ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十二章

535:エリックの「やりたいこと」

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「ところでエリックさぁ、確かアタシたちに話したいことがある、って言ってたよね?」
 シシガの話? がひと段落したところで、ウィリマが突然そう言いだした。エリックがここに到着した直後の言葉を覚えていたらしい。
「あ、そのことだけど、久々に自分の研究を再開したくなったんだ。社や自宅では場所や設備がないので、ここを借りられたらな、と思うのだけど……」
 エリックは申し訳なさそうに頭をかいた。

「別にいいんじゃないの? シシガはどう?」
 考えるそぶりも見せず、ウィリマが即答した。
「そんなの言うまでもないですよ。喜んで場所を提供しますよ。ところでここだとエリックの家からちょっと遠すぎないか心配ですけど……」
 シシガもウィリマの意見に懸念を示しながらも賛成した。
 確かにシシガの言うとおり、彼らの研究所「マッチ・ラボ」はポータル・シティにあるエリックの家からは離れている。シシガの懸念ももっともだ。

「それは心配いらないよ。ECN社から三〇分ほどだし、電車が走っていれば家からここまで一時間もかからないからね」
 シシガの懸念が距離に関するものだけであり、エリックが「マッチ・ラボ」の施設を利用することには異論はなかった。
 それならば距離に関するシシガの懸念を払拭すればよい、とエリックは考えたのだった。
「でしたら大丈夫ですね。久々にエリックの研究が見られるのは楽しみですよ」
「アタシも興味あるね。エリックのキャラから想像できないようなドキドキする研究だからね」
「そ、そうかな……」
 エリックの要望はあっさり受け入れられ、時間のあるときに研究設備を使わせてもらうことが決まった。

 ちなみにエリックの研究は人体に携帯端末で読み書き可能な電子データを書き込むという内容である。
 人体にチップを埋めこんだり貼りつけたりする方法でチップに読み書きするという方法は実用化されているが、エリックの研究はそうした手順を踏むことなく、直接人体そのものに情報を書き込む方法を模索している。
 人体に埋め込むチップの材料がまだまだ不足していたこと、こうしたチップの材質にアレルギーを持つ者への対応としての研究である。
 もともとは彼らが学んでいた研究学校の研究テーマの一つで、学校の教師の薦めでエリックはこのテーマに取り組んでいた。
 研究学校に入学した当初、エリックはこのテーマに興味を持っていなかったのだが、研究を進めていくうちに、ある事件が発生し、それを機にこれが自分に合ったテーマかもしれないと思うようになったのである。

「事件」とは、研究学校時代にエリックが鉄道の定期券を紛失したことであった。
 電力や金属の供給に難があるここサブマリン島では、鉄道の定期は比較的高価なものであった。
 定期を紛失したエリックは、親にそのことを言い出せなかった。
 その代わり、彼は通学の手段を確保するために二週間分のアルバイト代をふいにしたのである。
 二週間程度の犠牲で済んだのは、定期の残り期間が半分を切っていたからだ。
 購入した直後に紛失していれば、一ヶ月分よりも多いアルバイト代が犠牲になったはずだった。

(定期券のデータが自分の身についていたらよかったんだけどなぁ)
 他人からしたら単なる笑い話かもしれないが、エリックにとっては非常に痛手となった事件であった。
 今では通勤用の定期をチェーンでスラックスにつないでいるが、これはこれで服装を変える時などに不便なので、どうにかしたいと考えている。
 エリックからすればその程度の単純な理由なので、ウィリマの言う「ドキドキする」の意味がいまいちよく理解できない。

「まあいいや、アタシが面白いんだからそれでいいのよ」 
 ウィリマはそう言って、首をひねるエリックを制したのであった。
「あ、そうでした。エリックは今日泊まっていきますよね?」
 エリックがそのつもりだ、と答えるとシシガがどこかへと携帯端末で連絡を取った。
 いつの間にか窓の外を見ると陽が落ちかけていた。話に夢中になっていたためだろう。
 壁の時計に目をやると、一七時を過ぎたところである。
 シシガは一九時頃に夕食を届けさせるので、それまでエリックが使う研究設備の準備をしようと言い、奥の部屋へと向かった。
 エリックがシシガに続く。
「悪いけどアタシは、ここで実験を続けるからね」
 ウィリマはそう言って、けだるそうに椅子をモニタの方に向けた。
 よく見ると彼女の左腕はだらりと下にぶら下がっているだけで、ほとんど動きを見せていない。
 彼女はまだ幼い時にある事件に巻き込まれ、それ以来左腕の自由を失っていた。
 そのため、設備の移動などの力仕事で自分が役に立たないことを知っている。
 シシガとエリックの二人で建物の奥の物置スペースから、エリックがかつて研究学校で使っていた装置を引っ張り出し、実験室の空いたスペースに置く。
 シシガによれば、エリックがいつ来てもよいように、エリックが使っていた装置はメンテナンスを欠かしていなかったそうだ。
 こうして一時間半ほどで設備の準備が終わった。
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