巻き込まれて、逃亡者 ~どうして私が逃亡者に?!~

空乃参三

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 パン! パン!

 乾いた音が培楽達が目指す頂上の方から聞こえている。

「ちっ! 本気で撃っていやがるね。ここいらじゃ遠慮がないのは村八分だってのにね!」
 培楽の隣で走りながらおっかさんが毒づいている。
「余計なこと言わずに走る! タラタラしていたら当たっちまう!」
 ダンが怒鳴った。最初はほとんど口を開かなかったが、ここへきて一気に口数が増えた。

 ダンの言葉で、培楽はようやくもう後戻りできないと悟った。
 今までは心の隅のどこかに「何かあったら逃げ出そう」という気持ちが残っていたのだが、銃声を聞いてとても逃げられそうにないと悟った。
 そしてダンの言葉がダメ押しとなったのだ。

 培楽は気づいていなかったが、敵の撃った銃弾は一行の遥か手前で落ちたり、頭上を通り過ぎたりしていた。
 まだ、十分に狙える距離ではない。また、射撃の腕も優れているとは言い難い。

 二度の銃声の後、これに続く銃声はまだ聞こえてこない。
 狙いが定まらないのか、それとも近づくのを待っているのかはわからないが、撃ってこないのであればそれはそれで不気味ではある。

(どうか当たりませんように……)
 培楽は祈りながら必死に前を走る先生の背中を追いかける。

「ちっ、着いたか!」
 ダンの舌打ちが聞こえてきた。
 山頂に向かっていた三つの灯りのうち、最初の一つが停止していた。

「まだ残りの二つが着いていません。先に着いて各個撃破すればいいのです!」
 主任の声が飛んだ。
 残りの二つの灯りの方が一行よりも山頂までの距離は近そうであるが、まだ可能性はある、そう自身に言い聞かせているようであった。

「?!」
 不意に右の方から一行に強い光が浴びせられた。
 一瞬だが一行の足が止まった。

「伏せろ!」
 ダンの声が飛び、培楽も慌てて地面に這いつくばろうとしたが、その直前に先生が怒鳴る。
「違う! 隣の防犯灯だ! 走れ!」
 地面に伏せようとする直前に培楽は体勢を立て直し、再び走り始めた。

 一行の足を止めた光の正体は、目的地の東隣にある山の所有者が設置した侵入防止用のフラッシュライトだった。
 先生は冷静にそれを見極め、正体を皆に教えたのだった。

(ま、まだ着かないの……)
 走りながら培楽が顔を上げて前方を見た。
 頂上に着いたと思われる灯りまではまだ少し距離がある。
 息は上がり大口を開けて呼吸しないと苦しくて仕方ない。まだまだ酸素が足りない。

 パン!

 再び銃声が鳴り響いた。今度は先ほどより近い。

「?!」
 培楽が一瞬飛び上がったが、前を走る先生に遅れまいと走り続ける。

 今回の銃声は一発だけで、その後に続けて聞こえてくることはないようであった。

(お願い……これで終わりに……)
 培楽が祈りだして少ししたところで、ようやく前方の光の脇に人影が見えてきた。いよいよ目的の頂上が近づいてきたのだ。

「こっちから撃ってやりたいが、こりゃ無理だね」
 おっかさんが立ち止まろうとして諦める。
 この老女にどうしてこんな体力があるのか、などと培楽は考えてしまいそうになるが、すぐに意識を前方に向ける。
 敵はもう目の前にいるのだ。

(……あっ! 二つ目が着いちゃった……)
 主任の狙いとは裏腹に、二つ目の灯りを持った敵の方が先に山頂に到着する。

 目的の山頂がはっきりと見えだしてきた。

 二つの灯りの周囲には十数名の人影が見える。半数くらいが迷彩服、残りの半数が黒ずくめの衣服をまとっており、多くがゴーグルのようなもので目を守っている。
 こちらよりも数が多いし、銃や山刀のようなもので武装した者ばかりだ。
 機動隊が持つような盾を持っている者もいる。

