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19:漆黒の道なき道を往く
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六名の男女が漆黒の道なき道を進んでいく。
長身の女性が手にするタブレット端末の灯りだけが頼りだ。
六名は横二列縦三列で進んでいる。
先頭は長身女性・主任とダンという褐色の肌の青年だ。彼らが案内役を担う。
二列目は何が何でも守らなければならない対象の代理、それと接近戦なら最強と思われる先生だ。
最後列は銃を背負った小柄な老女のおっかさんと培楽。前の四人に遅れまいと必死についていく。
「先生、追手の気配はありますか?」
主任が前を向いたまますぐ後ろを歩く先生に尋ねた。
「いや、その気配はありません。恐らく川を渡る手段を持っていなかったのでしょう」
「わかりました。約束の刻限に間に合うよう、今のうちに進んでおきましょう」
どうやら今のところ追手の気配はないらしい。
六人が進むのは、樹木に覆われた斜面だ。それほど急ではないが、人の手が全く入っていないので歩きにくい。
だが、木と木の間隔はそれなりにあるので、二人が横に広がって歩ける程度の道は確保できる。
また、幸いなことに最近雨が降っていないためか、地面がぬかるんでいるということはない。
「……あの……」
培楽が前を歩く先生に声をかけた。
「どうしましたか?」
「向かっている方向が違っているように思うのですけど……」
あくまで培楽は遠慮がちに尋ねた。自分は山の専門家ではないと自覚しているからだ。
だが、話に聞いただけのレベルとはいえ、山の怖さはある程度知っているつもりだ。
目的地と異なる方向に向かっていては、最悪道に迷って野垂れ死ぬ可能性もある。
「アンタ、図々しいんだね。素人のくせにプロの心配をするなんてさ」
「す、スミマセン……」
隣のおっかさんに嫌味たっぷりにたしなめられ、培楽がしゅんとなる。
「いえ、これは失礼しました。ルートの変更があったことを説明しておりませんでした」
しかし、先頭を歩く主任が足を止め、培楽達の方を向いた。
「アンタも律義だねぇ。アタシゃアンタらを守るだけなんだから、別に説明なんて要らないんだけどねぇ」
「いえ、敵の襲撃などで散り散りになった場合に備えて全員がルートを把握しておいた方がいいのです」
主任が周囲を見回して、六人が輪になれる開けた場所を探した。
十メートルほど先にちょうどよい場所があったので、そこに全員を集めてタブレット端末を示しながら説明する。
「渡河の際、私達の姿を敵に見られた可能性が高いです。ですので、行き先を偽装するため、しばらく北西に向けて進みます……」
当初計画では渡河後しばらくは東北東に進路を取り、その後は西北西、そして再び東北東とジグザグに進路を取りながら目的の山頂に到達するはずだった。
しかし、こちらの姿が敵に見つかった以上、最終目的地を敵に悟られない動きが必要になる。待ち伏せされる可能性があるからだ。
「……恐らく敵は私達の最終目的地を把握していないでしょう。前回と今回の契約の地は異なりますから、今はできるだけ敵に見つからないよう、そして見つかっても最終目的地を悟られないよう動くことが重要です」
主任の説明に代理がよろしくお願いしますと頭を下げた。
他のメンバーには反対する理由がないから、主任の案の通り進むことが決まる。
六人は皆がルートを理解した後に、目的地となる山頂に向けて再出発した。
目的地と異なる方向に進むため、通算の移動距離を減らそうと当初の計画よりも勾配がきつくなるルートを選択している。
「……はん、さすがにこれは堪えるね」
歩き出して二〇分ほどしたところでおっかさんが毒づいた。
どこか歯切れが悪いように感じられるのは、言葉通り道の厳しさが堪えているためだろう。
一方、培楽の呼吸も徐々に荒くなってきていた。
こちらは無言で下を向きながら進んでいる。
言葉を発さないのは、単純に余裕がないためだ。
(……ハァ、ハァ。山ってこんなにキツかったっけ? 中学校のときの遠足はもっとキツいところを登っていたのだけどなぁ……)
培楽は十数年前の遠足のことを思い出しながら、必死に前を歩く先生と代理の背中を追っていた。
彼女の山登りの経験は、本人の記憶通り中学生時代の遠足が最後だ。
そのときは五時間くらいの行程で、道は今登っているルートよりも歩きにくかった記憶がある。
中学生時代のようにいかないのは体力の理由もあるのだが、実はルートの問題が大きい。
