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第十四章
639:ヌマタ、アカシと接触す
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時は少し遡る。
三月一二日の午後、ススム・カワエことジン・ヌマタの姿はインデスト市街の某所にあった。
彼が市街に滞在できるのは今日限りであり、一八時には検問所に移動しなければならない。
二日前の一〇日に訪れて以来、何度かアカシの自宅に足を運んだが、アカシが帰宅した様子はなかった。
ヌマタが残した仕掛けに変化はなかったから、アカシは二日前から一度も自宅に戻っていないことになる。
検問所へ移動する時間を考慮すると、アカシを待てるのは、あと数時間である。
(まずい……アカシさんは家に戻らないのか?)
ヌマタの表情には焦りが見てとれた。
もっとも、今ヌマタのいる場所の周辺に人影はないので、ヌマタの様子に気づく者もない。
少なくとも他者に姿を見られないようには気を遣っている。インデスト市街に住む彼の知り合いは少なくないのだ。知り合いに見つかることは彼にとって都合が悪い。
ジン・ヌマタは世間では行方不明者の扱いである。
そのため彼の存在を知られると騒ぎになる可能性もあり、彼自身としてはこうした事態は避けたいところだ。
IMPUの事務所に突撃することも考えたが、ヌマタが望まない相手と鉢合わせる可能性が高い。
しかし、残された時間を考えれば、覚悟を決める必要があるか、などとヌマタが考えだしたとき、二つの人影がアカシの住むアパートに向かってきた。
背の低いほう、といってもサブマリン島では標準的な身長の人物は、ヌマタのよく知るサン・アカシであった。
少し疲れた様子ではあるが、足取りはしっかりしている。
一方、背の高い方はヌマタの知らない顔だった。
サブマリン島の成人男子では長身の部類に入るであろう。
そして、かなり若いと思われる。
周囲に気を配っている様子から、アカシのボディーガードかもしれないな、とヌマタは思った。
アカシはまっすぐに自宅を目指して歩いている。
時々、後ろにいる長身の若い男に声をかけるが、その様子からはアカシと好意的な関係にあるように思われた。
ヌマタは周囲を見回し、他に人影がないことを確認すると、走ってアカシの前に飛び出した。
「すまない、ちょっといいか?」
「?!」
ヌマタの突進に気付いたのか、アカシの後ろの長身の若い男がアカシをかばうように前に出た。
「待て、俺はアカシさんと話がしたいだけだ。危害を加えるつもりはない」
そうは言ったものの、それだけで長身の男が道を開けてくれるとはヌマタですら考えていない。
アカシは驚いたように目を見開き、身体を震わせている。
「間違いないのですな……?」
「アカシさん、間違いありません」
アカシとヌマタの問答を聞いた長身の男がアカシに目をやった。
「アカシさん、悪いけど他人に話をするところを見られたくないのだが」
ヌマタがそう言うと、アカシはわかった、と答え、長身の男と一緒にヌマタを自宅に招き入れた。
「ヌマタさん、顔を見せてくれて本当に嬉しい。ところで、話とは何でしょうか?」
実年齢はアカシの方が上なのだが、ヌマタがOP社に所属していた時代は、ヌマタの方が上の立場だったためか、アカシは敬語で話しかけた。
そして背の高い男をヌマタに紹介する。
背の高い男の名前はキースといい、労働者組合の信頼できる関係者なので心配は要らないとヌマタに伝えてきた。
「……わかった。ところで、今はこういう立場でインデストに来ている」
そう伝えてヌマタはエフ・ティ・ロジ社のIDカードを見せた。
「何故、偽名を……?」
キースがヌマタに尋ねた。
どうやら警戒がまだ解けていないようだ。
「厄介な情報を知っているからな。正体を知られると困ったことになる」
ヌマタの答えは誤りではないが、ヌマタ自身ですら説得力皆無だと考えており、キースの警戒を解くには至らないようだ。
「キース、そのくらいにしておいてくれ。どうやら時間がなさそうだ。それと、アレを持ってきてくれ」
現在の立場から、アカシはヌマタがインデスト市街に滞在できる残り時間が少ないことを悟ったのだろう。ヌマタの状況についてアカシは余計な詮索を一切しなかった。
アカシの言葉にキースは矛を収め、奥の部屋に入っていった。
どうやら何かを持ってくるようだ。
「それにしても、今までどうされていたのですか、と聞いている時間はないでしょうね」
アカシの問いにヌマタは「ない」と首を横に振った。
「アカシさん、俺は最近インデストに入ったばかりだが、インデストでは今何が起きているんだ? 郊外のピーター・ウェル農場というところに常駐しているが、インデストの外にいるとよくわからん」
ヌマタの問いに対しアカシは外の方はそう感じられるでしょう、と静かに答えた。
「俺に何かできることはあるだろうか? アカシさんの状況が悪いことは知っているし、物事を理解できない連中がアカシさんたちを貶めようとしていることも理解しているつもりだ」
ヌマタの言葉にアカシはやはり隠せませんでしたか、と苦笑した。
そこにキースが木箱を抱えて戻ってきた。
「通信機の箱か? 何をするんだ?」
するとキースは箱を開け、中身をヌマタの前に置いた。
三月一二日の午後、ススム・カワエことジン・ヌマタの姿はインデスト市街の某所にあった。
彼が市街に滞在できるのは今日限りであり、一八時には検問所に移動しなければならない。
二日前の一〇日に訪れて以来、何度かアカシの自宅に足を運んだが、アカシが帰宅した様子はなかった。
ヌマタが残した仕掛けに変化はなかったから、アカシは二日前から一度も自宅に戻っていないことになる。
検問所へ移動する時間を考慮すると、アカシを待てるのは、あと数時間である。
(まずい……アカシさんは家に戻らないのか?)
