4 / 31
3:救世主あらわる。でも……
しおりを挟む
「ちょっといいですか?」
「だ、代理……」
若者の言葉に老女が固まった。
「RAスタディ、とは何でしょうか?」
「代理、アタシにはわかんないねぇ。誰か、知っているのはいないかい?」
老女が尋ねたが、代理の問いに答えられる者はないようであった。
「おい、答えろ!」
背後からケージが培楽の背中を突いた。
「ひゃ、ひゃいっ! わ、私の会社で、e-ラーニングのシステムを取り扱っている……」
培楽は必死で説明した。説明のやりようによっては助かる道があるかも知れない、そう考えていた。
緊張と恐怖にしどろもどろになりながらも、何とか一通りの説明を終える。
「すみません、私の知らない会社ではありますが、調べたところ実在の会社でした」
老女とは異なる女性の声だった。カフェで見かけた三人組の中の女性だ。
「会社のIDカードも持っているみたいだから、所属しているということに嘘はなさそうだな……」
ジャージ姿の男が、いつの間にか培楽のバッグを漁ってカードホルダーを取り出していた。
「ほ、本当ですって! 嘘は言っていません!」
培楽が必死に潔白を訴える。
「何たらという会社にいることは解ったが、『奴ら』の仲間でないという証拠はどこにもないよなあ?」
ケージが培楽の背後で凄んでみせた。
「ええっ?!」
「そうだ。代理、こいつをどうするかねぇ? 口を封じちまった方がいいんじゃないかい?」
老女が若者に尋ねた。若者の判断に一任するようだ。
「そうですね……主任、どう思いますか?」
若者は脇にいる長身の女性に尋ねた。過去のやり取りを整理すると培楽は彼女と間違われてこの場所に連れてこられたようであった。
スーツ姿の若い女性、という共通点はあるものの、顔や雰囲気はまるで異なる。
どうして間違えられたのか培楽には皆目見当もつかなかった。
「私たちと同じようにパトカーに乗せられていましたし、囮にしては訓練されているような感じでもありません。恐らく『奴ら』は彼女を私たちの仲間と認識しているのではないかと思います」
「主任、ありがとう。私も主任と同意見です。あくまで彼女の意思次第ですが、今ここで生命を奪うのは得策ではないと思います」
長身の女性と若者の培楽に対する見解は一致しているようであった。
培楽はどうにか生命だけは助かった、と胸を撫で下ろした。
「それはいいですが、代理、これからどうしますか?」
そう尋ねたのは培楽の背後に隙無く立っているケージであった。
「これから社長のところに移動するのでしたね? ならば彼女にも同行してもらって、そこで意思を確認しましょう。ここにはそう長居できないでしょうから」
若者の答えにケージはわかりましたと答え、老女は突きつけていた冷たい筒を離したのだった。
「木口さん、でしたか。この後私たちの協力者のところまでついてきてもらいます。そこでその後どうするか判断していただければ結構です」
「ちょっと待ってください! ここで解放してもらうことはできないですか?」
生命が助かったので安堵したためか、培楽は幾分落ち着きを取り戻していた。
この場で解放してもらえれば、この後厄介ごとに巻き込まれる可能性はないだろうという計算ができる程度には。
「あの……ここから一人で帰れますか? 私たちには事情があって貴女を送っていくことができません。それに、先ほどカフェで貴女を捕まえた方々ですが、彼らは貴女を私たちの仲間だと勘違いしているように思われます。彼らに捕まった場合、貴女の生命の保障はできないのですが……」
「へっ?!」
若者の指摘に培楽がその場で固まった。
バッグからスマホを取り出してみるが、見事に圏外である。
スマホの地図を頼ったところで、家まで帰れるかどうか自信がない。道に迷って野垂れ死ぬ可能性だってある。今は五月だが、標高のあるこの場所では朝夕は冷える。
若者の言葉にははったりが含まれているのかもしれないが、有無を言わさずにパトカーに連れ込まれたことを考えても、培楽が警察に見つかれば捕まる可能性が高い。
事情を話せばわかってもらえる可能性はあるだろうが、今更警察に駆け込んだところで理解されるかどうかも微妙だ。
「少なくとも協力者のところにいた方が安全だとは思います」
「はあ……」
