ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十五章

685:シシガの興味

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 シシガは研究の合間にオイゲンやヌマタと話をするのを好んでいた。
 特に彼が興味を持っていたのは、オイゲン自身の話と、ウォーリー・トワに関する話であった。
 現在のヌマタやオイゲンの状況を考えればかなりデリケートな話題であるため、ヌマタは言葉を慎重に選んで応じた。
 オイゲンについてはヌマタの判断する限り危ない発言は出てこなかったから、恐らく言葉を選んでいたのだろうとヌマタは考えている。
 それでも少し前まで「ジンダイ」と名乗っていた男が、間違いなくウォーリー・トワのかつての上司であったことをヌマタは思い知らされた。
 ウォーリーは「タブーなきエンジニア集団」を設立してもなおオイゲンのことを「ボンクラ社長」と呼んでいた。
 少なくとも、ウォーリーはオイゲンのことを上司と認めていた、とヌマタは考えている。
 その能力についてもウォーリーとの比較はともかく、彼の言葉ほど無能だとも思えなかった。
 オイゲンはミヤハラに会うまでヌマタに正体を知られなかった。
 記憶を失っていたという事情があるにせよ、ヌマタの目を欺き続けていたのである。
 ヌマタ自身の正体が知られていなければおあいこ、ということになるのだが、そもそもオイゲンが自分のことを知っているわけがない。
 その意味では完敗だ、とヌマタは感じていたのである。
 ただ、不思議とオイゲンに対して悪い感情は湧いてこなかった。
 尊敬するウォーリーが最後まで上司と認めていた相手だ。
 当分の間、行動を共にするのも悪くない。
 ヌマタ自身は「オーシャンリゾート」の爆発事件で、事実上死んだ人間だ。
 その際、「タブーなきエンジニア集団」や「OP社グループ労働者組合」に多大なる迷惑をかけてもいる。
 表立って彼らと行動を共にするのは、彼らのイメージを悪くするだけだろう。
 オイゲンも現在ミヤハラがECN社のトップであることから、表立った行動はしにくい立場だと思われるし、本人もECN社に復帰する意思はないと明言していた。
 ならば、裏で行動すべき者同士が手を組んだほうがよい、と考えたのである。

「そういえばイナ社長は、はじめから極秘でミヤハラ社長と直接話をするつもりだったのでしょうか?」
 不意にシシガがヌマタに尋ねてきた。
「……何故そんなことを聞く?」
「いえ、イナ社長が生存の事実を広く知ってほしいという希望を持っているなら、ここも厄介ごとに巻き込まれないか心配なのですよ」
 シシガは悪びれる様子もなく、さらっと答えた。
 確かにオイゲンの生存が広く知られれば、ECN社は社長に誰を据えるかで混乱することは必至であった。
 (こんなところに隠れるようにして住んでいるのだし、厄介ごとに巻き込まれるのは嫌いなのだろう。何か企んでいる、という様子でもなさそうだな)
 そう判断して、ヌマタは自分の見解を述べる。
「本人が社への復帰の意思がないと明言していたからな、ミヤハラ社長とその周辺にだけ伝えるつもりだったのではないか? それにイナさんとミヤハラ社長は仲がよいと聞いているからな」
「イナ社長はミヤハラ社長がすんなり社長の座から降りると考えている、という訳ではないでしょうね」
「よくわからんが、俺の見る限りはミヤハラ社長のほうが上司みたいだったぞ」
 ヌマタの回答はわずかに「不本意なのだが」というニュアンスが含まれているようであった。
「やはり興味深い方ですね、イナ社長は。エリックが暇なときに彼を入れて一度しっかり話を聞いてみたいものです」
「そういえば、シシガはモトムラさんと友達なのだよな」
「ええ、学生時代からの。良い友人ですよ」
 そう言ったシシガが自嘲気味に笑ったのをヌマタは見逃さなかった。
 ただ、何故シシガがそうしたのかは見当がつかなかった。
「ヌマタさんはエリックと一緒にインデストでOP社の治安改革部隊と戦ったのですよね?」
「ああ、モトムラさんならホースで放水して戦っていたぞ」
「あのエリックが、ですか? イメージが湧かないですけど」
 そういうものなのか、とヌマタは思う。
 エリックに関してはシシガの言う通りなのだろう。

 不意に入口のほうで物音がした。
「戻ってきたな」
 ヌマタがそうつぶやいた直後、物音のした方からエリックの声が聞こえてきた。
 エリックがオイゲンを連れてヌマタとシシガの前に姿を見せるまで、一分とかからなかった。
 シシガがオイゲンに今後出かける予定がありますか、と尋ねると、オイゲンは当分なさそうだ、と答えた。
「それならばエリック、君が今度ここに泊まるのはいつになりますか?」
「そうだなぁ、今はいいけど、これから先ちょっと忙しくなりそうなんだよね……」
「いつから忙しくなりますか?」
「二、三日は大丈夫だと思うけど、そこから先は厳しいかな」
「ならば今日から二、三日泊まっていけばいいと思いますよ」
 そう言って、シシガは強引にエリックの宿泊の約束を取り付けた。

 エリックには本社で片付ける用事が残っていたので、実際に「マッチ・ラボ」へ再び戻ってきたのはその日の午後七時半近くになってからだった。
 ウィリマを含めた五人で夕食を済ませると、シシガは話し込むぞとばかりに、椅子を並べ、飲み物や菓子類を並べ始めた。
「ウィリマはまだ作業を続けるつもりだけど、いいの?」
 エリックが心配そうにシシガに聞いたが、答えたのはウィリマの方だった。
「アタシならいいわよ。話し声くらいで邪魔になることなんてないから」
 そう答えて振り向きざまにテーブルの上に準備された菓子の袋のひとつを咥えてから、計測器の方に身体ごと視線を戻した。
 その間も右手では計測器の操作を続けている。
 行儀が悪いのは確かだが、このことに対して文句を言う者はなかった。
 彼女の左腕は肘から下がまったく動かせない状態であるからだ。
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