ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十三章

576:表と裏の境界 その3

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 会長のシホ・サツガは「EMいのちの守護者の会」の看板である。
 華美ではないが見栄えがよく、見る者に不快感を与えないという優れた看板だ。

 そのため会長はなるべく表に出て、会の活動をアピールすべき立場にある、というのがコガミの考えだ。彼の背後に控えている者達の多くもそう考えており、会長の露出を後押ししている。
 会長としての彼女の取り柄は、どのような質問や意見に対しても真摯な態度で応じることにあるとコガミは考えている。
 企業や競争相手のある一般的な組織の長としては、必ずしも美点とはいえないが、「EMいのちの守護者の会」のような団体では、極めて重要度の高い性質であった。
 会長のような性質の者には、会の明るい部分だけの情報を持たせておくに限る。
 コガミやその背後に控えている者達は会長に必要な情報だけを与え、余計な情報を与えないよう細心の注意を払っていた。
 会の明るい部分だけしか見えていないことによって生み出された彼女の真摯な態度が、会に対する疑念をひとつひとつ確実に取り除いていく。
 疑問をぶつけられても会長は会の明るい部分の情報だけを持っているから、コガミたちのような者にとって都合の悪い答えを返しようがなかった。
 会にとっても、コガミにとってもこれは非常に好都合なことであった。
 会の疑念が取り除かれるたびに会が運営する学校や孤児院に子供が集まっていく。コガミやその背後に控えている者達にとってはそれ以外に集まるものも重要なのであるが。
 会の目の届くところに子供がいれば、より高い確率で彼らを守ることができる。
 子供が守られることで、ここエクザロームの将来も、会の将来もますます安泰となる。
 コガミは出かける準備を始めたサツガの姿を尻目に、自らの携帯端末に目をやった。

 ここ、すなわち「EMいのちの守護者の会」の表と裏の境界におけるコガミの役割は会の若手の支援と、会の活動状況を長老たちに伝えることであった。
 「EMいのちの守護者の会」は、表だった活動は若手に任され、資金繰りや複雑な交渉事などを長老グループが担当している。
 長老グループは、「ルナ・ヘヴンス」に乗り込んでいた者が中心で、コガミの親くらいの世代の者が多かった。
 コガミは長老グループの数人と親しい間柄であったため、必然的に若手と長老グループの橋渡し的な役割を担うこととなっている。
 以前はコガミが金庫番を務めていたこともあったが、「一人が長いこと金庫番を務めるのは不正の温床となる」として、現在は他の者にその地位を譲っている。

 (まあ、どのみち奴らは、自身が犯人であるという事実からは逃れられんのだ。事実を決めるのは我々なのだからな……)
 それは、はっきりと音となって出された声ではなかった。
 ただ、間違いなくコガミは明確に「事実を決めるのは我々」と言い切った。
 コガミには放火の容疑者三名を容赦するつもりがなかった。
 イオが「三人が犯人である」という証拠をもたらすのは間違いない、という確信がコガミにはある。
 そして容疑者の三名は未来を担う子供たちに悪影響を与えるような経歴を持っている。
 (サニシ家の娘と、組合か。心血注いで作られた仕組みを安易に壊しに走られては、人々が危害を被る。それがわからぬ者に未来を造らせる訳にはいかぬ……)
 コガミらが描いている未来と組合が描く未来との差が、コガミには看過できない。
 その点についてはイオも同意見であり、それこそが放火犯の処罰にこだわる原因でもあった。
 幸いなことに「勉強会」グループも、彼ら同様IMPUの持つ組合的な要素に危惧を抱いている。
 「EMいのちの守護者の会」として「勉強会」グループと手を結ぶ気はないが、利害が一致するなら当面は彼らの活動を支持する、というのがコガミのスタンスである。
 コガミが視線をサツガの方に戻す。
 この会長は、こうした権謀術数の類にまるで適性がない。
 でも、それでよいのだ。
「EMいのちの守護者の会」の光のあたる部分は、彼女のような裏表のない、真摯な人物こそが相応しい。
 しかし、それだけでは魑魅魍魎が蠢く世界を渡ることはできない。
 つい昨年まで、その最もたる存在であったエイチ・ハドリの前には、彼らもまるで歯が立たなかった。
 そこで彼らは地下に潜り、光のあたる部分の活動に専念することで、ハドリという暴風雨をやり過ごしていた。
 ハドリ亡き今であれば、コガミや長老グループの出番もある。
 陽のあたらない、綺麗事で片付かない部分への対処なら彼らの出番である。
 彼らの造り上げた仕組みが回り続ける限り、彼らの仕事は続く。

 支度を整えたサツガが、コガミの方を向いた。
「それでは、私は見守り隊を見てきます。すみませんがコガミさん、留守をお願いします」
「気を付けて行ってきなさい。こちらのことは任せておきなさい」
 いつの間にかコガミの表情は、温厚そうなものに戻っていた。
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