培楽が思い出していたのは、当時登っていた最も厳しい場所のことであった。時間にして数分であり、他の場所はほとんどが整備された登山道だったのだ。
だが、今は違う。
道なき道をタブレットに表示される地図だけを頼りに進んでいる状況だ。また、完全に日が落ちているので、タブレットの画面の灯りだけが頼りになる。
「はぁ、はぁ。アンタ、ヘバっている場合じゃないよ! はぁ、そんなんじゃ、足手まとい、じゃないか!」
おっかさんが培楽を叱咤する。言葉が途切れ途切れなのは息が上がっているためだ。
「す、スミマセンっ!」
培楽が慌てて足を速める。
いつの間にか前を歩く先生と代理の背中が少し遠くなっていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
先生と代理に追いついたところで培楽が横を向いた。
おっかさんは培楽の真後ろにつくようにして歩いている。
「はん! アンタが遅れないように、見張るんだよ!」
おっかさんは強がっているが、培楽について行くのがやっとという感じだ。
「……はい……」
培楽も必死に先生と代理について行こうとするが、油断しているとすぐに数メートル離されてしまう。
その後、培楽とおっかさんは無言で先生と代理の背中を追って歩いた。
離されては慌てて追いつくことを十回近く繰り返したところで、先生と代理が培楽達の方を振り返る。
「……」
培楽に見えないところで先生が主任に何か話しかけた。
すると、前を歩く先生と代理の速度が少しゆっくりになる。
(ふぅ……これならまだ……)
速度が落ちたのに気づいて、培楽がわずかにだが元気を取り戻した。
まだ歩き始めてから一時間も経っていない。
こんなところで疲れてしまっていては、とても最後まで、契約を見届けるまで代理について行くことはできそうもない。
「はん、あんまりいい気になるんじゃ、ないよ……」
後ろを歩くおっかさんがまだ毒づいている。
明らかにいつもの元気はないが、未だ減らず口だけは止まらないようだ。
「……」
更に二〇分ほど斜面を斜めに登っていく。
相変わらず周囲は木に覆われており、どのくらい進んだのか培楽には見当もつかない。
主任の先導がなければ同じところを回っているだけ、と言われても信じてしまうくらいに周囲の景色に変化はない。
見晴らしのいい場所であれば民家の灯りなども見えるのだろうが、残念ながら見えるのは木ばかりだ。
ゴールが見えない戦いは確実に皆の心を削っていく。
培楽も周囲の木の枝に何度かウインドブレーカーやズボンを引っかけており、うんざりした気分になっていた。
(いつになったらてっぺんの方に向かうんだろう? まだ離れる方向に進むの?)
いっこうに向きを変えない主任に、培楽はいつしか苛立ちを覚えるようになっていた。
敵の目を欺くのは大事であるが、指定の時間までにこちらが目的地に到着できなければ単なる骨折り損ではないか?
そうとまで考えるようになったが、声に出さずにいたのは前を歩く先生や代理について行くのが精一杯だったからだ。否、徐々に遅れだしている。
「……皆さん、止まってください」
先生が静かに命じた。
だが、先頭を歩く主任は歩く速度を落としたものの、止まろうとはしない。
「休憩にはまだ少し早いです。今のうちに距離を稼がねば、約束の刻限に間に合わなくなる恐れがあります」
前方から主任の声が返ってきた。
「いや、このままだと後で散り散りになってしまいます。代理の守りを薄くしないためにも、今は体力を温存すべきです」
「今ならまだ敵は私達の近くにはいないはずです。敵に気付かれる前に目的地に近づいておいた方が……」
「それだと敵に目的地を悟られる可能性があります。目的地から離れた場所に敵を引き付けて、予定の時間ギリギリに目的地に移動した方が……」
主任と先生がゆっくりと進みながら言い争っている。
お互い冷静なので爆発することはなさそうだが、後ろを歩く培楽などは先生の言い分が通ってくれないかなと密かに彼を応援している。
「相手方は一秒でも遅れたら待っていただけない、と伺っています。目的地から離れすぎるのは危険すぎるのではないでしょうか?」
「それは当然です。ですが、約束の刻限まではあと三時間半以上あります。残りの距離を考えればこのあたりで一〇分くらい休んでおくのが得策だと考えます」
「……代理の意見をお聞きしたいです」
主任は休憩には乗り気でなさそうだが、先生の言葉にも一定の理を認めている様子だ。
代理の意見を聞こうとしているのも、判断に迷っているためだろう。
「……」
代理が振り返って培楽の方を向いた。
