ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十二章

546:「犯罪」

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「どうやらECN社の交渉担当者はレイカ・メルツのようですね。妥当なところでしょうか」
「そうね、ECN社のことを考えれば適任でしょう。ゴールド、『勉強会』はどうさせるの?」
 前髪の長い男性の問いに女性が別の問いで応じた。
「交渉の場に出させるさ。せっかく先方から出席要請が来ているのだから、断る理由がないさ」
「こちらのトップも出席するようだしね」
 狭く薄暗い部屋の中に男女が各二名、計四名思い思いの位置に座って談笑している。
「そういえば、三人目の判定者、ってどうなっていますか、アレクさん?」
 前髪の長い男が尋ねた。
 髪に隠れてその表情を窺い知ることはできないが、声の調子からして比較的若いようだ。
「結論から言うと断られたわ。さすがにハモネスだと遠すぎるし、事件のことに触れたくないようなのよね……」
 アレクと呼ばれた女性が答えた。
 こちらは若い女性のようだ。
 彼女は部屋の奥の大きな机のところに座っていた。
 アレク、というのは本名ではない。
 彼女の本名を知る者は、この部屋の中には彼女自身ともう一人の女性のみである。
 彼女の現在所属する集団は正式な名称を持っていなかったが、「判定者とその支援者」という名称で自らの所属する集団を表すことが多かった。そのため今後は集団を「判定者とその支援者」と呼ぶことにする。

 「判定者とその支援者」は二〇人ほどの集団で、判定者は現在女性二人のみである。残りのメンバーはすべて「その支援者」となる。
 先日、三人目の判定者候補が見つかったのだが、本人とコンタクトを取ったところ、判定者になるのを拒絶されたのだった。
「事件当時ときの年齢を考えれば、トラウマになっても仕方ないかと思いますが……」
 出入口に一番近いところに座っている男性が恐る恐る言った。先ほどの前髪の長い男とは異なる人物だ。
「リード、それは聞き捨てならないわね」
 アレクがその発言を聞き逃さず、発言者に射抜くような視線を向けた。
「な、何故でしょうか……?」
 リード、と呼ばれた出入口に一番近いところの男の声は、やや上ずっていた。あまり胆力に優れたタイプではないようだ。
 アレクの視線はすぐに和らぎ、諭すような口調で答え始めた。
「真実を知る者が口を閉ざすことで、真実が露わにならないからよ。今回の場合は明らかに犯罪、それも相当に悪辣なもの。すなわち、加害者は正当な手段で裁かれなければならない」
 アレクはリードに真剣なまなざしを向けている。
「……」
 リードはうつむきながらアレクの話を聞いている。
「犯罪が裁かれなければ、犯罪行為によるリスクはないも等しい、と犯罪者やその予備軍に誤ったメッセージを送ってしまうわ。それによって新たな犯罪が生まれる。すなわち、加害者と被害者が生まれる。つまり、真実を知る者が口を閉ざすことで新たな加害者と被害者を生む、これが犯罪でなければ何と言うの?」
 アレクの声は静かであったが、一切の反論を許さないだけの力強さがあった。
 事件の被害者に対して少々厳しすぎるところもあるが、アレクは意に介していない。

 また、アレクは「犯罪」という言葉を繰り返し強調していたが、これは必ずしも適切とはいえないかもしれない。
 サブマリン島でも広く使われている「犯罪」という言葉は、文字通り「罪を犯す」という意味を持っている。
 しかし、何が「罪」であるかを論理的に答えられる者は皆無であった。
 何故ならここサブマリン島には、OP社が司法警察権を掌握していた短い期間を除き、「罪」を定義した広く知れ渡っている規程やそれに類するものがなかったためだ。
 OP社が司法警察権を掌握していた時期でさえ、明確に定められた規程はなかった。
「罪」かどうかの判断は、OP社、すなわちエイチ・ハドリ個人に委ねられていたからだ。
 そのため、各個人や集団が自らの倫理感で「罪」と判断していたものをそう呼んでいた。
 サブマリン島で多くの人々が恐れていた「海洋調査隊送り」という罰則も、人々のこうした極めて恣意的な判断でのみ行われていたのが実情だ。

 こうした事情もあり、OP社治安改革部隊が闊歩していた時期は「判定者とその支援者」でも「犯罪」という言葉を使うことを避けていた時期がある。OP社が定義するそれと混同することを避けるためだ。
 だが、OP社治安改革部隊が解散したため、現在は「判定者とその支援者」の中では「犯罪」という言葉も普通に使われている。
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