267 / 304
第十五章
685:シシガの興味
しおりを挟む
シシガは研究の合間にオイゲンやヌマタと話をするのを好んでいた。
特に彼が興味を持っていたのは、オイゲン自身の話と、ウォーリー・トワに関する話であった。
現在のヌマタやオイゲンの状況を考えればかなりデリケートな話題であるため、ヌマタは言葉を慎重に選んで応じた。
オイゲンについてはヌマタの判断する限り危ない発言は出てこなかったから、恐らく言葉を選んでいたのだろうとヌマタは考えている。
それでも少し前まで「ジンダイ」と名乗っていた男が、間違いなくウォーリー・トワのかつての上司であったことをヌマタは思い知らされた。
ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」を設立してもなおオイゲンのことを「ボンクラ社長」と呼んでいた。
少なくとも、ウォーリーはオイゲンのことを上司と認めていた、とヌマタは考えている。
その能力についてもウォーリーとの比較はともかく、彼の言葉ほど無能だとも思えなかった。
オイゲンはミヤハラに会うまでヌマタに正体を知られなかった。
記憶を失っていたという事情があるにせよ、ヌマタの目を欺き続けていたのである。
ヌマタ自身の正体が知られていなければおあいこ、ということになるのだが、そもそもオイゲンが自分のことを知っているわけがない。
その意味では完敗だ、とヌマタは感じていたのである。
ただ、不思議とオイゲンに対して悪い感情は湧いてこなかった。
尊敬するウォーリーが最後まで上司と認めていた相手だ。
当分の間、行動を共にするのも悪くない。
ヌマタ自身は「オーシャンリゾート」の爆発事件で、事実上死んだ人間だ。
その際、「タブーなきエンジニア集団」や「OP社グループ労働者組合」に多大なる迷惑をかけてもいる。
表立って彼らと行動を共にするのは、彼らのイメージを悪くするだけだろう。
オイゲンも現在ミヤハラがECN社のトップであることから、表立った行動はしにくい立場だと思われるし、本人もECN社に復帰する意思はないと明言していた。
ならば、裏で行動すべき者同士が手を組んだほうがよい、と考えたのである。
「そういえばイナ社長は、はじめから極秘でミヤハラ社長と直接話をするつもりだったのでしょうか?」
不意にシシガがヌマタに尋ねてきた。
「……何故そんなことを聞く?」
「いえ、イナ社長が生存の事実を広く知ってほしいという希望を持っているなら、ここも厄介ごとに巻き込まれないか心配なのですよ」
シシガは悪びれる様子もなく、さらっと答えた。
確かにオイゲンの生存が広く知られれば、ECN社は社長に誰を据えるかで混乱することは必至であった。
(こんなところに隠れるようにして住んでいるのだし、厄介ごとに巻き込まれるのは嫌いなのだろう。何か企んでいる、という様子でもなさそうだな)
そう判断して、ヌマタは自分の見解を述べる。
「本人が社への復帰の意思がないと明言していたからな、ミヤハラ社長とその周辺にだけ伝えるつもりだったのではないか? それにイナさんとミヤハラ社長は仲がよいと聞いているからな」
「イナ社長はミヤハラ社長がすんなり社長の座から降りると考えている、という訳ではないでしょうね」
「よくわからんが、俺の見る限りはミヤハラ社長のほうが上司みたいだったぞ」
ヌマタの回答はわずかに「不本意なのだが」というニュアンスが含まれているようであった。
「やはり興味深い方ですね、イナ社長は。エリックが暇なときに彼を入れて一度しっかり話を聞いてみたいものです」
「そういえば、シシガはモトムラさんと友達なのだよな」
「ええ、学生時代からの。良い友人ですよ」
そう言ったシシガが自嘲気味に笑ったのをヌマタは見逃さなかった。
ただ、何故シシガがそうしたのかは見当がつかなかった。
「ヌマタさんはエリックと一緒にインデストでOP社の治安改革部隊と戦ったのですよね?」
「ああ、モトムラさんならホースで放水して戦っていたぞ」
「あのエリックが、ですか? イメージが湧かないですけど」
そういうものなのか、とヌマタは思う。
エリックに関してはシシガの言う通りなのだろう。
不意に入口のほうで物音がした。
「戻ってきたな」
ヌマタがそうつぶやいた直後、物音のした方からエリックの声が聞こえてきた。
エリックがオイゲンを連れてヌマタとシシガの前に姿を見せるまで、一分とかからなかった。
シシガがオイゲンに今後出かける予定がありますか、と尋ねると、オイゲンは当分なさそうだ、と答えた。
「それならばエリック、君が今度ここに泊まるのはいつになりますか?」
「そうだなぁ、今はいいけど、これから先ちょっと忙しくなりそうなんだよね……」
「いつから忙しくなりますか?」
「二、三日は大丈夫だと思うけど、そこから先は厳しいかな」
「ならば今日から二、三日泊まっていけばいいと思いますよ」
そう言って、シシガは強引にエリックの宿泊の約束を取り付けた。
エリックには本社で片付ける用事が残っていたので、実際に「マッチ・ラボ」へ再び戻ってきたのはその日の午後七時半近くになってからだった。
ウィリマを含めた五人で夕食を済ませると、シシガは話し込むぞとばかりに、椅子を並べ、飲み物や菓子類を並べ始めた。
「ウィリマはまだ作業を続けるつもりだけど、いいの?」
エリックが心配そうにシシガに聞いたが、答えたのはウィリマの方だった。
「アタシならいいわよ。話し声くらいで邪魔になることなんてないから」
そう答えて振り向きざまにテーブルの上に準備された菓子の袋のひとつを咥えてから、計測器の方に身体ごと視線を戻した。
その間も右手では計測器の操作を続けている。
行儀が悪いのは確かだが、このことに対して文句を言う者はなかった。
彼女の左腕は肘から下がまったく動かせない状態であるからだ。
特に彼が興味を持っていたのは、オイゲン自身の話と、ウォーリー・トワに関する話であった。
現在のヌマタやオイゲンの状況を考えればかなりデリケートな話題であるため、ヌマタは言葉を慎重に選んで応じた。
オイゲンについてはヌマタの判断する限り危ない発言は出てこなかったから、恐らく言葉を選んでいたのだろうとヌマタは考えている。
それでも少し前まで「ジンダイ」と名乗っていた男が、間違いなくウォーリー・トワのかつての上司であったことをヌマタは思い知らされた。
ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」を設立してもなおオイゲンのことを「ボンクラ社長」と呼んでいた。
少なくとも、ウォーリーはオイゲンのことを上司と認めていた、とヌマタは考えている。
その能力についてもウォーリーとの比較はともかく、彼の言葉ほど無能だとも思えなかった。
オイゲンはミヤハラに会うまでヌマタに正体を知られなかった。
記憶を失っていたという事情があるにせよ、ヌマタの目を欺き続けていたのである。
ヌマタ自身の正体が知られていなければおあいこ、ということになるのだが、そもそもオイゲンが自分のことを知っているわけがない。
その意味では完敗だ、とヌマタは感じていたのである。
ただ、不思議とオイゲンに対して悪い感情は湧いてこなかった。
尊敬するウォーリーが最後まで上司と認めていた相手だ。
当分の間、行動を共にするのも悪くない。
ヌマタ自身は「オーシャンリゾート」の爆発事件で、事実上死んだ人間だ。
その際、「タブーなきエンジニア集団」や「OP社グループ労働者組合」に多大なる迷惑をかけてもいる。
表立って彼らと行動を共にするのは、彼らのイメージを悪くするだけだろう。
オイゲンも現在ミヤハラがECN社のトップであることから、表立った行動はしにくい立場だと思われるし、本人もECN社に復帰する意思はないと明言していた。
ならば、裏で行動すべき者同士が手を組んだほうがよい、と考えたのである。
「そういえばイナ社長は、はじめから極秘でミヤハラ社長と直接話をするつもりだったのでしょうか?」
不意にシシガがヌマタに尋ねてきた。
「……何故そんなことを聞く?」
「いえ、イナ社長が生存の事実を広く知ってほしいという希望を持っているなら、ここも厄介ごとに巻き込まれないか心配なのですよ」
シシガは悪びれる様子もなく、さらっと答えた。
確かにオイゲンの生存が広く知られれば、ECN社は社長に誰を据えるかで混乱することは必至であった。
(こんなところに隠れるようにして住んでいるのだし、厄介ごとに巻き込まれるのは嫌いなのだろう。何か企んでいる、という様子でもなさそうだな)
そう判断して、ヌマタは自分の見解を述べる。
「本人が社への復帰の意思がないと明言していたからな、ミヤハラ社長とその周辺にだけ伝えるつもりだったのではないか? それにイナさんとミヤハラ社長は仲がよいと聞いているからな」
「イナ社長はミヤハラ社長がすんなり社長の座から降りると考えている、という訳ではないでしょうね」
「よくわからんが、俺の見る限りはミヤハラ社長のほうが上司みたいだったぞ」
ヌマタの回答はわずかに「不本意なのだが」というニュアンスが含まれているようであった。
「やはり興味深い方ですね、イナ社長は。エリックが暇なときに彼を入れて一度しっかり話を聞いてみたいものです」
「そういえば、シシガはモトムラさんと友達なのだよな」
「ええ、学生時代からの。良い友人ですよ」
そう言ったシシガが自嘲気味に笑ったのをヌマタは見逃さなかった。
ただ、何故シシガがそうしたのかは見当がつかなかった。
「ヌマタさんはエリックと一緒にインデストでOP社の治安改革部隊と戦ったのですよね?」
「ああ、モトムラさんならホースで放水して戦っていたぞ」
「あのエリックが、ですか? イメージが湧かないですけど」
そういうものなのか、とヌマタは思う。
エリックに関してはシシガの言う通りなのだろう。
不意に入口のほうで物音がした。
「戻ってきたな」
ヌマタがそうつぶやいた直後、物音のした方からエリックの声が聞こえてきた。
エリックがオイゲンを連れてヌマタとシシガの前に姿を見せるまで、一分とかからなかった。
シシガがオイゲンに今後出かける予定がありますか、と尋ねると、オイゲンは当分なさそうだ、と答えた。
「それならばエリック、君が今度ここに泊まるのはいつになりますか?」
「そうだなぁ、今はいいけど、これから先ちょっと忙しくなりそうなんだよね……」
「いつから忙しくなりますか?」
「二、三日は大丈夫だと思うけど、そこから先は厳しいかな」
「ならば今日から二、三日泊まっていけばいいと思いますよ」
そう言って、シシガは強引にエリックの宿泊の約束を取り付けた。
エリックには本社で片付ける用事が残っていたので、実際に「マッチ・ラボ」へ再び戻ってきたのはその日の午後七時半近くになってからだった。
ウィリマを含めた五人で夕食を済ませると、シシガは話し込むぞとばかりに、椅子を並べ、飲み物や菓子類を並べ始めた。
「ウィリマはまだ作業を続けるつもりだけど、いいの?」
エリックが心配そうにシシガに聞いたが、答えたのはウィリマの方だった。
「アタシならいいわよ。話し声くらいで邪魔になることなんてないから」
そう答えて振り向きざまにテーブルの上に準備された菓子の袋のひとつを咥えてから、計測器の方に身体ごと視線を戻した。
その間も右手では計測器の操作を続けている。
行儀が悪いのは確かだが、このことに対して文句を言う者はなかった。
彼女の左腕は肘から下がまったく動かせない状態であるからだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる