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四月ニ五日(金)
緊急社長面談
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こうして東神さんの件については、社長の鶴の一声でお咎めなしとなった。
遅くなってしまったが嬉経野デベロップサービスの社長を紹介しておく。
社長は矢野倉 桂さんという五一歳の男性だ。
背が高めで、遠くから見ると茶色っぽい金髪に見える。ゴールドブラウンというらしいのだけど、自分にはよくわからない。
もともとの髪の色が明るめの茶だったためか、髪の色では学生時代から苦労してきたそうだ。
それ以外には自分が嬉経野デベロップサービスの最終面接を受けたときの話だが、社長は「客を選びたいから自分で会社を創った」と説明した。
ちなみにそう説明されたのは、面接の最後の最後だったのだけど。
「じゃあ、面談に入るわ。有触さん、最初に俺や床井さんに言っておきたいことはあるか?」
社長にそう言われていきなり何かを言うのには度胸が要ると思うのだが、この人の場合はあまり気にしないでいいのかもしれない。
そこで、自分の働きに問題が無ければ担当を変えないでほしいとだけ言ってみた。
「……なるほどな。床井さんからも担当している保有者との関係は良好だと聞いているから、査定で何か言われない限りは担当を変えるつもりは無いが……床井さんはどうだ?」
「……私にも変えるつもりはありません」
「だったらそれは決まりでいい。有触さん、他に何かあるか?」
あっさりこちらの要求が通ってしまった。他にあるかと言われても結構困る。
先ほどのようなクレームは困るが、今のところ仕事について不満らしい不満がないのだ。
「……無いか? なら床井さんから有触さんに言っておきたいことは?」
「保有者と良好な関係を築けていますし、他の保有者の方ともうまく接しているのでその姿勢を続けてください、というくらいしか。できれば後継者育成プログラムにはもう少し参加してもらいたいですが、私が言えた立場では……」
「ワハハハ、それは床井さんの言うとおりだな。あれは強制するものじゃない。なんだ、あっさり終わりそうだな。仕事上の問題解決の場なのだから何も問題がでてこないというのはつまらないな」
社長は面白くないといった表情を見せた。
しかし、それも一瞬のことだった。
「まあ、雑談でもしていれば問題に気付くかもしれないな。そういえば床井さん、有触さんには採用の決め手になったやりとりの話をしたことはあったか?」
「……X社の話を断ったのが決め手だとは話していますが」
「それだけだと不十分だったな。床井さんの問題じゃなくて俺の失敗だ。今からでもいい、聞いてくれ」
自分が知っているのも床井さんと同じ内容だ。
さらに詳しい理由があるなら聞いてみたいと思う。
実は今会議室内にいるのは、自分の最終面接のときのメンバーと同じだ。
当時、床井さんはまだマネージャー職ではなかったけど。
「有触さん。面接のときに俺がX社からの引き合いの話をしたのを覚えているか?」
この質問についてはよく覚えている。
それまでは自分の経歴の話と希少気質保護の仕事の話しかしていなかったのに、急にそんな話を振られたからだ。
確かこのときは希少気質保護課に配属されなかった場合、制作課での採用になるかも知れない、と言われた。
そこで今まで取引の無かったX社からの引き合いがあるが、制作課に配属されたらその仕事をやってもらえないか、と尋ねられたのだ。
「はい。覚えています。今、同じ質問をされても答えは同じです」
「それだ。ならばそのときの答えは今でも覚えているな?」
「はい。『宗教上の理由でお断りします』でした」
「そうだ。実にいい答えだった。それを聞いて俺はピンと来たんだ。だからウチに来てもらった」
社長が大きくうなずいた。
自分もさすがにこの答えは通常ならマズいと思ったけど、この場面では仕方なかった。
以前、前の仕事で機械に貼られた他所の会社のロゴを貼り替えて無理矢理無償修理を迫ってきたひどい客に当たった話をしたと思う。
この客こそがX社だったからだ。
前の会社でX社の仕事をしてから、自分は今後可能な限りX社に関わらないと決めた。
ただ、これは自分の個人的な都合だ。
そう、自分はX社と関わらないという宗教を立ち上げて、それに入信したんだ。
だから「宗教上の理由で」X社の仕事はできない。
面接での答えはそのような意図によるものだ。
他の人が真似するのはオススメしないけどね。
「気付いているかもしれないが、俺はX社からの引き合いを受けるつもりは毛頭無かった。有触さんが前に所属していた会社のホームページには取引先としてX社の名前もあったから、気になって聞いてみたんだな……」
社長は嬉経野デベロップサービスを立ち上げる前、フリーランスで通信教育の教材を作る人たちのスケジュール管理のような仕事をしていたらしい。
そのときにX社の仕事を受けたことがあったが、難癖をつけられて代金が支払われなかったらしい。
この出来事が嬉経野デベロップサービスを立ち上げるきっかけになったそうだ。
また、会社を立ち上げる際に「ロクでもない客を相手にしなければならない状況になるくらいなら会社を畳む」と決めたという。
言葉は丁寧に直されているけどこれは社是にも書かれていることだから自分もよく知っている。
これはロクな客がいなくなったら自分の仕事は無くなるということをも意味しているのだが。
「有触さんの言葉を聞いたときにピンときた。うちの社是と似た考えを持っていると。だから床井さんに言ったんだ。何が何でも有触さんを採ってくれ、と」
社長が床井さんにそんなことを言っていたとは知らなかった。
ありがたい話だ。こうして今の仕事ができているのだから。
「さすがにあれには驚いたわ。私も有触さんには来ていただくつもりだったから、問題はなかったけど……」
床井さんは苦笑いとしか表現できない表情を浮かべていた。
彼女のいう「あれ」は実はふたつの意味があるのではないかと思う。
ひとつはもちろん社長が何が何でも自分を採用しろと床井さんに迫ったことだ。
もうひとつは自分がX社の仕事を拒否するときに「宗教上の理由」と答えたことだと思う。
こういう回答をする人は多くないと思うから。
「あと、前にも話したがうちの企画課や制作課には保護対象じゃないが保有者がいる。最初の面接で担当がいい印象を持っていたと言っていたから、有触さんは保有者とは相性が良さそうだと思ったのもあるけどな」
思った以上に社長は自分を評価してくれていたらしい。
その後は日常の業務についていくつか聞かれた。
「……そうだな、有触さんみたいに他社の気質保護員や保有者と接点のあるのは少ないからな……うちの気質保護員同士でどんな活動をしているか紹介する機会を作ってもいいかもな」
「確かに問題を共有する場はありますが、他の気質保護員が何をやっているか詳しく知らない人も多いかもしれません……」
社長面談の場は、いつの間にか「気質保護員同士がお互いの仕事を知る場を作る」ための会議になってしまった。
社長と床井さんからは穏円さん、東神さん、サワジュンさんとゲームのテストプレイをした日のことを根掘り葉掘り聞かれた。
どうやらこの活動に興味を持たれたようだ。
遊んでいると思われても仕方ない内容(というか実際に遊んでいるし)なのでどうなることかと心配になったけど、別に問題ないと言ってくれたので助かった。
「じゃあ、有触さんが最初にどんな仕事をしているか話してくれればいい。俺はかなり参考になる内容だと思うんだよな」
結局、社長の強い要望によりこうなってしまった。
テストプレイの話はレアケース過ぎて参考にならない気もするのだが、まあ仕方ない。
どうにか無事? に社長面談を乗り切ったのでよしとしよう。
ただ、社長はポスト・アールエム社の社長が怒鳴り込んできた理由やどう対処したのかの詳しい説明をしなかったので、そこのところがすっきりしなかった。
その件について床井さんに尋ねたら、
「向こうの社長は有触さんが妙木市駅で東神さんを放置したって怒っていたから、詳しい経緯を説明しました。『何故家まで送って安全を確保しないのか?』って言われたけど、社長が『担当している保有者の状況を把握するのはそちらの仕事でしょう』と言い返したら、『今後は気を付けてください』って言って帰っちゃったわ。気を付けるのはそちらでしょう、と言いかけたけど」
ということだった。
ポスト・アールエム社の名誉のため、午後になって東神さんを担当している多桜さんからお詫びの連絡があったことは書いておくことにする。
ちなみに自分がテストプレイの話をする業務事例共有会議(床井さんがこの名前で会議招集した)の第一回目は五月一三日の火曜日に決定した。
資料の準備をしないといけないな。
遅くなってしまったが嬉経野デベロップサービスの社長を紹介しておく。
社長は矢野倉 桂さんという五一歳の男性だ。
背が高めで、遠くから見ると茶色っぽい金髪に見える。ゴールドブラウンというらしいのだけど、自分にはよくわからない。
もともとの髪の色が明るめの茶だったためか、髪の色では学生時代から苦労してきたそうだ。
それ以外には自分が嬉経野デベロップサービスの最終面接を受けたときの話だが、社長は「客を選びたいから自分で会社を創った」と説明した。
ちなみにそう説明されたのは、面接の最後の最後だったのだけど。
「じゃあ、面談に入るわ。有触さん、最初に俺や床井さんに言っておきたいことはあるか?」
社長にそう言われていきなり何かを言うのには度胸が要ると思うのだが、この人の場合はあまり気にしないでいいのかもしれない。
そこで、自分の働きに問題が無ければ担当を変えないでほしいとだけ言ってみた。
「……なるほどな。床井さんからも担当している保有者との関係は良好だと聞いているから、査定で何か言われない限りは担当を変えるつもりは無いが……床井さんはどうだ?」
「……私にも変えるつもりはありません」
「だったらそれは決まりでいい。有触さん、他に何かあるか?」
あっさりこちらの要求が通ってしまった。他にあるかと言われても結構困る。
先ほどのようなクレームは困るが、今のところ仕事について不満らしい不満がないのだ。
「……無いか? なら床井さんから有触さんに言っておきたいことは?」
「保有者と良好な関係を築けていますし、他の保有者の方ともうまく接しているのでその姿勢を続けてください、というくらいしか。できれば後継者育成プログラムにはもう少し参加してもらいたいですが、私が言えた立場では……」
「ワハハハ、それは床井さんの言うとおりだな。あれは強制するものじゃない。なんだ、あっさり終わりそうだな。仕事上の問題解決の場なのだから何も問題がでてこないというのはつまらないな」
社長は面白くないといった表情を見せた。
しかし、それも一瞬のことだった。
「まあ、雑談でもしていれば問題に気付くかもしれないな。そういえば床井さん、有触さんには採用の決め手になったやりとりの話をしたことはあったか?」
「……X社の話を断ったのが決め手だとは話していますが」
「それだけだと不十分だったな。床井さんの問題じゃなくて俺の失敗だ。今からでもいい、聞いてくれ」
自分が知っているのも床井さんと同じ内容だ。
さらに詳しい理由があるなら聞いてみたいと思う。
実は今会議室内にいるのは、自分の最終面接のときのメンバーと同じだ。
当時、床井さんはまだマネージャー職ではなかったけど。
「有触さん。面接のときに俺がX社からの引き合いの話をしたのを覚えているか?」
この質問についてはよく覚えている。
それまでは自分の経歴の話と希少気質保護の仕事の話しかしていなかったのに、急にそんな話を振られたからだ。
確かこのときは希少気質保護課に配属されなかった場合、制作課での採用になるかも知れない、と言われた。
そこで今まで取引の無かったX社からの引き合いがあるが、制作課に配属されたらその仕事をやってもらえないか、と尋ねられたのだ。
「はい。覚えています。今、同じ質問をされても答えは同じです」
「それだ。ならばそのときの答えは今でも覚えているな?」
「はい。『宗教上の理由でお断りします』でした」
「そうだ。実にいい答えだった。それを聞いて俺はピンと来たんだ。だからウチに来てもらった」
社長が大きくうなずいた。
自分もさすがにこの答えは通常ならマズいと思ったけど、この場面では仕方なかった。
以前、前の仕事で機械に貼られた他所の会社のロゴを貼り替えて無理矢理無償修理を迫ってきたひどい客に当たった話をしたと思う。
この客こそがX社だったからだ。
前の会社でX社の仕事をしてから、自分は今後可能な限りX社に関わらないと決めた。
ただ、これは自分の個人的な都合だ。
そう、自分はX社と関わらないという宗教を立ち上げて、それに入信したんだ。
だから「宗教上の理由で」X社の仕事はできない。
面接での答えはそのような意図によるものだ。
