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五月ニ六日(月)
メンバーの悩み
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今日は部門会議の日だ。
特に出社する理由もないので、家からオンラインで参加することにした。
朝イチで査定の日程が決まったと床井さんから連絡が入った。
社内では六月一八日午前の時間が割り当てられた自分がトップバッターになるそうだ。
本格的な査定は今年が初めてなので、心しなければならないだろう。
先月の緊急? 社長面談と違って今回は国の人が相手だ。
社長のように気さくな人だといいのだけど、それは望み薄だと思う。
部門会議は通常一一時からの四五分間なのだけど、今回は何故か一三時半から二時間とされていた。
何か大きな問題があってその解決策を皆で考える場合、長時間の部門会議がセットされることがある。
今回もこのケースなのだろう。
例の事件絡みの問題だろうか?
自宅で昼食を済ませて部門会議の開始を待つ。
穏円さんには部門会議でしばらくの間返信が遅れるかも、と連絡しておいたので大丈夫だろう。
時間通りに会議が始まった。
各メンバーの状況報告が行われる。
やはり例の事件の影響があるためか、精神状態や体調が良くない保有者がいるようだ。
ネットで事件の背景に関する情報などを調べて、ショックを受けている人も少なくない。
穏円さんはそういう意味では調子が良い方のグループに入りそうだ。
「……最後は段西さんね、報告をお願いします」
床井さんの指示で段西さんが話し始めた。
段西さんはうちの会社が希少気質保護事業を始めた際に企画課から異動してきた四十代後半の女性社員だ。
優秀な成績で気質保護員の試験に受かった人で、希少気質保護課のメンバーも一目置いている。
しかし、担当している保有者が難しい人だ。
精神的に不安定なところがある人のようで、かなり難しい要求をしてくるという報告は何度か聞いたことがある。
今回もその話なのかもしれない。
「私が担当している戸代さんですが、何度かこの会議でお話しした通り結婚相手を探されております……」
この話は課のメンバーにとって初めてではない。
戸代さんというのは結婚願望の強い女性だそうで、ずっと相手を探している。
うちの会社も段西さんが中心になって知り合いを紹介したり、結婚相談所に登録させたりしているいう話を聞いている。
「三月の下旬に登録した相談所から紹介された方とマッチングを試みたのですが、一昨日に、その……先方からお断りされまして……」
段西さんの説明によれば、戸代さんには約二年で五〇名近くの相手を紹介したが、ことごとくうまくいかなかったらしい。
三分の二は戸代さんからダメ出しがあり、残りは先方からお断りされたということのようだ。
「……本件については永多さんや百代さんにお手伝いいただいているのですが、皆様にもご協力いただきたいのです」
そう来たか。要するに戸代さんのお相手になりそうな知り合いを紹介してほしいということだろう。
戸代さんはかなり焦っているようで、登録している結婚相談所やうちの会社にクレームを何度か入れてきているそうだ。
自分の周辺に候補となりそうな人は……未婚男性ならそれなりにいるが、結婚を望んでいる人がいるとは思えない。
それに戸代さんという人をよく知らないので、紹介しようにもやりようがない。
「……戸代さんについて紹介資料を作成していますのでご覧ください。センシティブな内容が含まれますので機密保持には最大限注意してください」
会議ツールを通じて戸代さんに関する情報がファイルで送られてきた。
個人情報に関する部分は記載されていないが、かなり詳細な情報が書かれている。
ファイルに書かれていない部分は口頭で床井さんが補足した。
前に後継者育成プログラムに関するミーティングをすると聞いたけど、床井さんの口ぶりからするとこの件だったようだ。
情報によれば戸代さんは二八歳の女性で、第一回の募集で保護対象になっている。
担当はずっと段西さんだが、副担当として永多さん、百代さんの名前がある。
永多さんや百代さんは別に担当している保有者がおり、三人の保有者を三名の気質保護員で担当しているような恰好だ。
戸代さんに話を戻すと、保護対象になる前は金融系の会社で働いていたらしい。
好みは人それぞれだから何とも言えないけど、写真を見る限りすらっとした感じで、何というか少し影があるように見える。
「条件が厳しいですね……私の知り合いだと職業でアウトになりそうだな……」
先輩社員の一人がつぶやいた。
確かに求める条件がちょっと多いような気がする。
ちなみに保護対象の保有者や気質保護員はオーケーらしいのだが、自分の知り合いは他の条件で引っかかる人が殆どのようだ。
「独身の男というと、有触さんがいたな? どうだ?」
先輩社員の一人が自分を指名してきた。
独身の男は何人かいるのだが自分が一番戸代さんと年齢が近いからだと思う。
「どうだと言われても、身長で引っかかってますよ! 出身大学だってアウトですし」
そう、条件には身長と出身大学が含まれていた。