そう言われてしまっては、培楽としても彼らについて行くことを拒否する気にもなれなかった。
「出発までには少し時間がありますね。木口さん、貴女のことを教えてもらえますか?」
「……そちらのことを教えてもらえるのなら」
抵抗しても無駄だ、と悟ったのか培楽は若者の頼みを渋々受け入れた。
今ここにいる者たちの中で一番話が通じそうなのが彼のように思われたからだ。
また、他のメンバーの態度から、彼がこの中で一番上の地位にあるように思われた。彼に取り入っておけば他のメンバーから脅されずに済む、と培楽は考えたのだった。
※※
「……そうですか、それは大変申し訳ないことをしました。たまたま同じカフェに居合わせたがために私達の仲間だと連中に思われてしまったのですね……」
培楽がここに来るまでの経緯を話すと、若者は困ったような顔をしながら頭を下げた。
その間に若者が何度か質問や言葉を挟んできており、そこで培楽は若者が男性であることを知った。
だが、それ以外のことはほとんどわからない。今度は私が知る番だと培楽は敢えて仏頂面で尋ねる。
「……私のことは話したので、そちらのことを話してもらえませんか?」
「はい。まず、ここにいるのが誰か、ということからお話しします……」
若者が部屋の中の者達を順番に紹介し始めた。
自身だけではなく、若者は部屋にいる者達の名前を明かすことはできない、と最初に断った。
その上で、彼らには呼び名があり、それを培楽に教えると告げた。
「名前を出せないのですか? 何で……」
「そのような取り決めだから、としか言いようがありません。ですが、培楽さん、呼び名を知っておけばこの場は十分ではないですか?」
「は、はあ……」
若者の口調は強くはないものの、培楽に有無を言わさない何かがあった。
いつの間にか呼び方も「木口さん」から「培楽さん」に変わっているが、それに対しても文句をいう気力が湧いてこないくらいだ。
「まず私ですが、代理、とかエージェント、と呼ばれています。ここでは代理の方が通りが良いです……」
若者は自らが「代理」と呼ばれていると伝えてきた。
培楽が見る限り、彼がこの中で一番の上位者のように思える。
それにも関わらず「代理」というのは課長代理ではなく部長代理あたりなのだろうか? と詮無きことを考えてしまう。
「それからあちらのスーツ姿の女性ですが、彼女が主任です。培楽さんは彼女と間違われたそうですが……」
そう言って代理が指差したのはカフェで見かけた長身の女性だ。
「私、そんなに彼女とは似ていないと思うのですけど……」
培楽が主任の方に目をやった。自分は冴えないタイプだが、どう見ても主任はデキる女性だ。
どうやったら彼女と私を間違うのだか、関係者を問い詰めたい気分にすらなってしまう。
「主任が若いスーツ姿の女性、ということしか伝わっていなかったようですみません」
「ちょっと待った」
代理が頭を下げたところに、培楽を連れてきたケージと呼ばれた中年男性が割り込んできた。
「……」
「間違ったのは俺だが、お前、あの場に残っていたら良くて拷問、悪きゃその場で殺されていたぞ。まあ、どっちが良いかについては人によるだろうが……」
ケージが物騒なことを言ってきた。
「こちらの男性がケージさんです。こちらの集会場を管理する町会の方です」
若者の紹介に、だからここへ入る秘密の入口を知っていたのか、と培楽は妙な部分に感心した。
「俺のことはどうでもいい。これからどうするか、代理と話をしながら考えておいてくれ。お前がこの後どうなるかが決まるのだからな」
ケージは物騒な警告をすると代理に頭を下げて引き下がった。
「あちらの銃を抱えた方はおっかさん、と呼ばれているそうです」
「じゅ、銃、って……」
培楽が老女の方に目をやって固まった。
本物の銃など今まで見たことがない培楽には、おっかさんが抱えている銃が本物なのかおもちゃなのか見当もつかない。
というより、黒くて細長い金属の塊にしか見えないのだ。
(うわ……ヘンなことしたら、撃たれちゃうよね、私……)
培楽は自らの身を案じながらあの老女を刺激するのは止めようと心に誓った。
「あちらの方は先生です。私のボディーガードですね」
次に代理が示したのはスーツではありあまる筋肉を隠しきれないほど筋骨隆々とした中年男性だった。