「あれは?!」
 主任が声をあげた。培楽には意味が解らなかったが、すぐにダンが答えを示した。

「タケさん?!」

 ダンの視線の先には、迷彩服姿の敵の足元に横たわる男性の姿があった。

(タケさん……? 確か……)
 培楽が必死に記憶の糸を手繰り寄せている。

 渡河の際、ボートのうちの一隻を操縦するのはタケの予定だった。
 だが、彼は渡河の場に現れず、仕方なくケージがボートを操縦した。
 その彼がこの場所にいるということは……

「私達は私達の役割を果たすだけ! 今はそれに集中してください!」
 主任の叱咤の声が飛ぶ。

 しかし、主任の言葉が終わる前に、正面の敵が口を開いた。
「動くな! こいつが見えないのか?」
 猟銃を持った黒ずくめの敵が、横たわるタケの方に銃口を向けた。

 一行の足が止まる。
 いつの間にか一行と敵との距離は二〇メートルくらいにまで近づいていた。

「……私と代理はいったん西に行きます。後は頼みます」
 先生がぼそりと小声で告げた。この距離であれば敵にその声は聞こえないだろう。

「……見えましたが、それが何か?」
 主任が冷たく言い放った。

 その直後、ダンが敵に向けて走り出した。

「うぎゃっ!」
 ダンが走り始めるのとほぼ同時に、正面にいる敵の一人が顔を押さえてうずくまった。

「アタシゃ慈悲深いからね! つまらない殺しはしないんだよ!」
 いつの間にかおっかさんが銃を構えていた。うずくまった敵の顔面に唐辛子のエキスが入った弾丸が命中したのだ。
 殺傷能力のあるものではないが、目や皮膚に入れば動けなくなるくらいのダメージはある。
 敵がゴーグルを身に着けていたため、視界を奪うことはできなかったが、それでも大の大人がのたうち回るくらいの苦痛を与えることはできる。

 一瞬の隙に先生と代理が西に向けて走り出した。

 だが、敵は目前に迫るダンに対処せざるを得なくなっていた。

 パン! パン!

 耳をつんざくような乾いた音が響いた。

 培楽が思わず目を閉じ両耳を塞いでしゃがみ込んだ。
 だが、ダン、主任の二人は敵の方に向けて突進しており、おっかさんは銃を構えたままだ。

 少しして、培楽が目を開けると、ダンと主任が敵の目前で方向を右に転じ、その脇を通り抜ける姿が見えた。

「アンタも行くんだよ!」
「ひゃっ!」
 おっかさんに背中を叩かれて培楽が慌てて飛び上がってから走りだす。

「アタシゃもう走るのは御免だからね! ひよっ子どもの相手をしてやるよ。ガキども、来な」
 おっかさんが右手の中指をクイクイとさせて敵を挑発する。

 その様子は培楽には見えなかったが、何て無茶な人だろう、と思いながら培楽は主任やダンに追いつこうと走った。

(い゛っ?!)
 培楽が走りながら敵の方に視線を向けると、足元に横たわっているタケの周りに赤黒いぬかるみができているのが見えた。

(……撃たれたんだ……)
 培楽は自分がああなるかも知れないと、パニックに陥った。

「※★♦&あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 背後からパン! と何か弾ける音が聞こえたこともあり、培楽は半狂乱になって悲鳴をあげながら猛烈な勢いで、敵の脇を走り抜けた。
 あまりの悲鳴の大きさに、敵も何が起きたかわからず茫然と培楽が通り過ぎるのを見送っていた。

「ひぃぃぃぃぃっ!」
 一方の培楽は、不意に首筋に火傷のような痛みを感じ、悲鳴をあげ続けながら走っていた。
 パン! という音は、おっかさんが敵の近くで唐辛子のスプレー缶を破裂させたものだった。
 缶の破裂で中の液体が飛び散り、培楽の首筋にもわずかにだが液体がかかってしまった。
 悲鳴はその痛みに耐えかねてのものだった。

 しかし、スプレー缶の破裂によるダメージは、敵の方が深刻であった。
 多くの者が目を守りきったが、皮膚の痛みから逃れることはできなかった。

 また、無事であった者もすぐに動くことができなかった。
 奇声とも悲鳴ともつかない叫び声をあげながら髪を振り乱して走っていく培楽の姿に呆気にとられ、反応が遅れたからだ。

「面白くなってきたじゃないか……ガキども! 気分はどうだい?」
 おっかさんが銃を構えながら不敵な笑みを浮かべている。その銃口は敵の姿を隙無く捉えている。

※※
(ひゃ~っ! ひどい目に遭ったぁ! よく無事だったよね、私……)
 一方の培楽は、山頂を通り過ぎ北側の斜面に生えている木の根元にへたり込んでいた。

 悲鳴をあげて走った反動か、一気に疲労に襲われたところで我に返ったのだ。

(あの人たちは……ってこっちに向かってくるの?!)
 周囲を見回したところ、周りを警戒しながらじりじりと培楽の方に向かってくる三人の敵らしき者の姿が見えた。
 二人が迷彩服姿の銃を持った者で、もう一人は山刀を構えた黒ずくめの者だ。三人ともヘルメットに装着したヘッドライトを点灯させている。

(キョロキョロしているということは……見つかっていない? でも……)
 パニックを通り越したためか、培楽は冷静になっていた。
 敵の様子を観察できるのもそのためだ。

 実際に敵は培楽の姿を見失っていた。
 だが、培楽の身を隠すのは数本の低木だけで、それ以外に近くに身を隠せそうな遮蔽物はない。
 敵と培楽との距離は直線で二〇メートルほどで、このままでは一分もしないうちに培楽の姿を視界に捉えるであろう。

(に、逃げるか隠れるかしないと……)
 培楽が周囲を見回す。
 彼女が現在身を潜めている (というよりへたり込んだ結果、相手から隠れる恰好になっただけなのだが)場所の周囲は地面がむき出しになっており、草すらほとんど生えていない。
 五〇メートルほど先からは背の高い木がぽつぽつと生えている林になっているが、木の密度が低く、灯りさえ確保できれば見通しは良い。

「くっ!」
 不意に培楽の目に強い光が入った。
 敵のヘッドライトは強力で、培楽の視界がまぶしさによって失われる。

 培楽が必死に目を閉じて首を振って視界を回復させたとき、敵の姿は一〇メートルを切るくらいの距離まで近づいていた。
 敵を攻撃するなり幻惑するなりできれば良いのだが、あいにく培楽はそのような手段を持ち合わせていない。
 幸か不幸か背中のリュックは失われていなかったが、中にあるのは着替えと携帯食料、水だけである。

 今の場所から飛び出してどこかへと逃げるのは愚策だ、と培楽は考えた。
 敵との距離が近すぎるし、逃げている間は無防備な背中を近距離で敵に晒すことになる。

(せめて……邪魔だけでも……)
 培楽がリュックを前抱きにし、何か使えるものはないかと中を探り出した。

(これくらいしかないか……)
 培楽が引っ張り出したのはインナーと水の入ったペットボトルであった。
 どちらも敵に向けて投げつけて、その隙に逃げようというのだ。
 中味の入ったペットボトルならそれなりに痛いだろうし、インナーは敵の目を引き付けられるかもしれない。

 我ながら酷いアイデアだと培楽は考えているが、他に使えそうなものは見つかりそうもない。

(主任みたいに綺麗な人なら気をとられるかもしれないけど、私の下着じゃ……でも、やるしかない!)
 培楽は蓋を開けたペットボトルとインナーを右手に持ち、リュックを背負って敵を待ち構える。

(……もうちょっと、まだ我慢……)
 三人うち、先頭を歩く敵の姿が培楽の五メートルほど先に見えてきた。
 もう少し近づいたら、と右腕を振りかぶろうとした瞬間、

「?!」

 背後から手がにゅっと伸びてきて培楽の口を塞いだ。

「ん~っ!」
 声にならない悲鳴をあげながら、培楽がじたばたと暴れ出した。

 現在、五月二〇日二三時四七分
━━契約の刻限まで、あと一三分━━
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