他の人が真似するのはオススメしないけどね。
「気付いているかもしれないが、俺はX社からの引き合いを受けるつもりは毛頭無かった。有触さんが前に所属していた会社のホームページには取引先としてX社の名前もあったから、気になって聞いてみたんだな……」
社長は嬉経野デベロップサービスを立ち上げる前、フリーランスで通信教育の教材を作る人たちのスケジュール管理のような仕事をしていたらしい。
そのときにX社の仕事を受けたことがあったが、難癖をつけられて代金が支払われなかったらしい。
この出来事が嬉経野デベロップサービスを立ち上げるきっかけになったそうだ。
また、会社を立ち上げる際に「ロクでもない客を相手にしなければならない状況になるくらいなら会社を畳む」と決めたという。
言葉は丁寧に直されているけどこれは社是にも書かれていることだから自分もよく知っている。
これはロクな客がいなくなったら自分の仕事は無くなるということをも意味しているのだが。
「有触さんの言葉を聞いたときにピンときた。うちの社是と似た考えを持っていると。だから床井さんに言ったんだ。何が何でも有触さんを採ってくれ、と」
社長が床井さんにそんなことを言っていたとは知らなかった。
ありがたい話だ。こうして今の仕事ができているのだから。
「さすがにあれには驚いたわ。私も有触さんには来ていただくつもりだったから、問題はなかったけど……」
床井さんは苦笑いとしか表現できない表情を浮かべていた。
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ひとつはもちろん社長が何が何でも自分を採用しろと床井さんに迫ったことだ。
もうひとつは自分がX社の仕事を拒否するときに「宗教上の理由」と答えたことだと思う。
こういう回答をする人は多くないと思うから。
「あと、前にも話したがうちの企画課や制作課には保護対象じゃないが保有者がいる。最初の面接で担当がいい印象を持っていたと言っていたから、有触さんは保有者とは相性が良さそうだと思ったのもあるけどな」
思った以上に社長は自分を評価してくれていたらしい。
その後は日常の業務についていくつか聞かれた。
「……そうだな、有触さんみたいに他社の気質保護員や保有者と接点のあるのは少ないからな……うちの気質保護員同士でどんな活動をしているか紹介する機会を作ってもいいかもな」
「確かに問題を共有する場はありますが、他の気質保護員が何をやっているか詳しく知らない人も多いかもしれません……」
社長面談の場は、いつの間にか「気質保護員同士がお互いの仕事を知る場を作る」ための会議になってしまった。
社長と床井さんからは穏円さん、東神さん、サワジュンさんとゲームのテストプレイをした日のことを根掘り葉掘り聞かれた。
どうやらこの活動に興味を持たれたようだ。
遊んでいると思われても仕方ない内容(というか実際に遊んでいるし)なのでどうなることかと心配になったけど、別に問題ないと言ってくれたので助かった。
「じゃあ、有触さんが最初にどんな仕事をしているか話してくれればいい。俺はかなり参考になる内容だと思うんだよな」
結局、社長の強い要望によりこうなってしまった。
テストプレイの話はレアケース過ぎて参考にならない気もするのだが、まあ仕方ない。
どうにか無事? に社長面談を乗り切ったのでよしとしよう。
ただ、社長はポスト・アールエム社の社長が怒鳴り込んできた理由やどう対処したのかの詳しい説明をしなかったので、そこのところがすっきりしなかった。
その件について床井さんに尋ねたら、
「向こうの社長は有触さんが妙木市駅で東神さんを放置したって怒っていたから、詳しい経緯を説明しました。『何故家まで送って安全を確保しないのか?』って言われたけど、社長が『担当している保有者の状況を把握するのはそちらの仕事でしょう』と言い返したら、『今後は気を付けてください』って言って帰っちゃったわ。気を付けるのはそちらでしょう、と言いかけたけど」
ということだった。
ポスト・アールエム社の名誉のため、午後になって東神さんを担当している多桜さんからお詫びの連絡があったことは書いておくことにする。
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