ほとんど言葉を発することなく周囲を警戒している。ボディーガードという代理の言葉に嘘はないだろうと培楽は考えた。
こちらは「おっかさん」とは別の意味で危険そうだと考え、培楽はできるだけ「先生」の目につかない場所にいようと決めた。
「こちらのジャージの方はコーチです。ケージさんとともに次の移動の案内役となりますので、二人を見失わないように気を付けてください」
代理の紹介にコーチは手を挙げて答えた。こちらは田舎の純朴そうな青年とも中年ともつかない男性だ。
コーチというより小学校か中学校の体育教師みたいだ、などと培楽は思っていた。
「……最後にこちらの方がダンさんです」
代理が褐色の肌の男を指し示した。これで全員である。
「って、それだけですか?!」
名前、それも本名ではなく呼び名だけ教えておしまい、という紹介に培楽が待ったをかけた。彼女にできるささやかな抵抗である。
「……すみません。今お伝えできるのはこれだけです。次の場所への移動に際して不便はないと思います」
「って、いつ出発していつ着くのですか?」
「……あと一時間くらいしたら出発します。少し歩くので今は身体を休めてください」
「ちょ! ……ってわかりました」
培楽が何か言いかけて慌ててやめたのは、おっかさんが黒い金属の筒をこちらへ向ける素振りを見せたからだった。
下手に逆らったら殺される……その恐怖に負けて代理の言葉を受け入れたのだった。
(休めって言われても……ひーっ! こんなの休まるわけないよぉ……)
心の中で情けない声を出しながら、培楽は床の上にペタンとへたり込んだ。
数時間前は幸せな気分で料理とお酒を楽しんでいた。
あと何十分かすれば特急列車に乗って家路につくはずだったのに……
ところが、今の培楽は名前もわからない得体のしれない男女の集団に監視されており、下手をすれば生命すら危ないかもしれない状況だ。
彼女を監視している集団が味方なのか敵なのかもわからない。
大人しくしていれば殺されずには済むかもしれないが、家に戻れるようになるのはいつになるのかもわからない。
だが、先ほど培楽たちをパトカーに押し込んだ警察らしき集団の方がマシ、とも言い切れない。
少なくとも代理の見解だと、培楽は代理達の仲間だと思われており、警察らしき集団からは敵とみなされているらしい。
(何が起きているのだか全然わかんなーい! こんなの現実じゃないよね……?)
夢であってほしいと培楽は頬を思い切りつねってみたものの、目の前で起きていることは現実でしかないということに改めて気付かされた。
※※
「そろそろ時間です、代理。出発のご準備を」
五〇分ほどして主任がやってきて、代理の前で恭しく頭を下げた。
「わかりました。培楽さんも出発のご準備を」
「は、はい……」
どうやら今は彼らについて行くしかないようだ、と半ば諦めの気持ちで培楽はふらふらと立ち上がった。
「四、五〇分歩くからな。足元に気をつけろよ。それと、列から離れるな。遭難したら今の時期でも十分死ねるからな」
「は、はいっ!」
ケージの脅しともつかない警告に培楽が慌てて飛び上がった。
(わーん! 誰か私が行方不明だって探しに来てくれないかな……って無理だよね……)
培楽は誰かが今の自身の状況に気付いてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたが、あることを思い出し、背中から冷や汗を流した。
(あ、明日休みにしていたのだっけ……月曜まで誰も気づかないかも……)
今日は木曜日。明日の金曜は代休を取って日曜日まで三連休にしていたのだ。
となると、職場の人が異変に気付くのは早くて月曜の朝。こういうときに限って週末誰とも外出の約束をしていないから、友人たちが異変に気付く可能性は皆無に近い。
(私ったら、こんなときに何で休み取っちゃうかな……)
培楽は過去の自分を呪ったが、すでに遅い。
「培楽さん、行きますよ。私と先生の間を歩いてください。しばらくの辛抱です。あと、これを握って離さないように」
そう言うと代理は培楽に細いロープを指し出した。
「はい……」
代理に言われるがまま、培楽はロープを握って彼の後ろをとぼとぼと歩き出したのだった。
「だ、代理……」
若者の言葉に老女が固まった。
「RAスタディ、とは何でしょうか?」
「代理、アタシにはわかんないねぇ。誰か、知っているのはいないかい?」
老女が尋ねたが、代理の問いに答えられる者はないようであった。
「おい、答えろ!」
背後からケージが培楽の背中を突いた。
「ひゃ、ひゃいっ! わ、私の会社で、e-ラーニングのシステムを取り扱っている……」
培楽は必死で説明した。説明のやりようによっては助かる道があるかも知れない、そう考えていた。
緊張と恐怖にしどろもどろになりながらも、何とか一通りの説明を終える。
「すみません、私の知らない会社ではありますが、調べたところ実在の会社でした」
老女とは異なる女性の声だった。カフェで見かけた三人組の中の女性だ。
「会社のIDカードも持っているみたいだから、所属しているということに嘘はなさそうだな……」
ジャージ姿の男が、いつの間にか培楽のバッグを漁ってカードホルダーを取り出していた。
「ほ、本当ですって! 嘘は言っていません!」
培楽が必死に潔白を訴える。
「何たらという会社にいることは解ったが、『奴ら』の仲間でないという証拠はどこにもないよなあ?」
ケージが培楽の背後で凄んでみせた。
「ええっ?!」
「そうだ。代理、こいつをどうするかねぇ? 口を封じちまった方がいいんじゃないかい?」
老女が若者に尋ねた。若者の判断に一任するようだ。
「そうですね……主任、どう思いますか?」
若者は脇にいる長身の女性に尋ねた。過去のやり取りを整理すると培楽は彼女と間違われてこの場所に連れてこられたようであった。
スーツ姿の若い女性、という共通点はあるものの、顔や雰囲気はまるで異なる。
どうして間違えられたのか培楽には皆目見当もつかなかった。
「私たちと同じようにパトカーに乗せられていましたし、囮にしては訓練されているような感じでもありません。恐らく『奴ら』は彼女を私たちの仲間と認識しているのではないかと思います」
「主任、ありがとう。私も主任と同意見です。あくまで彼女の意思次第ですが、今ここで生命を奪うのは得策ではないと思います」
長身の女性と若者の培楽に対する見解は一致しているようであった。
培楽はどうにか生命だけは助かった、と胸を撫で下ろした。
「それはいいですが、代理、これからどうしますか?」
そう尋ねたのは培楽の背後に隙無く立っているケージであった。
「これから社長のところに移動するのでしたね? ならば彼女にも同行してもらって、そこで意思を確認しましょう。ここにはそう長居できないでしょうから」
若者の答えにケージはわかりましたと答え、老女は突きつけていた冷たい筒を離したのだった。
「木口さん、でしたか。この後私たちの協力者のところまでついてきてもらいます。そこでその後どうするか判断していただければ結構です」
「ちょっと待ってください! ここで解放してもらうことはできないですか?」
生命が助かったので安堵したためか、培楽は幾分落ち着きを取り戻していた。
この場で解放してもらえれば、この後厄介ごとに巻き込まれる可能性はないだろうという計算ができる程度には。
「あの……ここから一人で帰れますか? 私たちには事情があって貴女を送っていくことができません。それに、先ほどカフェで貴女を捕まえた方々ですが、彼らは貴女を私たちの仲間だと勘違いしているように思われます。彼らに捕まった場合、貴女の生命の保障はできないのですが……」
「へっ?!」
若者の指摘に培楽がその場で固まった。
バッグからスマホを取り出してみるが、見事に圏外である。
スマホの地図を頼ったところで、家まで帰れるかどうか自信がない。道に迷って野垂れ死ぬ可能性だってある。今は五月だが、標高のあるこの場所では朝夕は冷える。
若者の言葉にははったりが含まれているのかもしれないが、有無を言わさずにパトカーに連れ込まれたことを考えても、培楽が警察に見つかれば捕まる可能性が高い。
事情を話せばわかってもらえる可能性はあるだろうが、今更警察に駆け込んだところで理解されるかどうかも微妙だ。
「少なくとも協力者のところにいた方が安全だとは思います」
「はあ……」
そう言われてしまっては、培楽としても彼らについて行くことを拒否する気にもなれなかった。
「出発までには少し時間がありますね。木口さん、貴女のことを教えてもらえますか?」
「……そちらのことを教えてもらえるのなら」
抵抗しても無駄だ、と悟ったのか培楽は若者の頼みを渋々受け入れた。
今ここにいる者たちの中で一番話が通じそうなのが彼のように思われたからだ。
また、他のメンバーの態度から、彼がこの中で一番上の地位にあるように思われた。彼に取り入っておけば他のメンバーから脅されずに済む、と培楽は考えたのだった。
※※
「……そうですか、それは大変申し訳ないことをしました。たまたま同じカフェに居合わせたがために私達の仲間だと連中に思われてしまったのですね……」
培楽がここに来るまでの経緯を話すと、若者は困ったような顔をしながら頭を下げた。
その間に若者が何度か質問や言葉を挟んできており、そこで培楽は若者が男性であることを知った。
だが、それ以外のことはほとんどわからない。今度は私が知る番だと培楽は敢えて仏頂面で尋ねる。
「……私のことは話したので、そちらのことを話してもらえませんか?」
「はい。まず、ここにいるのが誰か、ということからお話しします……」
若者が部屋の中の者達を順番に紹介し始めた。
自身だけではなく、若者は部屋にいる者達の名前を明かすことはできない、と最初に断った。
その上で、彼らには呼び名があり、それを培楽に教えると告げた。
「名前を出せないのですか? 何で……」
「そのような取り決めだから、としか言いようがありません。ですが、培楽さん、呼び名を知っておけばこの場は十分ではないですか?」
「は、はあ……」
若者の口調は強くはないものの、培楽に有無を言わさない何かがあった。
いつの間にか呼び方も「木口さん」から「培楽さん」に変わっているが、それに対しても文句をいう気力が湧いてこないくらいだ。
「まず私ですが、代理、とかエージェント、と呼ばれています。ここでは代理の方が通りが良いです……」
若者は自らが「代理」と呼ばれていると伝えてきた。
培楽が見る限り、彼がこの中で一番の上位者のように思える。
それにも関わらず「代理」というのは課長代理ではなく部長代理あたりなのだろうか? と詮無きことを考えてしまう。
「それからあちらのスーツ姿の女性ですが、彼女が主任です。培楽さんは彼女と間違われたそうですが……」
そう言って代理が指差したのはカフェで見かけた長身の女性だ。
「私、そんなに彼女とは似ていないと思うのですけど……」
培楽が主任の方に目をやった。自分は冴えないタイプだが、どう見ても主任はデキる女性だ。
どうやったら彼女と私を間違うのだか、関係者を問い詰めたい気分にすらなってしまう。
「主任が若いスーツ姿の女性、ということしか伝わっていなかったようですみません」
「ちょっと待った」
代理が頭を下げたところに、培楽を連れてきたケージと呼ばれた中年男性が割り込んできた。
「……」
「間違ったのは俺だが、お前、あの場に残っていたら良くて拷問、悪きゃその場で殺されていたぞ。まあ、どっちが良いかについては人によるだろうが……」
ケージが物騒なことを言ってきた。
「こちらの男性がケージさんです。こちらの集会場を管理する町会の方です」
若者の紹介に、だからここへ入る秘密の入口を知っていたのか、と培楽は妙な部分に感心した。
「俺のことはどうでもいい。これからどうするか、代理と話をしながら考えておいてくれ。お前がこの後どうなるかが決まるのだからな」
ケージは物騒な警告をすると代理に頭を下げて引き下がった。
「あちらの銃を抱えた方はおっかさん、と呼ばれているそうです」
「じゅ、銃、って……」
培楽が老女の方に目をやって固まった。
本物の銃など今まで見たことがない培楽には、おっかさんが抱えている銃が本物なのかおもちゃなのか見当もつかない。
というより、黒くて細長い金属の塊にしか見えないのだ。
(うわ……ヘンなことしたら、撃たれちゃうよね、私……)
培楽は自らの身を案じながらあの老女を刺激するのは止めようと心に誓った。
「あちらの方は先生です。私のボディーガードですね」
次に代理が示したのはスーツではありあまる筋肉を隠しきれないほど筋骨隆々とした中年男性だった。
