希少気質の守護者(ガーディアン)

空乃参三

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六月六日(金)

束の間の休息・前編

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 自分の査定まで二週間を切ったこの日、自分は城東区にある秋森あきもりという地下鉄の駅に向かっていた。
 今日は東神さんの呼びかけで降りたこともない駅に集合することになっていたのだ。
 本当は穏円さんと一緒に向かう予定だったのだけど、運悪く自分のノートパソコンの調子が悪くなったので交換してもらうことになった。
 ノートパソコンがないと仕事にならないので、急いで会社で交換してもらい、その足で秋森駅に向かったというわけだ。

 秋森駅は自分が普段使っている東妙木に行く路線とは別で、要央もとお中央駅で本松山ほんまつやま方面行きに乗り換える必要がある。
 要央中央駅からは四駅なので、一〇分もかからない。
 二番出口の階段を登ったところが集合場所だ。

 話は月曜日の夕方までさかのぼる。
 「わははは。有触さん、それは災難だったなぁ。提案者としては申し訳ないのだが……」
 午後、穏円さんに呼ばれてオンライン会議に参加するとそこには東神さんも参加していた。
 近いうちにやりたいことがあるので手伝ってほしい、ということらしい。

 穏円さんがトイレで席を外した際に、日曜日のことを聞かれたので答えた。
 そのときの反応が先ほどの東神さんのセリフだ。
 「いえ、経験者の話が聞けたので助かりましたよ。こっちはまともに査定を受けるの今回初めてですから」
 「まあ、だったらいいのだが」
 その直後、穏円さんが戻ってきたので、日曜の話はそこで打ち止めとなった。

 「さて本題に入るのだが、前より多少外には出やすくなったとはいえ、閉じこもってばかりの状況に変わりがないと思わないか?」
 「トージの言うとおりだとは思うけど、どうするんだい? 有触さんや多桜さんに迷惑がかかるのもどうかと思うけど……」
 穏円さんに遠慮があるようだが、担当気質保護員としては遠慮などされては困る。
 「穏円さん、それは自分の仕事ですからお気遣い不要です。で、東神さんは何をしようと考えているのですか?」
 「ああ、興味がある店があってな、食べ歩いてみようかと思っているわけだ。歩きで移動すれば運動不足も多少は改善するってことで……」
 なるほど、食べたいものがあるのは理解できた。
 何かと聞いたら、何とどら焼きだという。
 東神さんはお酒が好きなイメージが強いけど、結構なグルメで実は甘いものでも辛いものでもイケるクチなのだ。
 「わかりました。警備会社に問い合わせてみますよ。ちなみに店はどこになるのでしょうか?」
 こうして今日、秋森から要央中央駅に向かって食べ歩きメインの散歩をすることになった。

 「お待たせしました!」
 二番出口の階段を上がったところに小さな公園がある。
 中にあるベンチの一つに穏円さんと東神さんが座って待っていた。
 「会社の方は大丈夫だったかな?」
 穏円さんには会社でノートパソコンを交換することを伝えていたから、それを気にかけてくれたのだと思う。
 「無事、交換できました!」
 「有触さん、そこまで慌てなくていいよ。まだ時間前だぜ」
 東神さんが笑って手を振った。
 確かに待ち合わせの時間までは五分ちょっとあるし、まだ来ていない人がいる。

 「すみませ~ん、お待たせしましたっ!」
 地下鉄の出口からではなく、公園の裏の方から女性の声が聞こえてきた。

 自分を含めた三人が声の方を振り向くと、黒いレギンスに紺ののショートパンツ、上は白のパーカーを羽織った女性の姿があった。
 ウォーキングかランニングをするなら完全武装といった恰好だ。リュックを持っているのは水分補給のための水筒でも持っているからだろうか。
 「って、多桜さん、普段着で来てくれって言ったのだけどなぁ」
 「要央中央まで歩くって聞いたので……」
 多桜さんだけが完全武装で自分たち三人は普段着なので完全に多桜さんだけが浮いてしまっている。
 「だ、大丈夫ですよ! 今日は平日で人も多くないですしっ!」
 多桜さんは少し慌てた様子であったが、すぐに落ち着いたみたいだ。
 「じゃ、出発するか。最初は阪元さかもと商店だったな」
 東神さんが先頭に立って歩き出した。
 自分たちがそれに続いた。