身長は一七五センチ必須で、一八〇センチ以上が望ましいそうだ。
自分は一六七センチだから完全に圏外だ。あと、正直に言うと今は結婚に興味がない。
出身大学についてはそこまで厳しい条件ではないそうだが、自分がレベルの低いところ出身なのはいかんともしがたい。
「戸代さんは背が高いし、学校もいいところを出ているから、このあたりはどうしても厳しくなると言いますか……」
段西さんによれば、これでも相当条件を下げさせたのだそうだ。
永多さんや百代さんも同じことを言っているので、条件を下げさせるのには苦労したのだろう。
気質保護員は原則的に担当している保有者の希望を突っぱねることができない。
しかも、保有者の結婚は保有者の血筋を残すという観点から推奨されているからなおさらだ。
自分も穏円さんから同じことを頼まれたら、必死で相手を探すことになるだろう。
今のところその心配はなさそうだけど。
当事者となっている段西さんは自分のように気楽に構えることはできないと思う。
社にクレームが入っているということは、国に対して報告する必要がある。
査定の時期も近いし、何らかの対応をしなければ段西さんが責任を問われかねない状況だ。
実は自分の知り合いである程度条件に合致しそうな人が一人だけいる。
東神さんだ。
本人の希望もあるから、それとなく話すだけ話してみて興味が無さそうだったら引っ込めよう。
事前に穏円さんには相談した方がいいかもしれない。
結局二時間の会議ではこの件について結論は出なかった。
というより出しようもないと思う。
自分を含めて何人かのメンバーが知り合いを当たってみるということで決着させるしかなかった。
会議が終わってから穏円さんにそれとなくビデオ通話で尋ねてみた。
「うーん、トージは結婚には興味ないと思うよ。そういうことを聞いて気分を害するような奴じゃないから、それとなく聞いてみるのはアリじゃないかな」
「……そうですよね。笑われるくらいだとありがたいのですけど」
「有触さんも大変な立場だからね。そこは理解してくれると思う。有触さんの会社のことも考えると、トージに聞いてみた、って記録は残した方がいいと思う」
穏円さんの言葉は自分にとっては意外なものであった。
うちの会社のことまで考えてくれるとは思っていなかったのだ。
ただ、東神さんとのやり取りを記録に残すというレベルまでやっていいのかは迷うところだ。
東神さんからすればやり取りを記録されるのはあまりいい気分ではないように思える。
「……穏円さん、東神さんが嫌がりませんか?」
「いや、これは僕やトージのためにもなると思う」
穏円さんがそう言い切った。彼にしては珍しいことだ。
「だといいのですけど、穏円さんがそう考える理由は知っておきたい気もします」
自分の要求に穏円さんは、いいよと応じてくれた。
特に出社する理由もないので、家からオンラインで参加することにした。
朝イチで査定の日程が決まったと床井さんから連絡が入った。
社内では六月一八日午前の時間が割り当てられた自分がトップバッターになるそうだ。
本格的な査定は今年が初めてなので、心しなければならないだろう。
先月の緊急? 社長面談と違って今回は国の人が相手だ。
社長のように気さくな人だといいのだけど、それは望み薄だと思う。
部門会議は通常一一時からの四五分間なのだけど、今回は何故か一三時半から二時間とされていた。
何か大きな問題があってその解決策を皆で考える場合、長時間の部門会議がセットされることがある。
今回もこのケースなのだろう。
例の事件絡みの問題だろうか?
自宅で昼食を済ませて部門会議の開始を待つ。
穏円さんには部門会議でしばらくの間返信が遅れるかも、と連絡しておいたので大丈夫だろう。
時間通りに会議が始まった。
各メンバーの状況報告が行われる。
やはり例の事件の影響があるためか、精神状態や体調が良くない保有者がいるようだ。
ネットで事件の背景に関する情報などを調べて、ショックを受けている人も少なくない。
穏円さんはそういう意味では調子が良い方のグループに入りそうだ。
「……最後は段西さんね、報告をお願いします」
床井さんの指示で段西さんが話し始めた。
段西さんはうちの会社が希少気質保護事業を始めた際に企画課から異動してきた四十代後半の女性社員だ。
優秀な成績で気質保護員の試験に受かった人で、希少気質保護課のメンバーも一目置いている。
しかし、担当している保有者が難しい人だ。
精神的に不安定なところがある人のようで、かなり難しい要求をしてくるという報告は何度か聞いたことがある。
今回もその話なのかもしれない。
「私が担当している戸代さんですが、何度かこの会議でお話しした通り結婚相手を探されております……」
この話は課のメンバーにとって初めてではない。
戸代さんというのは結婚願望の強い女性だそうで、ずっと相手を探している。
うちの会社も段西さんが中心になって知り合いを紹介したり、結婚相談所に登録させたりしているいう話を聞いている。
「三月の下旬に登録した相談所から紹介された方とマッチングを試みたのですが、一昨日に、その……先方からお断りされまして……」
段西さんの説明によれば、戸代さんには約二年で五〇名近くの相手を紹介したが、ことごとくうまくいかなかったらしい。
