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25:逃げ切れ!
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「ん~っ!」
羽交い絞めにされた培楽が、背後からの手を振りほどこうと暴れる。
「こっち!」
背後の手がぐいっと培楽の頭を横へと向かせた。
「ダンさん?!」
目の前には先ほどまで行動を共にしていた褐色の肌の男性の姿があった。
「逃げる!」
「わ、わっ!」
ダンに手を引かれ培楽が慌てて走り出した。手にしていたペットボトルとインナーは落としてしまったが仕方ない。
培楽が走り出した直後、周囲が一瞬昼と見紛うほどに明るくなる。
直後、後ろの敵から怒りの声があがった。
「や、やりやがった!」
「撃っちまえ!」
「馬鹿、弾の数を考えろ!」
「こっちです。今は逃げましょう!」
ヘッドライトを点灯させた主任が培楽の脇に駆け寄って来て西の方を指し示した。
敵の混乱に乗じて逃げ出そうというのだろう。
「ヘッドライトの奴を頂上に近づけるな!」
「あっちの婆もどうにかしろ! 鬱陶しい!」
頂上の方から声が聞こえてくる。
それだけではない、新たな追手が四人、培楽達の方に向かってきた。
「時間まで私を守ってください! 後は私が!」
「は?」
突然の主任の指示に、培楽が思わず声をあげてしまった。そんな話は聞いていない。
「先に行かない! バカ!」
(い、一体何~?!)
突然ダンに大声で怒鳴られ、培楽が混乱した。
(守るのは代理で、私達は囮じゃなかったの……? 何が何だか……)
まばらに生える高い木の間を縫うように走りながら、培楽は必死に自分が何をしたのだろうかと考えている。
幸運にも敵が発砲してくる様子はない。
足の速さに自信はないが、それでも今のところ敵に追いつかれてはいない。
ダンを先頭に間に主任、最後尾が培楽となって、三人が西に向けて走る。
「今度はこっち!」
ダンが左に曲がって斜面を斜めに登り出した。進行方向は東南東になる。
「ちょっと、は、速すぎます!」
前を走る主任の背中が離れそうになり、培楽が思わず抗議した。
いつの間にか三人を追う敵の姿が見えなくなっている。
「ちっ、仕方ない」
ダンが舌打ちしてから速度を落とした。
「……やはり山頂を守っているようです。山頂に誰も入れなければ阻止できる、と思っているのでしょう」
主任が唇を噛んだ。
培楽が山頂の方に目を向けると、いつの間にか敵がこれを守るかのように斜面の下の方を向いて輪になっているのが見えた。
「……この距離なら大丈夫でしょう。いったん止まりましょう」
「わかった」
主任の提案を受け入れ、ダンが足を止めた。
山頂までの距離は一〇〇メートルくらい、敵は山頂を中心に直径一五メートルほどの輪を作っている。
「今は……二三時五一分、ですか……五分前になったら突入します」
主任が淡々と告げた。
「はぁ、はぁ。それまで、ここで待ちますか?」
培楽が期待している様子で尋ねた。今はとにかく休憩して息だけでも整えたい。
「ダメ! 別のが……来てる!」
培楽の期待と裏腹に、ダンが西の方を指差した。
灯りが四つ、こちらに向かって近づいてくる。
「協力者ではないようですね……もう少し引き付けたら、行きます」
灯りとの距離は一〇〇メートルあるかないか、現在地から山頂までの距離とほぼ同じだ。
山頂は東北東、新たな敵はほぼ真西の方角だ。
新たな敵はほぼ一直線にこちらへ向けて移動してきている。主任のヘッドライトの灯りを目標にしているのだろう。
「「……」」
主任とダンが山頂と後ろの敵を交互に見やっている。
「行く!」
後ろの敵との距離が五〇メートルほどになったところで、ダンが走り出した。
主任が後に続く。
(ひえぇぇぇ、早すぎるぅ!)
