巻き込まれて、逃亡者 ~どうして私が逃亡者に?!~

空乃参三

文字の大きさ
23 / 31

22:迷走

しおりを挟む
 一行は登山道の数十メートル下の道なき道を東に向けて進んでいる。

「??」
 培楽は進んでいる道に違和感を覚えだしていた。
 わずかにだが斜めに斜面を下っているように感じられる。
 それに、歩みのペースが先ほどまでより明らかに落ちているのだ。

 だが、そのことを指摘する者はない。
 進んでいる方向が誤っているということではないのか、と自分を納得させようとする。

 一五分ほど進んだところで主任が足を止めた。休憩するという。
 主任はタブレット端末の画面を示した。画面には現在地と目的地が表示されている。

(……やっぱり……だいぶ下っている……)
 方向転換する際にタブレットの画面を見たが、その時と比べるとかなり南、すなわち斜面の下の方へ進んでしまっている。
 東に進んでいる分、目的の山頂からの距離はほとんど変わっていないが、このままでは目的地から遠ざかってしまうように思われる。

(誰も何も言わないの? ええっと……)
 培楽は抱いている懸念を口にしようかしまいか迷っていた。
 誰か言ってくれればいいのに、と思いながら周囲を見回している。

「そろそろ出ましょうか」
 そう主任が声をかけてくるのとほぼ同時に培楽の脳裏に声が聞こえてきた。

「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」

(私がどちら側なのか確かめなければ……)
 そう思った瞬間、培楽の口から懸念が言葉となって外に出た。

「あの……このままだと目的地から遠ざかってしまいませんか? 契約の時間に間に合わなくなるかもしれないですけど……」

 しかし、主任の答えは落ち着いたものであった。
「敵にこちらの存在を気付かれていますし、このまま近づくと敵の監視の目にかかりそうです。ですので、敵の目を欺くために敢えて下っています……」

 答えを聞いた培楽は己の浅はかさを知った。
 培楽の様子を見た主任が、タブレットの画面をなぞってこれから進もうとしているルートを示した。

 遠回りになるが、地すべりの場所を避けながら東側の個人所有の山との境界近くまで移動してから目的の山頂に向かう。
 山頂までは急斜面を徐々に登るため、東西にジグザグに移動する。

 頻繁なルート変更は、地面の状態や敵の動向に応じて臨機応変に対応しているためだそうだ。
 代理がルートに関しては基本的に主任に任せていると付け加えた。
 更に主任が、何かあると気付いたときはダンと先生が主任に指摘する取り決めとなっていると答えた。
 ここへきてようやく培楽は他のメンバーが予告なしのルート変更に対して何も言わない理由を知ることができた。

 培楽がウインドブレーカーの袖をまくって手首の辺りに目をやった。

(……まだ印はない。私はどっち側だか決まっていない、ということなのね……)
 印がないことに対して、培楽の中に残念だという気持ちがわずかにだが湧きだしてきている。
 ルートを主任とダンに一任していることを一人知らされなかったことに対する不満がそうさせているのかもしれない。

(今は皆について行こう……)

 自分がどちら側に属するのか、それを知るまでは何としても一行についていく。
 契約の場にたどり着ければ、疑問は明らかになるだろうと信じて培楽は進む。

※※
 東西にジグザグに進みだしてから五〇分くらいが経過した。
 さすがに敵も私有地、それも所有者が口うるさい山の近くで待ち伏せすることは考えなかったらしく、一行は順調に歩を進めていた。
 監視カメラや侵入防止のための柵などは何度か見かけたものの、境界を超えなければお咎めはないだろうとダンが説明した。

 緩やかな斜面をゆっくり登っているため、遅れがちだった培楽やおっかさんも列から離れることなく後をついている。

 山の頂上の方に向けて上がっていくに連れて、周囲の木々がどんどん低いものへと変わっていき、今一行の周囲に生えているのは大人の背丈よりやや低い低木ばかりだ。
 一行の頭上には満天の星が輝いているが、灯りとしては心もとない。
 月は出ていないから、斜面の上の方から見下ろしたところで、一行の姿を見つけるのは困難だろう。サーチライトなどの道具を持っていなければ、だが。

「そろそろ奴らがお出ましになってもおかしくないねぇ」
 培楽の脇を歩くおっかさんが小声でつぶやいた。
「えっ?! 私たちのいる場所はまだわかっていないんじゃ?」
 培楽が思わず尋ねてしまった。
「連中は馬鹿じゃない。それに妙な道具も持っているんだよ。数もいるんだから、どこかでアタシらを見つけるだろうよ」
 おっかさんが背負った銃をポンと叩いた。いつでも手にして撃つ準備ができていると言わんばかりだ。
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
「わかってないねぇ。アタシやアンタはいざとなったときの囮、なんだよ。代理さえ無事に送り込めばこっちはそれでいいのだからね。覚悟するんだね!」
 おっかさんが小声ながらピシャリと言い放った。

 数秒後、不意に主任が足を止めた。
「??」
 慌てて培楽も前を歩く先生にぶつからないようにと足を止める。
 何事かと培楽が顔を上げると、先頭を歩く主任が振り返った。
「……周囲に敵の気配もありませんし、このまま進むと到着が早くなりすぎます。ここから先は身を隠す場所も無さそうですから、この先の茂みで最後の休憩にしましょう」
 そして少し先の茂みを指し示し、その中に隠れて休憩すると告げたのだった。

「ここから契約の地までは四〇〇メートルほど。歩いて二〇分ほどといったところでしょう……」
 主任がタブレットの画面を指し示した。
 時刻はあと数分で二三時になる。
 主任は二三時二〇分になるまで現在地に待機すると告げ、皆がうなずいた。

 そして主任が培楽の方を向く。
「ここまで付き合われたのであれば木口さんにはもう少しお話ししした方がよいでしょうね。まだ印はないようですが……」
 主任がチラリと培楽の手首に目をやった。
 培楽は逆に主任の手首に目を向ける。

(印……あるんだ……)
 培楽には、主任の右手首にある特徴的な両矢印の印がぼうっと淡く光っているように見えた。
 そして自分の手首にも目を向けるが、印らしきものは見えない。

「いいのでしょうか?」
 培楽が主任に尋ねると、主任は代理の方に目配せした。
「構いません。ここまで来たのですから……」
 代理はそう答えると、培楽からそっと目を背けた。

「先ほど培楽さんはいざとなったときの囮、という発言をされた方がいましたが、私やこちらの彼も同じです」
 主任が表情を変えず淡々と話したため、培楽は一瞬、それが何を意味するのか理解できずにいた。
「……?! それって……」
 少し遅れて培楽がその意味に気付き、言葉を失う。

「代理と先生だけは役割が異なります。代理は契約の締結を担い、先生はそれまで代理の身を守り続けるのが役割です。ダンと私は代理を導く先導役でもありますが、その役割は終わりつつあります。道を示し終えたとき、私達も木口さんと同じように敵に対する囮の役を担います。それが契約に立ち会う者の役割ですから……」
 主任の口調は相変わらず落ち着いたものであったが、どこか感傷的な成分が含まれているようであった。

 急にこんな話をしだして一体彼女はどうしたのだろう、と培楽は主任の顔を覗き込んだ。
 培楽の知る彼女は颯爽としていて冷静沈着な女性だ。人間味を感じさせないタイプではないが、感情をにじみ出させるような言動を今まで見たことがない。

「ってことさ、アンタ。皆覚悟は決まっているんだよ。アタシゃ最後まで生き残ってみせるけどね。老い先短いなんて言った奴に一泡吹かせてやらないとならんからね!」
 おっかさんが培楽の肩に手を置いた。
 その瞬間、何となくだが培楽はこの休息の意図がわかってきたような気がしてきた。

 これは契約に臨むための儀式、覚悟を決めたという儀式だ。
 培楽はおぼろげながら、そう理解したのだ。

 再び脳裏に代理のあの言葉が聞こえてくる。

「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」

(……もうじき私がどちら側なのかわかる瞬間ときが来る……きっと……)
 培楽は己がこちら、すなわち代理の側に一歩近づいたのではないかと感じていた。
 相変わらず手首に印は浮かんでこない。だが、その瞬間は確実に近づいている。そんな気がしてならなかった。

「こっちも似たようなものだ。代理を自宅からここまで案内してきた。そろそろ役割が代わる」
 ダンが培楽に声をかけた。彼が培楽に話しかけるのは珍しい。

「そうですか。わかりました。ここまで来たらなるようになるしかないです」
 培楽が顔を上げて答えた。
 覚悟が決まったのが半分、諦めの気持ちが半分といったところだ。

「……?! 静かに」
 不意に先生が小声で皆を制した。
 視線で何事かと代理が尋ねると、先生は北西の方角を指差した。現在地からは斜面の斜め上の方になる。

 遠くに強い灯りが三つ見える。先ほどまではなかったものだ。

(……動いている? 一つはこっちに?)
 培楽にも灯りははっきり見える。
 三つのうち二つはゆっくりとだが動いているのが見てとれる。

(気付かれたの?)
 培楽が先生に視線を向けたが、先生は「静かに」のジェスチャーのまま首を横に振った。
 意図が伝わったかは怪しいところだが、培楽は先生の動きを「まだ気づかれていない」という答えだと解釈した。

「……」
 主任が照度を落としたタブレットの画面を差し出した。

「二三時二〇分になりましたら予定通り出発します。それまで静かに待機願います」
 画面にはそう表示されていた。
 皆がうなずいたのを確かめた後、主任は画面を時刻の表示に切り替えた。

 皆が一言も発さず、画面に表示されている時刻に注目している。

 先生とダンだけはタブレットの画面と敵と思われるライトの強い光とに交互に目をやっている。
 三つの強い光のうち、ひとつだけはゆっくりと東の方に進んでいる。そのまま進むと、一行の目的地である名もなき山頂の近くを通る可能性が高い。

「……」
 タブレットの画面に表示されている時刻が刻一刻と進んでいく。

 現在、五月二〇日二三時一四分
━━契約の刻限まで、あと四六分━━
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...