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18:渡河
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培楽達を乗せたトラックのエンジンが停止し、運転席のドアが開く音がした。
いよいよだ、と培楽が身を固くした。
少ししてギィィィという荷室の扉の開く音が聞こえてきた。
「無事、到着しました。降りてもらって大丈夫ですよ」
トラックの後部からツトムの声が聞こえてきた。
段ボール箱の壁をどけながら、先生が道を開いていく。
先生、培楽、代理の順に荷室から飛び降りて外に出た。
荷室には灯りが点されていたから近くは見えるが、それを除けば辺りは真っ暗だ。近くに民家もないようで、はるか遠くにぽつぽつと灯りが見えるくらいだ。
「はん、アンタらも無事だったか」
暗闇からツカツカと培楽達の方に向けて小柄な人影が近づいてきた。おっかさんだ。
「皆さんもご無事でしたか?」
「このくらいでくたばってはいられないんでね。アタシゃまだ五九だからまだまだお迎えに来てもらっちゃ敵わないっての」
代理の問いにおっかさんが毒づいた。まだまだ余裕があるといった感じだ。
「お待ちしていました。皆様もご無事でしょうか?」
おっかさんの後ろから長身の女性が姿を現した。主任だ。
代理が無事を伝えた後、培楽が彼女の脇へと歩み寄った。
「あの……洋服、ありがとうございます。助かりました」
培楽が主任の耳元で礼を述べた。下着を用意してもらったことに対する感謝だ。
主任は間に合ってよかったとだけ答えた。
(……クールっぽいけど気が付く人みたいだな。私にはちょっと真似できない……)
培楽は主任の態度に感心するばかりであった。
「悪いが静かにしてくれ。近くに人はいないと思うが、気付かれると厄介だ。それとツトム、トラックをどけるか荷台のライトを消してくれ」
暗闇から中年男性の声が聞こえてきた。
培楽が思わず身体を強張らせる。苦手な相手なのだ。
声の主はケージであった。
耳を澄ますと、微かにシューという音が聞こえてくる。
「ボートの準備にはもう少しかかる。川の方へ移動して待ってくれ」
ケージがこちらに近づいてきて、指示を出した。
主任がうなずいて、皆を川の方へと誘導する。
暗闇の中の移動になるので、皆できるだけ離れないようゆっくりと川に向けて歩いていく。
「私より前に出ないようにしてください。川に落ちると助けられないかもしれません」
主任の警告に培楽が無言でうなずいた。その面持ちは真剣そのものであったが、暗さのおかげで他者からは見ることができない。
エアーポンプの音と、わずかに川原の石を踏む音だけが聞こえる中、川を渡るメンバーはゆっくりと歩を進めていく。
(主任さんを追い越さないように……川に落ちないように……)
培楽は足元を確かめるようにそろそろと進んでいく。
幸い、皆の歩みが速くないので置いていかれることはなさそうだ。
二分ほど歩いて、川岸に到着する。
エアーポンプの音がかなり大きくなってきた。
社長とコーチの二人がゴムボートの準備をしているのだが、ポンプの音が大きいので培楽などは周囲に気付かれないかと気が気ではない。
「おい、さっさとしろ! 代理が時間に遅れたら元も子もないぞ!」
「親父、わかってるって! ここでヘマったら事故るだろうが!」
不意に社長とコーチが小声で言い争いを始めた。ボートの準備に手こずっているようだ。
小さな懐中電灯の灯りだけを頼りに作業をしているので、作業を進めにくいのだろう。
「だ、大丈夫でしょうか?」
培楽が小声で前にそびえ立つ大きな背中に向かって尋ねた。先生だ。
「あのお二人ならいつものことです。心配いりません。この間に準備を済ませましょう。残る方のお弁当を渡してもらえますか?」
先生が小声で答えた。
※※
三〇分ほどして準備が完了し、川にボートが浮かべられた。
「よし! これで二隻とも準備できた。こっちは代理と先生、そして軽そうなあんたが乗ってくれ。俺が動かす」
コーチが懐中電灯を振って川岸にあるボートの方へと手招きする。
「はん! あの娘っ子よりもアタシの方が軽いと思うんだけどねぇ。まあいいか。ほら、ケージ、アンタも急ぎな!」
培楽がおっかさんの脇を通り過ぎるのとほぼ同時に、おっかさんが毒づいた。
培楽が乗る側のボートには代理、先生、コーチが同乗する。
もう一隻にはケージ、おっかさん、主任、ダンが乗り込むことになった。
不安定なゴムボートの上で培楽はバランスを崩しそうになったが、先生の手を借りて何とか腰を下ろすことに成功した。
「待ってください。代理のボートはタケさんが動かすはずでは? 彼はどこですか?」
主任がケージを詰問するかのように尋ねた。
「タケの奴とは連絡が取れねえ。時間もねえから俺がやる。いいな?」
「……仕方ありません」
主任は渋々といった様子であったが、一応納得してボートに乗り込んだのだった。
「よし、全員乗ったな! 行くぞ!」「こっちも行くぞ!」
ケージ、コーチの順に出発の合図をし、ボートが川岸から離れた。
「何があっても動かないでくれよ。ひっくり返ったら 全員お陀仏になっちゃうからね」
コーチが小声で警告した。
準備や動きやすさの関係から、救命胴衣を身に着けているのはボートを操縦するケージとコーチの二人だけだ。危険極まりないが状況が状況だけにこうせざるを得なかったのだ。
ちなみに他のメンバーは皆、登山用のズボンにウインドブレーカー姿だ。
仮に泳ぎに自信がある者でも、川に落ちれば助かるのは至難の業だろう。
周囲には灯りがほとんどないから真っ暗であるし、川の流れは結構速い。
川の水深は深いところで二メートル弱とのことで、大人が溺れるには十分すぎる。
また、五月の下旬とはいえ、水温は一五℃を下回る。川に落ちれば、一~二時間で意識を失ってしまう可能性が高い。
ボートが音もなく進んでいる。進んでいるというよりは流されている、という方が近い。
船外機は積んでいるものの、音をたてないようにするためこれを使わずオールで制御しているからだ。
(ひ、ひぇ~っ! 揺れませんように……)
培楽はボートの縁をガッチリ握りしめながら祈っている。
学生時代は水泳の授業に支障がない程度には泳げたが、水着以外で泳いだ経験はないし、川で泳いだ経験もない。
真っ黒な水面は、それだけで見る者に引きずり込まれそうな恐怖心を与える。
(ひゃっ!)
ボートが流れや波などで揺れたり浮き上がったりする度に、培楽は悲鳴をあげそうになるのを必死で堪えている。
小さなゴムボートは揺れるし、浮き上がるときは身体が飛び上がるかのような感覚を覚えるのだ。
「おい! 流されているぞ! これじゃとんでもなく東の方に出ちまう!」
不意にケージの怒鳴り声が響いた。
「ヤバいですね! 船外機使いますか?」
コーチが怒鳴り返す。
「仕方ねえ! おっかさん、敵を見つけたら撃っちまってくれ! 音が出るからな!」
「……ったく、簡単に言ってくれるね。ヘボ操縦士の動かす船じゃ、狙いを定めるのも大変だってのに!」
おっかさんが毒づいている。
ブルン、ブルン、ブルン……
船外機の音が暗闇の中に響く。
どうにか動かすことに成功し、船の向きが変わった。
流れに負けて下流の方に流されていたのが、対岸の方に向けて徐々に進みだしたのだ。
音は小さくないが背に腹は代えられそうもない。
(これなら……)
ボートが対岸の方に進みだしたのを見て培楽が安堵していると、急に周囲が明るくなった。
「えっ! 何?!」
まぶしさに培楽が思わず悲鳴をあげる。
「ちっ、とにかく急ぐから!」
コーチが舌打ちしながらボートを操作する。
何とか対岸にボートを着け、コーチと先生の助けを借りながら培楽はボートから降りた。
転びそうになったが、何とか堪えることに成功した。
(そうだ、さっきの光は……)
培楽が反射的に向こう岸の方に目をやった。だが、それらしき灯りはない。
「あれ? さっきの光は……? 近所の人でしょうか?」
「ちょっとわからないけど、敵かもしれない」
培楽が首を傾げていると、コーチが声をかけてきた。
「それ、マズくないですか?」
「マズいけど、今はどうにもできない。もう一隻の船が着くのをここで待つしかない」
コーチの言葉に培楽が川の方に目を向けると、暗がりの中、もう一隻のゴムボートが川の流れに逆らって下流側からこちらに向かってくるのが辛うじて見えた。
流れが速いためか、そのスピードはゆっくりである。
(見つかりませんように……)
培楽が祈りながら、もう一隻のボートの到着を待つ。
のろのろとだが、ボートが近づいてきて、岸にたどり着いた。
「何モタモタしてんだい、このへっぽこ操縦士!」
「うるせぇ! あんたがバタバタ動くから、船がひっくり返りそうになったじゃないか!」
ボートから降りながらケージとおっかさんが言い争っている。
主任が今は急ぐべきだと二人をなだめて、どうにか抑えることに成功する。
「さっきの光は何でしょうか?」
代理がケージに尋ねた。
「すまねぇ。多分だが敵に見つかった。エンジンの音で気付かれたのかも知れねぇ」
「あの流れでは仕方ありません。ところで彼らはどこへ?」
「わからねえけど、船は持っていないみたいだった。こっちに渡ってくる気配もねぇ」
「泳いだり歩いて渡ってくる可能性はあるでしょうか?」
「そりゃ無理ってものでさぁ。大の大人でも背がやっと立つ深さだし、あの流れじゃ思いっきり下流に流されるか、溺れるのがオチですわ」
「わかりました。落ち着いたら私達は出発しましょう」
代理とケージが短いやり取りを交わし、今すぐ追手がこの場に現れる可能性は無さそうだということを確認する。
「皆無事揃っているな? 荷物は無事か? ……よし、大丈夫そうだな」
ケージが皆の様子を確認し、うなずいた。
「はい。私たちは出発します。後のことはよろしくお願いします」
代理がケージに向かって頭を下げた。ケージとコーチの二人は代理には同行しないので、ここで別れることになる。
「おう、任せてくれ! 俺達は船で向こうに戻って奴らを何とかする。お前たちは急いで先に行け!」
ケージが培楽の背中を勢いよく叩いた。
突然のことに培楽が抗議の視線をケージに向けたが、ケージはそれに気づいた様子もなくボートに飛び乗った。
「ケージさん、コーチさん、気を付けて」
川岸から離れるボートに代理が声をかけると、ケージとコーチは無言で手を挙げてそれに答えた。
「それでは皆さん、そろそろ出発しましょう。隊列は……」
代理が振り返って培楽達に声をかけた。
代理、先生、主任の三人が短く話し合って、隊列を決定する。
「皆さん、契約の地までよろしくお願いします」
代理が頭を下げると皆が無言でうなずいた。
代理、先生、主任、おっかさん、ダン、培楽の六名からなる隊が目的の名もなき山頂に向けて歩み始めた。
現在、五月二〇日一九時五〇分
━━契約の刻限まで、あと四時間一〇分━━
いよいよだ、と培楽が身を固くした。
少ししてギィィィという荷室の扉の開く音が聞こえてきた。
「無事、到着しました。降りてもらって大丈夫ですよ」
トラックの後部からツトムの声が聞こえてきた。
段ボール箱の壁をどけながら、先生が道を開いていく。
先生、培楽、代理の順に荷室から飛び降りて外に出た。
荷室には灯りが点されていたから近くは見えるが、それを除けば辺りは真っ暗だ。近くに民家もないようで、はるか遠くにぽつぽつと灯りが見えるくらいだ。
「はん、アンタらも無事だったか」
暗闇からツカツカと培楽達の方に向けて小柄な人影が近づいてきた。おっかさんだ。
「皆さんもご無事でしたか?」
「このくらいでくたばってはいられないんでね。アタシゃまだ五九だからまだまだお迎えに来てもらっちゃ敵わないっての」
代理の問いにおっかさんが毒づいた。まだまだ余裕があるといった感じだ。
「お待ちしていました。皆様もご無事でしょうか?」
おっかさんの後ろから長身の女性が姿を現した。主任だ。
代理が無事を伝えた後、培楽が彼女の脇へと歩み寄った。
「あの……洋服、ありがとうございます。助かりました」
培楽が主任の耳元で礼を述べた。下着を用意してもらったことに対する感謝だ。
主任は間に合ってよかったとだけ答えた。
(……クールっぽいけど気が付く人みたいだな。私にはちょっと真似できない……)
培楽は主任の態度に感心するばかりであった。
「悪いが静かにしてくれ。近くに人はいないと思うが、気付かれると厄介だ。それとツトム、トラックをどけるか荷台のライトを消してくれ」
暗闇から中年男性の声が聞こえてきた。
培楽が思わず身体を強張らせる。苦手な相手なのだ。
声の主はケージであった。
耳を澄ますと、微かにシューという音が聞こえてくる。
「ボートの準備にはもう少しかかる。川の方へ移動して待ってくれ」
ケージがこちらに近づいてきて、指示を出した。
主任がうなずいて、皆を川の方へと誘導する。
暗闇の中の移動になるので、皆できるだけ離れないようゆっくりと川に向けて歩いていく。
「私より前に出ないようにしてください。川に落ちると助けられないかもしれません」
主任の警告に培楽が無言でうなずいた。その面持ちは真剣そのものであったが、暗さのおかげで他者からは見ることができない。
エアーポンプの音と、わずかに川原の石を踏む音だけが聞こえる中、川を渡るメンバーはゆっくりと歩を進めていく。
(主任さんを追い越さないように……川に落ちないように……)
培楽は足元を確かめるようにそろそろと進んでいく。
幸い、皆の歩みが速くないので置いていかれることはなさそうだ。
二分ほど歩いて、川岸に到着する。
エアーポンプの音がかなり大きくなってきた。
社長とコーチの二人がゴムボートの準備をしているのだが、ポンプの音が大きいので培楽などは周囲に気付かれないかと気が気ではない。
「おい、さっさとしろ! 代理が時間に遅れたら元も子もないぞ!」
「親父、わかってるって! ここでヘマったら事故るだろうが!」
不意に社長とコーチが小声で言い争いを始めた。ボートの準備に手こずっているようだ。
小さな懐中電灯の灯りだけを頼りに作業をしているので、作業を進めにくいのだろう。
「だ、大丈夫でしょうか?」
培楽が小声で前にそびえ立つ大きな背中に向かって尋ねた。先生だ。
「あのお二人ならいつものことです。心配いりません。この間に準備を済ませましょう。残る方のお弁当を渡してもらえますか?」
先生が小声で答えた。
※※
三〇分ほどして準備が完了し、川にボートが浮かべられた。
「よし! これで二隻とも準備できた。こっちは代理と先生、そして軽そうなあんたが乗ってくれ。俺が動かす」
コーチが懐中電灯を振って川岸にあるボートの方へと手招きする。
「はん! あの娘っ子よりもアタシの方が軽いと思うんだけどねぇ。まあいいか。ほら、ケージ、アンタも急ぎな!」
培楽がおっかさんの脇を通り過ぎるのとほぼ同時に、おっかさんが毒づいた。
培楽が乗る側のボートには代理、先生、コーチが同乗する。
もう一隻にはケージ、おっかさん、主任、ダンが乗り込むことになった。
不安定なゴムボートの上で培楽はバランスを崩しそうになったが、先生の手を借りて何とか腰を下ろすことに成功した。
「待ってください。代理のボートはタケさんが動かすはずでは? 彼はどこですか?」
主任がケージを詰問するかのように尋ねた。
「タケの奴とは連絡が取れねえ。時間もねえから俺がやる。いいな?」
「……仕方ありません」
主任は渋々といった様子であったが、一応納得してボートに乗り込んだのだった。
「よし、全員乗ったな! 行くぞ!」「こっちも行くぞ!」
ケージ、コーチの順に出発の合図をし、ボートが川岸から離れた。
「何があっても動かないでくれよ。ひっくり返ったら 全員お陀仏になっちゃうからね」
コーチが小声で警告した。
準備や動きやすさの関係から、救命胴衣を身に着けているのはボートを操縦するケージとコーチの二人だけだ。危険極まりないが状況が状況だけにこうせざるを得なかったのだ。
ちなみに他のメンバーは皆、登山用のズボンにウインドブレーカー姿だ。
仮に泳ぎに自信がある者でも、川に落ちれば助かるのは至難の業だろう。
周囲には灯りがほとんどないから真っ暗であるし、川の流れは結構速い。
川の水深は深いところで二メートル弱とのことで、大人が溺れるには十分すぎる。
また、五月の下旬とはいえ、水温は一五℃を下回る。川に落ちれば、一~二時間で意識を失ってしまう可能性が高い。
ボートが音もなく進んでいる。進んでいるというよりは流されている、という方が近い。
船外機は積んでいるものの、音をたてないようにするためこれを使わずオールで制御しているからだ。
(ひ、ひぇ~っ! 揺れませんように……)
培楽はボートの縁をガッチリ握りしめながら祈っている。
学生時代は水泳の授業に支障がない程度には泳げたが、水着以外で泳いだ経験はないし、川で泳いだ経験もない。
真っ黒な水面は、それだけで見る者に引きずり込まれそうな恐怖心を与える。
(ひゃっ!)
ボートが流れや波などで揺れたり浮き上がったりする度に、培楽は悲鳴をあげそうになるのを必死で堪えている。
小さなゴムボートは揺れるし、浮き上がるときは身体が飛び上がるかのような感覚を覚えるのだ。
「おい! 流されているぞ! これじゃとんでもなく東の方に出ちまう!」
不意にケージの怒鳴り声が響いた。
「ヤバいですね! 船外機使いますか?」
コーチが怒鳴り返す。
「仕方ねえ! おっかさん、敵を見つけたら撃っちまってくれ! 音が出るからな!」
「……ったく、簡単に言ってくれるね。ヘボ操縦士の動かす船じゃ、狙いを定めるのも大変だってのに!」
おっかさんが毒づいている。
ブルン、ブルン、ブルン……
船外機の音が暗闇の中に響く。
どうにか動かすことに成功し、船の向きが変わった。
流れに負けて下流の方に流されていたのが、対岸の方に向けて徐々に進みだしたのだ。
音は小さくないが背に腹は代えられそうもない。
(これなら……)
ボートが対岸の方に進みだしたのを見て培楽が安堵していると、急に周囲が明るくなった。
「えっ! 何?!」
まぶしさに培楽が思わず悲鳴をあげる。
「ちっ、とにかく急ぐから!」
コーチが舌打ちしながらボートを操作する。
何とか対岸にボートを着け、コーチと先生の助けを借りながら培楽はボートから降りた。
転びそうになったが、何とか堪えることに成功した。
(そうだ、さっきの光は……)
培楽が反射的に向こう岸の方に目をやった。だが、それらしき灯りはない。
「あれ? さっきの光は……? 近所の人でしょうか?」
「ちょっとわからないけど、敵かもしれない」
培楽が首を傾げていると、コーチが声をかけてきた。
「それ、マズくないですか?」
「マズいけど、今はどうにもできない。もう一隻の船が着くのをここで待つしかない」
コーチの言葉に培楽が川の方に目を向けると、暗がりの中、もう一隻のゴムボートが川の流れに逆らって下流側からこちらに向かってくるのが辛うじて見えた。
流れが速いためか、そのスピードはゆっくりである。
(見つかりませんように……)
培楽が祈りながら、もう一隻のボートの到着を待つ。
のろのろとだが、ボートが近づいてきて、岸にたどり着いた。
「何モタモタしてんだい、このへっぽこ操縦士!」
「うるせぇ! あんたがバタバタ動くから、船がひっくり返りそうになったじゃないか!」
ボートから降りながらケージとおっかさんが言い争っている。
主任が今は急ぐべきだと二人をなだめて、どうにか抑えることに成功する。
「さっきの光は何でしょうか?」
代理がケージに尋ねた。
「すまねぇ。多分だが敵に見つかった。エンジンの音で気付かれたのかも知れねぇ」
「あの流れでは仕方ありません。ところで彼らはどこへ?」
「わからねえけど、船は持っていないみたいだった。こっちに渡ってくる気配もねぇ」
「泳いだり歩いて渡ってくる可能性はあるでしょうか?」
「そりゃ無理ってものでさぁ。大の大人でも背がやっと立つ深さだし、あの流れじゃ思いっきり下流に流されるか、溺れるのがオチですわ」
「わかりました。落ち着いたら私達は出発しましょう」
代理とケージが短いやり取りを交わし、今すぐ追手がこの場に現れる可能性は無さそうだということを確認する。
「皆無事揃っているな? 荷物は無事か? ……よし、大丈夫そうだな」
ケージが皆の様子を確認し、うなずいた。
「はい。私たちは出発します。後のことはよろしくお願いします」
代理がケージに向かって頭を下げた。ケージとコーチの二人は代理には同行しないので、ここで別れることになる。
「おう、任せてくれ! 俺達は船で向こうに戻って奴らを何とかする。お前たちは急いで先に行け!」
ケージが培楽の背中を勢いよく叩いた。
突然のことに培楽が抗議の視線をケージに向けたが、ケージはそれに気づいた様子もなくボートに飛び乗った。
「ケージさん、コーチさん、気を付けて」
川岸から離れるボートに代理が声をかけると、ケージとコーチは無言で手を挙げてそれに答えた。
「それでは皆さん、そろそろ出発しましょう。隊列は……」
代理が振り返って培楽達に声をかけた。
代理、先生、主任の三人が短く話し合って、隊列を決定する。
「皆さん、契約の地までよろしくお願いします」
代理が頭を下げると皆が無言でうなずいた。
代理、先生、主任、おっかさん、ダン、培楽の六名からなる隊が目的の名もなき山頂に向けて歩み始めた。
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