心の中で悲鳴をあげながら、培楽も二人の背中を追った。
特別培楽がトロいという訳ではないのだが、二人に比べると反応が遅い。一瞬にして、五、六メートル離されてしまう。
「ライトをつけた奴だ!」
培楽の背中の方から声が飛んだ。
敵が主任のライトだけではなく、培楽達の姿を視界に捉えたのだ。
「上の連中は何をやっているんだ?」
「撃たんか!」
更に後ろから声が飛んできた。
「撃たんか!」の声に培楽が思わず飛び上がるが、いつまで経っても発砲音は聞こえてこない。
(……あれ?)
相変わらず後ろで敵が何か怒鳴っているが、その声が思ったほど近づいてこない。
撃たれるか捕まるかのどちらかだと考えていたが、もしかしたらこのままのペースで逃げ切れるのではないか? 走りながら培楽はそんなことを考えている。
ダンや主任が走るペースは、先ほど山頂の敵に追われていたときと比べるとややゆっくりだ。
登りということも影響しているのかもしれないが、平地をやや速足で歩くくらいの速度にしかなっていない。これなら培楽もしばらく耐えられそうだ。
「??」
後方から照らされるライトの向きが徐々に変わっていくのに培楽が気付いた。
敵との距離は変わっていないというより徐々に開いているように感じられる。
「ストップ!」
ダンが走るスピードを緩め、その場に停止した。
「包囲する、ということですか……」
主任が周囲を見回しながらつぶやいた。
その顔には不敵な笑みさえ浮かんでいるように培楽には見える。
「どうしますか?」
培楽が思わず尋ねた。二人が何を考えているのかよくわからないからだ。
そうしている間に敵は包囲の輪を完成させ、じりじりとその径を縮めにかかっている。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……)
辛うじて顔には出ていないものの、培楽の胸中は焦りで埋め尽くされそうになっている。
だが、ダンや主任は不敵な笑みを浮かべたままだ。
主任がタブレット端末にチラッと目をやった。
そしてダンに何やら耳打ちする。
ダンはうなずくと周囲を見回し、ある方向に向けてじりじりと進みだした。主任が後に続く。
「木口さん、ついてきてください」
主任に促され、培楽もじりじりと進みだした。
「……」
三人は彼らを囲む敵の輪の中を、らせんを描くように徐々に外側へと向けて進んでいく。
輪を構成する敵は少しずつ増えており、現在一五、六名になっている。
(五分前、って言ったから五五分になったら突入、だよね……まだなの?)
培楽が落ち着きなく周囲を見回しながらダンと主任が動くのを待つ。
ダンが時計を持っているようには見えないので、時刻がわかる手段を持っているのは主任だけだ。
培楽もスマートフォンを持っているのだが、先ほど投げつけるものを探すときにバッテリー切れを起こしているのに気付いていた。
(まだ、タブレットを見ていない。大丈夫、かな……)
三人が描くらせんは徐々に径を拡大しており、一番近い敵までは十数メートルにまで近づいている。
敵のうち何人かは銃らしきもので武装しているが、銃を持つ者よりも山刀を持っている者の方が多い。
敵の方も包囲の輪を少しずつ縮めているので、三人と敵との距離は徐々に近づいている。
いつ発砲されてもおかしくない、と培楽は考えているのだが、敵はまだ撃ってこない。
「……」
培楽の視線が頻繁に主任の手元に向く。
その間隔は徐々に短くなっているのだが、一向に主任は持っているタブレットの画面に目を向けようとしない。
(こっちの人は……刃物。ならまだ大丈夫。こっちは……銃、イヤだなぁ……)
培楽の視線が向けられる先は主任の手元だけではない。
徐々に狭まってくる包囲の輪、すなわち敵にも向けられている。
山刀も十分すぎる脅威ではあるが、攻撃範囲はそれほど広くない。輪をすり抜けて斜面の下の方に転がっていければ逃れられそうだ。
だが、銃は射程が長いからそうもいきそうもない、というのが培楽の考えだ。
(刃物の人はここと…ここと……)
相手が攻撃してきたら刃物の敵同士が並んだ間から逃げよう、と考えながら培楽はひたすら主任の合図を待つ。
タンッ!
