ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十四章

669:帰還

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 ミヤハラの表情が険しいのを見て、ヌマタは自身の答えがミヤハラを納得させていないことを悟った。
 だが、何を話せばミヤハラが納得するのか皆目見当もつかない。
 ここで引き下がっては自身の目的が達成できなくなると考え、ヌマタは必死で訴える。
「他にか? あとは俺だろうが、ここにこう姿を現したことである程度はわかるだろう。俺を裁くなら勝手にしてくれ。ただ、アカシさんの文書の件が解決してからだ。解決すれば必要なことはすべて話す」
「オーシャンリゾート」の爆破の罪を問われるのは構わない。
 死に値する罪だということも認識している。
 だが、アカシの窮地を救わないことには、ヌマタとしては死んでも死に切れないのだ。

「……それでは遅いな。お前さんが何を考えているかわからんが、何故、ハモネスに来た?」
 ミヤハラの質問はヌマタの想定と異なっていた。
 ジンダイと二人で来たことを訝しがられている、というのはヌマタにも理解できる。
 もともとECN社との会談はヌマタ一人でやるつもりであったし、ジンダイを巻き込んだのは自分が拘束された際の保険でしかなかった。
 ただ、ECN社側から見れば、顔にマスクをしている怪しげな人物が同行しているとなれば気になるであろう。
 そいつは、とヌマタが言いかけたところで、ジンダイが立ち上がった。
「すみません、ここにいる我々五人以外にこの会話を聞いている人はいますか?」
 ジンダイの言葉にサクライがエリックにどうかと確認する。
「おいっ! ジンダイ、いきなり何を!」
 ヌマタが慌てて立ち上がる。
 一方、ミヤハラはヌマタの言葉に首を傾げた。
「……ジンダイ?」
 ヌマタがミヤハラの疑問に答えようとしたが、それより先にジンダイが次の言葉を発していた。
「すみません、先ほどの質問に答えていただけないでしょうか?」
「少なくともそちらが会話を外に漏らしていないなら、いないはずだ」
 サクライが答えた。
「サクライ、それで間違いないな?」
 ミヤハラが確認すると、サクライは間違いないと答える。
「それなら問題ありません。二人でここに来た理由ですが、それは私が答えなければならないでしょう」
 ジンダイが何か言いたそうなヌマタを制した。
 マスクの下の表情を窺うことはできないが、ヌマタを制止するときは、どこか申し訳なさそうな素振りを見せていた。
「何故、お前さんが答える?」
 ミヤハラが腕組みをしながら尋ねた。
「ヌマタさんには知らせていないのですよ。というより、言いそびれてしまったのだけどね」
 そう言うと、ジンダイは顔のマスクに手をかけ、それを外してみせた。

 ジンダイの目から鼻の下が露わになる。
 ヌマタが見たその素顔には、傷はなかった。
「ジンダイ、お前、治っていたのか……」
 ヌマタはそうつぶやいてから、あることに気づいた。
 ジンダイが見せたこの行為は一体何の意味を持つのであろうか?
「……やはりな」
 正面のミヤハラは腕組みしたままそうつぶやいた。
 サクライとエリックは、驚きの表情を浮かべてジンダイを見やっている。

「……さあ、話してもらうぞ、
 ミヤハラが周囲を見回した。そしてサクライとエリックの表情を見やってから、
「……お前らなぁ、自分のところのトップの顔や声くらいわからないのか?」
 と呆れてみせた。
「??」
 サクライやエリックだけではない、ヌマタも状況が理解できずに茫然としている。

「……ヌマタさん、すまない。ジンダイというのは偽名でね、イナというのが本名なんだ。騙したくはなかったのだけど、本名が知られるといろいろ面倒なので……」
「イナ、だと……?」
 その姓を聞いて、ヌマタの頭に思い浮かぶ人物は限られている。
 しかし、目の前にある人物の顔がすぐに結びつかない。
「何だ、知らなかったのか? まあ、イナの顔は眼鏡をかけてないと特徴が何もないからな」
 ミヤハラが意地悪く笑った。一方、イナと呼ばれた方は困っているとも、あてが外れたともつかない微妙な顔をしている。
 マスクを外し素顔を晒したこの人物こそ、前ECN社社長オイゲン・イナその人であった。
「改めて自己紹介させてもらいますよ。オイゲン・イナです。とりあえず、見ての通り無事だよ」
「社長、どういうことですか?」
 サクライがオイゲンに詰め寄った。未だ驚きの表情を浮かべたままである。
「今の社長はミヤハラだから、『社長』は勘弁して欲しいな。それと今、僕が姿を現したりしたら社が混乱するだろう。それに僕には社に復帰する意思はないよ」
「確かにな。今イナが姿を現せば、社内は混乱するな。まったく……俺が喜んで社長代行を降りようと思っていたのに、余計な真似をしやがって……」
 ミヤハラが恨めしそうにオイゲンを見やった。
 さすがに一年近くも行方不明だった社長が戻ってきたから、即社長交代、というわけにはいかないだろう。
「ならば、社長、じゃなかった、イナさんはこれからどうするつもりなのですか?」
 サクライの問いに対し、オイゲンは次のように答えた。
「うん、当分はここにいる五人以外に所在を知られたくないからね。どこかで大人しくしているよ。ただ、インデストのことは何とかできるといいな、とは思っている」
 それを聞いたミヤハラは、わかった、と答え、サクライとエリックにオイゲンとヌマタの当分の間の宿を確保するように命じた。
 宿の手配のため、サクライとエリックがいったん部屋を出た。

「おい、ジンダイ、じゃなかった、イナさん。どういうことなんだ?」
 ヌマタがオイゲンに詰め寄った。
「……すみません、いずれはハモネスに戻らなければならなかったのだけど、正体を知られると厄介なことになるから、こうするしかなかった」
「……」
「幸い、カワエさんがウォーリーやモトムラ君が知っているヌマタさん、ということがわかったし、ヌマタさんがミヤハラと顔を合わせたいこともわかったので、ミヤハラとヌマタさんが顔を合わせる場面で事情を明らかにしたほうがいいと思ったんだ」
「……さすがに驚いた。一体何事かと思った」
 力なくそれだけ言うと、ヌマタは安堵の表情を浮かべた。
「それはそうと、イナもヌマタも色々と話すことがありそうだな。サクライとエリックが戻ってきたら、話してもらうぞ」
 ミヤハラの言葉にオイゲンとヌマタの二人が同時にうなずいた。
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