130 / 304
第十二章
551:レイカ、かつての同僚と再会す
しおりを挟む
レイカ・メルツは会議開始時刻の約一時間前に会場入りした。
最初に許可を得て、会場となっているサウスセンターの大ホールへと向かった。
会場の中を入念にチェックし、会談に備える。
レイカに同行した二人の男性社員は、椅子に座ったままレイカの作業を見守っている。
これはレイカがそう指示したためで、特に彼らが怠惰なわけではなかった。
チェックはどうしても自身の手でやらなければレイカの気が済まなかった。
彼女はプレゼンテーションや会議などで自らをもっとも効果的に見せる術を知っていた。
そして、そのための準備を怠ることはなかった。
また、こうした彼女の持っている微妙な感覚は、他人に言葉で伝えることができない性質のものであった。
(それほど形や照明に癖のある会場ではないわね。各座席のスクリーンは上下が少し切れるようだから、椅子の高さは……)
レイカは立つ場所や発言時に視線を向けるべき方向などを念入りに確かめていった。
こうして準備を済ませたころ、会議室に元気のよい女性の声が響いた。
「失礼しますっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」
声に続いて二人の女性が部屋の中に入ってきた。
ほぼ同時にレイカが部屋の入口へと向けて動いた。
声とレイカの動きが同時、というのは正確ではない。
正確には会議室に向かってくる足音から部屋に入ってくる者だと判断し、先に動いたのである。
入口から入ってくる者の邪魔とならない位置へと移動し、入ってくる者に向けて会釈する。
相手に隙も見せないが、逆に相手を驚かさないよう自然に視界に入るようにも注意を払っている。
そして、相手が来たことでこちらが動いたと意識させないよう、動きもそれまでの一連の動作と連続したものとなっている。
あくまでも見せるための動きであるが、その意図を感じとるのは困難である。
この動きも彼女が現在の地位にある一因となっている。
レイカの動きや声からわずかに遅れて扉が開き、最初にポニーテールの髪を飛び跳ねさせるようにした女性が入ってきた。
続いて、レイカほどではないが長身の女性が入ってきた。
「トーカMC社のカイト社長、ですね……?」
先にレイカが礼儀正しく会釈してから、ポニーテールの女性に声をかけた。
彼女の口調は冷静、というにはやや親しみの成分が多く感じられたし、気さくと言うのは礼の成分が多すぎた。
相手を必要以上に緊張させないよう、気楽に会話が成り立つよう計算しつくされた口調である。
今回はいつもよりも少しだけ親しみの成分を多くした口調であった。
入ってきたルマリィの表情がやや硬いのを見て、彼女が対応しやすいように気遣った結果であった。
「あ、はい」
「ECN社広報企画室のメルツです。今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
ルマリィが勢いよく頭を下げた。
そして手にした携帯端末の位置を確認するかのように指をわずかに動かした。
ルマリィの意図を察知したレイカは、手にしていた携帯端末をすっと差し出した。
「宜しければ、お名刺を」
ここサブマリン島では、紙の名刺を交換する、という習慣はない。
代わりに互いの携帯端末を相手に向けて差し出し、名刺データを相手側の端末へ送信するという形で名刺交換が行われる。
データが送信されたのちは自らの携帯端末で相手の名刺データを見ることになる。
物資不足で紙幣すら流通させることのなかったサブマリン島ならではの慣習、ともいえる。
紙資源については現在、それほど不足しているという訳ではないのだが、今のところ紙の名刺が復活する兆しはない。
「トーカMCのカイト、と申します。そしてこちらは本日の進行を務めさせていただきますシトリです」
ルマリィが後ろの長身の女性に前に出るように促した。
ルマリィとは対照的にシトリと呼ばれた女性の動作は落ち着いた印象を与える。
「シトリ先輩、ご無沙汰しております。事前にご挨拶に伺うべきだったのでしょうけど、すみません。本日はお手柔らかにお願いします」
レイカが先に頭を下げた。
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって……
でも、貴女の活躍はいろいろと耳にしています。今日はよろしくお願いしますね」
続いてシトリが頭を下げた。
二人には学校を卒業してから最初に勤務した会社が食品商社ジューリックス社という共通点があり、更に同時にジューリックス社に勤務していた時期が四年ほどある。
マーケターのレイカと経営戦略を担当していたシトリは、所属していた部署こそ異なるものの、互いに面識はあった。
年齢はシトリの方が一つだけ上であるが、ジューリックス社ではシトリが六年先輩になる。
これはシトリが一五歳で就職したのに対し、レイカは職業学校五年制コースを卒業してからの就職であったためだ。
所属部署が異なるため、二人が一緒に仕事をすることはなかったが、情報交換や方針のすり合わせなどで、話をする機会はあった。
親しいというほどではないにしろ、面識があるというには十分すぎるほどの接点はあったのだ。
