けつけても、留美の態度は変わらなかった。
翔太は、警察や医者から詳しい話を聞けた。
横断歩道を渡っていた、はるかに気付かずに、乗用車に轢かれたという、完全な
よそ見運転であった。
はるかは、ほぼ即死の状態であったと言う。
聞いていないと思っていたが、留美がぽつりと呟いた。
「そう、はるか、、、痛く無かったの、、、そう、、、」
その場にいた全員が下を向いた、慰める言葉など何もない。
翔太は、葬儀は近親者のみで行うと、はるかの小学校や、自分の職場へ伝えた、留美の精神状態が、心配だったのだ。
何も話さなくなっていた、両親や親戚、誰が話しかけても無駄であった。
留美の姉が涙ながらに言った。
「グズッ、じょうがないじでじょ、グズ、いぢばんいいどぎに、、、いッじゃうんだぼん、グズッ、だれだってそうなるよ、だって、だって、母親だもん、グズッ」
家に帰って来て、留美が、作りかけていたポテトサラダを作り出した。
それを見かねた、留美の母親が、それを嗜めた。
「何言ってるの、母さん、あの子は、私のポテトサラダじゃなくちゃ生きて行けないって、言ってるんだから、待ってて、もうすぐ、はるかがコンビニで、卵を買って帰るから、多分アイスを選ぶのに迷ってるね」
流石に、肉親や兄弟姉妹も、もう駄目だった、もう、見て居られない、正確には、いたたまれなかった、各々が何処かに姿を消した、どこかで、泣き声が聞こえた、男の泣き声も聞こえて来た。
通夜も終わり、出棺の時になっても、はるかに付き添っていた留美は、火葬の炉までにも、付き添おうとして、皆に止められた。
炉から出て来た、はるかの、お骨を見て、留美がやっと気付き始めた、留美は喉の奥から、声なのか嗚咽なのか、何か音を出した、それがゆっくりと、声になっていった。
「、るか、はる、はるか、、、こんなに小さくなっちゃった、はるか、ゴメンね、買い物なんか、いかせなきゃ、、、ママがママが、、、ヴわー、はるがー、わーわーわー、は、る、かーあー、あーあーあー」
それでも、翔太はやっと、安心した、留美がやっと、泣いた、正気に戻りつつあった、それは、残酷な現実に、戻る事でもあったのだが。
翔太は、辞職も覚悟で、留美に付き合った、一番おそれたのが、はるかの後を追って、、、
家族はもう一人いることに気付いて欲しかった。
初七日も終わり、皆が一息ついたある日、留美の両親が訪ねて来た、留美を引き取るから、貴方は自由になったらどうなのか、このままでは、生活が成り立たなくなるのではないか、夫婦の破綻が見えていると、、、
「お互い好きになって一緒になりました、もう少し見守って下さい、今、突然環境が変わると、留美は、きっと楽な方法を選ぶと思います、それは、、、僕には、、、いい時ばかりが夫婦じゃ無いでしょ、生意気なこと言ってすみません」
留美は、少しずつ元に戻りつつあった、翔太は引っ越しを決断した、環境が変われば、少しは留美の気持ちも変わるのではないか、翔太自身、悲しい思い出しかないこの街から、離れたかった。
幸いにも、会社は翔太を待っていてくれた、留美の精神状態も以前の様にとまでは行かないが、ある程度安定してきた。
そうして、熊谷に越して来た、暫くすると、留美が働きたいと言い出し、気晴らしになりそうだと思い翔太も賛成し、留美は自分で、近くの農園のパート仕事を見つけてきたのだ。
そして、この夏一人の小さな同僚が出来た。
「ただいま」
「お帰りなさい、お風呂も、夕飯も出来てるよ」
少しいつもと違う、留美の態度は、何か重く感じた。
「どうした、留美なんかあったか」
「うん、後で、いいの」
「そうか、風呂に入って来るよ」
静かな夕飯を終えると、留美が話をしだす。
「、、、それでね、私が打ち水をしようと、あの子に声をかけたら、急に固まったの、真っ青になって、ホースを見たからだと思うの、貴方どう思う」
翔太は、一瞬話すのを躊躇した、でも、考えられるのは、そんなに多くは無かった。
『ホースが蛇に見えたか?違う、長いもの恐怖症?違う、激しい痛みが、トラウマと強い精神ストレスで、小学女児の心を切り裂いた』
翔太の顔が曇った、重い口取りで、大きな息を吐きながら、留美と自分に言い聞かせるように、、、
「留美、その子は、虐待を受けている、ホースで叩かれている、或いは、叩かれていた」
留美は、口を押さえながら、トイレに駆け込んだ、翔太が後を追った。
留美は、先程の夕飯が全部出た、最近は食欲も戻って来たと言うのに。
「留美大丈夫かい、何か、薬飲むかい」
「大丈夫よ、大丈夫、ショックが大きかっただけ、本当に大丈夫だから、ごめんなさい」
留美は、ホースで叩かれている愛実を想像して、一瞬で吐き気に襲われた。
なんと言うおぞましい、そして、痛ましい光景だろう、こんなことなら、もっときつく抱き締めてやれば良かった、あの子は、確かに私にすがりついて来たのに。
言いようの無い憤りが、留美の全身を駆け巡った、同時に悲しみも湧いてくる。
「でも、社長さんや、美亜さんがやっている訳じゃないだろ、それなら、いいじゃないか」
「パパ、何言ってるの、夏休みが終われば、あの子は、また、どこかへ戻るのよ、学校が始まるもの、そうしたら、また酷い目にあうかも知れないし」
翔太は、はるかが亡くなって以来、初めてパパと呼ばれた、本人はおそらく、そう呼んだことには、気が付いてはいまい。
留美に早く気が付いて欲しかった、そうなのだ、愛実は、夏休みが終われば、どこかに、帰らなければならないのだ。
「ワアー、樋口さんが作ってくれたのー、嬉しいー可愛いー、ありがとうございます、ね、着けていいの」
留美は、愛実に赤と黄色のエプロンを一枚ずつ、作ってあげた、お揃いの色のバンダナも作った。
「うん、着て見て、似合うといいな」
愛実は、嬉しかった、こんなことをして貰ったのは、生まれて初めてだった、買ってもらったのではなく、作ってもらったのだ、愛実だけの特製だった。
「どお、どお、樋口さん、似合うかな、自分で見れないのが悔しいんだけど、このエプロン、ポケットがスイカとかトマトなんだ」
「あはははは、何言ってるの、スマホ、スマホ、スマホが有るでしょ、可愛いよ、愛実ちゃん、黄色も赤も、とっても似合う、うん、うん、パプリカみたい」
パプリカが褒め言葉かどうか、わからないが、愛実は、エプロンとバンダナに、夢中になっていた。
勿論、留美も夢中でシャッターを押した
愛実は、留美から貰ったエプロンとバンダナが気に入って、ご機嫌で仕事をこなす、留美は、その愛実の姿を見るだけで幸せな気分になった。
「愛実、何してんの、漬け物?」
「うん、樋口さんに、エプロンとか貰ったから、サイトのレシピ見ながら作ってんの、材料は沢山あるし、実験台もここにいるし、、、」
「何それ、アタシの事、首しめちゃうよ、お前」
「キャー止めて、味見して、どうなのかな、キャベツとキューリの塩昆布、それに白菜の塩昆布、簡単なのしか出来ないの」
「どれ、あらま、いージャン、美味しいよ、それにしても多すぎないの、あそこ二人家族だよ」
「え、子供いないの、学校とかに詳しいから、誰か居ると思ってた、沢山つくったのは、ミーちゃんや浩ちゃんにも食べて欲しかったからだよ、食べて、食べて」
「しゃーない、浩ちゃんも呼ぶか、ビールも切らしてて無いし」
愛実の作った、漬け物を囲んで、3人での小宴会が始まった。
「おー、愛実の漬け物、いいじゃない、旨い、拍手を贈ります」
「ね、浩ちゃん、樋口さんて、子供居ないよね、愛実がおかしいって、学校とかに詳しいからだって」
「うん、履歴書には、東京に通う旦那さんと二人暮らしだよ、だから、あの歳で、土日祭日関係なく、出て来れるし、子供が居たら、絶対に無理だよ」
「ね、愛実、やっぱりそうだよ、でも、浩ちゃん、樋口さんて、愛実が来てから、随分変わったよね、あんなに明るくなかったよ」
「ああ、そう言えば、そうだよな、どちらかといえば、暗い感じがしてたよな、それはそうと、販売所の売り上げ、前年比倍以上だよ、二人のお陰だな」
ビールで、ご機嫌の美亜が愛実に抱きついて、浩介に聞こえる様に囁いた。
「やったよ、愛実、給料沢山貰えるよ、はい、はい、ボサッとしてないで、社長さんに、ビールおつぎしな」
「ホントに、社長さんビールどうぞ」
愛実が目を輝かせながら、浩介にビールを勧める。
「でも、売れるのは、愛実の仕事じゃなくて、樋口さんが頑張ったからだよ、いつも、愛実の面倒みながらやってるよ」
「ああ、ミーが余計な事言うから、出費が嵩む、せっかく、儲けたのに」
すかさず美亜が浩介の耳を引っ張って、囁いた。
「しっ、愛実が本気にするから、や、め、な」
「イテテ、ゴメン、忘れてた、未だ心が穢れて無い子が居たんだっけ」
浩介が寝てしまった、愛実がタオルケットをかけてやりながら、美亜に問いかけた。
「ミーちゃん達いつ結婚するの、私未だ結婚式に、呼ばれたこと無いよ、あー、ミーちゃんの結婚式に出たいなー」
「何勝手に、結婚式に出ようとしてんのよ、呼ばれても無いのに、てか、結婚するって言って無いし、明日も仕事だよ、早く寝な」
少し不機嫌になったミーを察して、愛実は、布団の方へ逃げた、後を追うように、美亜は声をかけた。
「あららら、歯磨きしないのかなー」
布団から起き上がって、歯磨きに走る愛実を見て、美亜は、思わず笑ってしまった、内心は焦っているのだ、夏休みも半ばを過ぎようとしていた。
美亜は、愛実との別れは、仕方がないと思っていたのだが、それよりも、愛実の夏休み後の、行き先を考えると、居ても立ってもいられなかった。
SNSの仲間たちとも、話し合ってはいたのだが、答えが見つからなかった。
その事は、愛実本人も気付いている、あの子は、そんなことは絶対に、言わないが、悩んでいる筈。
そんな美亜に、関係なく、後ろから愛実が、首に抱きついて来る。
「何考えてるの、おね~さ~ん」
『憎らしい、この甘えじょーずめ、お前の事で悩んでんだよ』
「歯ー磨いたらさっさと寝ろー、この、くそガキー、この、この」
美亜が愛実の頭を、ペンペンと叩き出した。
「キャー、寝る、寝る、もう寝るからー、あはは、お休みなさい」
皆と、SNSで深夜まで、話し合ってもみたが、、、
※やっぱ、そろそろ、学校、児童相談所、警察、弁護士あたりの出番じゃないかな
※うん、どのみち、学校始まったら、先生が、気付くよ、だって、登校しないんだから
※施設に入るのが、今のところ、考えられる線じゃね
※誰か、里親なりが出来れば話は別になるよね
※じゃ、アタシがなってもいいわけだ
※イヤ、そう簡単には、いかないよ、独身者は、確かかなりハードルが高いはず
※手続き的なものは、皆で金を出しあって、弁護士にお任せで良いかも知れないけど、、、
※こうやって、文章にすると簡単だけど、皆なら解るよな、、、
※うん、家族って難しいよな
※第一、当人同士は良くても、親戚、親、兄弟、色々な問題が発生するよ
※金持ちだと、当然、財産の問題が発生するな
※それもそうだけど、親になる人、子になる人、それぞれの覚悟とか、思いが無けりゃ、難しいよ
※そう、もし駄目になったら、エミュがまた傷付く事になるよ、皆、あの子の不幸は、もう腹一杯だろ
美亜は、様々な意見に共感したり、考えさせられたりしているうちに、ビールの酔いも手伝って、寝落ちしていた。
浩介が目を開けると、居間には、愛実の姿はなく、美亜がケータイを手離した体制で、寝込んでいた、最近は愛実の事ばかりに追われて、浩介の事は後回しになっていた。
別にそれが不満ではないが、美亜の寝顔を見て居ると、心から安らげる自分が居た。
何気に、スマホを見たら、何時ものチャットが未だ続いて居た、見るだけならと思い、画面を覗くと、愛実に関しての話し合いであった。
成る程、みんな真剣に心配していた、参考になる意見ばかりである。
浩介は、チャットを終えようとおもったのだが、もしかしたら、美亜の仲間たちならば、自分の疑問に、答えてくれるかも知れないと、思い切ってコメントを書き始めた。
※ミーの彼氏コーです、ルール違反なのは承知しています、教えて下さい、彼女に何度か結婚を申し込みましたが、断り続けられています、付き合いも、三年以上、彼女の部屋にも、泊まる間柄です、どちらの親とも上手く行っているのに、結婚だけはしてくれません、私にはどうしてなのかさっぱり、、、
※本来なら、ミー諸とも追放だけど、俺達のエミュが世話になってるし、誰か答えてあげてよ
※簡単な事だよ、子供を産みたくないのさ、自分と同じ事で悩ませたくないの、皆にバカにされたり、後ろ指を指される子供を産みたくないの、コーを愛すれば愛す程、それで悩みが深くなる、結婚したい、一緒になりたい、でも、、、
