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第十五章
687:バン・シシガの過去
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バン・シシガの父親の名はコウキという。
コウキはポータル・シティ南東部にあった小規模な発電業者の役員、母親は同じくポータル・シティ南東部の有力者、ヒサマ家の娘であった。
当時はOP社の創業前であるため、ポータル・シティには中小規模の発電業者が乱立しており、コウキもこうした発電業者に勤務していた。
シシガの母親コノハには結婚している兄がいたが、兄夫婦は子宝に恵まれず、焦ったヒサマ家は後継者確保のため、強引に娘の結婚相手を連れてきた。
彼こそがバン・シシガの父親、コウキ・シシガだったのだ。
ヒサマ家はコウキの会社に対し、社屋を継続使用する条件として、コウキとコノハの婚姻を条件とすると通告したのである。
コウキの会社の社屋および土地がヒサマ家の所有物であったこと、コウキの会社の上層部で独身の若い男性がコウキだけであったことがヒサマ家のこうした行動を招いたといえるかもしれない。
二人は結婚したものの、ヒサマ家による強引なものだったこともあり、夫婦関係は冷え切っていた。
それでもコノハは家の期待から、コウキは自らの所属する会社の存続のため子供を儲けた、この子供がバン・シシガである。
しかし、バンの誕生からおよそ二年後、長男夫婦に待望の男児が誕生する。
これにより、バンの存在は意図的にヒサマ家から無視されるようになった。
後継者は一人でよいからだ。そして、それは長子の子供の方が望ましい。
目標を失ったコウキとコノハの夫婦関係が崩れ落ちるまでにそれほど時間はかからなかった。
先にコノハが外で男を作るようになった。
この頃から息子の存在を疎ましく思うようになり、彼に対する虐待が始まった。
それからほどなくしてコウキの会社の業績が悪化し、コウキの会社は他社に買収されることとなった。
その際、コウキなどの役員は社を追われることとなり、職を失った。
当初は精力的に新しい職を求めて活動していたが、徐々に気力を失い、あてもなくあちこちを彷徨うようになった。
そして、コウキもコノハもだんだんと家に近寄らなくなり、バンがひとり家に残されることが多くなった。
そんなある日、たまたま帰宅したコウキが目にしたのは、嫌がるバンを家の外に追い出そうとしているコノハの姿だった。
慌てて止めに入った際、コウキはコノハに軽い怪我を負わせてしまった。
これがヒサマ家の逆鱗に触れることとなり、コノハとコウキは離婚、そしてバンは孤児院へと送られることとなった。LH三六年、バンが一〇歳のときのことである。
離婚と同時にコウキはヒサマ家によって海洋調査隊に送られた。
その後、脱走しフジミ・タウンに逃げ込むも「フジミの大虐殺」によって命を落としたらしい。
一方のコノハは離婚の二年後に別の男性と結婚し、現在も壮健であるらしい、とのことであった。
事情を知っているエリックやウィリマは、特に反応を見せなかった。
ヌマタは苦虫を噛み潰したかのような表情を見せている。
優位な立場にある者が、そうでない者を弄ぶかのように思えたからであった。
こうした行為はヌマタが強く忌避するものであった。
一方、オイゲンは表情を変えることなく、静かにうなずいていた。
それには構わず、シシガは話を続ける。
「……僕はヒサマ家の御曹司としても、その後の存在が消えて欲しいという要望にも対応できませんでしたからね。イナ社長のように求められる役割を全うできる方は尊敬します」
「僕の場合は自分が何もできないからね。僕が何もしなくても、回りで片付けてくれるというだけだからなぁ……」
オイゲンは苦笑したが、シシガは更に話を続ける。
「そういった意味では、僕も、両親も、相手側から見て理想的な人物ではなかったし、そうなる能力も適性もまるでなかったということですね」
部屋の中が静まり返った。
ただ、ウィリマが計測器を操作する音だけが鳴り続けていた。
「ここ『マッチ・ラボ』では、そうした喜劇をなくすための研究をしている、まあ、僕に関してはそうですね」
シシガが少ししてからそうつぶやくと再び周囲が静まり返った。
エリックはオイゲンとシシガを交互に見やっている。
ヌマタは何か考えているようであった。
とてもではないが返す言葉が思い当たらない。
沈黙を破ったのは会話に参加していなかったはずのウィリマである。
「アタシも同じってことは否定しないわね」
そうつぶやいたのだった。
ヌマタがウィリマの方を見たが、ウィリマは計測器の方に視線を向けたままだった。
その表情からヌマタが読み取れることは何一つなかった。
コウキはポータル・シティ南東部にあった小規模な発電業者の役員、母親は同じくポータル・シティ南東部の有力者、ヒサマ家の娘であった。
当時はOP社の創業前であるため、ポータル・シティには中小規模の発電業者が乱立しており、コウキもこうした発電業者に勤務していた。
シシガの母親コノハには結婚している兄がいたが、兄夫婦は子宝に恵まれず、焦ったヒサマ家は後継者確保のため、強引に娘の結婚相手を連れてきた。
彼こそがバン・シシガの父親、コウキ・シシガだったのだ。
ヒサマ家はコウキの会社に対し、社屋を継続使用する条件として、コウキとコノハの婚姻を条件とすると通告したのである。
コウキの会社の社屋および土地がヒサマ家の所有物であったこと、コウキの会社の上層部で独身の若い男性がコウキだけであったことがヒサマ家のこうした行動を招いたといえるかもしれない。
二人は結婚したものの、ヒサマ家による強引なものだったこともあり、夫婦関係は冷え切っていた。
それでもコノハは家の期待から、コウキは自らの所属する会社の存続のため子供を儲けた、この子供がバン・シシガである。
しかし、バンの誕生からおよそ二年後、長男夫婦に待望の男児が誕生する。
これにより、バンの存在は意図的にヒサマ家から無視されるようになった。
後継者は一人でよいからだ。そして、それは長子の子供の方が望ましい。
目標を失ったコウキとコノハの夫婦関係が崩れ落ちるまでにそれほど時間はかからなかった。
先にコノハが外で男を作るようになった。
この頃から息子の存在を疎ましく思うようになり、彼に対する虐待が始まった。
それからほどなくしてコウキの会社の業績が悪化し、コウキの会社は他社に買収されることとなった。
その際、コウキなどの役員は社を追われることとなり、職を失った。
当初は精力的に新しい職を求めて活動していたが、徐々に気力を失い、あてもなくあちこちを彷徨うようになった。
そして、コウキもコノハもだんだんと家に近寄らなくなり、バンがひとり家に残されることが多くなった。
そんなある日、たまたま帰宅したコウキが目にしたのは、嫌がるバンを家の外に追い出そうとしているコノハの姿だった。
慌てて止めに入った際、コウキはコノハに軽い怪我を負わせてしまった。
これがヒサマ家の逆鱗に触れることとなり、コノハとコウキは離婚、そしてバンは孤児院へと送られることとなった。LH三六年、バンが一〇歳のときのことである。
離婚と同時にコウキはヒサマ家によって海洋調査隊に送られた。
その後、脱走しフジミ・タウンに逃げ込むも「フジミの大虐殺」によって命を落としたらしい。
一方のコノハは離婚の二年後に別の男性と結婚し、現在も壮健であるらしい、とのことであった。
事情を知っているエリックやウィリマは、特に反応を見せなかった。
ヌマタは苦虫を噛み潰したかのような表情を見せている。
優位な立場にある者が、そうでない者を弄ぶかのように思えたからであった。
こうした行為はヌマタが強く忌避するものであった。
一方、オイゲンは表情を変えることなく、静かにうなずいていた。
それには構わず、シシガは話を続ける。
「……僕はヒサマ家の御曹司としても、その後の存在が消えて欲しいという要望にも対応できませんでしたからね。イナ社長のように求められる役割を全うできる方は尊敬します」
「僕の場合は自分が何もできないからね。僕が何もしなくても、回りで片付けてくれるというだけだからなぁ……」
オイゲンは苦笑したが、シシガは更に話を続ける。
「そういった意味では、僕も、両親も、相手側から見て理想的な人物ではなかったし、そうなる能力も適性もまるでなかったということですね」
部屋の中が静まり返った。
ただ、ウィリマが計測器を操作する音だけが鳴り続けていた。
「ここ『マッチ・ラボ』では、そうした喜劇をなくすための研究をしている、まあ、僕に関してはそうですね」
シシガが少ししてからそうつぶやくと再び周囲が静まり返った。
エリックはオイゲンとシシガを交互に見やっている。
ヌマタは何か考えているようであった。
とてもではないが返す言葉が思い当たらない。
沈黙を破ったのは会話に参加していなかったはずのウィリマである。
「アタシも同じってことは否定しないわね」
そうつぶやいたのだった。
ヌマタがウィリマの方を見たが、ウィリマは計測器の方に視線を向けたままだった。
その表情からヌマタが読み取れることは何一つなかった。
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