ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

文字の大きさ
115 / 304
第十二章

536:この地域のやり方

しおりを挟む
 エリックが使う研究設備の準備を終えた後、シシガはエリックを椅子に座らせたまま、テーブルの上を片付け始めた。
 その間もウィリマはモニタに出力される数字と格闘している。
「ふぅ、今日はこんなところかな。これ以上は続きそうもないや」
 シシガの片付けが終わるのとほぼ同時にウィリマがモニタの電源を切った。
 表情から推測するに得られた結果は決して良いものではないようだ。

 ウィリマがテーブルの方に移動してからほどなくして、インターホンが鳴った。
「いいわよ、入ってきなよ」
 ウィリマが直接扉の方に向かって答えた。

「ど、どうもこんばんは」
 と頭を低くして入ってきたのは、スキンヘッドで左頬に傷のある引き締まった体格の男性だった。
 気の弱い人であれば、あまり街で出会いたくない外見だ。
「あ、サソさん、シシガさん。こんばんは。今日は三人分、でしたよね?」
「そうよ。学生時代の友達が来ているのよ、ほら、ここに」
 とウィリマが右手でエリックを指差した。
「はじめまして、モトムラといいます」
 エリックがややかしこまった様子で頭を下げた。
 するとスキンヘッドの男は慌てて両手を振って、
「あ、そんなご丁寧にありがとうございます。私、モミガワと申しまして、本日のご夕食を準備させていただいた者です。それでは、ごゆっくり」
 と頭を下げて、そのままドアから外へ出ていこうとする。
 それをシシガが止めて、
「食器は明日の朝にお返ししますね。モミガワさんのところに持っていきますよ」
 と伝えると、モミガワはわざわざ丁寧にありがとうございます、と今度は外へ出て行ってしまった。

「……ハモネスの業者から取り寄せたのかい?」
 エリックの質問にシシガは人差し指を立てて横に振った。
 そして、男が置いて行った箱から器を取り出してテーブルに並べていく。
「モミガワさんは、ここに入ってくる道の二件手前の家の人ですよ。この通りに住んでいる人はモミガワさんのところから食事を取っているのですよ」
 器を並べ終えたシシガがエリックにそう説明した。
 ここサブマリン島ではエネルギーの大部分を電力に依存し、その電力自体比較的高価である。
 そのため、市民が自らの手で調理することは一般的ではない。
 大抵の都市や集落には複数の飲食店や惣菜店があり、多くの市民はそこで外食するか、料理を持ち帰り食事をとるのだ。

 料理は素朴ながらも、非常に丁寧な仕事で作られたものであった。
 残念ながらエリックはそれを十分に理解する敏感な舌を持ち合わせていなかったが、それでもこれらの料理に価値がありそうなことくらいはわかる。
「おいおい、ずいぶん高そうな料理を頼んだんじゃないか?」
 エリックの言葉はシシガやウィリマの懐具合を心配してのものだ。
 その言葉にシシガはニヤリとしながら、「気にする必要はないですよ」と首を横に振った。
 その様子を見たウィリマは、半ば呆れた様子で言う。
「何言ってんの。シシガもアタシもこの料理に一ポイントすら払ってないわよ。当然、エリックも払う必要はないけどね」
 エリックがシシガの方に目をやると、明らかに説明させてほしいような表情を見せたので、素直に説明を求めた。
 エリックはこの二人のやり方をよく知っている。
 シシガの説明によると、二人の研究所━━マッチ・ラボのある通りに並ぶ十数件の家は一種の共同体のようなもので、各自が提供できるものを金銭のやり取りなしに共同体内に提供しているのだそうだ。
 たとえばシシガとウィリマは研究所の裏手にある畑から収穫される農作物を提供しており、先ほどのモミガワは、共同体内に料理を提供しているらしい。

 シシガの説明に一つの疑問が湧きあがる。
 エリックはその疑問を素直にぶつけてみた。
「ちょっと待ってよ。だとすると僕はここではよそ者なのだから、モミガワさんに余計な仕事をさせていないかい?」
「アタシからモミガワさんに事情を説明したのさ。このくらいの話が通らないほど融通の利かない連中じゃないよ、ここいらのは」
「そういうことですよ。このあたりの方々は僕らについても余計な詮索はしてこないですし、安心して研究もできますしね」
 二人の回答にエリックは納得できたようなできないような複雑な気分ではあったが、これ以上は切り込まないことにした。
 必要な詮索は歓迎だが、ある線を越えてのそれは二人の嫌うところである。

 エリックは一切他人には口外していないが、二人の研究内容とその目的、および研究を始めるに至った経緯をある程度は知っている。
 二人は同じ孤児院の出身であり、研究学校時代から彼らと付き合いがあるのはエリックだけであった。
 研究内容がたまたま近かったので、同じ研究グループに属していたのが彼らと付き合うきっかけとなったのだった。
 エリックには他の研究グループにも付き合いのあるメンバーはいたが、彼らにそうした相手はいなかった。
 エリックに対してですら彼らは当初関心が無かったようであったが、時間が経つにつれて次第に三人で行動する機会が増えたのだった。
 他にも彼らとコンタクトを取った学生はいたのだが、エリック以外に彼らとの付き合いが続いた者はいなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...