辛うじてその顔が見えるのは、先頭を歩く主任の手にあるタブレット画面の光のためだ。
(……休憩しよう、って言ってくれないかなぁ……)
培楽が下から見上げるようにして代理の顔を見る。培楽が斜面の下側にいるため、どうしても前を見ようとすると下から見上げる形になってしまうのだ。
もし、培楽が代理の視点で今の自分の顔を見たなら、恥ずかしさのあまり悶絶してしまうかもしれない。培楽は上目づかいで異性に何かをお願いするなど、自分のキャラではないと思っている。
「……少し、休憩しましょう」
代理が前を向いて主任に告げた。
「……承知しました。少し先に平らな場所が見えますので、そこで休憩にしたいと思います」
「お願いします」
主任は代理の提案を受け入れた。
六人は十数メートル先にある平らな場所まで移動し、そこで思い思いの位置に腰を下ろした。
「培楽さん、お弁当がありましたね? ここでお腹に入れておきませんか?」
「あ、はい。皆さんの分もありますから。ちょっと待ってください」
培楽が慌ててリュックを下ろし、中の保冷バッグを取り出した。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
「アリガト……」
培楽が順番にラップにくるまれたサンドイッチを配っていく。
培楽は休憩にあまり良い顔をしなかった主任とほとんど言葉を発さないダンの反応を気にしていたが、素直に受け取ってくれた。
「うむ。感謝します」
「ありがとうございます。楽しみです」
先生と代理は培楽がサンドイッチを作っていたことを知っていたから心配ないと思っていたが、こちらは予想通りであった。
「パンかい? 飲み込むのに飲み物がいるからアタシゃ握り飯の方がいいんだけどね!」
「す、すみません……」
おっかさんが毒づいたので、思わず培楽が頭を下げた。
「まあいい。見かけによらずずいぶん図太い娘だね、アンタは! まあ、アンタみたいのが図々しく最後まで生き残るのかもしれないね!」
おっかさんは培楽の手からサンドイッチをひったくると、ラップを開けてむしゃむしゃと食べ始めた。
(あ、私も急がないと)
培楽もリュックから飲み物を取り出し、サンドイッチを流し込み始めたのだった。
現在、五月二〇日二〇時四五分
━━契約の刻限まで、あと三時間一五分━━
長身の女性が手にするタブレット端末の灯りだけが頼りだ。
六名は横二列縦三列で進んでいる。
先頭は長身女性・主任とダンという褐色の肌の青年だ。彼らが案内役を担う。
二列目は何が何でも守らなければならない対象の代理、それと接近戦なら最強と思われる先生だ。
最後列は銃を背負った小柄な老女のおっかさんと培楽。前の四人に遅れまいと必死についていく。
「先生、追手の気配はありますか?」
主任が前を向いたまますぐ後ろを歩く先生に尋ねた。
「いや、その気配はありません。恐らく川を渡る手段を持っていなかったのでしょう」
「わかりました。約束の刻限に間に合うよう、今のうちに進んでおきましょう」
どうやら今のところ追手の気配はないらしい。
六人が進むのは、樹木に覆われた斜面だ。それほど急ではないが、人の手が全く入っていないので歩きにくい。
だが、木と木の間隔はそれなりにあるので、二人が横に広がって歩ける程度の道は確保できる。
また、幸いなことに最近雨が降っていないためか、地面がぬかるんでいるということはない。
「……あの……」
培楽が前を歩く先生に声をかけた。
「どうしましたか?」
「向かっている方向が違っているように思うのですけど……」
あくまで培楽は遠慮がちに尋ねた。自分は山の専門家ではないと自覚しているからだ。
だが、話に聞いただけのレベルとはいえ、山の怖さはある程度知っているつもりだ。
目的地と異なる方向に向かっていては、最悪道に迷って野垂れ死ぬ可能性もある。
「アンタ、図々しいんだね。素人のくせにプロの心配をするなんてさ」
「す、スミマセン……」
隣のおっかさんに嫌味たっぷりにたしなめられ、培楽がしゅんとなる。
「いえ、これは失礼しました。ルートの変更があったことを説明しておりませんでした」
しかし、先頭を歩く主任が足を止め、培楽達の方を向いた。
「アンタも律義だねぇ。アタシゃアンタらを守るだけなんだから、別に説明なんて要らないんだけどねぇ」
「いえ、敵の襲撃などで散り散りになった場合に備えて全員がルートを把握しておいた方がいいのです」
主任が周囲を見回して、六人が輪になれる開けた場所を探した。
十メートルほど先にちょうどよい場所があったので、そこに全員を集めてタブレット端末を示しながら説明する。
