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12:潜伏
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「仕事に戻る前に最低限の情報をお伝えします」
倉庫と思われる建物の中にはツトムも入ってきていた。
培楽などは彼が倉庫の中には入らずに本来の仕事に戻るのだろうと思っていたので、その姿があるのには驚きを隠せなかった。
「うちの旅館のスタッフですが、残念ながら全員が味方ではありません。敵もいます。その点、心してください……」
ツトムは現在培楽達が隠れている建物を所有する旅館のスタッフである。
彼の説明によると、旅館は三つの部門からなっているそうだ。
ツトムの所属する料飲部はトップの料理長以下ほぼ全員が味方らしい。ちなみに料理長は社長の婿養子だそうだ。
社長、すなわち料理長の妻はお客様部のトップらしい。ここには敵と味方、そして中立というより代理やその敵のことを知らない無関係の者が入り混じっている。
お客様部配下の経理係や予約係に敵が少数いるが、妙な動きをすれば社長が止めに入るだろうとツトムは考えているようだ。ちなみに社長は何も知らない無関係の者になる。
問題は取引している金融機関から送り込まれた支配人だ。この人物は敵側になる。
支配人は営業部のトップであり、営業部隊やフロントは半分くらいが敵らしい。
「……経理係や予約係はこの倉庫に来ることはありません。営業部隊やフロントの人間もあまり来ないとは思いますが、念のため注意してください」
そう言い残してツトムが仕事に戻ろうとする。
ここで培楽はあることに気付き、ツトムを引き留めた。
「あのぅ……お手洗いはどこですか?」
長いこと狭い軽トラックの荷台で緊張を強いられたため今まで気付かなかったが、緊張状態から解放されて急にもよおしてきてしまったのだ。
「右奥の扉を出たすぐ前にあります。シャワーはその隣です。申し訳ないのですが、お風呂は我慢してください。それでは!」
ツトムは一気にまくしたてると、脱兎のごとく倉庫を飛び出していった。
「単独での行動は敵に見つかる危険があります。外へ出る際は複数で行動を」
トイレの方に向かおうとした培楽を先生が呼び止めた。
「……すみません。ついてきてください」
抵抗しても無駄、と観念した培楽は先生に同行を求めた。それだけ状況が切羽詰まっていたというのが本音ではある。
抵抗を諦めたおかげか、事故? になることもなく無事に培楽は倉庫の中へ戻ることができた。
倉庫の中に戻るや否や培楽はショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。時間を確認するためだ。
だが、バッテリーが切れており、時刻がわからない。
仕方なく代理に尋ねると代理はコンセントを探し出し、スマートフォンを充電したらどうかと提案した。彼も時計を持っていないようであった。
スマートフォンを充電し始めて少しして、何とか電源が入るようになる。
画面に映る時刻は五月一九日金曜日の一七時過ぎを示していた。
(……電波は……入る! これなら通話はできなくても……)
培楽は代理と先生の方をちらっと見やってから、友人と連絡を取ろうかと考えた。
「?! 一七時過ぎですね……」
先生の目が一瞬光ったような気がして、培楽は慌ててその場を繕った。
「あと二時間ほどで食事が来ます。それまで辛抱してください」
先生が無表情のまま告げてきた。
先ほどツトムが旅館の組織を説明したときに、食事を一九時半に運ぶこと、そして二二時から今後の予定について打ち合わせると伝えてきていた。
それまでは三人にやることはない。
誰にも見つからないよう倉庫の中で息を潜めているだけだ。
(……メッセージくらいなら大丈夫だよね?)
再び培楽はスマートフォンに目をやった。
逃げ出すことは無理でも、せめて知り合いに今の状況を伝えたい。
そのような気持ちで、培楽はスマートフォンに手を伸ばそうとする。
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
代理の声が聞こえたような気がして、培楽が彼のいる方に目をやる。
しかし、代理は倉庫の入口の方に視線を向けたままで、培楽の方を見ていない。
(……空耳? でも……)
念のため、今度は先生の方に目を向けてみる。
先生は奥のドア、すなわちトイレの方に行くドアを警戒していて、培楽の方には目を向けていない。
「……今はいいか……」
何となくだが、培楽は自分のやろうとしていることが代理に対する裏切りになるような気がして、スマートフォンを手に取るのを止めた。
※※
「少しよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
一八時近くになって、不意に先生が培楽に声をかけた。
すると先生は、敵が来たときに備えて隠れる場所を確認しましょう、と倉庫の上の方を指し示した。
この言葉で初めて培楽は、それまでその場にじっとしているだけで倉庫の中のことも確認していなかったことに気付いたのだった。
倉庫は奥側の半分だけ上下の二層に分かれる構造だ。
入口から見て左側に上の層へと上がる階段がある。
下層は壁沿いにある棚にわずかな数のビールケースやら酒の箱やらが置かれているだけで、基本的に身を隠す場所がない。
もし敵がこの場に来れば、培楽達を容易に発見できるだろう。
「行きましょう」
代理の先導で培楽も階段を上がっていく。念のため先生は下層を警戒するようだ。
上層には大量の段ボール箱が規則正しく積まれていた。
三人の中で最も背の高い先生でも身をかがめれば、箱の陰に身を隠すことはできそうだ。
「何をするのですか?」
代理は次々に段ボール箱を開いた後、いくつかを階段の方へと運んでいった。
「このままでは隠れる場所がないので、軽いのを使って隠れ場所を作ろうと思います」
「……手伝いましょうか?」
無意識のうちに培楽の口から手伝うという言葉が発せられた。
「お願いします」
代理が頼んできたので、培楽は代理と協力して段ボールを積み上げて隠れるためのスペースを作った。
傍から見れば、荷物が詰まれているように偽装している。
これなら誰かが来ても隠れてやり過ごすことができるかもしれない。
※※
「……」
培楽はぼーっと天井を見つめている。
彼女のスマホの時計は二〇時半を示している。
ツトムは予定より少し早い一九時一五分に夕食を運んできた。
三〇分ほどで夕食を済ませ、その後は倉庫の二階へと移動した。
ツトムから支配人が見回りに来る可能性がある、と警告されたためだった。
三人は段ボール箱を積んで作ったスペースの中で思い思いの場所に座りながら、約束の二二時になるのをひたすら待っている。
一八時半過ぎから交代でシャワーも浴びてしまったため、本当に他にすることがないのだ。
シャワーをこの時間にしたのは、旅館の業務が忙しい時間帯であるため、倉庫に誰かがやってくる可能性が低いとツトムから教えられていたからだった。
「……」
培楽はツトムが夕食を運んできたときのことを思い出していた。
ツトムが夕食の入った弁当箱を差し出してきたとき、培楽は何気なしに彼の手首に目をやった。
しかし、そこには特徴ある両矢印の印はなかった。
見間違いかもしれない。
そう思って何度か確認したが、印は見えない。
夕食の受け渡しは倉庫の入口で行われたし、防犯のためなのか入口はかなり明るいライトで照らされている。見間違ったり暗くて見えない、などということはあり得ないはずだ。
思い出すと気になって仕方ない。他にやることがないというのもその理由だろう。
「あの……」
培楽は思い切って代理に声をかけた。
「何でしょうか?」
静かにしてくれと注意されるかもしれないと思っていたのだが、意外にも代理は素直に培楽の呼びかけに応じた。
「さっきのツトムさん、でしたっけ? 彼の手首に印らしきものが見えなかったのですけど、彼は味方ではないのですか?」
「……気付かれましたか」
培楽の問いに代理が立ち上がった。
培楽があっと口を手でふさぐ。マズいことを言ったかもしれない、と思ったのだがもう遅い。
「大丈夫ですよ。彼は協力者であって、実行者ではないのです。契約の内容を知らされるのは印を持つ実行者だけなのです……」
代理の口調が培楽を諭すようなものになった。
「協力者? 実行者?」
「実行者、というのは契約を取り交わす者……これは私ですね。それと契約を取り交わすところを見届ける者……そちらの先生などが該当します」
「なら、さっきのツトムさんは?」
「……私達の活動を支援してくださる方です。便宜上協力者と呼んでいるのです……」
代理の説明に培楽がぽかんと口を開けた。
メンバーにそれぞれ役割があるらしいことは、呼び名から何となく見当がついていた。
だが、契約の内容を知らされている者とそうでない者とがいるというのは初耳だった。
「印のある方がどなたか聞いても大丈夫ですか?」
「はい。私とそちらの先生、そして主任、ダンさん、最後におっかさんの五人ですね」
恐る恐る尋ねたのに、あっさりと答えが返ってきて培楽が拍子抜けする。
だが、今の説明で培楽は他のメンバーの自身に対する態度が何となく理解できたような気がした。
「誰か来るようです。少しの間静かにしていただけますか?」
「あ、はい」
不意に先生が警告を発し、培楽が慌てて口を閉じた。
ブロロロロロ……
近づいてくるのはオートバイのようであった。
この倉庫に用事があるかどうかはわからないが、警戒するに越したことはない。
結局、オートバイは倉庫の前を通り過ぎただけであったが、それ以降も車やオートバイが何度も通りかかった。
倉庫の中に入ってくる者はなかったが、車やオートバイが通る度に警戒を強いられるため、培楽にも代理に話しかける余裕がない。
(確かに代理は私のことを「貴女は敵ではなくこちら側の方」と言った……)
培楽は数時間前の代理の言葉を思い出していた。
(……それだけじゃなくて、「今は印がない」とも……)
味方には実行者と協力者とがいて、そのうち実行者だけが印を持ち、契約の内容を知ることができると代理は言った。
(……ということは、私は実行者の候補なの? どうして??)
培楽は代理に「今は印がない」という言葉の意図を問いただしたい衝動にかられたが、ぐっと堪えた。
倉庫の前を通る車やバイクの往来は意外に激しく、警戒を解いている暇がなかったからだ。
その代わりに培楽は一人で代理の言葉を反芻し、その意味を考えていた。
(……今はない、ということはいずれ印をつけられる、ってこと? タトゥーって痛いって聞いたけど、イヤだなぁ……)
培楽は腕に印を入れられるときのことを想像し、一人悶えていた。
培楽はタトゥーに興味がなかったし、タトゥーを入れている親しい知り合いもいない。
痛いらしいという話を聞いたことがあるが、それがどれほどのものかも知らない。
(……私は実行者じゃないよね? 代理が勝手にそう思っているだけで、勘違いだよね?)
培楽は何とか印を入れられないようにできないかと必死に考えていた。
つい十時間ほど前までは代理達とは無関係だと考えていたのに、そのことはとっくに頭の中から消えていた。
培楽が悶々としているうちに時間は過ぎていき、約束の二二時を迎えた。
二二時を少し過ぎたところで、カチャリと入口のドアの鍵が開けられる音がした。
そしてドアが開き、何者かが倉庫の中に入ってきた。
倉庫の中の三人が無言で身構えた。
現在、五月一九日二二時〇五分
━━契約の刻限まで、あと二五時間五五分━━
倉庫と思われる建物の中にはツトムも入ってきていた。
培楽などは彼が倉庫の中には入らずに本来の仕事に戻るのだろうと思っていたので、その姿があるのには驚きを隠せなかった。
「うちの旅館のスタッフですが、残念ながら全員が味方ではありません。敵もいます。その点、心してください……」
ツトムは現在培楽達が隠れている建物を所有する旅館のスタッフである。
彼の説明によると、旅館は三つの部門からなっているそうだ。
ツトムの所属する料飲部はトップの料理長以下ほぼ全員が味方らしい。ちなみに料理長は社長の婿養子だそうだ。
社長、すなわち料理長の妻はお客様部のトップらしい。ここには敵と味方、そして中立というより代理やその敵のことを知らない無関係の者が入り混じっている。
お客様部配下の経理係や予約係に敵が少数いるが、妙な動きをすれば社長が止めに入るだろうとツトムは考えているようだ。ちなみに社長は何も知らない無関係の者になる。
問題は取引している金融機関から送り込まれた支配人だ。この人物は敵側になる。
支配人は営業部のトップであり、営業部隊やフロントは半分くらいが敵らしい。
「……経理係や予約係はこの倉庫に来ることはありません。営業部隊やフロントの人間もあまり来ないとは思いますが、念のため注意してください」
そう言い残してツトムが仕事に戻ろうとする。
ここで培楽はあることに気付き、ツトムを引き留めた。
「あのぅ……お手洗いはどこですか?」
長いこと狭い軽トラックの荷台で緊張を強いられたため今まで気付かなかったが、緊張状態から解放されて急にもよおしてきてしまったのだ。
「右奥の扉を出たすぐ前にあります。シャワーはその隣です。申し訳ないのですが、お風呂は我慢してください。それでは!」
ツトムは一気にまくしたてると、脱兎のごとく倉庫を飛び出していった。
「単独での行動は敵に見つかる危険があります。外へ出る際は複数で行動を」
トイレの方に向かおうとした培楽を先生が呼び止めた。
「……すみません。ついてきてください」
抵抗しても無駄、と観念した培楽は先生に同行を求めた。それだけ状況が切羽詰まっていたというのが本音ではある。
抵抗を諦めたおかげか、事故? になることもなく無事に培楽は倉庫の中へ戻ることができた。
倉庫の中に戻るや否や培楽はショルダーバッグからスマートフォンを取り出した。時間を確認するためだ。
だが、バッテリーが切れており、時刻がわからない。
仕方なく代理に尋ねると代理はコンセントを探し出し、スマートフォンを充電したらどうかと提案した。彼も時計を持っていないようであった。
スマートフォンを充電し始めて少しして、何とか電源が入るようになる。
画面に映る時刻は五月一九日金曜日の一七時過ぎを示していた。
(……電波は……入る! これなら通話はできなくても……)
培楽は代理と先生の方をちらっと見やってから、友人と連絡を取ろうかと考えた。
「?! 一七時過ぎですね……」
先生の目が一瞬光ったような気がして、培楽は慌ててその場を繕った。
「あと二時間ほどで食事が来ます。それまで辛抱してください」
先生が無表情のまま告げてきた。
先ほどツトムが旅館の組織を説明したときに、食事を一九時半に運ぶこと、そして二二時から今後の予定について打ち合わせると伝えてきていた。
それまでは三人にやることはない。
誰にも見つからないよう倉庫の中で息を潜めているだけだ。
(……メッセージくらいなら大丈夫だよね?)
再び培楽はスマートフォンに目をやった。
逃げ出すことは無理でも、せめて知り合いに今の状況を伝えたい。
そのような気持ちで、培楽はスマートフォンに手を伸ばそうとする。
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
代理の声が聞こえたような気がして、培楽が彼のいる方に目をやる。
しかし、代理は倉庫の入口の方に視線を向けたままで、培楽の方を見ていない。
(……空耳? でも……)
念のため、今度は先生の方に目を向けてみる。
先生は奥のドア、すなわちトイレの方に行くドアを警戒していて、培楽の方には目を向けていない。
「……今はいいか……」
何となくだが、培楽は自分のやろうとしていることが代理に対する裏切りになるような気がして、スマートフォンを手に取るのを止めた。
※※
「少しよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
一八時近くになって、不意に先生が培楽に声をかけた。
すると先生は、敵が来たときに備えて隠れる場所を確認しましょう、と倉庫の上の方を指し示した。
この言葉で初めて培楽は、それまでその場にじっとしているだけで倉庫の中のことも確認していなかったことに気付いたのだった。
倉庫は奥側の半分だけ上下の二層に分かれる構造だ。
入口から見て左側に上の層へと上がる階段がある。
下層は壁沿いにある棚にわずかな数のビールケースやら酒の箱やらが置かれているだけで、基本的に身を隠す場所がない。
もし敵がこの場に来れば、培楽達を容易に発見できるだろう。
「行きましょう」
代理の先導で培楽も階段を上がっていく。念のため先生は下層を警戒するようだ。
上層には大量の段ボール箱が規則正しく積まれていた。
三人の中で最も背の高い先生でも身をかがめれば、箱の陰に身を隠すことはできそうだ。
「何をするのですか?」
代理は次々に段ボール箱を開いた後、いくつかを階段の方へと運んでいった。
「このままでは隠れる場所がないので、軽いのを使って隠れ場所を作ろうと思います」
「……手伝いましょうか?」
無意識のうちに培楽の口から手伝うという言葉が発せられた。
「お願いします」
代理が頼んできたので、培楽は代理と協力して段ボールを積み上げて隠れるためのスペースを作った。
傍から見れば、荷物が詰まれているように偽装している。
これなら誰かが来ても隠れてやり過ごすことができるかもしれない。
※※
「……」
培楽はぼーっと天井を見つめている。
彼女のスマホの時計は二〇時半を示している。
ツトムは予定より少し早い一九時一五分に夕食を運んできた。
三〇分ほどで夕食を済ませ、その後は倉庫の二階へと移動した。
ツトムから支配人が見回りに来る可能性がある、と警告されたためだった。
三人は段ボール箱を積んで作ったスペースの中で思い思いの場所に座りながら、約束の二二時になるのをひたすら待っている。
一八時半過ぎから交代でシャワーも浴びてしまったため、本当に他にすることがないのだ。
シャワーをこの時間にしたのは、旅館の業務が忙しい時間帯であるため、倉庫に誰かがやってくる可能性が低いとツトムから教えられていたからだった。
「……」
培楽はツトムが夕食を運んできたときのことを思い出していた。
ツトムが夕食の入った弁当箱を差し出してきたとき、培楽は何気なしに彼の手首に目をやった。
しかし、そこには特徴ある両矢印の印はなかった。
見間違いかもしれない。
そう思って何度か確認したが、印は見えない。
夕食の受け渡しは倉庫の入口で行われたし、防犯のためなのか入口はかなり明るいライトで照らされている。見間違ったり暗くて見えない、などということはあり得ないはずだ。
思い出すと気になって仕方ない。他にやることがないというのもその理由だろう。
「あの……」
培楽は思い切って代理に声をかけた。
「何でしょうか?」
静かにしてくれと注意されるかもしれないと思っていたのだが、意外にも代理は素直に培楽の呼びかけに応じた。
「さっきのツトムさん、でしたっけ? 彼の手首に印らしきものが見えなかったのですけど、彼は味方ではないのですか?」
「……気付かれましたか」
培楽の問いに代理が立ち上がった。
培楽があっと口を手でふさぐ。マズいことを言ったかもしれない、と思ったのだがもう遅い。
「大丈夫ですよ。彼は協力者であって、実行者ではないのです。契約の内容を知らされるのは印を持つ実行者だけなのです……」
代理の口調が培楽を諭すようなものになった。
「協力者? 実行者?」
「実行者、というのは契約を取り交わす者……これは私ですね。それと契約を取り交わすところを見届ける者……そちらの先生などが該当します」
「なら、さっきのツトムさんは?」
「……私達の活動を支援してくださる方です。便宜上協力者と呼んでいるのです……」
代理の説明に培楽がぽかんと口を開けた。
メンバーにそれぞれ役割があるらしいことは、呼び名から何となく見当がついていた。
だが、契約の内容を知らされている者とそうでない者とがいるというのは初耳だった。
「印のある方がどなたか聞いても大丈夫ですか?」
「はい。私とそちらの先生、そして主任、ダンさん、最後におっかさんの五人ですね」
恐る恐る尋ねたのに、あっさりと答えが返ってきて培楽が拍子抜けする。
だが、今の説明で培楽は他のメンバーの自身に対する態度が何となく理解できたような気がした。
「誰か来るようです。少しの間静かにしていただけますか?」
「あ、はい」
不意に先生が警告を発し、培楽が慌てて口を閉じた。
ブロロロロロ……
近づいてくるのはオートバイのようであった。
この倉庫に用事があるかどうかはわからないが、警戒するに越したことはない。
結局、オートバイは倉庫の前を通り過ぎただけであったが、それ以降も車やオートバイが何度も通りかかった。
倉庫の中に入ってくる者はなかったが、車やオートバイが通る度に警戒を強いられるため、培楽にも代理に話しかける余裕がない。
(確かに代理は私のことを「貴女は敵ではなくこちら側の方」と言った……)
培楽は数時間前の代理の言葉を思い出していた。
(……それだけじゃなくて、「今は印がない」とも……)
味方には実行者と協力者とがいて、そのうち実行者だけが印を持ち、契約の内容を知ることができると代理は言った。
(……ということは、私は実行者の候補なの? どうして??)
培楽は代理に「今は印がない」という言葉の意図を問いただしたい衝動にかられたが、ぐっと堪えた。
倉庫の前を通る車やバイクの往来は意外に激しく、警戒を解いている暇がなかったからだ。
その代わりに培楽は一人で代理の言葉を反芻し、その意味を考えていた。
(……今はない、ということはいずれ印をつけられる、ってこと? タトゥーって痛いって聞いたけど、イヤだなぁ……)
培楽は腕に印を入れられるときのことを想像し、一人悶えていた。
培楽はタトゥーに興味がなかったし、タトゥーを入れている親しい知り合いもいない。
痛いらしいという話を聞いたことがあるが、それがどれほどのものかも知らない。
(……私は実行者じゃないよね? 代理が勝手にそう思っているだけで、勘違いだよね?)
培楽は何とか印を入れられないようにできないかと必死に考えていた。
つい十時間ほど前までは代理達とは無関係だと考えていたのに、そのことはとっくに頭の中から消えていた。
培楽が悶々としているうちに時間は過ぎていき、約束の二二時を迎えた。
二二時を少し過ぎたところで、カチャリと入口のドアの鍵が開けられる音がした。
そしてドアが開き、何者かが倉庫の中に入ってきた。
倉庫の中の三人が無言で身構えた。
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