 昨日の夕方、東神さんが自分と穏円さんに申し訳なさそうに連絡を入れてきた。
 「あー。有触さん、スマ、何というかちょっと困ったことになった。俺は構わんのだが、二人に迷惑になるかも知れん」
 「? 何かあったの、トージ?」
 「いや、俺の担当の多桜さんが同行するって言い出してな。どうしても引かないつもりみたいなので相談にきたってワケさ」
 東神さんの言葉を聞いて自分にはピンと来た。
 この前の査定で警告を受けた多桜さんが東神さんに同行すると言い出すのも無理はない。
 担当する保有者の状況を確実に把握できる方法なのだから。

 「うーん、僕は問題ないけど向こうは女性一人で平気なのかい? あと、気質保護員としての有触さんの意見も聞きたい」
 穏円さんの疑問ももっともなものだ。
 自分は担当保有者が遠出する際には気質保護員の同行が求められている状況だと答えた。
 東神さんは多桜さんの状況を何となく把握しているようで、うんうんとうなずいている。
 「……専門家の有触さんが言うなら問題ないよ」
 「なら、多桜さんには俺から伝えておく」
 こうして多桜さんを含めた四人で歩くことになった。

 「えっ? これって煎餅屋じゃないですか?」
 十分ほど歩いて到着したのは、商店街にある古い木造の店舗だった。
 醤油が焦げる良い香りがしており、店頭には煎餅の入った瓶がいくつも並んでいる。
 店の中を見ても煎餅やあられしか見当たらず、とてもどら焼きが売っている店には見えない。

 「……すみません、これは私のリクエストでして……その……昔ながらのお煎餅に目がなくって……」
 多桜さんが申し訳なさそうに手を挙げた。顔がちょっと赤いようにも見える。
 「甘いものばかりというのも飽きるし、結構歩くから休憩は多めに取ったほうがいいだろう」
 「なるほど、それはいいですね」
 自分が不用意に声にしてしまったため、東神さんに気を遣わせてしまった。気をつけよう。

 煎餅屋の阪元商店の軒先に置かれたベンチに腰かけて煎餅をいただく。
 醤油とゴマのシンプルなやつにしたけど、米の味がしっかりしている。
 煎餅って米菓なんだなぁと改めて気づかされた。
 ちらっと多桜さんの方に目をやると、リュックに煎餅の袋を詰め込んでいる。やはり好きなのだろう。

 「あ、そろそろ次行きましょうか」
 リュックを背負って多桜さんが立ち上がった。
 自分たちもそれに続く。
 多桜さんは気合が入っているみたいだ。査定のこともあるから無理もないのだが。

 「そういえば先週の飲み会の店は好評だったよ。有触さんに手伝ってもらって助かった」
 不意に穏円さんがそう言ってきた。
 三月に店選びを手伝った? 穏円さんの飲み会の件、当初は四月下旬に予定されていたのだけど延期になった。
 それが先週の土曜にようやく開催できたのだ。
 穏円さんも昔の職場の人と会うのは久しぶりだったそうで、気質保護員としてはうまくことが運んで何よりだ。

 「次は東神さんのオススメのどら焼き屋さんですね。ちょっと歩くみたいなのでこの先のコンビニで水とかお茶を買った方がいいですよ」
 先頭を歩いている多桜さんがこちらを振り返った。
 自分は鞄を持っているけど穏円さんはほとんど手ぶらに近い恰好だから飲み物は持っていないかもなと考えた。
 東神さんも穏円さんと似たりよったりの感じだからコンビニに寄ったほうがいいかもしれない。

 阪元商店は商店街の中にあったが、この商店街を抜けると川沿いの遊歩道を歩くことになるのでしばらく店がないそうだ。
 次のどら焼きを売っている店(蒼月そうげつ、というそうだ)までは、地図アプリを見た感じだと二キロちょっと。
 歩いて三〇分くらいかかりそうだ。確かに水分補給が必要かもしれない。

 予想通り穏円さんと東神さんがコンビニでペットボトルのお茶を買った。

 「やっぱり運動不足なのかもしれないね」
 そういう割には穏円さんは元気そうだ。
 歩くとじんわりと汗がでてくるが、川沿いの遊歩道は風が結構強いのでそれほど暑いという気はしない。
 「俺はバイクで遠くに行きたいけど、当分無理そうだしなぁ。運動不足というのには同意だ」
 東神さんがぼやいた。

 まだ食べ歩きは序盤戦だ。査定が近づくと遊べなくなるかもしれないから、今日のところは目一杯楽しもう。
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