最初に許可を得て、会場となっているサウスセンターの大ホールへと向かった。
会場の中を入念にチェックし、会談に備える。
レイカに同行した二人の男性社員は、椅子に座ったままレイカの作業を見守っている。
これはレイカがそう指示したためで、特に彼らが怠惰なわけではなかった。
チェックはどうしても自身の手でやらなければレイカの気が済まなかった。
彼女はプレゼンテーションや会議などで自らをもっとも効果的に見せる術を知っていた。
そして、そのための準備を怠ることはなかった。
また、こうした彼女の持っている微妙な感覚は、他人に言葉で伝えることができない性質のものであった。
(それほど形や照明に癖のある会場ではないわね。各座席のスクリーンは上下が少し切れるようだから、椅子の高さは……)
レイカは立つ場所や発言時に視線を向けるべき方向などを念入りに確かめていった。
こうして準備を済ませたころ、会議室に元気のよい女性の声が響いた。
「失礼しますっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」
声に続いて二人の女性が部屋の中に入ってきた。
ほぼ同時にレイカが部屋の入口へと向けて動いた。
声とレイカの動きが同時、というのは正確ではない。
正確には会議室に向かってくる足音から部屋に入ってくる者だと判断し、先に動いたのである。
入口から入ってくる者の邪魔とならない位置へと移動し、入ってくる者に向けて会釈する。
相手に隙も見せないが、逆に相手を驚かさないよう自然に視界に入るようにも注意を払っている。
そして、相手が来たことでこちらが動いたと意識させないよう、動きもそれまでの一連の動作と連続したものとなっている。
あくまでも見せるための動きであるが、その意図を感じとるのは困難である。
この動きも彼女が現在の地位にある一因となっている。
レイカの動きや声からわずかに遅れて扉が開き、最初にポニーテールの髪を飛び跳ねさせるようにした女性が入ってきた。
続いて、レイカほどではないが長身の女性が入ってきた。
「トーカMC社のカイト社長、ですね……?」
先にレイカが礼儀正しく会釈してから、ポニーテールの女性に声をかけた。
彼女の口調は冷静、というにはやや親しみの成分が多く感じられたし、気さくと言うのは礼の成分が多すぎた。
相手を必要以上に緊張させないよう、気楽に会話が成り立つよう計算しつくされた口調である。
今回はいつもよりも少しだけ親しみの成分を多くした口調であった。
入ってきたルマリィの表情がやや硬いのを見て、彼女が対応しやすいように気遣った結果であった。
「あ、はい」
「ECN社広報企画室のメルツです。今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
ルマリィが勢いよく頭を下げた。
そして手にした携帯端末の位置を確認するかのように指をわずかに動かした。
ルマリィの意図を察知したレイカは、手にしていた携帯端末をすっと差し出した。
「宜しければ、お名刺を」
ここサブマリン島では、紙の名刺を交換する、という習慣はない。
代わりに互いの携帯端末を相手に向けて差し出し、名刺データを相手側の端末へ送信するという形で名刺交換が行われる。
データが送信されたのちは自らの携帯端末で相手の名刺データを見ることになる。
物資不足で紙幣すら流通させることのなかったサブマリン島ならではの慣習、ともいえる。
紙資源については現在、それほど不足しているという訳ではないのだが、今のところ紙の名刺が復活する兆しはない。
「トーカMCのカイト、と申します。そしてこちらは本日の進行を務めさせていただきますシトリです」
ルマリィが後ろの長身の女性に前に出るように促した。
ルマリィとは対照的にシトリと呼ばれた女性の動作は落ち着いた印象を与える。
「シトリ先輩、ご無沙汰しております。事前にご挨拶に伺うべきだったのでしょうけど、すみません。本日はお手柔らかにお願いします」
レイカが先に頭を下げた。
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって……
でも、貴女の活躍はいろいろと耳にしています。今日はよろしくお願いしますね」
続いてシトリが頭を下げた。
二人には学校を卒業してから最初に勤務した会社が食品商社ジューリックス社という共通点があり、更に同時にジューリックス社に勤務していた時期が四年ほどある。
マーケターのレイカと経営戦略を担当していたシトリは、所属していた部署こそ異なるものの、互いに面識はあった。
年齢はシトリの方が一つだけ上であるが、ジューリックス社ではシトリが六年先輩になる。
これはシトリが一五歳で就職したのに対し、レイカは職業学校五年制コースを卒業してからの就職であったためだ。
所属部署が異なるため、二人が一緒に仕事をすることはなかったが、情報交換や方針のすり合わせなどで、話をする機会はあった。
親しいというほどではないにしろ、面識があるというには十分すぎるほどの接点はあったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる