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20:敵の見張り
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「食べる、ということは不思議なことですね。力が湧いてくるし、気持ちも盛り上がってきます」
サンドイッチ片手に代理がしみじみとつぶやいた。
自分に気を遣ってくれているのかもしれないな、と思いつつ培楽は他のメンバーを順番に見やった。
遠足やピクニックじゃないんだぞ、とか、こんなところで道草を食っている場合じゃない、などと怒られたらどうしようかと考えていた。
だが、そのようなことを言う者はない。
培楽は皆に遅れまじと急いでサンドイッチを流し込み、ゴミを皆から回収してリュックにしまう。
「……皆さんの準備は良さそうですね。それでは出発します。できるだけ離れないように願います」
代理が立ち上がった。
続いて他の皆が立ち上がり、一行は再び目的地へと歩み始めた。
(……さっきよりは大丈夫そう)
一〇分ほどの休憩で少しは元気を取り戻せたのか、培楽やおっかさんも遅れることなく歩いていく。
実は主任が少しスピードを落としたことや、培楽については山での歩き方のコツを徐々に掴んでいっていることが影響している。培楽本人は気が付いていないが。
「はん、アンタも少しゃマシになったじゃないか。足手まといは勘弁してくれよ!」
相変わらずおっかさんは毒づいている。
後ろではなく隣を歩いているから、休んで余裕が出てきたのだろうと培楽は考えていた。
彼女の言う通り、今度はこちらが遅れないようにしないと足手まといになってしまう。
頑張らないと、と培楽が気を引き締める。
「静かに」
培楽が気を引き締めた直後、水を差すかのように主任が一行を止めた。
「何がありました?」
代理の尋ねる声が培楽の耳にも届いた。
「あちらを」
タブレットの画面を暗くして、代理がある方向を指差した。微かにだが灯りが見える。距離にして一〇〇メートル前後か。
「あの方向には街灯や民家はないはずだ。敵だろう」
「私もそう思いますが、念のため調べてみます。少々お待ちください」
先生の見解に主任がかがんでタブレット端末を操作し始めた。
「……間違いありません。敵の様です。あの様子ならまだこちらを見つけてはいないと思います。遠回りになりますが、見つからないよう迂回しましょう」
短時間でさっと調べ上げると、主任は方向転換を提案した。
灯りは一行から見ると右手、方角にするとほぼ真北の位置にある。
不都合なことに、灯りの周囲は木のない開けた場所で、近くを通りかかれば姿を隠す場所のない一行はすぐに見つかってしまうだろう。
予定では、そろそろ進路を東北東に変えて灯りのあたりを通って目的地へと向かうはずだったが、変更を余儀なくされる。
主任は、もうしばらく北西に進んで灯りよりも高い位置に移動してから進路を転じると提案した。
「それが良いと私も思います。相手との距離が近いので音をたてないように細心の注意を払う必要があります。行きましょう」
先生の忠告に従い、一行は速度を落としてそろりそろりと灯りから離れていく。
「……」
培楽は無言で前を歩く先生の背中を追いかける。
音をたてないように爪先でそろりそろりと歩く。
先ほどまでより明らかに一行の速度は落ちているはずだが、歩き方を変えたために身体への負担が大きくなっている。
培楽が隣のおっかさんの様子を見ると、こちらは平気そうにそろそろと歩いている。
もともとあまり足音をたてない歩き方だなとは思っていたが、このような場面で差が出るのだと培楽は痛感していた。
「……」
足元はそろりそろり、だが意識は必死になって培楽が前を歩く先生の背中を追いかける。