※ね、好きになっても、その分悩みも付いて来るんだよ、アタシ達の恋は、結構大変なんだから、勿論、そんなことは、百も承知で、跳ね返す人もいるけど、ミーは今のところ、出来ないでいると思うよ
※ありがとう、良く解りました、もう、皆の邪魔はしません
この、やり取りも削除しておきます
浩介には、思いも付かない答えであったが、それをどう自分に、反映させて行けば良いのか、意見を聞いたは良いが、解決の仕方がさっぱりわからない、兎に角、もう寝ることにした、美亜が浩介との結婚に対して、首を縦にふらない訳が、こんなところにあったとは、、、
それだけでも、疲れてしまっていた。
「えー、この漬け物、愛実ちゃんが作ったの、ありがとう、へー、凄いね、あー夕飯楽しみー」
愛実は、樋口さんが笑顔で喜んでくれるのが、堪らなく嬉しかった。
「えーでも、未だ美味しいかどうかわかんないよ、食べてから喜べば」
「いいの、いいの、愛実ちゃんの気持ちが嬉しいの、それに、きっと美味しいに決まってる、あー、でも、冷蔵庫に入れると忘れそう」
「そうだ、樋口さんも、ビール飲めば、ミーちゃんも、コーちゃんも、これ、食べて飲んでたよ」
「あはは、そうね、良いわね、今夜は、旦那さんと飲んじゃおうかな、ありがとう愛実ちゃん」
その晩翔太が帰って来ると、食卓の真ん中にデーンと大きな鉢が二つ、なかには、漬け物が入っていた。
「どうした、この漬け物の山は、何があったの」
「愛実ちゃんが、エプロンのお礼に作ってくれたのよ、社長さん達みたく、ビールを飲めば美味しいって、ハイ、ビール」
「お、おお、サンキュ、頂きます、アハハ、旨い、旨い、漬け物も、ビールも、これホントにその子が作ったの、凄いな、たまには、飲めば、ほら」
翔太は、駄目元になるのは、わかっていたが、以外にも留美は、グラスをとって翔太についでもらった。
翔太にとっては、それだけでも重大イベントで、たったこれだけの事が嬉しすぎて、、、泣きそうになっていた。
そして、自分の妻をここまで、明るくさせてくれた、その人に、想いを巡らせた。
そのうちに、酔ってテーブルの上に伏せて、寝てしまった留美を見ながら、翔太は、大きなため息をついた。
思い入れが強ければつよいほど、別れの辛さが、、、、、
翌日
「樋口さん、あたし、エプロン汚れたから、着替えて来ていい」
忙しさも一段落していた。
「いいわよ、寂しいから、早く帰って来てね、ほら、暑いから、何か飲むもの持って行きなさい」
「はーい」
たいして遠い距離があるわけでもなかった。
美亜は、愛実のいない部屋で、浩介に身を任せていた、いつもならば、二人は、抱き合うのも気儘なものであったのだが、愛実の手前そうも行かなかったのだ。
久しぶりの二人は激しかった、終わった後の余韻に浸って、裸で抱き合い、見つめ合っていた、階段を上る、小さな足音にも気が付かなかった。
突然、ドアが開いた。
「え、やだ、愛実なの、、、」
愛実は、一瞬のうちに、状況を理解した、そして、部屋に戻った事を後悔した。
「あ、あの、ゴメンなさい、エ、エプロン取りに来ただけだから」
下を向きながら、ハンガーに干してある代えのエプロンを取り、急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
「あら、随分早いのね、もう少しゆっくりしてくればいいのに」
留美は、いつもと違う愛実に気が付いた、何しろ肝心のエプロンを着替えもせずに持ってきたのだ。
僅かな時間でも、真夏の熊谷である、外から帰って来た愛実は、前髪が汗で濡れていた。
留美がタオルで愛実の汗をふいてやりながら、優しく話しかけた。
「どうしたの、いつもの、元気が無いじゃない、美亜ちゃんと喧嘩したかな」
汗を拭いてくれる、留美から発する、柔軟剤の香りを嗅いで、愛実は、心が和んだ。
そして、留美に、部屋での出来事に、驚きと、戸惑いを
感じ、どんな態度で帰れば良いのかわからないと告げたのだ。
留美は、嫌な事では無くてほっとした、そして、小学生児童には、少しばかり、刺激が強すぎたのを感じた。
留美は、愛実を優しく抱き寄せ、愛実に語り出した。
「愛実ちゃんは、浩介さんと、美亜ちゃんが大好きでしょう、あなたは、何も見て無いし、聞いてもいない。忘れてしまいなさい、それが一番よ、第一、自分の部屋以外に入る時は、ノックしないと駄目でしょ」
留美に、優しく扱われて、落ち着く自分が居た。
愛実は、暫くこうしていたかった、留美の言う通りだ、ノックをしないといけない立場であったのだ、自分の部屋なんか、これからずっとあるわけ無いのだから、、、そう考えると、少しばかり寂しくなって来たが、留美に言葉を返した。
「うん、樋口さんの言う通りだね、愛実が駄目だったんだ、後で、二人に謝るから、ノックしないでごめんなさいって」
なんだか、寂しげな物言いである、愛実の髪を撫でながら、留美は思い付いた。
「ね、愛実ちゃん、樋口さんが髪を切ってあげようか、ついでに、今晩泊まりに来ない、美亜ちゃんに連絡してあげるから、どう、、、」
今まで、留美に抱きついていた、愛実は、その体を離して、明るい笑顔で留美を見つめた。
「え~、行くよ、行きます、もう、店閉めて、行こうよ、樋口さん」
「アハハ、仕事しなくちゃ、後少しだよ、頑張ろう、ほら、エプロンも代えないと」
「はーい、愛実、頑張りまーす」
美亜は、酷く落ち込んでいた、それは、浩介との睦合いを、愛実に見られたからではなく、愛実の心を傷付けたのではないかと、案じていたのだ。
愛実が来るまでは、浩介が、この部屋に、自分の家の様に出入りしていた。
美亜も、そんな浩介を受け入れていたのだ。
確かに愛実の1日の行動パターンが確立してから、浩介と美亜は、その合間に愛しあっていた。
若い二人には、必要な事でもあったのだ、浩介は、我慢してくれた、謝ると、俺もあの子が大好きだよ、と、言ってくれた、浩介をもっと好きになった、そして、愛実が仕事の間に二人は、ここで度々愛し合う様になったのだ。
美亜は、愛実が部屋に入って来た時の、あの、悲しそうな目が忘れられなかった、以前愛実が、仲間に拡散させた、男と女の絡み合いを思い出し、愛実の心を慮っていた。
「美亜、ゴメン、俺もう行かなくちゃ、夜来るよ、愛実大丈夫かな、、、」
浩介は、服を着ながら、この事態を気にかけていた。
「うん、多分大丈夫、愛実は賢い子だし、後で会いに、店に顔を出すから、コーちゃん、事故るから、あんま考え過ぎないで、愛実は、わかってくれるよ、何しろ私達の仲間だし」
「そうだよな、家族みたいなもんだよな」
そう、言いながら、二人は、唇を重ねて、離れた時には、唾が糸を引いていた。
「あーまた、、、いや、もう行かなくちゃ、じゃあな」
浩介は、名残惜しげに、美亜の胸を触り、美亜もズボンの上から撫でてやった。
浮かない気持ちで、仕事をしていたら、美亜の携帯が鳴った、樋口さんからであった。
「はい、エッ、やだ、あの子ったら、全部樋口さんに、言っちゃったの、恥ずかしい、ハイ、あっそうですか、ええ全然大丈夫、ハイ、宜しく、お願いします」
樋口さんは、少し笑いながら、愛実から全部聞いた事、そして、愛実に何を伝えたかを、簡単に説明してくれた、そして、今晩、樋口さんの家に、愛実を泊まらせる承認を求めて来たのだ。
この事を浩介にメールすると、即座に返事が帰って来た。
※じゃあ、今夜は灯りを消して、、、俺が、ミーの所へお泊まりに、、、
※バカ、、、待ってるから
美亜は、樋口さんに感謝した、愛実に色々と語ってくれたのだ、それにしても、樋口さんて、、、謎な人、、、
「仕事終わったー、樋口さん行こう、早く、早く」
「待って、着替えとかどーするの、先ず愛実ちゃんの、部屋に寄らなくちゃ」
「あっ、そうだね、じゃあ、少し待っていて、直ぐ戻るから」
そんな愛実を引き留めて、留美は、愛実を車に乗せたのだった、そして、ふと気が付いた、愛実は、着ている服が、殆ど変わっていなかった、正確には、3回位のローテーションである。
留美は、躊躇せずに郊外型の大手スーパーへ車を走らせた。
時間が無いので下着やTシャツ、短パン位しか買えなかったが、愛実も留美も、充実していた、どう見ても、仲の良い親子である、二人の思いは別な所にあったのだが、端から見ても、どこの家庭にも当てはまる光景であった。だが、、、
支払いの段で、二人は譲らない、愛実は頑固であった
「樋口さん、お金は、あたし持ってるから、自分の物ばかりだもん、愛実ここの系列カード持ってるから」
愛実の顔には、断固たる決意があった、そこには、留美にも簡単に、立ち入る事の出来ない、何かが有りそうだ、ここは愛実に譲ったのだが、、、果たして小学生女児が、こんなに、カードを財布の中に溜め込むものだろうか、現金の代わりにぎっしりと、Suica等が詰まっている。
それ以外は、至って子供であった、何を見ても興味を示す、近寄る、触るを繰り返し店内を見て回って、留美を探して戻って来る。
留美には、この上ない、幸せな気分があった、普通の家庭の何気無い1日が、いかに大切な物なのかを、改めて知ったのだ。
「愛実ちゃん、食べたい物とか、欲しい物があったら、籠に入れなさい」
「あ、わたし、肉じゃがを作ってみたいな、あれ、自分でも作れそう」
「そう、じゃあ、今夜は肉じゃがね、材料わかるかな」
「うん、でも、分量がわかんない、どう考えればいいの」
「じゃがいもと、肉以外は、全部有るわよ、芋は、メークインね、男爵は、ホクホクになって美味しいけど、直ぐに溶けるから、後、何とかムーンて名前の芋は、少し固いよ、美味しいけどね、選んでみて、私は、豚肉を見てくるから、芋は、バラで売って無いから、一袋で買って来てね」
「うん、メークインね」
「そう、そう、頼んだわよ、愛実ちゃん、魚は生で食べられるの、マグロとか好き」
「うん、大丈夫、愛実あまり好き嫌い無いよ、でも、樋口さん人参嫌いでしょ」
「止めてよ、大きな声で、恥ずかしいから」
留美は、腰で愛実を押し退けた。
「えー、ほんとの事なのに、どして」
からかい気味に、愛実も押し退けようとした、が、避けられた。
「あー、狡いんだ、子供相手に、、、」
「いいから、早く、じゃがいも買ってきて」
「はーい」
遠くで、二人を見ている人がいた、美亜も、今夜浩介と過ごす為の買い物に来ていた。
初めは、二人に気が付かなかった、それほど完全に、親子連れとして、周囲に溶け込んでいた。
二人の言葉のやり取りまでは、聴こえなかったが、どこにでも見られる、普通の親子であった。
最初は、二人を見つけた時に、声を掛けようとしたのだが、あまりにも、仲良くやっているので、どうしようかと、迷っているうちに、二人は、違うコーナーへと姿を消してしまったのだ。
美亜は、愛実が言っていた言葉を思い出していた、樋口さんは、子供が居ると思っていたと、、、
いま、こうして、樋口さんと、愛実を見ていると、やはり、美亜もそう思う、あまりにも、しっくりと、自然に子供を扱っている、母親の顔をしていた。
そして、二人の姿を見て和んでいた、愛実は、樋口さんの周りを人工衛星の様に、回っている。
美亜は、樋口さんに対して何かの事情で、子供が居なくなったのでは、ないか、生死は別にして、子供と別れたのではないかと推測した。
まあ、いいや、今夜は樋口さんに、愛実を預けたし、あたしと、コーちゃんは何にしようかな。
それぞれの、楽しい一夜が始まろうとしていた。
愛実の母親、寺越万由は、仕事を終えて帰宅してきた、一緒に暮らしている豊岡涼介が、ドアチャイムの音で鍵を開けた。
「お帰り、お疲れ、待ってたぜ」
「フン、どーだか、どーせ、又、パチンコか何かで負けたんじゃ無いの」
「そんな事ないよ、万由に会いたくて、ほら、こんなになってる」
万由を玄関で抱き締め、股間を押し付けながらキスをする、涼介にとっては、朝飯前の事であった。
万由も、押し付けられた物を、下腹で感じながら、舌をからめだした、この男が持って居る唯一の取り柄に身を委ね、仕事の疲れも忘れようとしていた。
盛り上がって来た二人に、水を差すように、ドアチャイムが鳴った。
「チッ、出る事ねーよ、ほっとけって」
外からノックの音と声が聞こえる
「寺越さん、寺越万由さん、荒川東署の佐々木です、居られるのは、わかっています、開けて下さい、聞きたい事があります」
二人は、ギョッとしてお互いに顔を見合せた、万由は渋々と言った感じでドアを開けた。
背広の男が二人、玄関に入って来た。
「失礼します、荒川東署の、佐々木と、菊池です、早速ですが、寺越愛実さんは、どちらに居られますか」
「な、何よ急に、あの子なら、家出して、居なくなっちゃったのよ、え、捜索願い、そ、それは、じきに帰ってくると思ってたから、、、」
「なるほど、どうですか、少し署の方でお話しを伺いたいのですが、それと、木下涼介さんも、ご一緒にお願いいたします」
