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13:作戦会議と見張り
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カチャリと今度は入口のドアに鍵をかける音がした。
少しして、聞き覚えのある声が呼びかけてくる。
「皆さん……ツトムです。どちらですか?」
呼びかけに先生がうなずき、段ボール箱の隠れ家から足音もたてずに外へと出ていった。
培楽と代理は隠れたままだ。
「……お疲れ様です。代理、大丈夫です」
少しして下の方から先生の声が聞こえてきた。
出てきてよいという合図だった。入ってきたのは協力者のツトムだったのだ。
「すみません、状況が変わりました。明日の午前中にはここを出てもらわなくてはならなくなりました」
代理と培楽が下に降りると、開口一番ツトムが三人にそう告げたのだった。
「何があった?」
先生が気色ばむ。風貌はともかく落ち着いた彼にしては珍しい。
「経理の連中が明日急遽棚卸をやれって言い出したんです。奴らも立ち会うとかで……」
「何時からになりそうか?」
「午前中はこっちも仕込みや仕入れがあるから無理だと料理長が頑張ってくれたので、一一時半かそこらになるとは思います」
「ベンジャミン、ここを何時に出たらいいか?」
「朝食が終わったら仕入れに行きますから、一緒に軽トラに乗ってください」
ツトムと先生が状況を確認している。
しかし、培楽には話の内容が頭に入ってこない。ある単語が頭に引っかかって離れないのだ。
(……ベンジャミン?)
「……培楽さん?」
「……」
「培楽さん? どうされました?」
「はっ! す、スミマセン……」
不意に代理に呼びかけられて培楽が我に返る。
「何か気になることでも?」
「あのぅ……それが……」
こんなことを聞いてしまってよいのかと思いつつも、培楽はベンジャミンなる単語が何を意味しているのか代理に尋ねた。
これまでも色々なことを質問してしまっているので、感覚が麻痺しているのに違いなかった。
「あぁ。ツトムさんの本名ですね。ツトムというのは彼が仕事で使っている名前なのですが、どうしてそうなったのかまでは知らないのです」
代理の答えに培楽は思わず吹き出しそうになってしまった。
どうやら今までさんざん現実離れしたことを聞かされすぎたために、ベンジャミンという単語が人の名前だということに気付けなかったのだ。
「代理、それから木口さんも聞いてもらえますか? これから明日までのことについて確認します」
ツトムと話をしていた先生が培楽達の方を向いた。
「「お願いします」」
培楽と代理が慌てて先生の方へと向き直った。
※※
「仕入れに出発するのは一〇時くらいになります。さっきの軽トラで協力者のところまで送り届けます」
「社長のところですか?」
代理がツトムに問うた。
「いえ、あそこは危ないでしょう。協力者に酒屋がいるので、そこの倉庫に隠れてもらいます。私は酒の仕入れ担当ですし、軽トラで行っても怪しまれることはないでしょうから」
ツトムが首を横に振ってから答えた。
社長のところからは危ないと言われてこちらに逃れてきたのだから、ツトムの言う通りなのだろうと培楽は思った。
代理も納得した様子でうなずいているが、確認したいことがあるとツトムに尋ねる。
「酒屋さんの家は皆が協力者なのでしょうか?」
「家族経営の酒屋なのですが、家族は全員協力者です。ただし、近所の住人には敵の息がかかっている者もおりますから、くれぐれも外には出ないよう注意してください」
ツトムの答えに培楽が身を固くした。
次の場所に移動しても安心はできない、と理解したからだ。
その後、四人で明日のスケジュールについて確認を行い、三〇分くらいでツトムが倉庫から出た。
彼は旅館に住み込みで働いているそうで、これから旅館に戻るそうだ。あまり長く外出していると敵である支配人の息がかかった者達に怪しまれる可能性があるらしい。
出がけにツトムが「誰かが見回りに来るかもしれないので気を付けて」と警告したので、培楽は無言でうなずいた。
ツトムが去った後、倉庫に残された三人は段ボール箱を積み上げた隠れ家に身を潜めていた。
「交代で警戒に当たりましょう。最初に私が警戒しますので、お二人は休んでください」
先生が申し出て、代理と培楽を休ませようとする。
「それなら二番目は私が担当します。培楽さん、このような場所で申し訳ないですけど、今は身体を休めてください。何かあったら起こします」
代理もそう言ってくれたが、培楽としては、はいそうですかと彼の言葉に甘える訳にもいかないと思ったが、すぐに考え直した。
無警戒に休んだところで二人が自分を襲うことはないだろう、と培楽は確信している。
自分を襲うのであれば過去に何度も機会があったからだ。
それに二人が自分に手を出すことにメリットがあるようには思えない。
美少年と美青年の境界にある代理は当然だが、先生も強面ではあるが整った顔立ちをしている。
その気になれば異性に困ることはないだろう。
一方の培楽は年齢イコール彼氏無し歴の少々こじらせ気味の女子だ。
そう指摘されれば、女子だという年齢ではないと反論してしまうくらいには。
実はその気になれば培楽も相手の一人や二人を作ることもできるくらいのレベルにはある。
だが、いかんせん自分とその周囲で世界が完結しており、そもそも周囲から恋愛の対象として見られていない。いや、存在を認識されていないといった方が正しいかもしれない。
(……そうよね、明日は山を登るのだから、休めるときに休まないと……)
少し考えてから培楽は先生と代理の言葉に従い、この場で休むことを決めた。
狭いが身体を横たえるだけのスペースもある。代理が下に段ボールとビニールシートを敷いてくれたので、少々身体は痛むだろうが横になって休むこともできそうだ。
「……」
横になりながら培楽は代理と先生の様子を確認する。
代理は段ボール箱の一つに腰掛けて座ったまま目を閉じている。
先生は段ボール箱の隙間から油断なく周囲の様子を窺っている。
(あ、横になったらマズかったかな……?)
一瞬そう思ったものの、狭い軽トラックの荷台で縮こまっていたためか、身体の節々が痛む。
手足を伸ばせるせっかくの機会であるので、横になったまま休むことを決めた。
その直後、睡魔が彼女に襲いかかり、意識が遠のいていった。
※※
「……さん」
「きょうは……どようびぃ……」
「はいら、さん」
「……おやすみ、の日ぃ……」
「培楽さん」
「ひゃ、むぐっ!」
不意に肩を捕まれ、培楽が悲鳴をあげかけたところで口を塞がれる。
「……誰かが来ます」
「は、はい……」
代理に警戒を促されて、培楽は口を手で塞ぎながらうなずいた。
慌てて身体を起こし、周囲の様子を観察する。
代理と先生は隙無く無言で周囲を警戒している。
「……」
培楽は無言で二人の後ろに回り込んだ。
何者かに見つかったとき、自分が前にいても足手まといにしかならないからだ。
カツ、カツ、カツ……
微かだった足音が倉庫の方に近づいてくるのが培楽にも聞き取れるようになった。
ガチャリ
入口のドアの鍵が開けられる音がした。物取りの類でなければ倉庫の所有者である旅館の関係者だろう。
ギィィィィ
入口のドアがゆっくりと開かれる。
パチン
今度はスイッチの音だ。少しして倉庫の中が灯りで照らされた。電気が点いたのだ。
培楽の位置からは見えないが、何者かが倉庫の中をゆっくりと歩き回っている。
(お願い、上には来ないで……)
足音は培楽達のいる上層ではない、下から聞こえてくる。
このまま下層だけ見回るだけなら、上層に潜んでいる培楽達が見つかる可能性は低い。
カツ、カツ、カツ……
だが、培楽の期待は見事に裏切られる。
下層を歩き回った後、足音が階段を上ってきたのだ。
培楽達は四方を段ボール箱の壁に囲まれた空間に身を潜めているが、壁を構成する箱を動かされると見つかってしまう可能性が高い。
(……何でこっちに来るのよ! 誰もいないから、早く帰って!)
培楽が心の中でしっしっと侵入者を追い払う仕草をしたが、それで引き返す相手ではなかった。
カツ、カツ……
足音が培楽達が隠れる壁の向こう側で止まった。
直線距離にして培楽と侵入者との距離は二メートルもないだろう。
(ひいっ!)
侵入者はハンドライトの電源を入れ、周囲を照らし出したのだ。
段ボール箱の隙間から、白い光が入り込み、思わず培楽は悲鳴をあげそうになる。声にならなかったのは、慌てて手で口を塞いだからだった。
先生と代理はいつでも飛び出せるようにと身を低くしている。
(……ど、どうか、見つかりませんように……)
培楽は見つからないよう祈るばかりだ。
時折段ボール箱の隙間から差し込んでくる白い光に怯えながら、培楽は侵入者に早く出て行けと祈り続ける。
一方、代理と先生は無言で侵入者の方を警戒している。
「「……」」
相変わらず代理と先生は無言だ。
「……?!」
白い光が天井の方を照らす。
培楽はびくっと身を震わせたが、何とか悲鳴をあげずに堪えきる。
少しして、足音が培楽の正面から左側に向けて進んでいった。階段のある方とは反対の方向だ。
代理と先生が足音の方を向いて警戒する。
(え゛~っ! まだ出て行かないの?)
てっきりこれで終わりと思っていた培楽がへたり込みそうになる。
しかし、まだ警戒は解けないと、震える身体で何とか堪える。
白い光が時折段ボール箱の隙間から入り込んでくるのは、侵入者がハンドライトの電源を入れっぱなしにしているためだろう。
カツ、カツ……
今度は足音が培楽の後ろで止まった。
(こ、こっちは止めて……)
培楽は足音に対して背中を向けたままじっとしている。
身体の向きを変えると音で気付かれる可能性があるので、動くに動けないのだ。
これは代理や先生も同様だ。そのため段ボールの壁を挟んでだが、培楽は無防備な背中を侵入者に晒している格好だ。
(……ちょ、ちょっと。もういいでしょう……)
泣きそうになりながら培楽は、時折差し込んでくる白い光に身を震わせている。
いつ段ボール箱が動かされて侵入者に見つかるか、その不安に押しつぶされそうになりながら何とか耐える。
カツ、カツ、カツ……
今度は足音が培楽の右後方から右側へと移動していき、徐々に遠ざかっていった。
二分後、倉庫の灯りが消され、入口のドアに鍵がかかる音がした。侵入者が外へ出ていったのだ。
「は、はぁ、助かった……」
培楽がその場にぺたんとへたり込んだ。腰が抜けてしまって立ち上がろうにも立ち上がれない。
「この後は私が警戒しましょう。お二人は朝まで休んでください」
先生が申し出た。
培楽は震える手でショルダーバッグからスマホを取り出し、時刻を確認する。午前三時過ぎであった。
「す、スミマセン……」
培楽は先生の言葉に甘え、そのまま横になって目を閉じた。
立ち上がろうにも脚が言うことを聞きそうもなかったのだ。
また、極度の緊張を強いられたためか、身体を起こす気力がわいてこなかった。
侵入者が倉庫の中にいたのは五分ほどであったのだが、培楽にはそれが数時間にも感じられたのだった。
その後、倉庫に誰かが訪れることはなかった。
翌朝、代理に起こされた培楽は、自分が見張りを担当せずにさっさと寝てしまったことを大いに恥じたのだが、時すでに遅しであった。
現在、五月二〇日八時一〇分
━━契約の刻限まで、あと一五時間五〇分━━
少しして、聞き覚えのある声が呼びかけてくる。
「皆さん……ツトムです。どちらですか?」
呼びかけに先生がうなずき、段ボール箱の隠れ家から足音もたてずに外へと出ていった。
培楽と代理は隠れたままだ。
「……お疲れ様です。代理、大丈夫です」
少しして下の方から先生の声が聞こえてきた。
出てきてよいという合図だった。入ってきたのは協力者のツトムだったのだ。
「すみません、状況が変わりました。明日の午前中にはここを出てもらわなくてはならなくなりました」
代理と培楽が下に降りると、開口一番ツトムが三人にそう告げたのだった。
「何があった?」
先生が気色ばむ。風貌はともかく落ち着いた彼にしては珍しい。
「経理の連中が明日急遽棚卸をやれって言い出したんです。奴らも立ち会うとかで……」
「何時からになりそうか?」
「午前中はこっちも仕込みや仕入れがあるから無理だと料理長が頑張ってくれたので、一一時半かそこらになるとは思います」
「ベンジャミン、ここを何時に出たらいいか?」
「朝食が終わったら仕入れに行きますから、一緒に軽トラに乗ってください」
ツトムと先生が状況を確認している。
しかし、培楽には話の内容が頭に入ってこない。ある単語が頭に引っかかって離れないのだ。
(……ベンジャミン?)
「……培楽さん?」
「……」
「培楽さん? どうされました?」
「はっ! す、スミマセン……」
不意に代理に呼びかけられて培楽が我に返る。
「何か気になることでも?」
「あのぅ……それが……」
こんなことを聞いてしまってよいのかと思いつつも、培楽はベンジャミンなる単語が何を意味しているのか代理に尋ねた。
これまでも色々なことを質問してしまっているので、感覚が麻痺しているのに違いなかった。
「あぁ。ツトムさんの本名ですね。ツトムというのは彼が仕事で使っている名前なのですが、どうしてそうなったのかまでは知らないのです」
代理の答えに培楽は思わず吹き出しそうになってしまった。
どうやら今までさんざん現実離れしたことを聞かされすぎたために、ベンジャミンという単語が人の名前だということに気付けなかったのだ。
「代理、それから木口さんも聞いてもらえますか? これから明日までのことについて確認します」
ツトムと話をしていた先生が培楽達の方を向いた。
「「お願いします」」
培楽と代理が慌てて先生の方へと向き直った。
※※
「仕入れに出発するのは一〇時くらいになります。さっきの軽トラで協力者のところまで送り届けます」
「社長のところですか?」
代理がツトムに問うた。
「いえ、あそこは危ないでしょう。協力者に酒屋がいるので、そこの倉庫に隠れてもらいます。私は酒の仕入れ担当ですし、軽トラで行っても怪しまれることはないでしょうから」
ツトムが首を横に振ってから答えた。
社長のところからは危ないと言われてこちらに逃れてきたのだから、ツトムの言う通りなのだろうと培楽は思った。
代理も納得した様子でうなずいているが、確認したいことがあるとツトムに尋ねる。
「酒屋さんの家は皆が協力者なのでしょうか?」
「家族経営の酒屋なのですが、家族は全員協力者です。ただし、近所の住人には敵の息がかかっている者もおりますから、くれぐれも外には出ないよう注意してください」
ツトムの答えに培楽が身を固くした。
次の場所に移動しても安心はできない、と理解したからだ。
その後、四人で明日のスケジュールについて確認を行い、三〇分くらいでツトムが倉庫から出た。
彼は旅館に住み込みで働いているそうで、これから旅館に戻るそうだ。あまり長く外出していると敵である支配人の息がかかった者達に怪しまれる可能性があるらしい。
出がけにツトムが「誰かが見回りに来るかもしれないので気を付けて」と警告したので、培楽は無言でうなずいた。
ツトムが去った後、倉庫に残された三人は段ボール箱を積み上げた隠れ家に身を潜めていた。
「交代で警戒に当たりましょう。最初に私が警戒しますので、お二人は休んでください」
先生が申し出て、代理と培楽を休ませようとする。
「それなら二番目は私が担当します。培楽さん、このような場所で申し訳ないですけど、今は身体を休めてください。何かあったら起こします」
代理もそう言ってくれたが、培楽としては、はいそうですかと彼の言葉に甘える訳にもいかないと思ったが、すぐに考え直した。
無警戒に休んだところで二人が自分を襲うことはないだろう、と培楽は確信している。
自分を襲うのであれば過去に何度も機会があったからだ。
それに二人が自分に手を出すことにメリットがあるようには思えない。
美少年と美青年の境界にある代理は当然だが、先生も強面ではあるが整った顔立ちをしている。
その気になれば異性に困ることはないだろう。
一方の培楽は年齢イコール彼氏無し歴の少々こじらせ気味の女子だ。
そう指摘されれば、女子だという年齢ではないと反論してしまうくらいには。
実はその気になれば培楽も相手の一人や二人を作ることもできるくらいのレベルにはある。
だが、いかんせん自分とその周囲で世界が完結しており、そもそも周囲から恋愛の対象として見られていない。いや、存在を認識されていないといった方が正しいかもしれない。
(……そうよね、明日は山を登るのだから、休めるときに休まないと……)
少し考えてから培楽は先生と代理の言葉に従い、この場で休むことを決めた。
狭いが身体を横たえるだけのスペースもある。代理が下に段ボールとビニールシートを敷いてくれたので、少々身体は痛むだろうが横になって休むこともできそうだ。
「……」
横になりながら培楽は代理と先生の様子を確認する。
代理は段ボール箱の一つに腰掛けて座ったまま目を閉じている。
先生は段ボール箱の隙間から油断なく周囲の様子を窺っている。
(あ、横になったらマズかったかな……?)
一瞬そう思ったものの、狭い軽トラックの荷台で縮こまっていたためか、身体の節々が痛む。
手足を伸ばせるせっかくの機会であるので、横になったまま休むことを決めた。
その直後、睡魔が彼女に襲いかかり、意識が遠のいていった。
※※
「……さん」
「きょうは……どようびぃ……」
「はいら、さん」
「……おやすみ、の日ぃ……」
「培楽さん」
「ひゃ、むぐっ!」
不意に肩を捕まれ、培楽が悲鳴をあげかけたところで口を塞がれる。
「……誰かが来ます」
「は、はい……」
代理に警戒を促されて、培楽は口を手で塞ぎながらうなずいた。
慌てて身体を起こし、周囲の様子を観察する。
代理と先生は隙無く無言で周囲を警戒している。
「……」
培楽は無言で二人の後ろに回り込んだ。
何者かに見つかったとき、自分が前にいても足手まといにしかならないからだ。
カツ、カツ、カツ……
微かだった足音が倉庫の方に近づいてくるのが培楽にも聞き取れるようになった。
ガチャリ
入口のドアの鍵が開けられる音がした。物取りの類でなければ倉庫の所有者である旅館の関係者だろう。
ギィィィィ
入口のドアがゆっくりと開かれる。
パチン
今度はスイッチの音だ。少しして倉庫の中が灯りで照らされた。電気が点いたのだ。
培楽の位置からは見えないが、何者かが倉庫の中をゆっくりと歩き回っている。
(お願い、上には来ないで……)
足音は培楽達のいる上層ではない、下から聞こえてくる。
このまま下層だけ見回るだけなら、上層に潜んでいる培楽達が見つかる可能性は低い。
カツ、カツ、カツ……
だが、培楽の期待は見事に裏切られる。
下層を歩き回った後、足音が階段を上ってきたのだ。
培楽達は四方を段ボール箱の壁に囲まれた空間に身を潜めているが、壁を構成する箱を動かされると見つかってしまう可能性が高い。
(……何でこっちに来るのよ! 誰もいないから、早く帰って!)
培楽が心の中でしっしっと侵入者を追い払う仕草をしたが、それで引き返す相手ではなかった。
カツ、カツ……
足音が培楽達が隠れる壁の向こう側で止まった。
直線距離にして培楽と侵入者との距離は二メートルもないだろう。
(ひいっ!)
侵入者はハンドライトの電源を入れ、周囲を照らし出したのだ。
段ボール箱の隙間から、白い光が入り込み、思わず培楽は悲鳴をあげそうになる。声にならなかったのは、慌てて手で口を塞いだからだった。
先生と代理はいつでも飛び出せるようにと身を低くしている。
(……ど、どうか、見つかりませんように……)
培楽は見つからないよう祈るばかりだ。
時折段ボール箱の隙間から差し込んでくる白い光に怯えながら、培楽は侵入者に早く出て行けと祈り続ける。
一方、代理と先生は無言で侵入者の方を警戒している。
「「……」」
相変わらず代理と先生は無言だ。
「……?!」
白い光が天井の方を照らす。
培楽はびくっと身を震わせたが、何とか悲鳴をあげずに堪えきる。
少しして、足音が培楽の正面から左側に向けて進んでいった。階段のある方とは反対の方向だ。
代理と先生が足音の方を向いて警戒する。
(え゛~っ! まだ出て行かないの?)
てっきりこれで終わりと思っていた培楽がへたり込みそうになる。
しかし、まだ警戒は解けないと、震える身体で何とか堪える。
白い光が時折段ボール箱の隙間から入り込んでくるのは、侵入者がハンドライトの電源を入れっぱなしにしているためだろう。
カツ、カツ……
今度は足音が培楽の後ろで止まった。
(こ、こっちは止めて……)
培楽は足音に対して背中を向けたままじっとしている。
身体の向きを変えると音で気付かれる可能性があるので、動くに動けないのだ。
これは代理や先生も同様だ。そのため段ボールの壁を挟んでだが、培楽は無防備な背中を侵入者に晒している格好だ。
(……ちょ、ちょっと。もういいでしょう……)
泣きそうになりながら培楽は、時折差し込んでくる白い光に身を震わせている。
いつ段ボール箱が動かされて侵入者に見つかるか、その不安に押しつぶされそうになりながら何とか耐える。
カツ、カツ、カツ……
今度は足音が培楽の右後方から右側へと移動していき、徐々に遠ざかっていった。
二分後、倉庫の灯りが消され、入口のドアに鍵がかかる音がした。侵入者が外へ出ていったのだ。
「は、はぁ、助かった……」
培楽がその場にぺたんとへたり込んだ。腰が抜けてしまって立ち上がろうにも立ち上がれない。
「この後は私が警戒しましょう。お二人は朝まで休んでください」
先生が申し出た。
培楽は震える手でショルダーバッグからスマホを取り出し、時刻を確認する。午前三時過ぎであった。
「す、スミマセン……」
培楽は先生の言葉に甘え、そのまま横になって目を閉じた。
立ち上がろうにも脚が言うことを聞きそうもなかったのだ。
また、極度の緊張を強いられたためか、身体を起こす気力がわいてこなかった。
侵入者が倉庫の中にいたのは五分ほどであったのだが、培楽にはそれが数時間にも感じられたのだった。
その後、倉庫に誰かが訪れることはなかった。
翌朝、代理に起こされた培楽は、自分が見張りを担当せずにさっさと寝てしまったことを大いに恥じたのだが、時すでに遅しであった。
現在、五月二〇日八時一〇分
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