巻き込まれて、逃亡者 ~どうして私が逃亡者に?!~

空乃参三

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11:野次馬

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 ドタドタドタドタ……
 多数の足音が培楽達が身を潜めている軽トラックの荷台の方へと近づいてくる。

(い、一体何?)
 近づいてくる足音に培楽は周囲をキョロキョロと見回して、先生に止められる。
 幌があるので外の様子など見えはしないのはわかっているが、それでも培楽は周囲の確認を止められなかったのだ。

(えっ? ここじゃないの?)
 足音のいくつかは、培楽のすぐ脇を通り過ぎて軽トラックの先の方へと駆け抜けていった。
 だが、トラックの荷台の後ろや脇で止まったものもいくつもある。

「こら! 邪魔をするんじゃない!」
 荷台の後ろから、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
 明らかに培楽達に向けたものではない。
「いいじゃんかー。何やっているのさー?!」
 返ってきたのは子供の声だった。声変わり前の小学生くらいの男の子のようだ。

(……何があったの?)
 突然の乱入者と思しき者の登場に、培楽は更に混乱する。

「お巡りさんの仕事中なのだから邪魔しちゃダメよ」
 今度は先ほどの男の子よりも少し年上と思われる女の声が聞こえてきた。
 だが、大人の声ではない。小学校高学年か中学生くらいだろうか。

「おじさんたちお仕事中だから邪魔しないでね」
「って、これ旅館の車じゃん! 何調べてるのー?」
「危ないから早くお家に帰りなさい」
「だってー、あっちの信号ずっと赤じゃん! 帰れないよ」
 軽トラックの荷台を調べている者達と乱入者達の押し問答が続いている。
 声や言葉の感じからすると、乱入者達は皆子供のようだ。

「おい、信号を直すんだ!」
「はい!」
 荷台を調べている者達が小さな乱入者達を排除しようと、荷台から少し離れた。
 足音でそれを知った培楽がほっと一息つく。

 だが、まだ油断はできない。

「おい、アレ見てみろよ!」
 すぐ脇から聞こえてきた甲高い少年の声に、培楽の身体がビクッとなる。
 幌の布を挟んでいるとはいえ、培楽のいる場所から声のところまでは一メートルも離れていない。
 耳元とまではいかないものの至近距離から甲高い大声で叫ばれては、驚くなという方に無理がある。
「すごーい! O県から来たんだぁ! 遠くから大変だねー」
 今度は少し離れたところから女の子の声が聞こえてきた。

 他にもあちこちで子供達が騒いでいるらしく、軽トラックの荷台の周りはにぎやかになっている。

「O県だって! すげぇ! 写真撮ろうぜ、写真!」
「そうしよー。こっちこっち!」
 今度は別の少年の一言で、足音が軽トラックの前方へと向けて駆け抜けていった。

(写真……? 何か珍しいものでもあるのかな?)
 子供達の声に培楽は外に何があるのか気になって仕方がない。
 だが、今外に出れば、先ほどまで荷台を調べていた者達の思うつぼだと必死に自分に言い聞かせる。

「こら! 勝手に撮影するんじゃない!」
 培楽の脇を怒鳴りながら荷台を調べていた男が駆け抜けていったようだ。

 その後は軽トラックの前方で子供達と何か言い争っているのが聞こえてきた。
 子供の声は甲高い分、荷台の中にいる培楽にもある程度聞きとれるが、大人の声はそうもいかない。
 そのため、培楽には子供が何か珍しいものに興奮して写真を撮っているらしいことしかわからない。

「騒がしいわ! 何があったっていうんだい!」
 少しして、今まで聞いたことのない女性の怒鳴り声が荷台の後ろの方から聞こえてきた。今度は今まで聞いたことのない大人の声だ。
 培楽にも言っている内容がはっきりと聞き取れたのは、風が弱まったのか幌の布がバタバタ揺れる音がしなくなったためだ。女性の声が大きいこともあるのだが。

「おー、坂下の。どうしたってんだ、大声出して」
 今度は少し離れたところから年配の男性の声が聞こえてきた。

「大声出しているのは私じゃないわよ! 子供達が騒いでいるから出て来てみたらコレよ」
「何だこりゃ? 事故でもあったのか?」

 新たな乱入者の登場で、風向きが少し変わったようだ、と培楽は感じていた。

 その後もぞろぞろと大人達が集まってきた。
 荷台の中の培楽には話し声と足音くらいでしか判断できないが、会話の内容から明らかに荷台を調べていた者達とは所属が異なる。

「何だ、ツトムのところの車じゃねえか。ツトム! 何があったんだ?」
 また別の男の声が聞こえてきた。軽トラックの前方からだ。
「あ、ユーキさん! 実は……」
 走ってくる足音と共にツトムの声が聞こえてきた。
 ツトムは現在の状況を説明しはじめた。相手はそれをうなずきながら聞いているようだ。

「わかった。ちょっといいかー!」
 ツトムの話を聞き終えた男が大声を出して誰かを呼んだ。
 それだけではなく、培楽達が隠れている荷台の方へと向けて歩いてくる足音が聞こえてきた。

「事故はわかったけどよ、こんなに車がつっかえてるんじゃ皆困るんだよ。ツトムのところなんか仕事になんねーだろ」
「でしたら検問に協力していただくよう、こちらの皆様を説得していただけませんか?」
「検問って、何でそんなことになっているんだ?」
「ですから、催涙ガスを持った強盗団が逃走しているので。危険ですから屋内に避難してくださいと言っているでしょう!」
「O県からご苦労なことだけどよ、これじゃ子供達も家に戻れねーぞ。列には子供の親の車もいるってんだ!」
「ちょっと、そこのお巡りさん、どこの署の人? この辺で見ない顔だけど」
 荷台のすぐ脇で押し問答が続いている。
 屋内に避難しろとか強盗団がうんぬんと言っているのは、先ほどまで荷台を調べていた二人組のようだ。
 彼らに詰め寄っているのは話の内容からすると近隣の住民たちだろう。

「××署です。それが何か?」
「○○署の奴はいねえのかよ? 地元のことを知らない奴が仕切ったからこの有様なんだろうが? 何なら俺が○○署に電話してやろうか? 署長はよく知っているしよ!」
「その必要はありません」
「だがよ、こんなに渋滞されちゃこっちだって迷惑なんだよ!」
「そうよ。そろそろお母さんがデイから戻ってくる時間なのに、これじゃ施設の車が入って来られないじゃないの!」
 数の強みなのか、問答は近隣住民が押し気味だ。
 相手も反論しているが、どこか迫力に欠ける。

(誰だか知らないけど、このままやっちゃえーっ!)
 周囲の様子の変化に、培楽は心の中で近隣住民達にエールを飛ばした。
 プラスチックコンテナを椅子にしているとはいえ、半ば体育座りに近い格好でじっとしていることを強いられているため、身体のあちこちが悲鳴をあげているのだ。今となっては恐怖よりも身体の痛みの方が辛い。

「あー、もう埒あかんわ。俺が○○署に電話するから待っとれ!」
「ちょっと待って! 確認が取れそうですから」
「五分以内にこの道を通さなかったら、○○署に連絡するぞ」
「確認取れました! 検問解除します!」
 培楽のエールが届いたのか、地元住民が押し切ったようだ。
 その直後、荷台に吹き込んでくる風が止まった。幌が閉じられたのだ。

 少ししてガラガラと音がして「確認終わりました! 行っていいです!」と投げやりな声が聞こえてきた。
 直後、軽トラックのエンジンがかかり、荷台に振動が伝わってくる。
 ブロロロ……

 軽トラックが走り出した。培楽達は何とか見つからずに済んだのだった。

 車が左折する際に大きく傾き、培楽は荷台の (囲い)に思い切り膝をぶつけてしまったが、その痛みにすらほっとした気分になる。

「♪♪~」
 鼻歌でも歌い出しそうな顔で、培楽が軽トラックに揺られている。

「ツトムさん、うまくやってくれたようですね」
 代理が運転席の方に目を向けながらつぶやいた。先ほどまでの警戒は解いているようで、リラックスした雰囲気に見える。
「さっきの人達、一体何だったのでしょうか?」
「培楽さん。最初に荷台を調べようとしていたのは多分警察に扮した私達の敵です。後から来たのは恐らくツトムさんかタケさんあたりが仕込んでいた協力者ではないかと思います」
「協力者……??」
 培楽が首を傾げた。
 今までに見たことのない協力者がいることくらいは培楽も理解している。
 だが、先ほど敵を撃退した者達の中には、小学生くらいの子供が大勢混じっていた。
 どうやって子供達に協力させているのだろうか?

「私達の活動を支援してくれる人達も大勢いるのです。こうした人達のためにも契約を成立させなければ……」
 代理の瞳には決意の色が浮かんでいた。

(……これって生命の危険もあることだよね? そこまでしてやらなければいけない契約って……)
 培楽は改めて代理達の任務の重さを思い知る。

 数分後、軽トラックが停止し、ツトムから降りるようにと伝えられた。
 狭い荷台から解放されて、培楽が思い切り身体を伸ばす。

 到着したのはシャッターが閉じられた倉庫の前であった。
 シャッターには軽トラックのドアに書かれているのと同じ旅館名が書かれている。

「培楽さん、この中で待つらしいです」
 代理がシャッターの脇にあるドアのノブに手を伸ばした。

(あれ……?! 入れ墨?)
 培楽が代理の右手首に近いところに不思議な形の紋様が描かれているのに気付く。
 見てはいけないものを見てしまったと思い、慌てて視線を逸らす。
(って、この人にも?)
 培楽が視線を逸らした先には先生の姿があった。

「あ……」
 培楽の視線は無意識のうちに先生の右手首の方へと移動していた。
 スーツの袖に半分隠れていたが、そこには確かに代理と同じ様な模様が描かれている。

「培楽さん、どうかされました?」
 代理が振り返って培楽に声をかけた。
「いえ、その……何でもないです」
 培楽は一瞬代理の右手首に目をやった後、視線を逸らした。
「……もしかして、これ、ですか?」
 培楽の視線に気付いたのか代理がドアノブから手を離し、培楽に向けて右腕を差し出した。
 そしてスーツの袖をめくり、腕の手首に近い場所にある紋章を露わにする。

「……これは……一体……」
 培楽が言葉に詰まった。
 紋章は両矢印のような形をしているが、片方の矢印だけ小さいものの上に薄く大きな矢印が上書きされている。
「私が担当する契約に賛同し、契約締結のためのとして認められた印、です。培楽さんにはありませんよね?」
 代理の言葉に培楽が両方の袖をまくって手首を露わにする。そこには紋章はない。

「……印がある方でしたら契約の内容を明かすことができたのですが……」
 代理が申し訳なさそうに培楽に告げた。培楽に返す言葉はない。

「……いったん中に入りましょう。ツトムさんも仕事に戻られた方がよいでしょう」
 先生の言葉に培楽が我に返った。
 代理がドアを開け、中に入る。
 培楽と先生も後に続いた。

 中に入るときに代理が小声で培楽にこう告げた。
「培楽さん。今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います。いずれ印が……」
 培楽の耳からは、ずっとこの言葉が離れなかった。

 現在、五月一九日一六時五〇分
━━契約の刻限まで、あと三一時間一〇分━━
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