佐々木と言う警察官は、目の中で、お前の事は、調べがついている、そう語っていた。
そして、佐々木は続けた。
「勿論、これは、任意ですから、拒否出来ます、ただ、そうなりますと、我々としましても、明日は早朝から、礼状を持って、物々しく伺う事になりますし、当然今夜から、パトカーでの監視もつく事になります、何も咎められる必要が無いのでしたら、今の内にどうですか」
丁寧な言葉使いではあったが、佐々木の語り口には、有無を言わさぬ力が籠っていた。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ、早く帰してよね、明日も仕事なんだから」
「へー、なんだか、先程から聞いて居ると、愛実さんの、えの字も出て来ませんね、確か親子ですよね」
「わーかったって、早くどこにでも連れてって、早くおわらせてよ」
何もかもが、自分には、関わりが無いとでも言うかの様に、万由は、警察官に捲し立てた。
一方、木下涼介の方は、少し顔色が冴えなかった、タバコを咥えて、黙ったままである。
荒川東署で二人は、事情を聴取され、木下涼介に対しては、かなりな時間をかけていた。
「なあ、木下未だ自分の立場がわかって無いようだな、那須パーキングで降りたまでは、証拠があがってんだよ、この先、寺越愛実が、生きた状態で、みつからなけりゃ、あんた、児童誘拐や殺人未遂、なんやらかんやら、面倒臭い事になるよ、そしたら、一週間以上は、ここに居るようだな、いいのかい、もう一人の彼女とも会えなくなるよ」
木下涼介は、捜査員に調べ尽くされている事を悟った。
「寺越さん、あなたは、愛実ちゃんの親ですよね、居なくて心配じゃ無いんですか」
「てっきり、出て行った夫の所に行ってると思って、、、」
「そうですか、では、何故、学校の担任や、校長、児童相談所、教育委員会、これ等全てを拒否して、電話にすら出なかったのですか、その時点で、そう言えば良かったのに、我々が知りたいのは、愛実さんの安否です、家を出たと言うのなら、それは、何時ですか、本当に心当たりは無いのですか」
「夏休みに入る少し前よ、後は、わからない、知らない、もう、帰してよ、第一、ほんとのあたしの子供じゃないし」
「法律上は、貴女にも、出て行った旦那さんにも、監督義務や、養育義務が有ります、知らぬ存ぜぬは、この場合通用しませんよ」
「わかったから、帰して、反省してるし、すーみーまーせーんでーしーたー」
木下涼介は、帰る事が出来なかった、最後に、愛実と一緒だったのが判明していたからだ。
「最後は、適当に走ったから覚えてないわ、どっかの山近くの、自販機の前で下ろしたし、確かに、オレは、あいつを何処かに置いて来ようと思ったよ、でも、今考えたら、あいつ、愛実の方でも、家出を考えてたんじゃないかな、だって、日帰りドライブにしちゃあ、随分と、でかいリュックだったし」
「そうか、まあ、取り敢えず、愛実さんを下ろした場所を特定出来るまでは、ここに居てもらうぞ、どうせ、暇なんだろうしな」
寺越万由は、警察官の佐々木に伴われ、帰宅してきた。
「寺越さん、もし良ければ、愛実さんの部屋を、見せて頂けませんか」
「どうぞ、ご自由に、私は、シャワーやらなんやらしますけど、いいでしょ」
捜査員にとっても願ったり叶ったりであった。
二階にある愛実の部屋は、机の上にノートパソコンが有るだけで、これといった物が殆どなかった。
衣装ケースや箪笥にも、衣類が殆どなかった。
捜査員は、取り敢えずパソコンを立ち上げたのだが、重要な箇所は全て、暗証番号に阻まれた。
その中で1つだけ閲覧可能な映像が出て来た。
それは、小学5年にしては、早すぎる物であった、映像は、この家の住人、木下涼介と若い女が絡み合っているものであった。
ノートパソコンを持って捜査員は、下へ降り、シャワーを終えた寺越万由に話しかけた。
「寺越さん、ああ、もう、小川さんでしたね、愛実さんの部屋にあった、このパソコンを借りて行っても良いですかね、それと、貴女にも見ていただきたい映像があります」
「良いわよ、持って行って、どうせ、愛実しか使ってなかったから、なあに、映像って」
捜査員から見せられた映像を見て、万由の顔色が変わった、万由は、怒りに燃えていた、涼介は、女を抱く事しか能力が無い男なのはわかっていた、そんな事よりも、万由が許せないのは、よりによって、万由のベッドを使って抱き合っていたことが怒りの原因だったのだ。
「ねえ、お巡りさん、私は、連絡先さえわかっていれば、何処に行ってもいいんでしょ」
「ええ、それは、まあそうですが、そうすると愛実さんの帰る場所が、、、」
「それは、別れた寺越が考えれば良いことでしょ、第一親権も無いことだし」
どうせ、家賃も滞納して、何時かは追い出される身であった、木下涼介が居ない間に、消えてしまおうと考えついたのだ。
捜査員としても、万由が母親としても、証人としても、何の役にもたっていない人に、居てもらってもしょうがなかった。
「わかりました、取り敢えず、今日の所は、我々はこれで引きあげます」
居間に入っていた捜査員が帰ろうとした、その爪先に、1メートル位のビニールホースが当たった、居間にビニールホース、、、
「えーと、今はもう小川さん、でしたね、熱帯魚かなんかを飼っていましたか
、ホースがなんでこんなところに」
「さあ、わからないわ、彼奴が持ち込んだんじゃない、うちには、魚は居ないわよ」
捜査員は、何か思いあたることがあったのだろう、ティッシュで、ホースを摘みあげた。
「これも持って行っても良いですか」
「いいわよ、そんなもの、どうするの、中途半端な長さね」
捜査員は、帰って行った。
「なあ、木下、お前さん、このホースに、覚えはないか、、、」
「さあ、何だろう、覚えがないっす、何処にあったんすか」
「おお、そうか、このホースから、お前さんの指紋と、寺越愛実さんのDNAが検出された、現在愛実さんの消息が掴めないままだ、そして、このホースが出て来た、お前さんが、愛実さんに対して虐待した可能性もある、つまり、任意同行から、殺人未遂、暴行、誘拐、お前さんには、幾多の嫌疑で、捜査礼状が発行されるわな、そうすると、取り調べ室でじっくり話を聞く事になるが、、、おい、大丈夫か、顔色が悪いぞ」
「あいつを殺したり、血を見る事はしてねーよ、でも、どー考えても、俺があいつを下ろしたと言うか、捨てた場所を思い出さなくちゃだな、、、」
「彼女が生きていることを願うんだな、もし、悲惨な結果になったなら、お前は、確実に塀の中だ」
「わかったよ、でも、さっきの辺りでそんなに外れてないよ、自販機の位置に覚えがあるし」
樋口翔太は、戸惑っていた、帰宅して、チャイムを鳴らすと、何時も通り妻の留美が返事をした、ドアを開け、玄関には、水色の小さな運動靴が並んでいた、そして、、、
「お帰りなさい、初めまして、寺越愛実です、お邪魔してます」
「おっ、おお、初めまして、愛実ちゃんか、そうか、そうか」
翔太は、早く風呂に入りたかった、感動の涙が出そうだったのだ。
もう、忘れていた子供の出迎えに、喜びが押さえられなかった。
嬉しい、唯々嬉しかった、おそらくは、妻の留美が、翔太を驚かせようとしたのだろうが、予想以上の反応だった。
翔太が風呂からあがると、妻の留美は、愛実の髪の毛を整えていた、白いシーツを、愛実の首回りに回して、洗濯バサミで止めていた。
「愛実ちゃん、丁度おじさんが風呂からあがったから、入りなさい」
「もう、愛実の事は呼び捨てでいいよ、留美ママ、一緒にお風呂入ろう」
「そうだよね、あなた、翔太パパ、先にビール飲んでいて」
「それなら、俺も、もう一回皆と入ろうかな」
「いいよ、翔太パパ、入ろう」
「何言ってるの、駄目に決まってるし、ダメ、ダメ」
翔太は、留美の楽しそうな顔を見るのが何よりも嬉しかった、そして、留美を笑顔にしてくれる、愛実が好きになった。
三人で食べる夕食は、味が良くわからない程に、嬉しさが勝っていた。
ビールが進む、笑顔が溢れる。
その夜は、川の字になって寝た。
翌日、翔太は、留美と愛実に見送られて出勤していった。
翔太は、電車の中で思いを巡らせていた、忘れかけていた、ささやかな幸せを思い出していた、しかし、今夜はもう愛実は居ないのだ。
美亜は、戸惑っていた、今夜は浩介がいつも以上に、情熱的であった。普段の浩介なら、最後は避妊を考えてくれるのに、中で終わったのだ。
それでもあまり気にはしなかった、情熱の方が勝っていたのだ。
翌日、二人は1つの布団から出て、畑へと向かった、キャベツ畑の真ん中で、浩介が美亜を呼んでいる。
「ミーちょっとこっちに来いよ、早く、早く」
「何よ、何があったのよ」
「いいから、早く、ほら、これ、、、」
「なんなのよ、もう」
浩介がズボンのポケットから手を出して、握り拳を美亜の目の前で開いて見せた。
浩介の手のひらには、小さな指輪が載っていた。
「美亜、俺と結婚しよう、子供が出来ても、俺は最後まで責任を持つよ、ミーと俺の子供だもの」
美亜は、両手で顔を覆っていた、動けなかった、嬉しかった、浩介が好きだった。
「どうした、ミーなんとか言ってくれよ、やっぱ駄目なのか」
美亜は、顔をおおったまま、首を振った。泣いて声が出せなかった。
「じ、じゃあ、オーケーなのか」
コクンとうなづいた、それを見て、浩介は、美亜の左手薬指に、指輪を嵌めた。
「アハハハハ、さあ、仕事しよう、今日も暑くなるぞ、アハハハハ」
愛実は、留美の運転する軽で店に入った
「さあ、愛実今日もしっかり、働くわよ、トマトから並べてね」
「うん、今日も暑くなるね」
赤く色づいた板谷かえでの葉陰から、夏の強い陽射しが差し込んでいた。
それぞれの1日が終わり、美亜と愛実も部屋へ帰って来た。
「えー、ミーちゃん結婚するの、わー、結婚式出る、出るー」
「バカね、未だ何も決まってないし、お互いの親にも挨拶してないから」
愛実が何か言おうとすると、ドアがノックされた。
「はい、どちら様ですか」
「今晩は、警視庁の者ですが、こちらに寺越愛実さんが居られると聞いたので、訪ねて来ました」
愛実と美亜が顔を見合せた。
別に犯罪を犯しているわけではなかった。美亜は素直にドアを開け、警察官と対面した。
「警視庁東荒川署の、佐々木と、菊池です、失礼ですが、貴女が、ミーさんですか」
「はい、高橋美亜です、、、」
愛実が、美亜と警察官の間に割り込んで、警察官に一気に話しだした。
「ミーちゃんは悪く無いの、わたしが、勝手にここで暮らしてたの、だから、お願い、ミーちゃんを捕まえないで、わたしが、家出をして皆を困らせたの、お願い、お願いだから、ちゃんと家に帰るから、グズッ、お願い、悪いのは、全部愛実なの、おねがい、ミーちゃんは関係無いの、ウワー、ウウーおねがいだからウワーワー」
美亜は、言葉が出なかった、こんないい子を酷い目に合わせた大人達全てを改めて呪った。
美亜は、自分の事を放っておいて、必死に美亜を庇う愛実を優しく抱き締めた。
「愛実、大丈夫だよ、誰も悪い事をしてないし、お巡りさんも、あんたを保護しに来たんだよ、そうですよね」
美亜は、目を赤くしながらも、愛実の為にしっかりしようと、考えていた。
警察官も人の子供である、ましてや、佐々木も菊池も結婚して子供がいた。
自分の事よりも、美亜を必死に庇う愛実に心を動かされた。
「大丈夫だよ、愛実ちゃんを保護しに来ただけだよ、さあ、東京に帰ろう、荷物を纏めて欲しいのだけれど」
愛実に、そう告げるのが辛かった、どう考えても、ここの生活の方が良さそうであった。
だが、愛実は賢くもあった、美亜に類が及ばないように、さっさと荷造りをして、捜査員に従った、最後に美亜に抱きついた。
「ミーちゃんありがとう、本当に楽しかったよ、こんなの初めて、愛実、お願いが有るの、樋口さんにも、ありがとうって伝えて、必ず伝えて、、、」
「わかったよ、元気でね、又会おうね、きっとだよ」
出て行きたくなんかなかった、ずっとここに居たかった、車に乗っても、美亜が見送りに出て来た、愛実がじっと見つめて居る。車が走り出した、小さな手を振りながら、愛実が見えなくなってしまった。
美亜は、悲しくはあったが、それ以上に、自分が今、何をすれば良いのか、考えを巡らせた。
同時に、浩介や、SNSの仲間に知らせ、アドバイスを求めた。
先ず浩介が飛んで来た、そして、SNSの中間も、、、
※2日前から、警察からの、アクセスがあったのよ、どうせ個人情報なんか直ぐにバレるから、問い合わせには、こたえたけどな
※多分、エミユのパソコンから、追っかけて来たんだと思う
※別に俺達悪い事をしているわけでも無いし、聞かれる事にだけは答えたけど
※ありがとう、皆本当に、御世話になりました
※いいけど、あの子これからどうなるのかな?
※普通は、父親が引き取ってお仕舞いさ
それだけだよ
※そう、ならいいけど、、、
※でも、父親が拒否ったら、どうなんの
※施設に入る、親戚に引き取られる、里親がつく、選択肢は、まだあるよ
※でも、何の危害もなく、ひと夏のりこえたんだから、良かったじゃん、おまけに、いろんな経験が出来たし
※あー、あの子に給料渡さなくちゃ
※大丈夫、そのうちあの子から、連絡が来るよ、きっと
※もう、これでホースで叩かれることはないな、良かったじゃん
※本当に、それだけでも有難い事
※病気や精神を病んで、この世から居なくなるメンバーが多いなか、明るい話題だよな
※本当に、、、
浩介が、美亜を抱き締めながら、聞いてくる。
「ミー大丈夫かい、少し疲れてるように見えるけど、、、」
「うん、やっぱり、ショックだよ、愛実が急に居なくなっちゃって、連れて行かれる時の、あの子の目を思い浮かべたら、あんなに元気だったのに、連れて行かれる仔犬だよ、そうだよね、楽しくやってたのに、また、どうなんのかわからないところに行くんだから、肝心な時に、付いてあげられないのが歯痒いな」
「樋口さんにも、知らせたのかい」
「ううん、明日の朝、最初からの、出来事を、全部教えてあげようと思ってる」
「そうか、少しの間だったけど、居なくなっちゃって、本当に寂しいな」
「コーちゃん今夜は、帰って、あの子きっと、今夜は知らない場所で、一人で過ごすと思うの、私だけ大好きな人と過ごせるなんて、、、出来ないよ、ご免なさい、何で、何で、あんな、あんな、何も悪くないのに、あの子が、何をしたって言うのよ、グズッ、ただ普通に暮らしたいだけなのに、何でよ」
愛実の前で涙を堪えた分余計に泣けてきた、情けなかった、何もしてあげられない、美亜は、何も出来ない自分に腹が立った。
翌朝、美亜は、早朝の畑仕事を済ますと、真っ先に、樋口さんの働く、売店へと向かった。
「あら、おはようございます、ミーちゃん早いのね、愛実ちゃんと一緒じゃないの、何かあった、、、」
樋口留美は、美亜の顔の曇りを見逃さなかった。
「おはようございます、うん、愛実はもう来ません、て言うか、もう居ないの、夕べ警察が来て引き取られて行ったわ、、、」
「そっか、やっぱり、訳ありだったんだ、良かったら詳しく話して、是非とも聞きたいわ」
美亜は、自分が知り得た情報を全て話し終えた後に、留美に
告げた。
「そしてね、あの子が連れて行かれる前に、樋口さんに、ありがとうございましたって、必ず伝えてって、、、」
「そう、あの子、そんな事とを、、、わざわざ、知らせに来てくれたのね、ありがとう、そっか、もう、居ないんだ、ミーちゃん、顔色が悪いわよ、休んだら、あなた、眠れなかったんでしょう」
「うん、でも、何かやってる方が、気が紛れるから、どうせ横になっても、寝られやしないし」
「そうね、分かるわ、ね、ミーちゃん、店もそろそろ、無人に戻る頃よね」
「そうそう、もう夏も終わりになるし、まだまだ暑いけど、でも、どうかしたの」
「ううん、何でもないの、、、あっでも、ミーちゃん、今日ここなら、私上がってもいいかな、前から、用事があったのよ」
樋口さんは、ひと夏の間、愛実と二人、休み無しで働いていたのだ、それくらいお安い御用だ。
「え、良いですよ、休み無しだったんだから、愛実の世話もしてもらったし、どうぞ、どうぞ」
「ご免なさい、お言葉に甘えるわ」
美亜は、樋口さんに対して、意外な気持ちを持った、至極冷静であったのだ、あんなに仲の良かった愛実が居なくなり、気落ちさせてしまったら、どうしようかと思っていたのだ。
樋口留美は、取り急ぎ、家に帰ると、先ず夫の翔太に、メールをして、着替えをし、滅多にしない化粧をしだした。
メールが来た、それを確認して、留美は、駅の方向に歩きだした、東京方面の電車に乗っても、留美の表情は、変わらなかった、スマホの画面を見ながら、じっと座っていた。
留美は、暑さも、寒さも感じなかった、ただメールが送られて来るのをひたすら待っていた。電車は、東京へ向かって走っていた。
愛実は、情けなかった、昨日警察に保護されて、父親のマンションへと、入る事になった、お互いに、再会の喜びもなく、父親は、あからさまに、仕方なく引き取りに来たのがその態度に出ていたのだ。
おまけに、父親の暮らすマンションには、知らない女の人がいた。
完全に邪魔者であった。空気がそう告げていた、ここは、自分の居場所ではないと感じていた。
もうすぐ、学校が始まる、気が重い事ばかりである。
愛実は与えられた部屋に閉じ籠り、外には出なかった、父親と一緒に暮らして居る女の人は、父親と共に仕事に出かけていた。
何もする気になれなかった、携帯は、父親に取り上げられていた。
持って来た荷物は、そのままにしていた、何時でも出て行ける様にしていた、ここは、自分の居場所ではないと、子供心にも感じていた。
携帯は、取り上げられたが、まだ、カードの類は、持っていた、それを使って熊谷に出かけようと考えていた。
ここに来てまだ二日目で、もう熊谷の皆に会いたかった、SNSの中間とも、連絡をとりたかった。
季節は、ほんの少し秋に近づきつつあった。
「寺越さん、会社顧問の、井上弁護士さんが、応接スペースでお待ちですよ」
「エッ、あ、そう」
寺越は、弁護士が会いに来たのだから、当然顧客とのトラブルが発生したものと捉え、少し緊張しながら井上弁護士に対面した。
「いやあ、寺越さん、忙しいなか、申し訳ないです、実は、、、」
会社の顧問弁護士である、井上は、用件を述べ始めた、寺越は、黙って聞いていた、井上弁護士が話し終えると、やっと、重い口を開いた。
「そうですか、愛実を、あの子を引き取りたいと、そんな方が居られる訳ですか、、、」
正直、渡りに船であった、愛実を引き取ってから、一緒に暮らしている、恵の態度があきらかに変わってしまった、口数も少なく、笑顔も減ってしまっていた。
完全に愛実を拒否していた、言葉にこそ出しはしないが、態度のはしはしに現れていたのだ。
早くどうにかしなければ、恵との別れが待っているのは、はっきりと理解していた。
寺越は、恵を失いたくなかった、荒川の家を出た時から、愛実との人生も終わったつもりでいたのだ、警察やらなんやらが、来る前までは、頭の中にも、心の片隅にも、実の娘である愛実の事など、どこにも無かった。
正直、この話しに躊躇いなど無かった。
「わかりました、その方向でお願いします、で、その時期は、いつ頃に、、、」
「はあ、それは、未だ、近々としか、、、」
井上弁護士は、これも仕事と割り切って寺越と接していた。
どんな事情が有るのか知らないが、二つ返事で自分の娘を、名前も知らない、赤の他人に養子に出すとは、、、相手の事など知ろうともしない。
要するに、子供の事などどうでも良いのだ、そんなに珍しい事でもないが、気持ちが良いわけがない、この案件は、弁護士仲間の、紹介で、たまたま、寺越某が自分の扱い事業所の中から、氏名が該当したものであったのだ。
寺越愛実を養子にしたいと、願い出た側は、中年位の女性で、至ってごく普通の主婦と言った感じであるが、旦那さんの、会社の顧問弁護士に対面したさい、相談を終えて、別れ際、最後に床に頭を着けたそうだ。
「お願いします、あの子の為なら、何でもします、お金がたりないのなら、高額の保険にでも何でも言う通りにします、あの子を助けて下さい、お願いします、この通りです、お願いします」
弁護士事務所の、スタッフは、全員下を見て、顔をあげられなくなってしまったそうな、、、
それに比べて、、、
気まずい無言の夕食が終わり、愛実は、さっさと、与えられた部屋に引き上げた、直ぐにドアがノックされ、父親が声をかけてきた。
「愛実、少し話しがあるけど、いいかな」
「いいよ、入って、なあに、、、」
「じつは、その、あの、え、愛実と一緒に暮らしたいって人がいるのだけれど、、、どうかな、、、」
心のなかでは、解ってはいたのだ、ここでは、一緒に暮らしては、いられやしないことを、でも、ショックでもあった、実の父親から、お前を、人にやる、そう告げられたのだ。
「あ、そうなの、いいよ、別に、いつからなの、愛実の気が変わらないうちに、早い方が良いかも、、、」
愛実は、全ての感情を抑えて、必死に伝えた、小学五年生に出来る、精一杯の演技だった。
泣き叫びたかった、私が、この愛実が何をしたのか、何か親の気に触る事でもしたのか、もう既にそんな時期も過ぎていた。
「パパ、愛実の最後のお願い聞いて、何処にでも貰われて行くから、スマホを渡して、お願い」
「あ、ああ、そうか、受け入れてくれるか、ありがとう、スマホなら、今持って来るよ」
愛実は、思った、ある意味、私は、スマホと同等の価値位しかないのだと。
「いらっしゃいませ」
「あら、あら、あらあら、新しい店員さんなのね、よろしくね」
店は、盛況だった、午前中に殆どの品物が完売してしまう
パートの樋口と愛実は、品出しに追われ直ぐに1日が過ぎて行く。
「愛実ちゃん、疲れない、大丈夫、無理しないでよ、これから、もっと暑くなるからね」
「大丈夫だよ、商品が直ぐに売れて、閉店も早いし、トマトとスイカ、メロンも食べ放題だし、樋口さん優しいし」
「ふふ、ありがとう、愛実ちゃんが、売るのが上手だからよ」
「あ、いらっしゃいませ、トマトですか、ミニもありますよ、あ、キャベツ後1個あります」
「えー、買わない訳にいかないよ、ニッコリされちゃ、はい、ありがとうね」
客が一旦引けた後、樋口さんが愛実に、次の作業を指示した。
「愛実ちゃん、外で、打ち水しよっか、、、愛実ちゃん、愛実ちゃん、どうしたの」
愛実は、樋口さんの持っている物を見て、無意識に固まってしまった、その手には、ホースの束があった。
愛実は、タムやフォンと過ごした、小屋でも反応しなかったのに、突然ホースを見て、あの、忘れていた、男の仕打ちを全身で思い出したのだった。
何かあれば、笑いながらホースで叩かれたあの日々を、愛実は、心の中の深い部分で、傷が付いていることをわかっていなかった。
動けなかった、顔から、血の気が引いていた、これから、痛い目にあうのだ、忘れていた、あの激痛と惨めな気持ちが戻って来た。
「愛実ちゃん、愛実ちゃん、聞こえる
、大丈夫、ねえ、愛実ちゃん、聞こえてる」
樋口留美は、愛実の突然の変わりように、驚いていた、何か自分の言動に、間違いがあったのか思い返してみた。
取り敢えず、ホースは捨てて、愛実を抱き締めながら、背中をさすってあげた。
「ね、愛実ちゃん、大丈夫、私が付いてるから、どうしたかな、なんか、嫌な事あったかな」
誰かが、抱き締めてくれている、辛くて、痛い時に、温かい、愛実は思わず抱きついた。
柔軟剤の香りがする、心が落ち着く、樋口さんが抱き締めてくれていた。
ずっとこうして居たかった、でも、、、
「大丈夫、樋口さん、何でも無いし、てか、愛実は、打ち水って何か知らないし、何それ、教えて」
留美は、愛実が、何かの理由で、深く傷ついている事に思いを巡らせた。
「ううん、いいの、愛実ちゃんは、中の掃除して、打ち水は、私がやるから」
「はーい」
そうこうしているうちに、いつものとおり、美亜が愛実を迎えに来て、1日が終ってしまった。
樋口翔太は、帰宅が楽しかった、最近、妻の留美が、めっきり明るくなったのだ、嬉しかった、妻の明るい笑顔を見るのは、何ヶ月ぶりだろうか、それも、帰って来ると、ずっと一人の同僚の話を楽しげに話出す、聞いていて自分も嬉しかった、今日はどんな話題を聞かせてくれるのか、笑顔が戻った留美に早く会いたかった。
二年前の春
留美は、小学五年生の娘、はるかに、使いを頼んだ、近くのコンビニで卵を頼んで、つり銭でアイスを買うように言った。
はるかは、アイスにつられて、喜んでコンビニへ向かった、何気無い家族の、普通の一日を送る筈であった。
はるかの帰宅が遅かったが、どうせコンビニで何か見ているのだろうと、家事を続けていたら、めったに鳴らない家電が鳴った、相手の番号は、市内局番に0110であった、その時点で途轍もない不安が頭をよぎった。
内容を聞き理解するまで、震えが収まらない、はるかが車にはねられ、救急車で病院に搬送された、後の内容は覚えていなかった。
病院名を覚えるのと、夫の翔太に連絡するだけで、手一杯であった、タクシーに乗った事さえ覚えてはいない。
もう、既に冷たくなっていた、手を握っても、握り返してはこない、話しかけても返事もしてくれない。
ベッドの横の椅子に座ったまま、傷ついた顔を眺めていた。
涙など出なかった、泣きもしなかった、全てを何処かに置いてきた様に、翔太が駆けつけても、留美の態度は変わらなかった。
翔太は、警察や医者から詳しい話を聞けた。