ほとんど言葉を発することなく周囲を警戒している。ボディーガードという代理の言葉に嘘はないだろうと培楽は考えた。
こちらは「おっかさん」とは別の意味で危険そうだと考え、培楽はできるだけ「先生」の目につかない場所にいようと決めた。
「こちらのジャージの方はコーチです。ケージさんとともに次の移動の案内役となりますので、二人を見失わないように気を付けてください」
代理の紹介にコーチは手を挙げて答えた。こちらは田舎の純朴そうな青年とも中年ともつかない男性だ。
コーチというより小学校か中学校の体育教師みたいだ、などと培楽は思っていた。
「……最後にこちらの方がダンさんです」
代理が褐色の肌の男を指し示した。これで全員である。
「って、それだけですか?!」
名前、それも本名ではなく呼び名だけ教えておしまい、という紹介に培楽が待ったをかけた。彼女にできるささやかな抵抗である。
「……すみません。今お伝えできるのはこれだけです。次の場所への移動に際して不便はないと思います」
「って、いつ出発していつ着くのですか?」
「……あと一時間くらいしたら出発します。少し歩くので今は身体を休めてください」
「ちょ! ……ってわかりました」
培楽が何か言いかけて慌ててやめたのは、おっかさんが黒い金属の筒をこちらへ向ける素振りを見せたからだった。
下手に逆らったら殺される……その恐怖に負けて代理の言葉を受け入れたのだった。
(休めって言われても……ひーっ! こんなの休まるわけないよぉ……)
心の中で情けない声を出しながら、培楽は床の上にペタンとへたり込んだ。
数時間前は幸せな気分で料理とお酒を楽しんでいた。
あと何十分かすれば特急列車に乗って家路につくはずだったのに……
ところが、今の培楽は名前もわからない得体のしれない男女の集団に監視されており、下手をすれば生命すら危ないかもしれない状況だ。
彼女を監視している集団が味方なのか敵なのかもわからない。
大人しくしていれば殺されずには済むかもしれないが、家に戻れるようになるのはいつになるのかもわからない。
だが、先ほど培楽たちをパトカーに押し込んだ警察らしき集団の方がマシ、とも言い切れない。
少なくとも代理の見解だと、培楽は代理達の仲間だと思われており、警察らしき集団からは敵とみなされているらしい。
(何が起きているのだか全然わかんなーい! こんなの現実じゃないよね……?)
夢であってほしいと培楽は頬を思い切りつねってみたものの、目の前で起きていることは現実でしかないということに改めて気付かされた。
※※
「そろそろ時間です、代理。出発のご準備を」
五〇分ほどして主任がやってきて、代理の前で恭しく頭を下げた。
「わかりました。培楽さんも出発のご準備を」
「は、はい……」
どうやら今は彼らについて行くしかないようだ、と半ば諦めの気持ちで培楽はふらふらと立ち上がった。
「四、五〇分歩くからな。足元に気をつけろよ。それと、列から離れるな。遭難したら今の時期でも十分死ねるからな」
「は、はいっ!」
ケージの脅しともつかない警告に培楽が慌てて飛び上がった。
(わーん! 誰か私が行方不明だって探しに来てくれないかな……って無理だよね……)
培楽は誰かが今の自身の状況に気付いてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたが、あることを思い出し、背中から冷や汗を流した。
(あ、明日休みにしていたのだっけ……月曜まで誰も気づかないかも……)
今日は木曜日。明日の金曜は代休を取って日曜日まで三連休にしていたのだ。
となると、職場の人が異変に気付くのは早くて月曜の朝。こういうときに限って週末誰とも外出の約束をしていないから、友人たちが異変に気付く可能性は皆無に近い。
(私ったら、こんなときに何で休み取っちゃうかな……)
培楽は過去の自分を呪ったが、すでに遅い。
「培楽さん、行きますよ。私と先生の間を歩いてください。しばらくの辛抱です。あと、これを握って離さないように」
そう言うと代理は培楽に細いロープを指し出した。
「はい……」
代理に言われるがまま、培楽はロープを握って彼の後ろをとぼとぼと歩き出したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる