2 / 33
三月一八日(火)
店探しの手伝い
しおりを挟む
自分が担当している保有者は、穏円 寧さんという三四歳の男の人だ。
姓の通り穏やかな人で、二年ほど前、希少気質保護の制度ができたときに保有者と認められた。
保護対象になるためには希少気質保護プログラムに応募する必要があるのだけど、穏円さんは自分で応募してきたそうだ。
背は自分より高いが、成人男性の標準くらいだと思う。
ふっくらした顔つきだが、体型はやや細め。外見的特徴はあまりないかもしれない。
穏円さんはもともとは床井さんが担当していて、自分が気質保護員の資格を取ったときに自分の担当に変更になった。
床井さんによれば、
「表に出て見える気質は違うかもしれないけど、根っこは有触さんと似たタイプだと思うから」
という理由らしい。
ちょうど床井さんが希少気質保護課のマネージャーに昇進した時期と重なったので、その影響もあると思う。
今日は穏円さんと会って、いくつか確認しなければならないことがある。
チャットやオンライン会議でも良いのだが、穏円さんが外で会って話をしたいということだったのでそれに乗った。
自分も家の中に籠ってばかりだとキツイ。
家で仕事をすると用事がない限り外に出ないので、運動不足になる。
たまには外に出ないと気分が滅入るので、実のところ穏円さんの要望はありがたい。
保護される側なのに穏円さんはこちらに気を遣っているようにも思うのだが、遠慮なく甘えることにする。
「あ、すみません! お待たせしました!」
待ち合わせ場所となったカフェで穏円さんの姿を見つけた。
約束の時間の五分ほど前なのだが、穏円さんが先に着いていて待っていたのだ。
「いやいや、まだ時間前だし。こっちが少し早く着いちゃったんだ」
穏円さんが笑って手を振った。
年齢は穏円さんの方が五つ上なのだが、あまりそういうことを意識させない人だと思う。
こちらも遠慮なく飲み物を買いに行ってから、穏円さんの向かいの席に座った。
この店はラテよりコーヒーの方が旨いと思うので、ブレンドを選択した。
「最初に必要な手続きがあるならそれからやってもらえるかな?」
「了解です。健康診断と医師との面談の日程を決めてしまいましょう」
気質保護者にとって、担当する保有者の健康管理は重要な業務のひとつだ。
といっても、こちらは医療の専門家ではないので、定期的に健康診断やカウンセリングを受けてもらうよう手配するだけだ。
「できれば水曜か木曜がよいのだけど、できそうかな?」
穏円さんはこの手の予定を水曜や木曜に入れたがる傾向がある。
彼は多少お酒を飲むが、原則として金土日と決めているそうだ。
何度も彼の酒には付き合っているので、彼が節度ある飲み方をしているのはよく知っている。
それでも飲んだ直後に医者に行くのは気になるそうで、できるだけ飲んだ日から日を空けてということだそうだ。
自分も医者に行くのはあまり好きでないので、何となくだが気持ちはわかる気がする。
健康診断と医師との面談の予約を無事済ませた後は、穏円さんの用事に付き合うことになっている。
これも仕事のひとつだ。
担当する保有者と良好な関係を保つために必要なことだと自分は思っている。
保有者との距離の取り方は気質保護員の個性が出やすい。
自分は穏円さんに対しては友人であり仕事の仲間というスタンスで接しているつもりだ。
穏円さんがどう思っているのかはわからないけど。
業務外でも付き合いがあるので、この形がいいと勝手に考えてのことだ。
公私混同と言われても仕方ないところだが、希少気質保有者保護の精神には反していないと……思う。
もちろん自分と異なるスタンスで保有者に接する人もいる。
ある先輩はコミュニケーションを最小限にして、できるだけ保有者が一人でいる時間を作ることができるようにしている。
別の先輩はまるで従者のように接して保有者の頼みを聞いている。自分にはとても真似できそうにもないけど。
変わったところでは、三人の気質保護員でローテーションを組んでいるというグループもある。
保有者から見れば、
・Aさんに相談しにくいことでもBさんなら相談できる
・その一方で、Bさんに頼みにくい依頼事項があるが、Aさんになら頼みやすい
・AさんやBさんが苦手としていることでも、Cさんならやってくれる
といったようなこともあるらしく、このやり方でうまくいっているようだ。
自分も穏円さんの担当じゃなかったら別のスタンスをとっていたかもしれない。
保有者が担当の交代を望めば、気質保護員はこれを拒むことはできない。
今のところ穏円さんの担当を外されていないのは、穏円さんが変更を要求していないからだ。
確信はないけど、穏円さんに対しては現在のスタンスで良いのではないかと思う。
担当の変更と言えば、穏円さんに関しては床井さんから自分に担当が変更になっている。
これは社の都合であって、穏円さんが担当変更を望んだわけではないそうだ。穏円さん本人もそう言っている。
「準備が出来たら出発しようか」
こちらの様子を見ながら穏円さんが声をかけてきた。
「そうですね、遅くなると混みそうですからね」
危ない危ない、仕事を忘れるところだった。
担当交代を要求されないよう、穏円さんの用事に集中しよう。
姓の通り穏やかな人で、二年ほど前、希少気質保護の制度ができたときに保有者と認められた。
保護対象になるためには希少気質保護プログラムに応募する必要があるのだけど、穏円さんは自分で応募してきたそうだ。
背は自分より高いが、成人男性の標準くらいだと思う。
ふっくらした顔つきだが、体型はやや細め。外見的特徴はあまりないかもしれない。
穏円さんはもともとは床井さんが担当していて、自分が気質保護員の資格を取ったときに自分の担当に変更になった。
床井さんによれば、
「表に出て見える気質は違うかもしれないけど、根っこは有触さんと似たタイプだと思うから」
という理由らしい。
ちょうど床井さんが希少気質保護課のマネージャーに昇進した時期と重なったので、その影響もあると思う。
今日は穏円さんと会って、いくつか確認しなければならないことがある。
チャットやオンライン会議でも良いのだが、穏円さんが外で会って話をしたいということだったのでそれに乗った。
自分も家の中に籠ってばかりだとキツイ。
家で仕事をすると用事がない限り外に出ないので、運動不足になる。
たまには外に出ないと気分が滅入るので、実のところ穏円さんの要望はありがたい。
保護される側なのに穏円さんはこちらに気を遣っているようにも思うのだが、遠慮なく甘えることにする。
「あ、すみません! お待たせしました!」
待ち合わせ場所となったカフェで穏円さんの姿を見つけた。
約束の時間の五分ほど前なのだが、穏円さんが先に着いていて待っていたのだ。
「いやいや、まだ時間前だし。こっちが少し早く着いちゃったんだ」
穏円さんが笑って手を振った。
年齢は穏円さんの方が五つ上なのだが、あまりそういうことを意識させない人だと思う。
こちらも遠慮なく飲み物を買いに行ってから、穏円さんの向かいの席に座った。
この店はラテよりコーヒーの方が旨いと思うので、ブレンドを選択した。
「最初に必要な手続きがあるならそれからやってもらえるかな?」
「了解です。健康診断と医師との面談の日程を決めてしまいましょう」
気質保護者にとって、担当する保有者の健康管理は重要な業務のひとつだ。
といっても、こちらは医療の専門家ではないので、定期的に健康診断やカウンセリングを受けてもらうよう手配するだけだ。
「できれば水曜か木曜がよいのだけど、できそうかな?」
穏円さんはこの手の予定を水曜や木曜に入れたがる傾向がある。
彼は多少お酒を飲むが、原則として金土日と決めているそうだ。
何度も彼の酒には付き合っているので、彼が節度ある飲み方をしているのはよく知っている。
それでも飲んだ直後に医者に行くのは気になるそうで、できるだけ飲んだ日から日を空けてということだそうだ。
自分も医者に行くのはあまり好きでないので、何となくだが気持ちはわかる気がする。
健康診断と医師との面談の予約を無事済ませた後は、穏円さんの用事に付き合うことになっている。
これも仕事のひとつだ。
担当する保有者と良好な関係を保つために必要なことだと自分は思っている。
保有者との距離の取り方は気質保護員の個性が出やすい。
自分は穏円さんに対しては友人であり仕事の仲間というスタンスで接しているつもりだ。
穏円さんがどう思っているのかはわからないけど。
業務外でも付き合いがあるので、この形がいいと勝手に考えてのことだ。
公私混同と言われても仕方ないところだが、希少気質保有者保護の精神には反していないと……思う。
もちろん自分と異なるスタンスで保有者に接する人もいる。
ある先輩はコミュニケーションを最小限にして、できるだけ保有者が一人でいる時間を作ることができるようにしている。
別の先輩はまるで従者のように接して保有者の頼みを聞いている。自分にはとても真似できそうにもないけど。
変わったところでは、三人の気質保護員でローテーションを組んでいるというグループもある。
保有者から見れば、
・Aさんに相談しにくいことでもBさんなら相談できる
・その一方で、Bさんに頼みにくい依頼事項があるが、Aさんになら頼みやすい
・AさんやBさんが苦手としていることでも、Cさんならやってくれる
といったようなこともあるらしく、このやり方でうまくいっているようだ。
自分も穏円さんの担当じゃなかったら別のスタンスをとっていたかもしれない。
保有者が担当の交代を望めば、気質保護員はこれを拒むことはできない。
今のところ穏円さんの担当を外されていないのは、穏円さんが変更を要求していないからだ。
確信はないけど、穏円さんに対しては現在のスタンスで良いのではないかと思う。
担当の変更と言えば、穏円さんに関しては床井さんから自分に担当が変更になっている。
これは社の都合であって、穏円さんが担当変更を望んだわけではないそうだ。穏円さん本人もそう言っている。
「準備が出来たら出発しようか」
こちらの様子を見ながら穏円さんが声をかけてきた。
「そうですね、遅くなると混みそうですからね」
危ない危ない、仕事を忘れるところだった。
担当交代を要求されないよう、穏円さんの用事に集中しよう。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる