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14:出発に備える
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培楽が目を覚まして起き上がったのは、五月二〇日土曜日の午前八時過ぎであった。
さっと支度を整えて、出発の準備ができたのが九時過ぎ。しっかりシャワーまで浴びてしまった。
シャワーを浴びながら、我ながら図太くなったものだと培楽は己の適応力に半ば呆れていた。
しかし、自分がシャワーを浴びた後、代理と先生も同じ様にしていたから私の行動は間違っていなかったと思いなおす培楽であった。
九時半過ぎにツトムが朝食を持ってやって来た。
昆布の佃煮のおにぎり二つと常温のペットボトルのお茶であったが、贅沢はいえない。
朝食を済ませると準備ができたといって、ツトムが三人を再び昨日の軽トラックの荷台へと案内した。
昨日同様段ボール箱で作られた壁の奥に隠れることになったが、今回は誰にも邪魔されることなく一五分ほどで目的地に到着した。
三人が下ろされたのは、薄暗い車庫の中であった。
奥に扉があり、それを開けて先に進むとビールケースやら木箱やらが大量に積まれたひんやりした空間が広がっていた。
「思ったより早かったじゃないか! 準備がまだだから悪いけどちょっと待っていてくれないか?」
奥の方から男の声がした。
少しして紺の前掛けをした緑色のTシャツ姿の男が培楽達の前に姿を現した。
「ええっと……あなたが代理さんかな? 出発するまで安全は守るから安心してくれ。あと、必要なものも揃えておくので遠慮なく言ってくれればいい」
前掛けの男が代理に手を差し出した。
代理が手を握り、自身と先生、培楽を紹介する。
前掛けの男は酒屋の店主で、ヒロシと呼ばれていると自己紹介した。
このあたりでは、苗字のパターンが少ないらしく、住民たちは下の名前で呼び合うのが常なのだそうだ。
ヒロシはよくしゃべる男で、三人を客間に案内するまでに様々な情報を伝えてきた。
軽トラックが着いた場所がガレージで、今三人がいるところは酒を保管する倉庫であること。
倉庫は二つに区切られていて、培楽達のいる区画は一五度前後に保たれている低温区画であること。
三人が待機するために客間を用意していること。
出発までは、ガレージと酒の倉庫の低温区画と客間の間なら自由に行き来しても問題ないこと。
ヒロシは四三歳で中学生になる子供がいること、等々である。
「一応言われたモノは用意したのですけどね、そちらのお嬢さんのことは聞いていなかったので用意できていないのですよ、スンマセン」
ヒロシが客間に用意された荷物を示しながら、締まりのない顔で頭を下げた。
見る者によっては苛立ちを覚えるような仕草であったが、培楽は不思議と怒る気になれなかった。
「いつもヘラヘラしていないで、真剣にやりなさい!」
培楽が幼少のときから大人達に言われてきた言葉だ。
本人はいたって真面目にしているつもりなのに、いつも緊張している場面でそう注意された。
社会人になってからも同じで、大事な場面やミスをしたときにも同じ様に叱られた。
そうした経験からか、培楽はヒロシに怒りよりも、親近感に近いものを覚えていたのであった。
「彼女は私達と同行して山に入る。何とか彼女の分も用意できないだろうか?」
先生が表情を変えることなくヒロシに詰め寄った。怒ってはいないだろうが、その風貌から迫力が感じられる。
「うーん、後でショッピングセンターに探しに行きますが、見つかるかどうかは何とも言えないですね……」
ヒロシが頭を掻いた。
「ちょっと待ってください。服は私のものが使えないでしょうか? 幸い二セットあるので、ひとつは培楽さんが使っても大丈夫そうです」
代理が用意された荷物の中からウインドブレーカーと長ズボンを取り出して広げてみせた。
「そうですね。これなら……」
培楽がウインドブレーカーと長ズボンを手に取った。
代理は成人男性としてはやや小柄で、身長は一六五センチあるかどうか、といったくらいだ。
培楽の身長は一五九センチ。代理よりやや低いが、試しにウインドブレーカーを羽織ってみると、やや大きいが気になるほどでもなかった。
「大丈夫そうですね」
「はい」
代理に向かって培楽が大きくうなずいてみせた。
今度はズボンの方を見てみる。
ウエストはベルト紐とバックルが内蔵されているようで、調整はできそうだ。
しかし、培楽にとっては気になる点もある。
(あれ? ……まさか、代理の方がウエストが細い、ってことはないよね……?)
思わず培楽が代理の腰のあたりに目をやった。
代理は男性としては細身の部類に入る。
培楽も決して太っているわけではないが、代理が整った容姿をしている分、自分の方が幅広に見えるのではないかと考えてしまう。少なくとも脚の長さでは完敗である。
「ズボンは大丈夫そうですか?」
「あ、ちょっと試着してきますっ!」
代理に声をかけられて我に返った培楽は、着替えのために用意された簡易更衣室へと駆け込んだ。
※※
結局、衣服については代理の予備のものが使えそうということがわかった。
唯一の例外は靴で、代理の方が二センチもサイズが大きかったからごまかしようがなかった。
「主任さんの靴が使えないか調べてみます。期待しないで待っていてください」
培楽達を送ってきたツトムがそう言い残して酒屋を後にした。
一〇分ほどしてツトムからヒロシに回答があったらしいのだが、主任の方が一センチサイズが大きいらしく、彼女の靴を使うことも難しそうであった。
「ってことなんで、こっちで何とかできないか調べてみますわ。お嬢さんの靴は二三.五センチだったね?」
ヒロシの問いに培楽がはいと答えると、彼は「三〇分ほどしたら戻ってくるから、戻った後に必要なものがあれば言ってくれ」と言い残して客間から出ていった。
客間に残された代理、先生、培楽の三人は、用意された荷物をチェックしていく。
培楽に行きわたったのはウインドブレーカーと長ズボンの他に、靴下が二足、Tシャツとインナーが各二枚ずつだ。
下着もトランクスなら使えるのではないかと代理が二枚渡してくれたのだが、培楽は丁重にそれを断った。
(……困ったな……このメンバーじゃさすがにブラはないよね……)
最大の問題はここにあった。
靴がないのも厄介だが、こちらはヒロシに期待するしかない。
しかし、ブラはそうもいかない。そもそも培楽以外ここにいるのは男性ばかりだ。
さすがにブラを調達してくれと言われても向こうも困るだろうし、培楽としても非常に頼みにくい。
(……しょうがない、最悪、大きめのタオルでも借りて巻いておこう)
ブラの件については諦めることにして、他に必要なものがないか、培楽は荷物を確認する。
大きめのリュックには、水のペットボトルや携帯食料、タオル、ポンチョなど山登りに必要な道具が一式格納されていた。
鷲河山のハイキングコースは最寄駅から三時間半から四時間で往復できるらしい。
ハイキングコースとしては初心者向けであるが、培楽達が向かうのは、近くとはいえども道なき道である。
当然装備もハイキングコースに必要なものよりは本格的なものであった。
(食事も何か味気ないな……ここへ来てからお米ばかりだったし、そうだ! サンドイッチを作っちゃおう!)
携帯食料の箱を見て、培楽が弁当を持っていくことを思いついた。
ヒロシが戻ってきたのは十時半過ぎであった。
開店の準備をして、どうにか落ち着いたので客間に戻ってきたようだ。
「何かこっちで調達しておくものはありますかね?」
ヒロシの問いに、先生が軍手を一ダースほどと答えた。
「それなら店にあるから後で持ってきますわ。他は?」
「あのぅ、お弁当を作りたいので、サンドイッチの材料って用意してもらえますか? できればラップも……」
培楽が恐る恐る頼んでみる。
「あははは……ハイキングみたいだね! わかったわかった。店の売り物で大体揃うから用意するわ! 中身は野菜と茹で卵でいいか?」
ヒロシは大笑いしながら培楽の頼みを受け入れた。
(よかった……話のわかる人みたいだ……)
培楽が安堵の息をついた。正直遊びじゃないと怒られるのではないかと考えていたのだ。
社長やケージあたりなら間違いなくそうしただろう、と培楽は確信している。
だが、ヒロシは彼らよりは話がわかるようであった。
もっとも、彼からはほとんど緊張感らしきものが感じられないため、今回代理がやろうとしていることをどこまで理解しているのか培楽ですら疑問に思う。
「他にはないだろうか? 無ければ午後イチまでには頼まれたものを用意しておくからそれまで待っていてくれ。お嬢さんの靴もこれから調べるからさ。あと、一二時半になったら昼飯を持っていくのでそれまでは休んでいてくれ」
他に必要なものがないことを確認すると、ヒロシはバタバタと客間を飛び出していった。
「なるほど、お弁当はあった方がいいですね。腹が減っては戦ができぬといいますし、決して楽な道ではないので士気を上げておいた方がいいです」
「あ、ありがとうございます……」
代理にまで褒められて、培楽は嬉しいやら照れくさいやらという気分になっていた。
用意されている荷物を確認してしまうと、今のところ他にできることはない。
あっという間にやることがなくなって、周囲をうろうろしている培楽を見かねたのか、代理が声をかけてきた。
「私と先生は交代で休憩をとりますが、培楽さんも休まれてはどうでしょうか?」
「あ、私、見張りの番をすっ飛ばしちゃったので……」
培楽は昨夜自分一人が見張りの番をすっぽかして一人で寝てしまったことを思い出し、代理の申し出を断ろうかと考えた。さすがに申し訳なさすぎる。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「今夜が本番ですから。休めるうちに休んでおいた方がいいです」
「代理の仰る通りです。休むべきときに休まずに肝心なときに動けなくなっては困る」
代理と先生にたて続けにそう言われてしまっては、培楽としても彼らの言葉に従わざるを得ない。
特に先生は口調はともかく風貌が風貌なので、迫力がありすぎる。
先生は実際には培楽の方を向いただけなのだが、培楽の側から見れば詰め寄られたように感じており、思わずたじろいでしまう。
「は、はい……」
培楽が辛うじて答えると、代理と先生は客間から出ていこうとする。
「あ、あのぅ……どちらへ?」
「ちょっとここは暑いので、私たちは倉庫の休憩所で休んでいます。培楽さんは遠慮せずにこちらで」
代理がそう言い残して客間から出ていった。
客間には培楽が一人取り残された。
現在、五月二〇日一〇時四五分
━━契約の刻限まで、あと一三時間一五分━━
さっと支度を整えて、出発の準備ができたのが九時過ぎ。しっかりシャワーまで浴びてしまった。
シャワーを浴びながら、我ながら図太くなったものだと培楽は己の適応力に半ば呆れていた。
しかし、自分がシャワーを浴びた後、代理と先生も同じ様にしていたから私の行動は間違っていなかったと思いなおす培楽であった。
九時半過ぎにツトムが朝食を持ってやって来た。
昆布の佃煮のおにぎり二つと常温のペットボトルのお茶であったが、贅沢はいえない。
朝食を済ませると準備ができたといって、ツトムが三人を再び昨日の軽トラックの荷台へと案内した。
昨日同様段ボール箱で作られた壁の奥に隠れることになったが、今回は誰にも邪魔されることなく一五分ほどで目的地に到着した。
三人が下ろされたのは、薄暗い車庫の中であった。
奥に扉があり、それを開けて先に進むとビールケースやら木箱やらが大量に積まれたひんやりした空間が広がっていた。
「思ったより早かったじゃないか! 準備がまだだから悪いけどちょっと待っていてくれないか?」
奥の方から男の声がした。
少しして紺の前掛けをした緑色のTシャツ姿の男が培楽達の前に姿を現した。
「ええっと……あなたが代理さんかな? 出発するまで安全は守るから安心してくれ。あと、必要なものも揃えておくので遠慮なく言ってくれればいい」
前掛けの男が代理に手を差し出した。
代理が手を握り、自身と先生、培楽を紹介する。
前掛けの男は酒屋の店主で、ヒロシと呼ばれていると自己紹介した。
このあたりでは、苗字のパターンが少ないらしく、住民たちは下の名前で呼び合うのが常なのだそうだ。
ヒロシはよくしゃべる男で、三人を客間に案内するまでに様々な情報を伝えてきた。
軽トラックが着いた場所がガレージで、今三人がいるところは酒を保管する倉庫であること。
倉庫は二つに区切られていて、培楽達のいる区画は一五度前後に保たれている低温区画であること。
三人が待機するために客間を用意していること。
出発までは、ガレージと酒の倉庫の低温区画と客間の間なら自由に行き来しても問題ないこと。
ヒロシは四三歳で中学生になる子供がいること、等々である。
「一応言われたモノは用意したのですけどね、そちらのお嬢さんのことは聞いていなかったので用意できていないのですよ、スンマセン」
ヒロシが客間に用意された荷物を示しながら、締まりのない顔で頭を下げた。
見る者によっては苛立ちを覚えるような仕草であったが、培楽は不思議と怒る気になれなかった。
「いつもヘラヘラしていないで、真剣にやりなさい!」
培楽が幼少のときから大人達に言われてきた言葉だ。
本人はいたって真面目にしているつもりなのに、いつも緊張している場面でそう注意された。
社会人になってからも同じで、大事な場面やミスをしたときにも同じ様に叱られた。
そうした経験からか、培楽はヒロシに怒りよりも、親近感に近いものを覚えていたのであった。
「彼女は私達と同行して山に入る。何とか彼女の分も用意できないだろうか?」
先生が表情を変えることなくヒロシに詰め寄った。怒ってはいないだろうが、その風貌から迫力が感じられる。
「うーん、後でショッピングセンターに探しに行きますが、見つかるかどうかは何とも言えないですね……」
ヒロシが頭を掻いた。
「ちょっと待ってください。服は私のものが使えないでしょうか? 幸い二セットあるので、ひとつは培楽さんが使っても大丈夫そうです」
代理が用意された荷物の中からウインドブレーカーと長ズボンを取り出して広げてみせた。
「そうですね。これなら……」
培楽がウインドブレーカーと長ズボンを手に取った。
代理は成人男性としてはやや小柄で、身長は一六五センチあるかどうか、といったくらいだ。
培楽の身長は一五九センチ。代理よりやや低いが、試しにウインドブレーカーを羽織ってみると、やや大きいが気になるほどでもなかった。
「大丈夫そうですね」
「はい」
代理に向かって培楽が大きくうなずいてみせた。
今度はズボンの方を見てみる。
ウエストはベルト紐とバックルが内蔵されているようで、調整はできそうだ。
しかし、培楽にとっては気になる点もある。
(あれ? ……まさか、代理の方がウエストが細い、ってことはないよね……?)
思わず培楽が代理の腰のあたりに目をやった。
代理は男性としては細身の部類に入る。
培楽も決して太っているわけではないが、代理が整った容姿をしている分、自分の方が幅広に見えるのではないかと考えてしまう。少なくとも脚の長さでは完敗である。
「ズボンは大丈夫そうですか?」
「あ、ちょっと試着してきますっ!」
代理に声をかけられて我に返った培楽は、着替えのために用意された簡易更衣室へと駆け込んだ。
※※
結局、衣服については代理の予備のものが使えそうということがわかった。
唯一の例外は靴で、代理の方が二センチもサイズが大きかったからごまかしようがなかった。
「主任さんの靴が使えないか調べてみます。期待しないで待っていてください」
培楽達を送ってきたツトムがそう言い残して酒屋を後にした。
一〇分ほどしてツトムからヒロシに回答があったらしいのだが、主任の方が一センチサイズが大きいらしく、彼女の靴を使うことも難しそうであった。
「ってことなんで、こっちで何とかできないか調べてみますわ。お嬢さんの靴は二三.五センチだったね?」
ヒロシの問いに培楽がはいと答えると、彼は「三〇分ほどしたら戻ってくるから、戻った後に必要なものがあれば言ってくれ」と言い残して客間から出ていった。
客間に残された代理、先生、培楽の三人は、用意された荷物をチェックしていく。
培楽に行きわたったのはウインドブレーカーと長ズボンの他に、靴下が二足、Tシャツとインナーが各二枚ずつだ。
下着もトランクスなら使えるのではないかと代理が二枚渡してくれたのだが、培楽は丁重にそれを断った。
(……困ったな……このメンバーじゃさすがにブラはないよね……)
最大の問題はここにあった。
靴がないのも厄介だが、こちらはヒロシに期待するしかない。
しかし、ブラはそうもいかない。そもそも培楽以外ここにいるのは男性ばかりだ。
さすがにブラを調達してくれと言われても向こうも困るだろうし、培楽としても非常に頼みにくい。
(……しょうがない、最悪、大きめのタオルでも借りて巻いておこう)
ブラの件については諦めることにして、他に必要なものがないか、培楽は荷物を確認する。
大きめのリュックには、水のペットボトルや携帯食料、タオル、ポンチョなど山登りに必要な道具が一式格納されていた。
鷲河山のハイキングコースは最寄駅から三時間半から四時間で往復できるらしい。
ハイキングコースとしては初心者向けであるが、培楽達が向かうのは、近くとはいえども道なき道である。
当然装備もハイキングコースに必要なものよりは本格的なものであった。
(食事も何か味気ないな……ここへ来てからお米ばかりだったし、そうだ! サンドイッチを作っちゃおう!)
携帯食料の箱を見て、培楽が弁当を持っていくことを思いついた。
ヒロシが戻ってきたのは十時半過ぎであった。
開店の準備をして、どうにか落ち着いたので客間に戻ってきたようだ。
「何かこっちで調達しておくものはありますかね?」
ヒロシの問いに、先生が軍手を一ダースほどと答えた。
「それなら店にあるから後で持ってきますわ。他は?」
「あのぅ、お弁当を作りたいので、サンドイッチの材料って用意してもらえますか? できればラップも……」
培楽が恐る恐る頼んでみる。
「あははは……ハイキングみたいだね! わかったわかった。店の売り物で大体揃うから用意するわ! 中身は野菜と茹で卵でいいか?」
ヒロシは大笑いしながら培楽の頼みを受け入れた。
(よかった……話のわかる人みたいだ……)
培楽が安堵の息をついた。正直遊びじゃないと怒られるのではないかと考えていたのだ。
社長やケージあたりなら間違いなくそうしただろう、と培楽は確信している。
だが、ヒロシは彼らよりは話がわかるようであった。
もっとも、彼からはほとんど緊張感らしきものが感じられないため、今回代理がやろうとしていることをどこまで理解しているのか培楽ですら疑問に思う。
「他にはないだろうか? 無ければ午後イチまでには頼まれたものを用意しておくからそれまで待っていてくれ。お嬢さんの靴もこれから調べるからさ。あと、一二時半になったら昼飯を持っていくのでそれまでは休んでいてくれ」
他に必要なものがないことを確認すると、ヒロシはバタバタと客間を飛び出していった。
「なるほど、お弁当はあった方がいいですね。腹が減っては戦ができぬといいますし、決して楽な道ではないので士気を上げておいた方がいいです」
「あ、ありがとうございます……」
代理にまで褒められて、培楽は嬉しいやら照れくさいやらという気分になっていた。
用意されている荷物を確認してしまうと、今のところ他にできることはない。
あっという間にやることがなくなって、周囲をうろうろしている培楽を見かねたのか、代理が声をかけてきた。
「私と先生は交代で休憩をとりますが、培楽さんも休まれてはどうでしょうか?」
「あ、私、見張りの番をすっ飛ばしちゃったので……」
培楽は昨夜自分一人が見張りの番をすっぽかして一人で寝てしまったことを思い出し、代理の申し出を断ろうかと考えた。さすがに申し訳なさすぎる。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「今夜が本番ですから。休めるうちに休んでおいた方がいいです」
「代理の仰る通りです。休むべきときに休まずに肝心なときに動けなくなっては困る」
代理と先生にたて続けにそう言われてしまっては、培楽としても彼らの言葉に従わざるを得ない。
特に先生は口調はともかく風貌が風貌なので、迫力がありすぎる。
先生は実際には培楽の方を向いただけなのだが、培楽の側から見れば詰め寄られたように感じており、思わずたじろいでしまう。
「は、はい……」
培楽が辛うじて答えると、代理と先生は客間から出ていこうとする。
「あ、あのぅ……どちらへ?」
「ちょっとここは暑いので、私たちは倉庫の休憩所で休んでいます。培楽さんは遠慮せずにこちらで」
代理がそう言い残して客間から出ていった。
客間には培楽が一人取り残された。
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