横断歩道を渡っていた、はるかに気付かずに、乗用車に轢かれたという、完全な
よそ見運転であった。
はるかは、ほぼ即死の状態であったと言う。
聞いていないと思っていたが、留美がぽつりと呟いた。
「そう、はるか、、、痛く無かったの、、、そう、、、」
その場にいた全員が下を向いた、慰める言葉など何もない。
翔太は、葬儀は近親者のみで行うと、はるかの小学校や、自分の職場へ伝えた、留美の精神状態が、心配だったのだ。
何も話さなくなっていた、両親や親戚、誰が話しかけても無駄であった。
留美の姉が涙ながらに言った。
「グズッ、じょうがないじでじょ、グズ、いぢばんいいどぎに、、、いッじゃうんだぼん、グズッ、だれだってそうなるよ、だって、だって、母親だもん、グズッ」
家に帰って来て、留美が、作りかけていたポテトサラダを作り出した。
それを見かねた、留美の母親が、それを嗜めた。
「何言ってるの、母さん、あの子は、私のポテトサラダじゃなくちゃ生きて行けないって、言ってるんだから、待ってて、もうすぐ、はるかがコンビニで、卵を買って帰るから、多分アイスを選ぶのに迷ってるね」
流石に、肉親や兄弟姉妹も、もう駄目だった、もう、見て居られない、正確には、いたたまれなかった、各々が何処かに姿を消した、どこかで、泣き声が聞こえた、男の泣き声も聞こえて来た。
通夜も終わり、出棺の時になっても、はるかに付き添っていた留美は、火葬の炉までにも、付き添おうとして、皆に止められた。
炉から出て来た、はるかの、お骨を見て、留美がやっと気付き始めた、留美は喉の奥から、声なのか嗚咽なのか、何か音を出した、それがゆっくりと、声になっていった。
「、るか、はる、はるか、、、こんなに小さくなっちゃった、はるか、ゴメンね、買い物なんか、いかせなきゃ、、、ママがママが、、、ヴわー、はるがー、わーわーわー、は、る、かーあー、あーあーあー」
それでも、翔太はやっと、安心した、留美がやっと、泣いた、正気に戻りつつあった、それは、残酷な現実に、戻る事でもあったのだが。
翔太は、辞職も覚悟で、留美に付き合った、一番おそれたのが、はるかの後を追って、、、
家族はもう一人いることに気付いて欲しかった。
初七日も終わり、皆が一息ついたある日、留美の両親が訪ねて来た、留美を引き取るから、貴方は自由になったらどうなのか、このままでは、生活が成り立たなくなるのではないか、夫婦の破綻が見えていると、、、
「お互い好きになって一緒になりました、もう少し見守って下さい、今、突然環境が変わると、留美は、きっと楽な方法を選ぶと思います、それは、、、僕には、、、いい時ばかりが夫婦じゃ無いでしょ、生意気なこと言ってすみません」
留美は、少しずつ元に戻りつつあった、翔太は引っ越しを決断した、環境が変われば、少しは留美の気持ちも変わるのではないか、翔太自身、悲しい思い出しかないこの街から、離れたかった。
幸いにも、会社は翔太を待っていてくれた、留美の精神状態も以前の様にとまでは行かないが、ある程度安定してきた。
そうして、熊谷に越して来た、暫くすると、留美が働きたいと言い出し、気晴らしになりそうだと思い翔太も賛成し、留美は自分で、近くの農園のパート仕事を見つけてきたのだ。
そして、この夏一人の小さな同僚が出来た。
「ただいま」
「お帰りなさい、お風呂も、夕飯も出来てるよ」
少しいつもと違う、留美の態度は、何か重く感じた。
「どうした、留美なんかあったか」
「うん、後で、いいの」
「そうか、風呂に入って来るよ」
静かな夕飯を終えると、留美が話をしだす。
「、、、それでね、私が打ち水をしようと、あの子に声をかけたら、急に固まったの、真っ青になって、ホースを見たからだと思うの、貴方どう思う」
翔太は、一瞬話すのを躊躇した、でも、考えられるのは、そんなに多くは無かった。
『ホースが蛇に見えたか?違う、長いもの恐怖症?違う、激しい痛みが、トラウマと強い精神ストレスで、小学女児の心を切り裂いた』
翔太の顔が曇った、重い口取りで、大きな息を吐きながら、留美と自分に言い聞かせるように、、、
「留美、その子は、虐待を受けている、ホースで叩かれている、或いは、叩かれていた」
留美は、口を押さえながら、トイレに駆け込んだ、翔太が後を追った。
留美は、先程の夕飯が全部出た、最近は食欲も戻って来たと言うのに。
「留美大丈夫かい、何か、薬飲むかい」
「大丈夫よ、大丈夫、ショックが大きかっただけ、本当に大丈夫だから、ごめんなさい」
留美は、ホースで叩かれている愛実を想像して、一瞬で吐き気に襲われた。
なんと言うおぞましい、そして、痛ましい光景だろう、こんなことなら、もっときつく抱き締めてやれば良かった、あの子は、確かに私にすがりついて来たのに。
言いようの無い憤りが、留美の全身を駆け巡った、同時に悲しみも湧いてくる。
「でも、社長さんや、美亜さんがやっている訳じゃないだろ、それなら、いいじゃないか」
「パパ、何言ってるの、夏休みが終われば、あの子は、また、どこかへ戻るのよ、学校が始まるもの、そうしたら、また酷い目にあうかも知れないし」
翔太は、はるかが亡くなって以来、初めてパパと呼ばれた、本人はおそらく、そう呼んだことには、気が付いてはいまい。
留美に早く気が付いて欲しかった、そうなのだ、愛実は、夏休みが終われば、どこかに、帰らなければならないのだ。
「ワアー、樋口さんが作ってくれたのー、嬉しいー可愛いー、ありがとうございます、ね、着けていいの」
留美は、愛実に赤と黄色のエプロンを一枚ずつ、作ってあげた、お揃いの色のバンダナも作った。
「うん、着て見て、似合うといいな」
愛実は、嬉しかった、こんなことをして貰ったのは、生まれて初めてだった、買ってもらったのではなく、作ってもらったのだ、愛実だけの特製だった。
「どお、どお、樋口さん、似合うかな、自分で見れないのが悔しいんだけど、このエプロン、ポケットがスイカとかトマトなんだ」
「あはははは、何言ってるの、スマホ、スマホ、スマホが有るでしょ、可愛いよ、愛実ちゃん、黄色も赤も、とっても似合う、うん、うん、パプリカみたい」
パプリカが褒め言葉かどうか、わからないが、愛実は、エプロンとバンダナに、夢中になっていた。
勿論、留美も夢中でシャッターを押した
愛実は、留美から貰ったエプロンとバンダナが気に入って、ご機嫌で仕事をこなす、留美は、その愛実の姿を見るだけで幸せな気分になった。
「愛実、何してんの、漬け物?」
「うん、樋口さんに、エプロンとか貰ったから、サイトのレシピ見ながら作ってんの、材料は沢山あるし、実験台もここにいるし、、、」
「何それ、アタシの事、首しめちゃうよ、お前」
「キャー止めて、味見して、どうなのかな、キャベツとキューリの塩昆布、それに白菜の塩昆布、簡単なのしか出来ないの」
「どれ、あらま、いージャン、美味しいよ、それにしても多すぎないの、あそこ二人家族だよ」
「え、子供いないの、学校とかに詳しいから、誰か居ると思ってた、沢山つくったのは、ミーちゃんや浩ちゃんにも食べて欲しかったからだよ、食べて、食べて」
「しゃーない、浩ちゃんも呼ぶか、ビールも切らしてて無いし」
愛実の作った、漬け物を囲んで、3人での小宴会が始まった。
「おー、愛実の漬け物、いいじゃない、旨い、拍手を贈ります」
「ね、浩ちゃん、樋口さんて、子供居ないよね、愛実がおかしいって、学校とかに詳しいからだって」
「うん、履歴書には、東京に通う旦那さんと二人暮らしだよ、だから、あの歳で、土日祭日関係なく、出て来れるし、子供が居たら、絶対に無理だよ」
「ね、愛実、やっぱりそうだよ、でも、浩ちゃん、樋口さんて、愛実が来てから、随分変わったよね、あんなに明るくなかったよ」
「ああ、そう言えば、そうだよな、どちらかといえば、暗い感じがしてたよな、それはそうと、販売所の売り上げ、前年比倍以上だよ、二人のお陰だな」
ビールで、ご機嫌の美亜が愛実に抱きついて、浩介に聞こえる様に囁いた。
「やったよ、愛実、給料沢山貰えるよ、はい、はい、ボサッとしてないで、社長さんに、ビールおつぎしな」
「ホントに、社長さんビールどうぞ」
愛実が目を輝かせながら、浩介にビールを勧める。
「でも、売れるのは、愛実の仕事じゃなくて、樋口さんが頑張ったからだよ、いつも、愛実の面倒みながらやってるよ」
「ああ、ミーが余計な事言うから、出費が嵩む、せっかく、儲けたのに」
すかさず美亜が浩介の耳を引っ張って、囁いた。
「しっ、愛実が本気にするから、や、め、な」
「イテテ、ゴメン、忘れてた、未だ心が穢れて無い子が居たんだっけ」
浩介が寝てしまった、愛実がタオルケットをかけてやりながら、美亜に問いかけた。
「ミーちゃん達いつ結婚するの、私未だ結婚式に、呼ばれたこと無いよ、あー、ミーちゃんの結婚式に出たいなー」
「何勝手に、結婚式に出ようとしてんのよ、呼ばれても無いのに、てか、結婚するって言って無いし、明日も仕事だよ、早く寝な」
少し不機嫌になったミーを察して、愛実は、布団の方へ逃げた、後を追うように、美亜は声をかけた。
「あららら、歯磨きしないのかなー」
布団から起き上がって、歯磨きに走る愛実を見て、美亜は、思わず笑ってしまった、内心は焦っているのだ、夏休みも半ばを過ぎようとしていた。
美亜は、愛実との別れは、仕方がないと思っていたのだが、それよりも、愛実の夏休み後の、行き先を考えると、居ても立ってもいられなかった。
SNSの仲間たちとも、話し合ってはいたのだが、答えが見つからなかった。
その事は、愛実本人も気付いている、あの子は、そんなことは絶対に、言わないが、悩んでいる筈。
そんな美亜に、関係なく、後ろから愛実が、首に抱きついて来る。
「何考えてるの、おね~さ~ん」
『憎らしい、この甘えじょーずめ、お前の事で悩んでんだよ』
「歯ー磨いたらさっさと寝ろー、この、くそガキー、この、この」
美亜が愛実の頭を、ペンペンと叩き出した。
「キャー、寝る、寝る、もう寝るからー、あはは、お休みなさい」
皆と、SNSで深夜まで、話し合ってもみたが、、、
※やっぱ、そろそろ、学校、児童相談所、警察、弁護士あたりの出番じゃないかな
※うん、どのみち、学校始まったら、先生が、気付くよ、だって、登校しないんだから
※施設に入るのが、今のところ、考えられる線じゃね
※誰か、里親なりが出来れば話は別になるよね
※じゃ、アタシがなってもいいわけだ
※イヤ、そう簡単には、いかないよ、独身者は、確かかなりハードルが高いはず
※手続き的なものは、皆で金を出しあって、弁護士にお任せで良いかも知れないけど、、、
※こうやって、文章にすると簡単だけど、皆なら解るよな、、、
※うん、家族って難しいよな
※第一、当人同士は良くても、親戚、親、兄弟、色々な問題が発生するよ
※金持ちだと、当然、財産の問題が発生するな
※それもそうだけど、親になる人、子になる人、それぞれの覚悟とか、思いが無けりゃ、難しいよ
※そう、もし駄目になったら、エミュがまた傷付く事になるよ、皆、あの子の不幸は、もう腹一杯だろ
美亜は、様々な意見に共感したり、考えさせられたりしているうちに、ビールの酔いも手伝って、寝落ちしていた。
浩介が目を開けると、居間には、愛実の姿はなく、美亜がケータイを手離した体制で、寝込んでいた、最近は愛実の事ばかりに追われて、浩介の事は後回しになっていた。
別にそれが不満ではないが、美亜の寝顔を見て居ると、心から安らげる自分が居た。
何気に、スマホを見たら、何時ものチャットが未だ続いて居た、見るだけならと思い、画面を覗くと、愛実に関しての話し合いであった。
成る程、みんな真剣に心配していた、参考になる意見ばかりである。
浩介は、チャットを終えようとおもったのだが、もしかしたら、美亜の仲間たちならば、自分の疑問に、答えてくれるかも知れないと、思い切ってコメントを書き始めた。
※ミーの彼氏コーです、ルール違反なのは承知しています、教えて下さい、彼女に何度か結婚を申し込みましたが、断り続けられています、付き合いも、三年以上、彼女の部屋にも、泊まる間柄です、どちらの親とも上手く行っているのに、結婚だけはしてくれません、私にはどうしてなのかさっぱり、、、
※本来なら、ミー諸とも追放だけど、俺達のエミュが世話になってるし、誰か答えてあげてよ
※簡単な事だよ、子供を産みたくないのさ、自分と同じ事で悩ませたくないの、皆にバカにされたり、後ろ指を指される子供を産みたくないの、コーを愛すれば愛す程、それで悩みが深くなる、結婚したい、一緒になりたい、でも、、、
※ね、好きになっても、その分悩みも付いて来るんだよ、アタシ達の恋は、結構大変なんだから、勿論、そんなことは、百も承知で、跳ね返す人もいるけど、ミーは今のところ、出来ないでいると思うよ
※ありがとう、良く解りました、もう、皆の邪魔はしません
この、やり取りも削除しておきます
浩介には、思いも付かない答えであったが、それをどう自分に、反映させて行けば良いのか、意見を聞いたは良いが、解決の仕方がさっぱりわからない、兎に角、もう寝ることにした、美亜が浩介との結婚に対して、首を縦にふらない訳が、こんなところにあったとは、、、
それだけでも、疲れてしまっていた。
「えー、この漬け物、愛実ちゃんが作ったの、ありがとう、へー、凄いね、あー夕飯楽しみー」
愛実は、樋口さんが笑顔で喜んでくれるのが、堪らなく嬉しかった。
「えーでも、未だ美味しいかどうかわかんないよ、食べてから喜べば」
「いいの、いいの、愛実ちゃんの気持ちが嬉しいの、それに、きっと美味しいに決まってる、あー、でも、冷蔵庫に入れると忘れそう」
「そうだ、樋口さんも、ビール飲めば、ミーちゃんも、コーちゃんも、これ、食べて飲んでたよ」
「あはは、そうね、良いわね、今夜は、旦那さんと飲んじゃおうかな、ありがとう愛実ちゃん」
その晩翔太が帰って来ると、食卓の真ん中にデーンと大きな鉢が二つ、なかには、漬け物が入っていた。
「どうした、この漬け物の山は、何があったの」
「愛実ちゃんが、エプロンのお礼に作ってくれたのよ、社長さん達みたく、ビールを飲めば美味しいって、ハイ、ビール」
「お、おお、サンキュ、頂きます、アハハ、旨い、旨い、漬け物も、ビールも、これホントにその子が作ったの、凄いな、たまには、飲めば、ほら」
翔太は、駄目元になるのは、わかっていたが、以外にも留美は、グラスをとって翔太についでもらった。
翔太にとっては、それだけでも重大イベントで、たったこれだけの事が嬉しすぎて、、、泣きそうになっていた。
そして、自分の妻をここまで、明るくさせてくれた、その人に、想いを巡らせた。
そのうちに、酔ってテーブルの上に伏せて、寝てしまった留美を見ながら、翔太は、大きなため息をついた。
思い入れが強ければつよいほど、別れの辛さが、、、、、
翌日
「樋口さん、あたし、エプロン汚れたから、着替えて来ていい」
忙しさも一段落していた。
「いいわよ、寂しいから、早く帰って来てね、ほら、暑いから、何か飲むもの持って行きなさい」
「はーい」
たいして遠い距離があるわけでもなかった。
美亜は、愛実のいない部屋で、浩介に身を任せていた、いつもならば、二人は、抱き合うのも気儘なものであったのだが、愛実の手前そうも行かなかったのだ。
久しぶりの二人は激しかった、終わった後の余韻に浸って、裸で抱き合い、見つめ合っていた、階段を上る、小さな足音にも気が付かなかった。
突然、ドアが開いた。
「え、やだ、愛実なの、、、」
愛実は、一瞬のうちに、状況を理解した、そして、部屋に戻った事を後悔した。
「あ、あの、ゴメンなさい、エ、エプロン取りに来ただけだから」
下を向きながら、ハンガーに干してある代えのエプロンを取り、急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
「あら、随分早いのね、もう少しゆっくりしてくればいいのに」
留美は、いつもと違う愛実に気が付いた、何しろ肝心のエプロンを着替えもせずに持ってきたのだ。
僅かな時間でも、真夏の熊谷である、外から帰って来た愛実は、前髪が汗で濡れていた。
留美がタオルで愛実の汗をふいてやりながら、優しく話しかけた。
「どうしたの、いつもの、元気が無いじゃない、美亜ちゃんと喧嘩したかな」
汗を拭いてくれる、留美から発する、柔軟剤の香りを嗅いで、愛実は、心が和んだ。
そして、留美に、部屋での出来事に、驚きと、戸惑いを
感じ、どんな態度で帰れば良いのかわからないと告げたのだ。
留美は、嫌な事では無くてほっとした、そして、小学生児童には、少しばかり、刺激が強すぎたのを感じた。
留美は、愛実を優しく抱き寄せ、愛実に語り出した。
「愛実ちゃんは、浩介さんと、美亜ちゃんが大好きでしょう、あなたは、何も見て無いし、聞いてもいない。忘れてしまいなさい、それが一番よ、第一、自分の部屋以外に入る時は、ノックしないと駄目でしょ」
留美に、優しく扱われて、落ち着く自分が居た。
愛実は、暫くこうしていたかった、留美の言う通りだ、ノックをしないといけない立場であったのだ、自分の部屋なんか、これからずっとあるわけ無いのだから、、、そう考えると、少しばかり寂しくなって来たが、留美に言葉を返した。
「うん、樋口さんの言う通りだね、愛実が駄目だったんだ、後で、二人に謝るから、ノックしないでごめんなさいって」
なんだか、寂しげな物言いである、愛実の髪を撫でながら、留美は思い付いた。
「ね、愛実ちゃん、樋口さんが髪を切ってあげようか、ついでに、今晩泊まりに来ない、美亜ちゃんに連絡してあげるから、どう、、、」
今まで、留美に抱きついていた、愛実は、その体を離して、明るい笑顔で留美を見つめた。
「え~、行くよ、行きます、もう、店閉めて、行こうよ、樋口さん」
「アハハ、仕事しなくちゃ、後少しだよ、頑張ろう、ほら、エプロンも代えないと」
「はーい、愛実、頑張りまーす」
美亜は、酷く落ち込んでいた、それは、浩介との睦合いを、愛実に見られたからではなく、愛実の心を傷付けたのではないかと、案じていたのだ。
愛実が来るまでは、浩介が、この部屋に、自分の家の様に出入りしていた。
美亜も、そんな浩介を受け入れていたのだ。
確かに愛実の1日の行動パターンが確立してから、浩介と美亜は、その合間に愛しあっていた。
若い二人には、必要な事でもあったのだ、浩介は、我慢してくれた、謝ると、俺もあの子が大好きだよ、と、言ってくれた、浩介をもっと好きになった、そして、愛実が仕事の間に二人は、ここで度々愛し合う様になったのだ。
美亜は、愛実が部屋に入って来た時の、あの、悲しそうな目が忘れられなかった、以前愛実が、仲間に拡散させた、男と女の絡み合いを思い出し、愛実の心を慮っていた。
「美亜、ゴメン、俺もう行かなくちゃ、夜来るよ、愛実大丈夫かな、、、」
浩介は、服を着ながら、この事態を気にかけていた。
「うん、多分大丈夫、愛実は賢い子だし、後で会いに、店に顔を出すから、コーちゃん、事故るから、あんま考え過ぎないで、愛実は、わかってくれるよ、何しろ私達の仲間だし」
「そうだよな、家族みたいなもんだよな」
そう、言いながら、二人は、唇を重ねて、離れた時には、唾が糸を引いていた。
「あーまた、、、いや、もう行かなくちゃ、じゃあな」
浩介は、名残惜しげに、美亜の胸を触り、美亜もズボンの上から撫でてやった。
浮かない気持ちで、仕事をしていたら、美亜の携帯が鳴った、樋口さんからであった。
「はい、エッ、やだ、あの子ったら、全部樋口さんに、言っちゃったの、恥ずかしい、ハイ、あっそうですか、ええ全然大丈夫、ハイ、宜しく、お願いします」
樋口さんは、少し笑いながら、愛実から全部聞いた事、そして、愛実に何を伝えたかを、簡単に説明してくれた、そして、今晩、樋口さんの家に、愛実を泊まらせる承認を求めて来たのだ。
この事を浩介にメールすると、即座に返事が帰って来た。
※じゃあ、今夜は灯りを消して、、、俺が、ミーの所へお泊まりに、、、
※バカ、、、待ってるから
美亜は、樋口さんに感謝した、愛実に色々と語ってくれたのだ、それにしても、樋口さんて、、、謎な人、、、
「仕事終わったー、樋口さん行こう、早く、早く」
「待って、着替えとかどーするの、先ず愛実ちゃんの、部屋に寄らなくちゃ」
「あっ、そうだね、じゃあ、少し待っていて、直ぐ戻るから」
そんな愛実を引き留めて、留美は、愛実を車に乗せたのだった、そして、ふと気が付いた、愛実は、着ている服が、殆ど変わっていなかった、正確には、3回位のローテーションである。
留美は、躊躇せずに郊外型の大手スーパーへ車を走らせた。
時間が無いので下着やTシャツ、短パン位しか買えなかったが、愛実も留美も、充実していた、どう見ても、仲の良い親子である、二人の思いは別な所にあったのだが、端から見ても、どこの家庭にも当てはまる光景であった。だが、、、
支払いの段で、二人は譲らない、愛実は頑固であった
「樋口さん、お金は、あたし持ってるから、自分の物ばかりだもん、愛実ここの系列カード持ってるから」
愛実の顔には、断固たる決意があった、そこには、留美にも簡単に、立ち入る事の出来ない、何かが有りそうだ、ここは愛実に譲ったのだが、、、果たして小学生女児が、こんなに、カードを財布の中に溜め込むものだろうか、現金の代わりにぎっしりと、Suica等が詰まっている。
それ以外は、至って子供であった、何を見ても興味を示す、近寄る、触るを繰り返し店内を見て回って、留美を探して戻って来る。
留美には、この上ない、幸せな気分があった、普通の家庭の何気無い1日が、いかに大切な物なのかを、改めて知ったのだ。
「愛実ちゃん、食べたい物とか、欲しい物があったら、籠に入れなさい」
「あ、わたし、肉じゃがを作ってみたいな、あれ、自分でも作れそう」
「そう、じゃあ、今夜は肉じゃがね、材料わかるかな」
「うん、でも、分量がわかんない、どう考えればいいの」
「じゃがいもと、肉以外は、全部有るわよ、芋は、メークインね、男爵は、ホクホクになって美味しいけど、直ぐに溶けるから、後、何とかムーンて名前の芋は、少し固いよ、美味しいけどね、選んでみて、私は、豚肉を見てくるから、芋は、バラで売って無いから、一袋で買って来てね」
「うん、メークインね」
「そう、そう、頼んだわよ、愛実ちゃん、魚は生で食べられるの、マグロとか好き」
「うん、大丈夫、愛実あまり好き嫌い無いよ、でも、樋口さん人参嫌いでしょ」
「止めてよ、大きな声で、恥ずかしいから」
留美は、腰で愛実を押し退けた。
「えー、ほんとの事なのに、どして」
からかい気味に、愛実も押し退けようとした、が、避けられた。
「あー、狡いんだ、子供相手に、、、」
「いいから、早く、じゃがいも買ってきて」
「はーい」
遠くで、二人を見ている人がいた、美亜も、今夜浩介と過ごす為の買い物に来ていた。
初めは、二人に気が付かなかった、それほど完全に、親子連れとして、周囲に溶け込んでいた。
二人の言葉のやり取りまでは、聴こえなかったが、どこにでも見られる、普通の親子であった。
最初は、二人を見つけた時に、声を掛けようとしたのだが、あまりにも、仲良くやっているので、どうしようかと、迷っているうちに、二人は、違うコーナーへと姿を消してしまったのだ。
美亜は、愛実が言っていた言葉を思い出していた、樋口さんは、子供が居ると思っていたと、、、
いま、こうして、樋口さんと、愛実を見ていると、やはり、美亜もそう思う、あまりにも、しっくりと、自然に子供を扱っている、母親の顔をしていた。
そして、二人の姿を見て和んでいた、愛実は、樋口さんの周りを人工衛星の様に、回っている。
美亜は、樋口さんに対して何かの事情で、子供が居なくなったのでは、ないか、生死は別にして、子供と別れたのではないかと推測した。
まあ、いいや、今夜は樋口さんに、愛実を預けたし、あたしと、コーちゃんは何にしようかな。
それぞれの、楽しい一夜が始まろうとしていた。
愛実の母親、寺越万由は、仕事を終えて帰宅してきた、一緒に暮らしている豊岡涼介が、ドアチャイムの音で鍵を開けた。
「お帰り、お疲れ、待ってたぜ」
「フン、どーだか、どーせ、又、パチンコか何かで負けたんじゃ無いの」
「そんな事ないよ、万由に会いたくて、ほら、こんなになってる」
万由を玄関で抱き締め、股間を押し付けながらキスをする、涼介にとっては、朝飯前の事であった。
万由も、押し付けられた物を、下腹で感じながら、舌をからめだした、この男が持って居る唯一の取り柄に身を委ね、仕事の疲れも忘れようとしていた。
盛り上がって来た二人に、水を差すように、ドアチャイムが鳴った。
「チッ、出る事ねーよ、ほっとけって」
外からノックの音と声が聞こえる
「寺越さん、寺越万由さん、荒川東署の佐々木です、居られるのは、わかっています、開けて下さい、聞きたい事があります」
二人は、ギョッとしてお互いに顔を見合せた、万由は渋々と言った感じでドアを開けた。
背広の男が二人、玄関に入って来た。
「失礼します、荒川東署の、佐々木と、菊池です、早速ですが、寺越愛実さんは、どちらに居られますか」
「な、何よ急に、あの子なら、家出して、居なくなっちゃったのよ、え、捜索願い、そ、それは、じきに帰ってくると思ってたから、、、」
「なるほど、どうですか、少し署の方でお話しを伺いたいのですが、それと、木下涼介さんも、ご一緒にお願いいたします」
佐々木と言う警察官は、目の中で、お前の事は、調べがついている、そう語っていた。
そして、佐々木は続けた。
「勿論、これは、任意ですから、拒否出来ます、ただ、そうなりますと、我々としましても、明日は早朝から、礼状を持って、物々しく伺う事になりますし、当然今夜から、パトカーでの監視もつく事になります、何も咎められる必要が無いのでしたら、今の内にどうですか」
丁寧な言葉使いではあったが、佐々木の語り口には、有無を言わさぬ力が籠っていた。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ、早く帰してよね、明日も仕事なんだから」
「へー、なんだか、先程から聞いて居ると、愛実さんの、えの字も出て来ませんね、確か親子ですよね」
「わーかったって、早くどこにでも連れてって、早くおわらせてよ」
何もかもが、自分には、関わりが無いとでも言うかの様に、万由は、警察官に捲し立てた。
一方、木下涼介の方は、少し顔色が冴えなかった、タバコを咥えて、黙ったままである。
荒川東署で二人は、事情を聴取され、木下涼介に対しては、かなりな時間をかけていた。
「なあ、木下未だ自分の立場がわかって無いようだな、那須パーキングで降りたまでは、証拠があがってんだよ、この先、寺越愛実が、生きた状態で、みつからなけりゃ、あんた、児童誘拐や殺人未遂、なんやらかんやら、面倒臭い事になるよ、そしたら、一週間以上は、ここに居るようだな、いいのかい、もう一人の彼女とも会えなくなるよ」
木下涼介は、捜査員に調べ尽くされている事を悟った。
「寺越さん、あなたは、愛実ちゃんの親ですよね、居なくて心配じゃ無いんですか」
「てっきり、出て行った夫の所に行ってると思って、、、」
「そうですか、では、何故、学校の担任や、校長、児童相談所、教育委員会、これ等全てを拒否して、電話にすら出なかったのですか、その時点で、そう言えば良かったのに、我々が知りたいのは、愛実さんの安否です、家を出たと言うのなら、それは、何時ですか、本当に心当たりは無いのですか」
「夏休みに入る少し前よ、後は、わからない、知らない、もう、帰してよ、第一、ほんとのあたしの子供じゃないし」
「法律上は、貴女にも、出て行った旦那さんにも、監督義務や、養育義務が有ります、知らぬ存ぜぬは、この場合通用しませんよ」
「わかったから、帰して、反省してるし、すーみーまーせーんでーしーたー」
木下涼介は、帰る事が出来なかった、最後に、愛実と一緒だったのが判明していたからだ。
「最後は、適当に走ったから覚えてないわ、どっかの山近くの、自販機の前で下ろしたし、確かに、オレは、あいつを何処かに置いて来ようと思ったよ、でも、今考えたら、あいつ、愛実の方でも、家出を考えてたんじゃないかな、だって、日帰りドライブにしちゃあ、随分と、でかいリュックだったし」
「そうか、まあ、取り敢えず、愛実さんを下ろした場所を特定出来るまでは、ここに居てもらうぞ、どうせ、暇なんだろうしな」
寺越万由は、警察官の佐々木に伴われ、帰宅してきた。
「寺越さん、もし良ければ、愛実さんの部屋を、見せて頂けませんか」
「どうぞ、ご自由に、私は、シャワーやらなんやらしますけど、いいでしょ」
捜査員にとっても願ったり叶ったりであった。
二階にある愛実の部屋は、机の上にノートパソコンが有るだけで、これといった物が殆どなかった。
衣装ケースや箪笥にも、衣類が殆どなかった。
捜査員は、取り敢えずパソコンを立ち上げたのだが、重要な箇所は全て、暗証番号に阻まれた。
その中で1つだけ閲覧可能な映像が出て来た。
それは、小学5年にしては、早すぎる物であった、映像は、この家の住人、木下涼介と若い女が絡み合っているものであった。
ノートパソコンを持って捜査員は、下へ降り、シャワーを終えた寺越万由に話しかけた。
「寺越さん、ああ、もう、小川さんでしたね、愛実さんの部屋にあった、このパソコンを借りて行っても良いですかね、それと、貴女にも見ていただきたい映像があります」
「良いわよ、持って行って、どうせ、愛実しか使ってなかったから、なあに、映像って」
捜査員から見せられた映像を見て、万由の顔色が変わった、万由は、怒りに燃えていた、涼介は、女を抱く事しか能力が無い男なのはわかっていた、そんな事よりも、万由が許せないのは、よりによって、万由のベッドを使って抱き合っていたことが怒りの原因だったのだ。
「ねえ、お巡りさん、私は、連絡先さえわかっていれば、何処に行ってもいいんでしょ」
「ええ、それは、まあそうですが、そうすると愛実さんの帰る場所が、、、」
「それは、別れた寺越が考えれば良いことでしょ、第一親権も無いことだし」
どうせ、家賃も滞納して、何時かは追い出される身であった、木下涼介が居ない間に、消えてしまおうと考えついたのだ。
捜査員としても、万由が母親としても、証人としても、何の役にもたっていない人に、居てもらってもしょうがなかった。
「わかりました、取り敢えず、今日の所は、我々はこれで引きあげます」
居間に入っていた捜査員が帰ろうとした、その爪先に、1メートル位のビニールホースが当たった、居間にビニールホース、、、
「えーと、今はもう小川さん、でしたね、熱帯魚かなんかを飼っていましたか
、ホースがなんでこんなところに」
「さあ、わからないわ、彼奴が持ち込んだんじゃない、うちには、魚は居ないわよ」
捜査員は、何か思いあたることがあったのだろう、ティッシュで、ホースを摘みあげた。
「これも持って行っても良いですか」
「いいわよ、そんなもの、どうするの、中途半端な長さね」
捜査員は、帰って行った。
「なあ、木下、お前さん、このホースに、覚えはないか、、、」
「さあ、何だろう、覚えがないっす、何処にあったんすか」
「おお、そうか、このホースから、お前さんの指紋と、寺越愛実さんのDNAが検出された、現在愛実さんの消息が掴めないままだ、そして、このホースが出て来た、お前さんが、愛実さんに対して虐待した可能性もある、つまり、任意同行から、殺人未遂、暴行、誘拐、お前さんには、幾多の嫌疑で、捜査礼状が発行されるわな、そうすると、取り調べ室でじっくり話を聞く事になるが、、、おい、大丈夫か、顔色が悪いぞ」
「あいつを殺したり、血を見る事はしてねーよ、でも、どー考えても、俺があいつを下ろしたと言うか、捨てた場所を思い出さなくちゃだな、、、」
「彼女が生きていることを願うんだな、もし、悲惨な結果になったなら、お前は、確実に塀の中だ」
「わかったよ、でも、さっきの辺りでそんなに外れてないよ、自販機の位置に覚えがあるし」
樋口翔太は、戸惑っていた、帰宅して、チャイムを鳴らすと、何時も通り妻の留美が返事をした、ドアを開け、玄関には、水色の小さな運動靴が並んでいた、そして、、、
「お帰りなさい、初めまして、寺越愛実です、お邪魔してます」
「おっ、おお、初めまして、愛実ちゃんか、そうか、そうか」
翔太は、早く風呂に入りたかった、感動の涙が出そうだったのだ。
もう、忘れていた子供の出迎えに、喜びが押さえられなかった。
嬉しい、唯々嬉しかった、おそらくは、妻の留美が、翔太を驚かせようとしたのだろうが、予想以上の反応だった。
翔太が風呂からあがると、妻の留美は、愛実の髪の毛を整えていた、白いシーツを、愛実の首回りに回して、洗濯バサミで止めていた。
「愛実ちゃん、丁度おじさんが風呂からあがったから、入りなさい」
「もう、愛実の事は呼び捨てでいいよ、留美ママ、一緒にお風呂入ろう」
「そうだよね、あなた、翔太パパ、先にビール飲んでいて」
「それなら、俺も、もう一回皆と入ろうかな」
「いいよ、翔太パパ、入ろう」
「何言ってるの、駄目に決まってるし、ダメ、ダメ」
翔太は、留美の楽しそうな顔を見るのが何よりも嬉しかった、そして、留美を笑顔にしてくれる、愛実が好きになった。
三人で食べる夕食は、味が良くわからない程に、嬉しさが勝っていた。
ビールが進む、笑顔が溢れる。
その夜は、川の字になって寝た。
翌日、翔太は、留美と愛実に見送られて出勤していった。
翔太は、電車の中で思いを巡らせていた、忘れかけていた、ささやかな幸せを思い出していた、しかし、今夜はもう愛実は居ないのだ。
美亜は、戸惑っていた、今夜は浩介がいつも以上に、情熱的であった。普段の浩介なら、最後は避妊を考えてくれるのに、中で終わったのだ。
それでもあまり気にはしなかった、情熱の方が勝っていたのだ。
翌日、二人は1つの布団から出て、畑へと向かった、キャベツ畑の真ん中で、浩介が美亜を呼んでいる。
「ミーちょっとこっちに来いよ、早く、早く」
「何よ、何があったのよ」
「いいから、早く、ほら、これ、、、」
「なんなのよ、もう」
浩介がズボンのポケットから手を出して、握り拳を美亜の目の前で開いて見せた。
浩介の手のひらには、小さな指輪が載っていた。
「美亜、俺と結婚しよう、子供が出来ても、俺は最後まで責任を持つよ、ミーと俺の子供だもの」
美亜は、両手で顔を覆っていた、動けなかった、嬉しかった、浩介が好きだった。
「どうした、ミーなんとか言ってくれよ、やっぱ駄目なのか」
美亜は、顔をおおったまま、首を振った。泣いて声が出せなかった。
「じ、じゃあ、オーケーなのか」
コクンとうなづいた、それを見て、浩介は、美亜の左手薬指に、指輪を嵌めた。
「アハハハハ、さあ、仕事しよう、今日も暑くなるぞ、アハハハハ」
愛実は、留美の運転する軽で店に入った
「さあ、愛実今日もしっかり、働くわよ、トマトから並べてね」
「うん、今日も暑くなるね」
赤く色づいた板谷かえでの葉陰から、夏の強い陽射しが差し込んでいた。
それぞれの1日が終わり、美亜と愛実も部屋へ帰って来た。
「えー、ミーちゃん結婚するの、わー、結婚式出る、出るー」
「バカね、未だ何も決まってないし、お互いの親にも挨拶してないから」
愛実が何か言おうとすると、ドアがノックされた。
「はい、どちら様ですか」
「今晩は、警視庁の者ですが、こちらに寺越愛実さんが居られると聞いたので、訪ねて来ました」
愛実と美亜が顔を見合せた。
別に犯罪を犯しているわけではなかった。美亜は素直にドアを開け、警察官と対面した。
「警視庁東荒川署の、佐々木と、菊池です、失礼ですが、貴女が、ミーさんですか」
「はい、高橋美亜です、、、」
愛実が、美亜と警察官の間に割り込んで、警察官に一気に話しだした。
「ミーちゃんは悪く無いの、わたしが、勝手にここで暮らしてたの、だから、お願い、ミーちゃんを捕まえないで、わたしが、家出をして皆を困らせたの、お願い、お願いだから、ちゃんと家に帰るから、グズッ、お願い、悪いのは、全部愛実なの、おねがい、ミーちゃんは関係無いの、ウワー、ウウーおねがいだからウワーワー」
美亜は、言葉が出なかった、こんないい子を酷い目に合わせた大人達全てを改めて呪った。
美亜は、自分の事を放っておいて、必死に美亜を庇う愛実を優しく抱き締めた。
「愛実、大丈夫だよ、誰も悪い事をしてないし、お巡りさんも、あんたを保護しに来たんだよ、そうですよね」
美亜は、目を赤くしながらも、愛実の為にしっかりしようと、考えていた。
警察官も人の子供である、ましてや、佐々木も菊池も結婚して子供がいた。
自分の事よりも、美亜を必死に庇う愛実に心を動かされた。
「大丈夫だよ、愛実ちゃんを保護しに来ただけだよ、さあ、東京に帰ろう、荷物を纏めて欲しいのだけれど」
愛実に、そう告げるのが辛かった、どう考えても、ここの生活の方が良さそうであった。
だが、愛実は賢くもあった、美亜に類が及ばないように、さっさと荷造りをして、捜査員に従った、最後に美亜に抱きついた。
「ミーちゃんありがとう、本当に楽しかったよ、こんなの初めて、愛実、お願いが有るの、樋口さんにも、ありがとうって伝えて、必ず伝えて、、、」
「わかったよ、元気でね、又会おうね、きっとだよ」
出て行きたくなんかなかった、ずっとここに居たかった、車に乗っても、美亜が見送りに出て来た、愛実がじっと見つめて居る。車が走り出した、小さな手を振りながら、愛実が見えなくなってしまった。
美亜は、悲しくはあったが、それ以上に、自分が今、何をすれば良いのか、考えを巡らせた。
同時に、浩介や、SNSの仲間に知らせ、アドバイスを求めた。
先ず浩介が飛んで来た、そして、SNSの中間も、、、
※2日前から、警察からの、アクセスがあったのよ、どうせ個人情報なんか直ぐにバレるから、問い合わせには、こたえたけどな
※多分、エミユのパソコンから、追っかけて来たんだと思う
※別に俺達悪い事をしているわけでも無いし、聞かれる事にだけは答えたけど
※ありがとう、皆本当に、御世話になりました
※いいけど、あの子これからどうなるのかな?
※普通は、父親が引き取ってお仕舞いさ
それだけだよ
※そう、ならいいけど、、、
※でも、父親が拒否ったら、どうなんの
※施設に入る、親戚に引き取られる、里親がつく、選択肢は、まだあるよ
※でも、何の危害もなく、ひと夏のりこえたんだから、良かったじゃん、おまけに、いろんな経験が出来たし
※あー、あの子に給料渡さなくちゃ
※大丈夫、そのうちあの子から、連絡が来るよ、きっと
※もう、これでホースで叩かれることはないな、良かったじゃん
※本当に、それだけでも有難い事
※病気や精神を病んで、この世から居なくなるメンバーが多いなか、明るい話題だよな
※本当に、、、
浩介が、美亜を抱き締めながら、聞いてくる。
「ミー大丈夫かい、少し疲れてるように見えるけど、、、」
「うん、やっぱり、ショックだよ、愛実が急に居なくなっちゃって、連れて行かれる時の、あの子の目を思い浮かべたら、あんなに元気だったのに、連れて行かれる仔犬だよ、そうだよね、楽しくやってたのに、また、どうなんのかわからないところに行くんだから、肝心な時に、付いてあげられないのが歯痒いな」
「樋口さんにも、知らせたのかい」
「ううん、明日の朝、最初からの、出来事を、全部教えてあげようと思ってる」
「そうか、少しの間だったけど、居なくなっちゃって、本当に寂しいな」
「コーちゃん今夜は、帰って、あの子きっと、今夜は知らない場所で、一人で過ごすと思うの、私だけ大好きな人と過ごせるなんて、、、出来ないよ、ご免なさい、何で、何で、あんな、あんな、何も悪くないのに、あの子が、何をしたって言うのよ、グズッ、ただ普通に暮らしたいだけなのに、何でよ」
愛実の前で涙を堪えた分余計に泣けてきた、情けなかった、何もしてあげられない、美亜は、何も出来ない自分に腹が立った。
翌朝、美亜は、早朝の畑仕事を済ますと、真っ先に、樋口さんの働く、売店へと向かった。
「あら、おはようございます、ミーちゃん早いのね、愛実ちゃんと一緒じゃないの、何かあった、、、」
樋口留美は、美亜の顔の曇りを見逃さなかった。
「おはようございます、うん、愛実はもう来ません、て言うか、もう居ないの、夕べ警察が来て引き取られて行ったわ、、、」
「そっか、やっぱり、訳ありだったんだ、良かったら詳しく話して、是非とも聞きたいわ」
美亜は、自分が知り得た情報を全て話し終えた後に、留美に
告げた。
「そしてね、あの子が連れて行かれる前に、樋口さんに、ありがとうございましたって、必ず伝えてって、、、」
「そう、あの子、そんな事とを、、、わざわざ、知らせに来てくれたのね、ありがとう、そっか、もう、居ないんだ、ミーちゃん、顔色が悪いわよ、休んだら、あなた、眠れなかったんでしょう」
「うん、でも、何かやってる方が、気が紛れるから、どうせ横になっても、寝られやしないし」
「そうね、分かるわ、ね、ミーちゃん、店もそろそろ、無人に戻る頃よね」
「そうそう、もう夏も終わりになるし、まだまだ暑いけど、でも、どうかしたの」
「ううん、何でもないの、、、あっでも、ミーちゃん、今日ここなら、私上がってもいいかな、前から、用事があったのよ」
樋口さんは、ひと夏の間、愛実と二人、休み無しで働いていたのだ、それくらいお安い御用だ。
「え、良いですよ、休み無しだったんだから、愛実の世話もしてもらったし、どうぞ、どうぞ」
「ご免なさい、お言葉に甘えるわ」
美亜は、樋口さんに対して、意外な気持ちを持った、至極冷静であったのだ、あんなに仲の良かった愛実が居なくなり、気落ちさせてしまったら、どうしようかと思っていたのだ。
樋口留美は、取り急ぎ、家に帰ると、先ず夫の翔太に、メールをして、着替えをし、滅多にしない化粧をしだした。
メールが来た、それを確認して、留美は、駅の方向に歩きだした、東京方面の電車に乗っても、留美の表情は、変わらなかった、スマホの画面を見ながら、じっと座っていた。
留美は、暑さも、寒さも感じなかった、ただメールが送られて来るのをひたすら待っていた。電車は、東京へ向かって走っていた。
愛実は、情けなかった、昨日警察に保護されて、父親のマンションへと、入る事になった、お互いに、再会の喜びもなく、父親は、あからさまに、仕方なく引き取りに来たのがその態度に出ていたのだ。
おまけに、父親の暮らすマンションには、知らない女の人がいた。
完全に邪魔者であった。空気がそう告げていた、ここは、自分の居場所ではないと感じていた。
もうすぐ、学校が始まる、気が重い事ばかりである。
愛実は与えられた部屋に閉じ籠り、外には出なかった、父親と一緒に暮らして居る女の人は、父親と共に仕事に出かけていた。
何もする気になれなかった、携帯は、父親に取り上げられていた。
持って来た荷物は、そのままにしていた、何時でも出て行ける様にしていた、ここは、自分の居場所ではないと、子供心にも感じていた。
携帯は、取り上げられたが、まだ、カードの類は、持っていた、それを使って熊谷に出かけようと考えていた。
ここに来てまだ二日目で、もう熊谷の皆に会いたかった、SNSの中間とも、連絡をとりたかった。
季節は、ほんの少し秋に近づきつつあった。
「寺越さん、会社顧問の、井上弁護士さんが、応接スペースでお待ちですよ」
「エッ、あ、そう」
寺越は、弁護士が会いに来たのだから、当然顧客とのトラブルが発生したものと捉え、少し緊張しながら井上弁護士に対面した。
「いやあ、寺越さん、忙しいなか、申し訳ないです、実は、、、」
会社の顧問弁護士である、井上は、用件を述べ始めた、寺越は、黙って聞いていた、井上弁護士が話し終えると、やっと、重い口を開いた。
「そうですか、愛実を、あの子を引き取りたいと、そんな方が居られる訳ですか、、、」
正直、渡りに船であった、愛実を引き取ってから、一緒に暮らしている、恵の態度があきらかに変わってしまった、口数も少なく、笑顔も減ってしまっていた。
完全に愛実を拒否していた、言葉にこそ出しはしないが、態度のはしはしに現れていたのだ。
早くどうにかしなければ、恵との別れが待っているのは、はっきりと理解していた。
寺越は、恵を失いたくなかった、荒川の家を出た時から、愛実との人生も終わったつもりでいたのだ、警察やらなんやらが、来る前までは、頭の中にも、心の片隅にも、実の娘である愛実の事など、どこにも無かった。
正直、この話しに躊躇いなど無かった。
「わかりました、その方向でお願いします、で、その時期は、いつ頃に、、、」
「はあ、それは、未だ、近々としか、、、」
井上弁護士は、これも仕事と割り切って寺越と接していた。
どんな事情が有るのか知らないが、二つ返事で自分の娘を、名前も知らない、赤の他人に養子に出すとは、、、相手の事など知ろうともしない。
要するに、子供の事などどうでも良いのだ、そんなに珍しい事でもないが、気持ちが良いわけがない、この案件は、弁護士仲間の、紹介で、たまたま、寺越某が自分の扱い事業所の中から、氏名が該当したものであったのだ。
寺越愛実を養子にしたいと、願い出た側は、中年位の女性で、至ってごく普通の主婦と言った感じであるが、旦那さんの、会社の顧問弁護士に対面したさい、相談を終えて、別れ際、最後に床に頭を着けたそうだ。
「お願いします、あの子の為なら、何でもします、お金がたりないのなら、高額の保険にでも何でも言う通りにします、あの子を助けて下さい、お願いします、この通りです、お願いします」
弁護士事務所の、スタッフは、全員下を見て、顔をあげられなくなってしまったそうな、、、
それに比べて、、、
気まずい無言の夕食が終わり、愛実は、さっさと、与えられた部屋に引き上げた、直ぐにドアがノックされ、父親が声をかけてきた。
「愛実、少し話しがあるけど、いいかな」
「いいよ、入って、なあに、、、」
「じつは、その、あの、え、愛実と一緒に暮らしたいって人がいるのだけれど、、、どうかな、、、」
心のなかでは、解ってはいたのだ、ここでは、一緒に暮らしては、いられやしないことを、でも、ショックでもあった、実の父親から、お前を、人にやる、そう告げられたのだ。
「あ、そうなの、いいよ、別に、いつからなの、愛実の気が変わらないうちに、早い方が良いかも、、、」
愛実は、全ての感情を抑えて、必死に伝えた、小学五年生に出来る、精一杯の演技だった。
泣き叫びたかった、私が、この愛実が何をしたのか、何か親の気に触る事でもしたのか、もう既にそんな時期も過ぎていた。
「パパ、愛実の最後のお願い聞いて、何処にでも貰われて行くから、スマホを渡して、お願い」
「あ、ああ、そうか、受け入れてくれるか、ありがとう、スマホなら、今持って来るよ」
愛実は、思った、ある意味、私は、スマホと同等の価値位しかないのだと。
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