三分の二は戸代さんからダメ出しがあり、残りは先方からお断りされたということのようだ。
「……本件については永多さんや百代さんにお手伝いいただいているのですが、皆様にもご協力いただきたいのです」
そう来たか。要するに戸代さんのお相手になりそうな知り合いを紹介してほしいということだろう。
戸代さんはかなり焦っているようで、登録している結婚相談所やうちの会社にクレームを何度か入れてきているそうだ。
自分の周辺に候補となりそうな人は……未婚男性ならそれなりにいるが、結婚を望んでいる人がいるとは思えない。
それに戸代さんという人をよく知らないので、紹介しようにもやりようがない。
「……戸代さんについて紹介資料を作成していますのでご覧ください。センシティブな内容が含まれますので機密保持には最大限注意してください」
会議ツールを通じて戸代さんに関する情報がファイルで送られてきた。
個人情報に関する部分は記載されていないが、かなり詳細な情報が書かれている。
ファイルに書かれていない部分は口頭で床井さんが補足した。
前に後継者育成プログラムに関するミーティングをすると聞いたけど、床井さんの口ぶりからするとこの件だったようだ。
情報によれば戸代さんは二八歳の女性で、第一回の募集で保護対象になっている。
担当はずっと段西さんだが、副担当として永多さん、百代さんの名前がある。
永多さんや百代さんは別に担当している保有者がおり、三人の保有者を三名の気質保護員で担当しているような恰好だ。
戸代さんに話を戻すと、保護対象になる前は金融系の会社で働いていたらしい。
好みは人それぞれだから何とも言えないけど、写真を見る限りすらっとした感じで、何というか少し影があるように見える。
「条件が厳しいですね……私の知り合いだと職業でアウトになりそうだな……」
先輩社員の一人がつぶやいた。
確かに求める条件がちょっと多いような気がする。
ちなみに保護対象の保有者や気質保護員はオーケーらしいのだが、自分の知り合いは他の条件で引っかかる人が殆どのようだ。
「独身の男というと、有触さんがいたな? どうだ?」
先輩社員の一人が自分を指名してきた。
独身の男は何人かいるのだが自分が一番戸代さんと年齢が近いからだと思う。
「どうだと言われても、身長で引っかかってますよ! 出身大学だってアウトですし」
そう、条件には身長と出身大学が含まれていた。
身長は一七五センチ必須で、一八〇センチ以上が望ましいそうだ。
自分は一六七センチだから完全に圏外だ。あと、正直に言うと今は結婚に興味がない。
出身大学についてはそこまで厳しい条件ではないそうだが、自分がレベルの低いところ出身なのはいかんともしがたい。
「戸代さんは背が高いし、学校もいいところを出ているから、このあたりはどうしても厳しくなると言いますか……」
段西さんによれば、これでも相当条件を下げさせたのだそうだ。
永多さんや百代さんも同じことを言っているので、条件を下げさせるのには苦労したのだろう。
気質保護員は原則的に担当している保有者の希望を突っぱねることができない。
しかも、保有者の結婚は保有者の血筋を残すという観点から推奨されているからなおさらだ。
自分も穏円さんから同じことを頼まれたら、必死で相手を探すことになるだろう。
今のところその心配はなさそうだけど。
当事者となっている段西さんは自分のように気楽に構えることはできないと思う。
社にクレームが入っているということは、国に対して報告する必要がある。
査定の時期も近いし、何らかの対応をしなければ段西さんが責任を問われかねない状況だ。
実は自分の知り合いである程度条件に合致しそうな人が一人だけいる。
東神さんだ。
本人の希望もあるから、それとなく話すだけ話してみて興味が無さそうだったら引っ込めよう。
事前に穏円さんには相談した方がいいかもしれない。
結局二時間の会議ではこの件について結論は出なかった。
というより出しようもないと思う。
自分を含めて何人かのメンバーが知り合いを当たってみるということで決着させるしかなかった。
会議が終わってから穏円さんにそれとなくビデオ通話で尋ねてみた。
「うーん、トージは結婚には興味ないと思うよ。そういうことを聞いて気分を害するような奴じゃないから、それとなく聞いてみるのはアリじゃないかな」
「……そうですよね。笑われるくらいだとありがたいのですけど」
「有触さんも大変な立場だからね。そこは理解してくれると思う。有触さんの会社のことも考えると、トージに聞いてみた、って記録は残した方がいいと思う」
穏円さんの言葉は自分にとっては意外なものであった。
うちの会社のことまで考えてくれるとは思っていなかったのだ。
ただ、東神さんとのやり取りを記録に残すというレベルまでやっていいのかは迷うところだ。
東神さんからすればやり取りを記録されるのはあまりいい気分ではないように思える。
「……穏円さん、東神さんが嫌がりませんか?」
「いや、これは僕やトージのためにもなると思う」
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