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10:検問
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(くうぅぅぅっ! 腕が千切れるぅ……)
軽トラックがブレーキをかけて停車したり、発進するたびに培楽は幌のフレームを掴む腕の痛みに顔をしかめた。
最初はラッシュ時の満員電車よりはマシだろうとたかをくくっていたのだが、そんなに甘いものではなかった。
三人が入るには狭すぎるスペースなのだ。
同乗している先生や代理は培楽に気を遣って彼女に負荷がかからないよう身体を支えているのだが、それでも急な揺れのときなどは培楽の方に力がかかってしまう。
痛いのは確かだが、不思議と培楽には嫌悪感が湧き上がってこなかった。
こちらのトラックに乗って良かった、と思いながら培楽は必死にフレームを掴んでいた。
「すみません。どのくらいで着くかわかりますか?」
培楽は可能な限りの小声で二人に尋ねた。
「彼の職場だから、一五分くらいでしょう。不快でしょうが今は耐えてください」
「あ、はい。ありがとうございます」
丁寧に先生が答えたので、思わず培楽は礼を言ってしまう。
正直話しかけるのは怖い相手なのだが、話は通じる。
柄の悪いケージやおっかさんなどと比較すると、培楽にとっては与しやすい相手といえるかもしれない。
※※
「……時間がかかっていますね」
小声で代理がつぶやいた。
時計を見ることができないので、出発してから正確に何分経っているか培楽にはわからない。
だが、それでも先生のいう一五分はとうの昔に過ぎ去ったように培楽には思われる。
「申し訳ありません。恐らくですが迂回して移動していると思われます。それと……」
先生が詫びた。
培楽にも気になる点はある。
時間がかかっていることもそうなのだが、少し前から揺れが小さくなっているのだ。
明らかに軽トラックの速度が落ちているし、停止することも増えてきた。
「渋滞、ですか……?」
培楽が訪ねた。
「このあたりでは考えにくいです。工事などの情報も入っていないので事故か何かかもしれませんが……」
先生の言葉の歯切れが悪い。
「申し訳ありませんが場所を変わってもらえますか?」
更に数分経っても軽トラックが進む気配がないのに焦れたのか、先生が培楽に頼んだ。
「いいですよ」
培楽は身を小さくしながら先生と場所を入れ替わった。
少々きついが、不可能というほどでもない。
「……」
先生が培楽たちに背中を向けている。
幌の布の隙間から運転席、そしてフロントガラスを通して外を覗こうとしているのだ。
「渋滞しているようですが、何がありましたか?」
先生が運転席側の壁をコンコンと二度叩いてから尋ねた。怒鳴る、まではいかないものの結構大きな声だ。そうしないと運転席に聞こえないらしい。
「よく見えないのですが、事故がどうとかいう看板が立っていて……その処理か何かで規制しているみたいです。Uターンしようにも後ろがつっかえているので動けません。状況を確認したら連絡しますので、静かに待っていてください」
運転席の方からツトムの声が返ってきた。やはり結構な大声だ。この状況では仕方ない。
ここで先生が現在の状況を代理と培楽に説明する。
今通っているのは車が対面ですれ違えない幅の細い道なのだそうだ。
この道と幹線道路との合流地点付近で事故があったらしく、それによる渋滞が発生しているらしい。
培楽たちが (荷台に)乗っている軽トラックの後ろにも車が並んでいるらしく引き返そうにも引き返せない。
「事故渋滞なら待つしかないですね……」
培楽が諦めたかのようにつぶやいた。
しかし、培楽が先生と代理に目をやると、二人とも難しい顔をして何か考えているようだった。
「す、すみません……うるさくしてしまって」
培楽は声を出したことを咎められたのかと思ったのだが、先生が違うと短く答えた。
「??」
培楽がぽかんとしていると、先生が小声で説明した。
事故が原因であったとしても、この渋滞は不自然であり、何者かによる罠の可能性も十分考えられる。
ツトムが状況を調べているから、いつでも動けるよう準備しておいた方がいい。
「は、はい……といっても……」
準備するようなものなど何もない、というのが培楽の言い分だ。
持っているのはショルダーバッグだけで、他に荷物らしい荷物もない。
「ツトムさんから指示があるので、それに従ってください。何かあったら先生か私が声をかけます」
代理の有無を言わさぬ口調に培楽は無言でうなずくしかなかった。
「いいですか、落ち着いて聞いてください……」
何度か車がのろのろとした前進と停止を繰り返した後、運転席の方からツトムの声が聞こえてきた。
荷台の三人が身構える。
「……トランクや荷台を警官が調べています。検問のようです。マズい状況ですが、今更逃げられないので音をたてないようにお願いします。何とかやり過ごします」
ツトムの言葉に先生がコンコンと運転席側の壁を二度叩いて答えた。
(荷台を調べるって?! 箱の奥を調べられたら見つかっちゃうじゃない! どうすれば?!)