ヌマタの表情には焦りが見てとれた。
もっとも、今ヌマタのいる場所の周辺に人影はないので、ヌマタの様子に気づく者もない。
少なくとも他者に姿を見られないようには気を遣っている。インデスト市街に住む彼の知り合いは少なくないのだ。知り合いに見つかることは彼にとって都合が悪い。
ジン・ヌマタは世間では行方不明者の扱いである。
そのため彼の存在を知られると騒ぎになる可能性もあり、彼自身としてはこうした事態は避けたいところだ。
IMPUの事務所に突撃することも考えたが、ヌマタが望まない相手と鉢合わせる可能性が高い。
しかし、残された時間を考えれば、覚悟を決める必要があるか、などとヌマタが考えだしたとき、二つの人影がアカシの住むアパートに向かってきた。
背の低いほう、といってもサブマリン島では標準的な身長の人物は、ヌマタのよく知るサン・アカシであった。
少し疲れた様子ではあるが、足取りはしっかりしている。
一方、背の高い方はヌマタの知らない顔だった。
サブマリン島の成人男子では長身の部類に入るであろう。
そして、かなり若いと思われる。
周囲に気を配っている様子から、アカシのボディーガードかもしれないな、とヌマタは思った。
アカシはまっすぐに自宅を目指して歩いている。
時々、後ろにいる長身の若い男に声をかけるが、その様子からはアカシと好意的な関係にあるように思われた。
ヌマタは周囲を見回し、他に人影がないことを確認すると、走ってアカシの前に飛び出した。
「すまない、ちょっといいか?」
「?!」
ヌマタの突進に気付いたのか、アカシの後ろの長身の若い男がアカシをかばうように前に出た。
「待て、俺はアカシさんと話がしたいだけだ。危害を加えるつもりはない」
そうは言ったものの、それだけで長身の男が道を開けてくれるとはヌマタですら考えていない。
アカシは驚いたように目を見開き、身体を震わせている。
「間違いないのですな……?」
「アカシさん、間違いありません」
アカシとヌマタの問答を聞いた長身の男がアカシに目をやった。
「アカシさん、悪いけど他人に話をするところを見られたくないのだが」
ヌマタがそう言うと、アカシはわかった、と答え、長身の男と一緒にヌマタを自宅に招き入れた。
「ヌマタさん、顔を見せてくれて本当に嬉しい。ところで、話とは何でしょうか?」
実年齢はアカシの方が上なのだが、ヌマタがOP社に所属していた時代は、ヌマタの方が上の立場だったためか、アカシは敬語で話しかけた。
そして背の高い男をヌマタに紹介する。
背の高い男の名前はキースといい、労働者組合の信頼できる関係者なので心配は要らないとヌマタに伝えてきた。
「……わかった。ところで、今はこういう立場でインデストに来ている」
そう伝えてヌマタはエフ・ティ・ロジ社のIDカードを見せた。
「何故、偽名を……?」
キースがヌマタに尋ねた。
どうやら警戒がまだ解けていないようだ。
「厄介な情報を知っているからな。正体を知られると困ったことになる」
ヌマタの答えは誤りではないが、ヌマタ自身ですら説得力皆無だと考えており、キースの警戒を解くには至らないようだ。
「キース、そのくらいにしておいてくれ。どうやら時間がなさそうだ。それと、アレを持ってきてくれ」
現在の立場から、アカシはヌマタがインデスト市街に滞在できる残り時間が少ないことを悟ったのだろう。ヌマタの状況についてアカシは余計な詮索を一切しなかった。
アカシの言葉にキースは矛を収め、奥の部屋に入っていった。
どうやら何かを持ってくるようだ。
「それにしても、今までどうされていたのですか、と聞いている時間はないでしょうね」
アカシの問いにヌマタは「ない」と首を横に振った。
「アカシさん、俺は最近インデストに入ったばかりだが、インデストでは今何が起きているんだ? 郊外のピーター・ウェル農場というところに常駐しているが、インデストの外にいるとよくわからん」
ヌマタの問いに対しアカシは外の方はそう感じられるでしょう、と静かに答えた。
「俺に何かできることはあるだろうか? アカシさんの状況が悪いことは知っているし、物事を理解できない連中がアカシさんたちを貶めようとしていることも理解しているつもりだ」
ヌマタの言葉にアカシはやはり隠せませんでしたか、と苦笑した。
そこにキースが木箱を抱えて戻ってきた。
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