しかし、慣れない歩き方を続けたことで、どこかに無理が生じたようだ。
足音をたてないよう神経を爪先に集中した結果、周囲の確認が疎かになっていた。
「あっ!」
培楽の岩を掴もうとした右手が空を切り、前につんのめる。培楽が思わず声をあげる。
「?!」
その瞬間、前方からひらりと何かが培楽の背後に回り込み、彼女の口を塞いだ。先生だ。
先生はその巨躯にも関わらず、音もたてず、閃光のごとく動いたのだ。
彼がもし、培楽の生命を狙う暗殺者であったなら、培楽の生命は既に失われていたに違いない。
「す、すみません……」
「息を深く吸って落ち着いてください」
小声で詫びる培楽に先生は静かに忠告した。
主任が一行に停止を指示し、灯りの方を確認する。
灯りとの距離は少し離れたが、まだ安心できるほどではない。
「……」
一行の視線が灯りの方に集まる。
灯りはほとんど動かない。
大きさや明るさなどから、灯りは懐中電灯のような小型の光源だと推測される。
それが動かないということは、どこかに固定されているか、所持者が動いていないかのどちらかになる。
「……動きはない。恐らくこちらには気付いていないでしょう。行きましょう」
主任の指示で一行が再び出発する。
徐々に周囲の木がまばらになってきた。
一行が歩いているあたりから少し上にかけては木がほとんどない場所になる。かつてこのあたりが石切り場だったことが関係しているが、培楽には知る由もない。
「私より斜面の上に出ないようお願いします」
主任から注意が飛んだ。
彼女が歩いている場所は斜面と平らな場所との境界の斜面側だ。
上の平らな場所の方が歩きやすいのだが、樹木などの遮蔽物がないので、敵に見つかる可能性が高くなる。
(あ、歩きにくい……)
培楽が歯を食いしばりながら斜面をほぼ真横に進んでいく。
左足が右足よりも極端に下にくる格好になるので、左足ばかりに力が入る。
おまけに油断していると足元が崩れるくらいに脆いので、文字通り油断も隙も無い。
培楽だけではなく、他のメンバーも歩きにくそうにしているが、敵に見つからないためには仕方ない。
ズズズ……
不意に培楽の足元の土が崩れ、下へと滑り出す。
慌てて上に駆け上がろうとするが、更に足元の土が崩れ、徐々に培楽の身体が斜面の下へと滑り出した。
「ちっ、やっちまったか」
培楽だけではない。舌打ちしたおっかさんの身体も徐々に下へと滑り出している。
下手に上へ駆け上がろうとするとかえって足元の土が崩れるので、培楽はそのまま止まるのを待つことにした。
隣を見るとおっかさんも同じようにしている。
二人とも徐々に下に向けて滑っていくが、音をたてまいとするとなすすべもない。
助けを求めようにも声を出すわけにもいかない。
暗闇の中、先頭を歩く主任が持つタブレットの灯りが徐々に遠ざかっていくのに培楽は気付いていた。
あの灯りが見えなくなれば、二度と彼女たちと合流することは叶わない。
そう思えるほどに周囲は真っ暗だ。
遠くには民家の灯りもぽつりぽつりとは見えるのだが、道標としては役に立ちそうもない。
(お願い……止まって……木でも岩でも何でもいいから!)
両ひざと手を地面につけて滑る速度を減じながら、培楽が祈った。
近くに掴まれる木や岩でもあれば掴まるのだが、培楽の手の届くところにそれらはない。
木がまばらに生えてはいるのだが、その方向に移動しようにも土がえぐれるだけで足が進まないのだ。
おっかさんはどうしているだろうか、と培楽が周囲を見回すがその姿が見えない。
パラパラという微かな音が上の方からしており、培楽の方に向けて土が降ってきていることから、彼女は培楽よりも上にいるようだ。
(いけない! 皆と離れちゃう!)
上から降ってくる土の意味に気付き、培楽が慌てて腕を斜面の上の方へと伸ばした。
しかし、掴んだ地面の土が崩れ、培楽の身体は斜面をゆっくりと滑り続ける。
(さすがにダメかも……)
培楽が合流を諦めかけたとき、斜面の上の方から地面を叩くようなタンタンという音が聞こえてきた。
培楽の場所からは見えなかったのだが、二人の異変に気付いたダンと先生が動いたのだ。
小さなジャンプを繰り返し、文字通り斜面を飛ぶようにしておっかさんと培楽の方に向けて降りてくる。
「ちっ! 年寄り扱いは御免だよ、と言いたいところだけどね、よくやったよ」
おっかさんの舌打ちが培楽にも聞こえてきた。どうやら七、八メートル上にいるようだ。
タンタンという音はまだ続いている。先ほどよりも重量感があり、地面が揺れているのが培楽にもわかる。
音と振動が培楽の脇を通り過ぎ、不意に身体が持ち上げられるのを感じた。
「怪我はないですか?」
無事を確認する声が培楽の耳に聞こえてきた。先生の声だ。
「はい、大丈夫です。すみません……」
培楽は腕や足をさすって痛いところがないことを確かめた。擦り傷などもなさそうであった。
「上まで引っ張りますので、しっかり掴まってください」
「はい」
先生は培楽のベルトにロープのフックをかけた後に斜面を斜めに登り始めた。
ロープに引かれる格好で培楽も斜面の上の方へと進んでいく。
自分の足で、というよりはほとんど引きずられてだが、何とか培楽と先生が主任たちとの合流に成功する。
(あっちはダンさんだったんだ……)
周囲を見回すとダンがおっかさんの腰のベルトからロープのフックを外していた。
こちらは彼が救出したようだった。
「すみません、思った以上に道が良くなかったようです。幸い、敵からは見えない位置まで移動できましたし、今度は進路を北東に変えて少し進んだ後、東に向けて進みます。敵の近くを通りますのでくれぐれも音には注意してください」
おっかさんと培楽の無事を確認した主任が詫びた。
だが、培楽は自分が不注意から足手まといになったことを大いに恥じていた。
(無事に戻れたけど……次、私がミスをしたら今度は大丈夫じゃないだろうな……気を付けないと)
既に培楽の意識の中からは「契約の地まで代理に同行する」以外の選択肢が消え失せていた。
道なき道を歩んでいる今でも時折脳裏に代理の
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」
のふたつの言葉が聞こえてくるような気がするのだ。
(……私はどちら側なんだろう? それを確かめるまでは……)
培楽が地についた二本の脚に力を込めた。
「今度は上から先ほどの灯りの近くを通り抜けます。できるだけ安全な道を通るようにしますので、ついてきてください」
主任の指示で一行が北東へと進路を変えた。
培楽がウインドブレーカーの両袖をまくり上げた。
手首やその周囲には何の印も浮かび上がっていない。
(まだ、わからない、か……契約の地に着けばきっと……)
培楽はまくった袖を戻し、急いで前を歩く先生の背中を追いかけだした。
現在、五月二〇日二一時三〇分
━━契約の刻限まで、あと二時間三〇分━━
サンドイッチ片手に代理がしみじみとつぶやいた。
自分に気を遣ってくれているのかもしれないな、と思いつつ培楽は他のメンバーを順番に見やった。
遠足やピクニックじゃないんだぞ、とか、こんなところで道草を食っている場合じゃない、などと怒られたらどうしようかと考えていた。
だが、そのようなことを言う者はない。
培楽は皆に遅れまじと急いでサンドイッチを流し込み、ゴミを皆から回収してリュックにしまう。
「……皆さんの準備は良さそうですね。それでは出発します。できるだけ離れないように願います」
代理が立ち上がった。
続いて他の皆が立ち上がり、一行は再び目的地へと歩み始めた。
(……さっきよりは大丈夫そう)
一〇分ほどの休憩で少しは元気を取り戻せたのか、培楽やおっかさんも遅れることなく歩いていく。
実は主任が少しスピードを落としたことや、培楽については山での歩き方のコツを徐々に掴んでいっていることが影響している。培楽本人は気が付いていないが。
「はん、アンタも少しゃマシになったじゃないか。足手まといは勘弁してくれよ!」
相変わらずおっかさんは毒づいている。
後ろではなく隣を歩いているから、休んで余裕が出てきたのだろうと培楽は考えていた。
彼女の言う通り、今度はこちらが遅れないようにしないと足手まといになってしまう。
頑張らないと、と培楽が気を引き締める。
「静かに」
培楽が気を引き締めた直後、水を差すかのように主任が一行を止めた。
「何がありました?」
代理の尋ねる声が培楽の耳にも届いた。
「あちらを」
タブレットの画面を暗くして、代理がある方向を指差した。微かにだが灯りが見える。距離にして一〇〇メートル前後か。
「あの方向には街灯や民家はないはずだ。敵だろう」
「私もそう思いますが、念のため調べてみます。少々お待ちください」
先生の見解に主任がかがんでタブレット端末を操作し始めた。
「……間違いありません。敵の様です。あの様子ならまだこちらを見つけてはいないと思います。遠回りになりますが、見つからないよう迂回しましょう」
短時間でさっと調べ上げると、主任は方向転換を提案した。
灯りは一行から見ると右手、方角にするとほぼ真北の位置にある。
不都合なことに、灯りの周囲は木のない開けた場所で、近くを通りかかれば姿を隠す場所のない一行はすぐに見つかってしまうだろう。
予定では、そろそろ進路を東北東に変えて灯りのあたりを通って目的地へと向かうはずだったが、変更を余儀なくされる。
主任は、もうしばらく北西に進んで灯りよりも高い位置に移動してから進路を転じると提案した。
「それが良いと私も思います。相手との距離が近いので音をたてないように細心の注意を払う必要があります。行きましょう」
先生の忠告に従い、一行は速度を落としてそろりそろりと灯りから離れていく。
「……」
培楽は無言で前を歩く先生の背中を追いかける。
音をたてないように爪先でそろりそろりと歩く。
先ほどまでより明らかに一行の速度は落ちているはずだが、歩き方を変えたために身体への負担が大きくなっている。
培楽が隣のおっかさんの様子を見ると、こちらは平気そうにそろそろと歩いている。
もともとあまり足音をたてない歩き方だなとは思っていたが、このような場面で差が出るのだと培楽は痛感していた。
「……」
足元はそろりそろり、だが意識は必死になって培楽が前を歩く先生の背中を追いかける。
しかし、慣れない歩き方を続けたことで、どこかに無理が生じたようだ。
足音をたてないよう神経を爪先に集中した結果、周囲の確認が疎かになっていた。
「あっ!」
培楽の岩を掴もうとした右手が空を切り、前につんのめる。培楽が思わず声をあげる。
「?!」
その瞬間、前方からひらりと何かが培楽の背後に回り込み、彼女の口を塞いだ。先生だ。
先生はその巨躯にも関わらず、音もたてず、閃光のごとく動いたのだ。
彼がもし、培楽の生命を狙う暗殺者であったなら、培楽の生命は既に失われていたに違いない。
「す、すみません……」
「息を深く吸って落ち着いてください」
小声で詫びる培楽に先生は静かに忠告した。
主任が一行に停止を指示し、灯りの方を確認する。
灯りとの距離は少し離れたが、まだ安心できるほどではない。
「……」
一行の視線が灯りの方に集まる。
灯りはほとんど動かない。
大きさや明るさなどから、灯りは懐中電灯のような小型の光源だと推測される。
それが動かないということは、どこかに固定されているか、所持者が動いていないかのどちらかになる。
「……動きはない。恐らくこちらには気付いていないでしょう。行きましょう」
主任の指示で一行が再び出発する。
徐々に周囲の木がまばらになってきた。
一行が歩いているあたりから少し上にかけては木がほとんどない場所になる。かつてこのあたりが石切り場だったことが関係しているが、培楽には知る由もない。
「私より斜面の上に出ないようお願いします」
主任から注意が飛んだ。
彼女が歩いている場所は斜面と平らな場所との境界の斜面側だ。
上の平らな場所の方が歩きやすいのだが、樹木などの遮蔽物がないので、敵に見つかる可能性が高くなる。
(あ、歩きにくい……)
培楽が歯を食いしばりながら斜面をほぼ真横に進んでいく。
左足が右足よりも極端に下にくる格好になるので、左足ばかりに力が入る。
おまけに油断していると足元が崩れるくらいに脆いので、文字通り油断も隙も無い。
培楽だけではなく、他のメンバーも歩きにくそうにしているが、敵に見つからないためには仕方ない。
ズズズ……
不意に培楽の足元の土が崩れ、下へと滑り出す。
慌てて上に駆け上がろうとするが、更に足元の土が崩れ、徐々に培楽の身体が斜面の下へと滑り出した。
「ちっ、やっちまったか」
培楽だけではない。舌打ちしたおっかさんの身体も徐々に下へと滑り出している。
下手に上へ駆け上がろうとするとかえって足元の土が崩れるので、培楽はそのまま止まるのを待つことにした。
隣を見るとおっかさんも同じようにしている。
二人とも徐々に下に向けて滑っていくが、音をたてまいとするとなすすべもない。
助けを求めようにも声を出すわけにもいかない。
暗闇の中、先頭を歩く主任が持つタブレットの灯りが徐々に遠ざかっていくのに培楽は気付いていた。
あの灯りが見えなくなれば、二度と彼女たちと合流することは叶わない。
そう思えるほどに周囲は真っ暗だ。
遠くには民家の灯りもぽつりぽつりとは見えるのだが、道標としては役に立ちそうもない。
(お願い……止まって……木でも岩でも何でもいいから!)
両ひざと手を地面につけて滑る速度を減じながら、培楽が祈った。
近くに掴まれる木や岩でもあれば掴まるのだが、培楽の手の届くところにそれらはない。
木がまばらに生えてはいるのだが、その方向に移動しようにも土がえぐれるだけで足が進まないのだ。
おっかさんはどうしているだろうか、と培楽が周囲を見回すがその姿が見えない。
パラパラという微かな音が上の方からしており、培楽の方に向けて土が降ってきていることから、彼女は培楽よりも上にいるようだ。
(いけない! 皆と離れちゃう!)
上から降ってくる土の意味に気付き、培楽が慌てて腕を斜面の上の方へと伸ばした。
しかし、掴んだ地面の土が崩れ、培楽の身体は斜面をゆっくりと滑り続ける。
(さすがにダメかも……)
培楽が合流を諦めかけたとき、斜面の上の方から地面を叩くようなタンタンという音が聞こえてきた。
培楽の場所からは見えなかったのだが、二人の異変に気付いたダンと先生が動いたのだ。
小さなジャンプを繰り返し、文字通り斜面を飛ぶようにしておっかさんと培楽の方に向けて降りてくる。
「ちっ! 年寄り扱いは御免だよ、と言いたいところだけどね、よくやったよ」
おっかさんの舌打ちが培楽にも聞こえてきた。どうやら七、八メートル上にいるようだ。
タンタンという音はまだ続いている。先ほどよりも重量感があり、地面が揺れているのが培楽にもわかる。
音と振動が培楽の脇を通り過ぎ、不意に身体が持ち上げられるのを感じた。
「怪我はないですか?」
無事を確認する声が培楽の耳に聞こえてきた。先生の声だ。
「はい、大丈夫です。すみません……」
培楽は腕や足をさすって痛いところがないことを確かめた。擦り傷などもなさそうであった。
「上まで引っ張りますので、しっかり掴まってください」
「はい」
先生は培楽のベルトにロープのフックをかけた後に斜面を斜めに登り始めた。
ロープに引かれる格好で培楽も斜面の上の方へと進んでいく。
自分の足で、というよりはほとんど引きずられてだが、何とか培楽と先生が主任たちとの合流に成功する。
(あっちはダンさんだったんだ……)
周囲を見回すとダンがおっかさんの腰のベルトからロープのフックを外していた。
こちらは彼が救出したようだった。
「すみません、思った以上に道が良くなかったようです。幸い、敵からは見えない位置まで移動できましたし、今度は進路を北東に変えて少し進んだ後、東に向けて進みます。敵の近くを通りますのでくれぐれも音には注意してください」
おっかさんと培楽の無事を確認した主任が詫びた。
だが、培楽は自分が不注意から足手まといになったことを大いに恥じていた。
(無事に戻れたけど……次、私がミスをしたら今度は大丈夫じゃないだろうな……気を付けないと)
既に培楽の意識の中からは「契約の地まで代理に同行する」以外の選択肢が消え失せていた。
道なき道を歩んでいる今でも時折脳裏に代理の
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」
のふたつの言葉が聞こえてくるような気がするのだ。
(……私はどちら側なんだろう? それを確かめるまでは……)
培楽が地についた二本の脚に力を込めた。
「今度は上から先ほどの灯りの近くを通り抜けます。できるだけ安全な道を通るようにしますので、ついてきてください」
主任の指示で一行が北東へと進路を変えた。
培楽がウインドブレーカーの両袖をまくり上げた。
手首やその周囲には何の印も浮かび上がっていない。
(まだ、わからない、か……契約の地に着けばきっと……)
培楽はまくった袖を戻し、急いで前を歩く先生の背中を追いかけだした。
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