培楽が慌てて周囲を見回すが、代理が「静かに」のジェスチャーで注意してきた。
「ツトムさんの指示に従ってください。何かあったら先生と私とで何とかします」
代理が小声でそう伝えてきたとき、思わず培楽は「凄い……」と感心してしまった。
自分より年下と思われる青年にそう言われてしまっては、培楽としてもみっともないところは見せられない。
じっと静かに危機が去るのを待つ。
「……」
更に車が何度か遅い前進と停止とを繰り返す。
今のところそれ以外に何かが起きる気配はない。
培楽は静かに身を潜めている。時折先生と代理の方をチラッと見るが、二人とも無表情のままだ。
(……いつまでかかるんだろう? あと何台くらい前にいるのかな……?)
培楽は必死で狭さによる不快感と、息の詰まるような緊張感に耐えている。
話でもすれば多少は落ち着くのかもしれないが、静かにするよう指示されている。
もし、声を出せば荷台に人がいることが外にバレてしまうかもしれない。
それによって何が起きるのか培楽にはわからないが、少なくともこの車が荷台に人を載せて公道を走ることが問題であることくらいは理解している。
(代理を妨害する人たちじゃなかったとしても、警察に見つかってもマズいよね、これ……)
ツトムは「トランクや荷台を調べている」と言っていたから、この先培楽たちが乗っている軽トラックの荷台も調べられる可能性がある。
培楽には、荷台を調べられたときに見つからない自信がない。
もし見つかったらどうするのか?
そのときは逃げるのかな、などと漠然と考えているのだが、どう逃げたらよいのか見当もつかない。
先生か代理を頼るしかないだろう。
そうしているうちにも徐々にだが、車は前に進んでいる。
一体どのくらいの車が待っているのだろうか、と培楽はじっと荷台に座ってそのときを待つ。
声を出したり、幌をめくって外を見てみたいという誘惑にもかられるのだが、危険性を考えてぐっと堪える。
代理と先生は時折手足をほぐすような動きを見せるだけで、それ以外は身じろぎひとつしない。
(あれは一体……?)
じっと耐える以外にすることがないので、培楽は代理と先生の動きを観察しはじめる。
「……」
観察しているうちに、培楽は代理と先生が手足をほぐす動きを見せるのは決まって車がのろのろと動いているときだというのに気付いた。
その意図を確認してみたい誘惑にかられるが、ここはぐっと我慢する。
カツカツッ!
何度目かの停止の直後、運転席側の壁が叩かれる音がした。
代理と先生が身構える。培楽が身を固くして息をひそめる。
「……お願いします」
「……があった……」
「……でして……はどちら……」
「……館……書いて……でしょう」
少しして外から声が聞こえてきた。ツトムが何者かと話しているのだろう。
聞き取りにくいのは幌のせいもあるのだが、外で吹いている風の音にも邪魔されているようであった。
(お願い……このまま通して……)
培楽は身を固くしながら必死に祈った。正直なところ、荷台を調べられたら見つからない自信がない。
「……ですか?」
「……とか……」
「……予定は……」
「……を……したので……戻る……」
外ではツトムと何者かの話が続いている。
ツトムの口調がのんびりしているが、のらりくらりと相手の要求をやりすごすためではないかと培楽は考えていた。
お客の厳しい要求を受け入れないために、彼女の上司が使う常套手段がこれなのだ。
自分が要求する側のときに同じことをされたら苛立ちを覚えるが、厄介な要求をされる側に立たされたときにはこうした味方がいるとありがたいことこの上ない。
そんな詮無いことを考えながら、培楽は軽トラックが走り出すのをじっと待つ。
「……させてください」
「どうぞ」
外の会話が途切れる。そして声の代わりに足音が二つ近づいてきた。
(ひえぇぇぇっ! 見つかりませんように……)
足音のひとつがすぐ脇を通り過ぎたときには、心臓が口から飛び出すのではないかと培楽は感じた。
こんなに近くを通るとは思わなかったのだ。
徐々に足音は軽トラックの後方へと移動していく。
少ししてバタバタと幌が風に吹かれてはためく音がした後、段ボール箱の隙間から培楽たちの方に細い光が差し込んできた。
この光で培楽は幌がめくられたことに気付く。
直後に代理と先生が顔を見合わせてうなずき合ったのだが、見つからないようにと必死に祈る培楽の目にその姿は入らなかった。
風がビュービューと幌の中に吹き込み、段ボールやケースなどが揺られて音をたてる。
荷台の後方から培楽たちが隠れている奥の方を見通すためには段ボール箱やらケースやらシートやらをどけないとならない。
だが、本気で荷台の積荷を調べる気があれば、培楽たちが見つかるのも時間の問題だろう。
早く終わってと祈る培楽の耳に、荷台の後ろの方から風の音とともに声が聞こえてくる。
「これは……日本酒だな」
「こっちは毛布のようですね。中を調べてみます」
どうやら段ボール箱やケースを広げて中を調べているらしいことに培楽は気付いた。
(ヤバい、ヤバいって! このままじゃ見つかっちゃう!)
パニックになりかけている培楽は代理や先生の顔を見るが、今のところ動く気配はない。
彼らが動かない以上、培楽もじっとしているしかなかった。一人でこのピンチを乗り切る自信はないからだ。
ガタンッ!
何かが荷台の床に叩きつけられるような音がして、培楽たちが隠れている荷台が揺れる。
培楽も思わず飛び上がりそうになったが、先生に肩を押さえられて何とか堪えた。
直後、バタンと音がして、荷台の方に誰かが走っていく足音が聞こえてきた。
「割れ物もあるので、乱暴にしないでくださいよ」
荷台の後方から聞こえてきたのはツトムの声であった。抗議にきたらしい。
「申し訳ありません。おい、慎重にやってくれよ」
「すみません、気をつけます」
今度は荷台を調べている二人の謝罪の声が聞こえてきた。
二メートルも離れていない場所に潜んでいる培楽は生きた心地がしない。
(ひゃぁぁっ! お、落ち着くのよ、培楽!)
必死で悲鳴をあげたいのを堪える培楽の耳にバタバタという足音が聞こえてきた。
一人や二人ではない。多くの足音がこちらに向けて走って近づいてくる。
(今度は何なのよぉ?! もう、いい加減にここから離れてーっ!!)
培楽は心の中で悲鳴をあげながら、荷台の奥で必死に息をひそめている。
その身体は恐怖で小刻みに震えており、いつ爆発しても不思議ではない。
現在、五月一九日一六時一〇分
━━契約の刻限まで、あと三一時間五〇分━━
軽トラックがブレーキをかけて停車したり、発進するたびに培楽は幌のフレームを掴む腕の痛みに顔をしかめた。
最初はラッシュ時の満員電車よりはマシだろうとたかをくくっていたのだが、そんなに甘いものではなかった。
三人が入るには狭すぎるスペースなのだ。
同乗している先生や代理は培楽に気を遣って彼女に負荷がかからないよう身体を支えているのだが、それでも急な揺れのときなどは培楽の方に力がかかってしまう。
痛いのは確かだが、不思議と培楽には嫌悪感が湧き上がってこなかった。
こちらのトラックに乗って良かった、と思いながら培楽は必死にフレームを掴んでいた。
「すみません。どのくらいで着くかわかりますか?」
培楽は可能な限りの小声で二人に尋ねた。
「彼の職場だから、一五分くらいでしょう。不快でしょうが今は耐えてください」
「あ、はい。ありがとうございます」
丁寧に先生が答えたので、思わず培楽は礼を言ってしまう。
正直話しかけるのは怖い相手なのだが、話は通じる。
柄の悪いケージやおっかさんなどと比較すると、培楽にとっては与しやすい相手といえるかもしれない。
※※
「……時間がかかっていますね」
小声で代理がつぶやいた。
時計を見ることができないので、出発してから正確に何分経っているか培楽にはわからない。
だが、それでも先生のいう一五分はとうの昔に過ぎ去ったように培楽には思われる。
「申し訳ありません。恐らくですが迂回して移動していると思われます。それと……」
先生が詫びた。
培楽にも気になる点はある。
時間がかかっていることもそうなのだが、少し前から揺れが小さくなっているのだ。
明らかに軽トラックの速度が落ちているし、停止することも増えてきた。
「渋滞、ですか……?」
培楽が訪ねた。
「このあたりでは考えにくいです。工事などの情報も入っていないので事故か何かかもしれませんが……」
先生の言葉の歯切れが悪い。
「申し訳ありませんが場所を変わってもらえますか?」
更に数分経っても軽トラックが進む気配がないのに焦れたのか、先生が培楽に頼んだ。
「いいですよ」
培楽は身を小さくしながら先生と場所を入れ替わった。
少々きついが、不可能というほどでもない。
「……」
先生が培楽たちに背中を向けている。
幌の布の隙間から運転席、そしてフロントガラスを通して外を覗こうとしているのだ。
「渋滞しているようですが、何がありましたか?」
先生が運転席側の壁をコンコンと二度叩いてから尋ねた。怒鳴る、まではいかないものの結構大きな声だ。そうしないと運転席に聞こえないらしい。
「よく見えないのですが、事故がどうとかいう看板が立っていて……その処理か何かで規制しているみたいです。Uターンしようにも後ろがつっかえているので動けません。状況を確認したら連絡しますので、静かに待っていてください」
運転席の方からツトムの声が返ってきた。やはり結構な大声だ。この状況では仕方ない。
ここで先生が現在の状況を代理と培楽に説明する。
今通っているのは車が対面ですれ違えない幅の細い道なのだそうだ。
この道と幹線道路との合流地点付近で事故があったらしく、それによる渋滞が発生しているらしい。
培楽たちが (荷台に)乗っている軽トラックの後ろにも車が並んでいるらしく引き返そうにも引き返せない。
「事故渋滞なら待つしかないですね……」
培楽が諦めたかのようにつぶやいた。
しかし、培楽が先生と代理に目をやると、二人とも難しい顔をして何か考えているようだった。
「す、すみません……うるさくしてしまって」
培楽は声を出したことを咎められたのかと思ったのだが、先生が違うと短く答えた。
「??」
培楽がぽかんとしていると、先生が小声で説明した。
事故が原因であったとしても、この渋滞は不自然であり、何者かによる罠の可能性も十分考えられる。
ツトムが状況を調べているから、いつでも動けるよう準備しておいた方がいい。
「は、はい……といっても……」
準備するようなものなど何もない、というのが培楽の言い分だ。
持っているのはショルダーバッグだけで、他に荷物らしい荷物もない。
「ツトムさんから指示があるので、それに従ってください。何かあったら先生か私が声をかけます」
代理の有無を言わさぬ口調に培楽は無言でうなずくしかなかった。
「いいですか、落ち着いて聞いてください……」
何度か車がのろのろとした前進と停止を繰り返した後、運転席の方からツトムの声が聞こえてきた。
荷台の三人が身構える。
「……トランクや荷台を警官が調べています。検問のようです。マズい状況ですが、今更逃げられないので音をたてないようにお願いします。何とかやり過ごします」
ツトムの言葉に先生がコンコンと運転席側の壁を二度叩いて答えた。
(荷台を調べるって?! 箱の奥を調べられたら見つかっちゃうじゃない! どうすれば?!)
培楽が慌てて周囲を見回すが、代理が「静かに」のジェスチャーで注意してきた。
「ツトムさんの指示に従ってください。何かあったら先生と私とで何とかします」
代理が小声でそう伝えてきたとき、思わず培楽は「凄い……」と感心してしまった。
自分より年下と思われる青年にそう言われてしまっては、培楽としてもみっともないところは見せられない。
じっと静かに危機が去るのを待つ。
「……」
更に車が何度か遅い前進と停止とを繰り返す。
今のところそれ以外に何かが起きる気配はない。
培楽は静かに身を潜めている。時折先生と代理の方をチラッと見るが、二人とも無表情のままだ。
(……いつまでかかるんだろう? あと何台くらい前にいるのかな……?)
培楽は必死で狭さによる不快感と、息の詰まるような緊張感に耐えている。
話でもすれば多少は落ち着くのかもしれないが、静かにするよう指示されている。
もし、声を出せば荷台に人がいることが外にバレてしまうかもしれない。
それによって何が起きるのか培楽にはわからないが、少なくともこの車が荷台に人を載せて公道を走ることが問題であることくらいは理解している。
(代理を妨害する人たちじゃなかったとしても、警察に見つかってもマズいよね、これ……)
ツトムは「トランクや荷台を調べている」と言っていたから、この先培楽たちが乗っている軽トラックの荷台も調べられる可能性がある。
培楽には、荷台を調べられたときに見つからない自信がない。
もし見つかったらどうするのか?
そのときは逃げるのかな、などと漠然と考えているのだが、どう逃げたらよいのか見当もつかない。
先生か代理を頼るしかないだろう。
そうしているうちにも徐々にだが、車は前に進んでいる。
一体どのくらいの車が待っているのだろうか、と培楽はじっと荷台に座ってそのときを待つ。
声を出したり、幌をめくって外を見てみたいという誘惑にもかられるのだが、危険性を考えてぐっと堪える。
代理と先生は時折手足をほぐすような動きを見せるだけで、それ以外は身じろぎひとつしない。
(あれは一体……?)
じっと耐える以外にすることがないので、培楽は代理と先生の動きを観察しはじめる。
「……」
観察しているうちに、培楽は代理と先生が手足をほぐす動きを見せるのは決まって車がのろのろと動いているときだというのに気付いた。
その意図を確認してみたい誘惑にかられるが、ここはぐっと我慢する。
カツカツッ!
何度目かの停止の直後、運転席側の壁が叩かれる音がした。
代理と先生が身構える。培楽が身を固くして息をひそめる。
「……お願いします」
「……があった……」
「……でして……はどちら……」
「……館……書いて……でしょう」
少しして外から声が聞こえてきた。ツトムが何者かと話しているのだろう。
聞き取りにくいのは幌のせいもあるのだが、外で吹いている風の音にも邪魔されているようであった。
(お願い……このまま通して……)
培楽は身を固くしながら必死に祈った。正直なところ、荷台を調べられたら見つからない自信がない。
「……ですか?」
「……とか……」
「……予定は……」
「……を……したので……戻る……」
外ではツトムと何者かの話が続いている。
ツトムの口調がのんびりしているが、のらりくらりと相手の要求をやりすごすためではないかと培楽は考えていた。
お客の厳しい要求を受け入れないために、彼女の上司が使う常套手段がこれなのだ。
自分が要求する側のときに同じことをされたら苛立ちを覚えるが、厄介な要求をされる側に立たされたときにはこうした味方がいるとありがたいことこの上ない。
そんな詮無いことを考えながら、培楽は軽トラックが走り出すのをじっと待つ。
「……させてください」
「どうぞ」
外の会話が途切れる。そして声の代わりに足音が二つ近づいてきた。
(ひえぇぇぇっ! 見つかりませんように……)
足音のひとつがすぐ脇を通り過ぎたときには、心臓が口から飛び出すのではないかと培楽は感じた。
こんなに近くを通るとは思わなかったのだ。
徐々に足音は軽トラックの後方へと移動していく。
少ししてバタバタと幌が風に吹かれてはためく音がした後、段ボール箱の隙間から培楽たちの方に細い光が差し込んできた。
この光で培楽は幌がめくられたことに気付く。
直後に代理と先生が顔を見合わせてうなずき合ったのだが、見つからないようにと必死に祈る培楽の目にその姿は入らなかった。
風がビュービューと幌の中に吹き込み、段ボールやケースなどが揺られて音をたてる。
荷台の後方から培楽たちが隠れている奥の方を見通すためには段ボール箱やらケースやらシートやらをどけないとならない。
だが、本気で荷台の積荷を調べる気があれば、培楽たちが見つかるのも時間の問題だろう。
早く終わってと祈る培楽の耳に、荷台の後ろの方から風の音とともに声が聞こえてくる。
「これは……日本酒だな」
「こっちは毛布のようですね。中を調べてみます」
どうやら段ボール箱やケースを広げて中を調べているらしいことに培楽は気付いた。
(ヤバい、ヤバいって! このままじゃ見つかっちゃう!)
パニックになりかけている培楽は代理や先生の顔を見るが、今のところ動く気配はない。
彼らが動かない以上、培楽もじっとしているしかなかった。一人でこのピンチを乗り切る自信はないからだ。
ガタンッ!
何かが荷台の床に叩きつけられるような音がして、培楽たちが隠れている荷台が揺れる。
培楽も思わず飛び上がりそうになったが、先生に肩を押さえられて何とか堪えた。
直後、バタンと音がして、荷台の方に誰かが走っていく足音が聞こえてきた。
「割れ物もあるので、乱暴にしないでくださいよ」
荷台の後方から聞こえてきたのはツトムの声であった。抗議にきたらしい。
「申し訳ありません。おい、慎重にやってくれよ」
「すみません、気をつけます」
今度は荷台を調べている二人の謝罪の声が聞こえてきた。
二メートルも離れていない場所に潜んでいる培楽は生きた心地がしない。
(ひゃぁぁっ! お、落ち着くのよ、培楽!)
必死で悲鳴をあげたいのを堪える培楽の耳にバタバタという足音が聞こえてきた。
一人や二人ではない。多くの足音がこちらに向けて走って近づいてくる。
(今度は何なのよぉ?! もう、いい加減にここから離れてーっ!!)
培楽は心の中で悲鳴をあげながら、荷台の奥で必死に息をひそめている。
その身体は恐怖で小刻みに震えており、いつ爆発しても不思議ではない。
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