「渡河の際、私達の姿を敵に見られた可能性が高いです。ですので、行き先を偽装するため、しばらく北西に向けて進みます……」
当初計画では渡河後しばらくは東北東に進路を取り、その後は西北西、そして再び東北東とジグザグに進路を取りながら目的の山頂に到達するはずだった。
しかし、こちらの姿が敵に見つかった以上、最終目的地を敵に悟られない動きが必要になる。待ち伏せされる可能性があるからだ。
「……恐らく敵は私達の最終目的地を把握していないでしょう。前回と今回の契約の地は異なりますから、今はできるだけ敵に見つからないよう、そして見つかっても最終目的地を悟られないよう動くことが重要です」
主任の説明に代理がよろしくお願いしますと頭を下げた。
他のメンバーには反対する理由がないから、主任の案の通り進むことが決まる。
六人は皆がルートを理解した後に、目的地となる山頂に向けて再出発した。
目的地と異なる方向に進むため、通算の移動距離を減らそうと当初の計画よりも勾配がきつくなるルートを選択している。
「……はん、さすがにこれは堪えるね」
歩き出して二〇分ほどしたところでおっかさんが毒づいた。
どこか歯切れが悪いように感じられるのは、言葉通り道の厳しさが堪えているためだろう。
一方、培楽の呼吸も徐々に荒くなってきていた。
こちらは無言で下を向きながら進んでいる。
言葉を発さないのは、単純に余裕がないためだ。
(……ハァ、ハァ。山ってこんなにキツかったっけ? 中学校のときの遠足はもっとキツいところを登っていたのだけどなぁ……)
培楽は十数年前の遠足のことを思い出しながら、必死に前を歩く先生と代理の背中を追っていた。
彼女の山登りの経験は、本人の記憶通り中学生時代の遠足が最後だ。
そのときは五時間くらいの行程で、道は今登っているルートよりも歩きにくかった記憶がある。
中学生時代のようにいかないのは体力の理由もあるのだが、実はルートの問題が大きい。
培楽が思い出していたのは、当時登っていた最も厳しい場所のことであった。時間にして数分であり、他の場所はほとんどが整備された登山道だったのだ。
だが、今は違う。
道なき道をタブレットに表示される地図だけを頼りに進んでいる状況だ。また、完全に日が落ちているので、タブレットの画面の灯りだけが頼りになる。
「はぁ、はぁ。アンタ、ヘバっている場合じゃないよ! はぁ、そんなんじゃ、足手まとい、じゃないか!」
おっかさんが培楽を叱咤する。言葉が途切れ途切れなのは息が上がっているためだ。
「す、スミマセンっ!」
培楽が慌てて足を速める。
いつの間にか前を歩く先生と代理の背中が少し遠くなっていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
先生と代理に追いついたところで培楽が横を向いた。
おっかさんは培楽の真後ろにつくようにして歩いている。
「はん! アンタが遅れないように、見張るんだよ!」
おっかさんは強がっているが、培楽について行くのがやっとという感じだ。
「……はい……」
培楽も必死に先生と代理について行こうとするが、油断しているとすぐに数メートル離されてしまう。
その後、培楽とおっかさんは無言で先生と代理の背中を追って歩いた。
離されては慌てて追いつくことを十回近く繰り返したところで、先生と代理が培楽達の方を振り返る。
「……」
培楽に見えないところで先生が主任に何か話しかけた。
すると、前を歩く先生と代理の速度が少しゆっくりになる。
(ふぅ……これならまだ……)
速度が落ちたのに気づいて、培楽がわずかにだが元気を取り戻した。
まだ歩き始めてから一時間も経っていない。
こんなところで疲れてしまっていては、とても最後まで、契約を見届けるまで代理について行くことはできそうもない。
「はん、あんまりいい気になるんじゃ、ないよ……」
後ろを歩くおっかさんがまだ毒づいている。
明らかにいつもの元気はないが、未だ減らず口だけは止まらないようだ。
「……」
更に二〇分ほど斜面を斜めに登っていく。
相変わらず周囲は木に覆われており、どのくらい進んだのか培楽には見当もつかない。
主任の先導がなければ同じところを回っているだけ、と言われても信じてしまうくらいに周囲の景色に変化はない。
見晴らしのいい場所であれば民家の灯りなども見えるのだろうが、残念ながら見えるのは木ばかりだ。
ゴールが見えない戦いは確実に皆の心を削っていく。
培楽も周囲の木の枝に何度かウインドブレーカーやズボンを引っかけており、うんざりした気分になっていた。
(いつになったらてっぺんの方に向かうんだろう? まだ離れる方向に進むの?)
いっこうに向きを変えない主任に、培楽はいつしか苛立ちを覚えるようになっていた。
敵の目を欺くのは大事であるが、指定の時間までにこちらが目的地に到着できなければ単なる骨折り損ではないか?
そうとまで考えるようになったが、声に出さずにいたのは前を歩く先生や代理について行くのが精一杯だったからだ。否、徐々に遅れだしている。
「……皆さん、止まってください」
先生が静かに命じた。
だが、先頭を歩く主任は歩く速度を落としたものの、止まろうとはしない。
「休憩にはまだ少し早いです。今のうちに距離を稼がねば、約束の刻限に間に合わなくなる恐れがあります」
前方から主任の声が返ってきた。
「いや、このままだと後で散り散りになってしまいます。代理の守りを薄くしないためにも、今は体力を温存すべきです」
「今ならまだ敵は私達の近くにはいないはずです。敵に気付かれる前に目的地に近づいておいた方が……」
「それだと敵に目的地を悟られる可能性があります。目的地から離れた場所に敵を引き付けて、予定の時間ギリギリに目的地に移動した方が……」
主任と先生がゆっくりと進みながら言い争っている。
お互い冷静なので爆発することはなさそうだが、後ろを歩く培楽などは先生の言い分が通ってくれないかなと密かに彼を応援している。
「相手方は一秒でも遅れたら待っていただけない、と伺っています。目的地から離れすぎるのは危険すぎるのではないでしょうか?」
「それは当然です。ですが、約束の刻限まではあと三時間半以上あります。残りの距離を考えればこのあたりで一〇分くらい休んでおくのが得策だと考えます」
「……代理の意見をお聞きしたいです」
主任は休憩には乗り気でなさそうだが、先生の言葉にも一定の理を認めている様子だ。
代理の意見を聞こうとしているのも、判断に迷っているためだろう。
「……」
代理が振り返って培楽の方を向いた。
辛うじてその顔が見えるのは、先頭を歩く主任の手にあるタブレット画面の光のためだ。
(……休憩しよう、って言ってくれないかなぁ……)
培楽が下から見上げるようにして代理の顔を見る。培楽が斜面の下側にいるため、どうしても前を見ようとすると下から見上げる形になってしまうのだ。
もし、培楽が代理の視点で今の自分の顔を見たなら、恥ずかしさのあまり悶絶してしまうかもしれない。培楽は上目づかいで異性に何かをお願いするなど、自分のキャラではないと思っている。
「……少し、休憩しましょう」
代理が前を向いて主任に告げた。
「……承知しました。少し先に平らな場所が見えますので、そこで休憩にしたいと思います」
「お願いします」
主任は代理の提案を受け入れた。
六人は十数メートル先にある平らな場所まで移動し、そこで思い思いの位置に腰を下ろした。
「培楽さん、お弁当がありましたね? ここでお腹に入れておきませんか?」
「あ、はい。皆さんの分もありますから。ちょっと待ってください」
培楽が慌ててリュックを下ろし、中の保冷バッグを取り出した。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
「アリガト……」
培楽が順番にラップにくるまれたサンドイッチを配っていく。
培楽は休憩にあまり良い顔をしなかった主任とほとんど言葉を発さないダンの反応を気にしていたが、素直に受け取ってくれた。
「うむ。感謝します」
「ありがとうございます。楽しみです」
先生と代理は培楽がサンドイッチを作っていたことを知っていたから心配ないと思っていたが、こちらは予想通りであった。
「パンかい? 飲み込むのに飲み物がいるからアタシゃ握り飯の方がいいんだけどね!」
「す、すみません……」
おっかさんが毒づいたので、思わず培楽が頭を下げた。
「まあいい。見かけによらずずいぶん図太い娘だね、アンタは! まあ、アンタみたいのが図々しく最後まで生き残るのかもしれないね!」
おっかさんは培楽の手からサンドイッチをひったくると、ラップを開けてむしゃむしゃと食べ始めた。
(あ、私も急がないと)
培楽もリュックから飲み物を取り出し、サンドイッチを流し込み始めたのだった。
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