突然先頭を歩くダンが軽くジャンプした後、急反転した。
それにつられて何人かの敵が銃の引き金に指をかけた。
だが、ダンはそれ以上の動きを見せない。
変わったのは、それまで外に広がるように描いていたらせんを、内に向かって縮まるように描くようにしたことだ。
三人を包囲している敵の輪との距離が少し開き、培楽がほっと胸を撫で下ろす。
ピンチであることには変わりないのだが、敵との距離の近さは培楽にとって相当のプレッシャーになっている。
三人が敵から遠ざかろうとしているのを警戒したのか、敵は包囲の輪を狭める速度を緩めだした。
培楽には敵の狙いが読めないが、何らかの意図を持っているであろうことだけは理解できる。
主任がチラッとタブレットに目をやった。
(……もうすぐ、来る!)
培楽が息を飲んだ瞬間、主任がタン! と地面を蹴った。
「行く!」
ダンが叫んで走り出した。
山の頂上ではなく、西の方に向かっている。
その先には銃を構えた敵の姿がある。
(えっ! そっち?!)
培楽は慌てたが、一人取り残されて的にされては敵わないとばかりに走り出した。
「いや、こっち!」
ダンは銃を構えた敵の五メートルほど手前で直角に方向転換し、斜面を下り出す。
主任はダンとほぼ同時に直角に曲がった。
培楽は一歩遅れて曲がり、慌てて代理の背中を追う。
「だぁぁぁぁっ!」
今度はダンが雄たけびをあげながら、先にいる山刀を構えた敵に向かって突進する。
敵が無言で山刀を構えた。
「ふんっ!」
ダンは身をかがめ、敵の足に向けてタックルした。
そのまま敵を巻き込んで斜面の下の方に向けて転げだす。
「こっちです!」
その隙に主任がダンの脇を通って輪の外へ脱出した。培楽も後に続こうとする。
「きゃっ!」
しかし、脇から山刀を持った別の敵が突進してきたため、身をかがめて刃を避ける。
そのままバランスを崩し、今度は培楽が斜面を転がり出した。
何とか止まろうと手足を広げようとするが、なかなか止まらない。
体勢を立て直して逃げないと、と必死になっているところに敵の声が飛んだ。
「あっちだ! 背の高い女だ!」
敵はこれ以上培楽を追おうとはせず、主任の方に向かっていった。
培楽の身体は斜面の下の方に向けて転がっていくが、徐々にその速度は緩やかになっていく。
ちょうどこのあたりは斜面がなだらかになっているのだ。
勢いを失った培楽の身体が停止する。
「いったぁ……皆はどこ?」
培楽が腰をさすりながら身体を起こす。
上の方で灯りが山頂に向けて集まっていくのが見える。主任と彼女を追う敵だ。
培楽の位置からだと三、四〇メートルくらい先だろうか。
(追いかけないと……)
培楽がのろのろと立ち上がり、灯りの方に向けて歩き出した。
服の何ヶ所かが擦り切れていたが、身体に傷は無いようだ。
腰や肘が痛むが、動けないほどではない。
だが、疲労のためなのか身体の節々が悲鳴をあげており、思うように足が前に進まない。
それでも培楽は灯りの方、すなわち頂上の方へと進んでいった。
転げ落ちた距離の半分ほどを進んだところで、上の方から空気を切り裂くようなパン! パン! という乾いた音が二度聞こえてきた。
その直後、ゴロゴロと何かが培楽の右斜め上の方から転がってきた。
「?!」
転がってきたものの正体に培楽が思わず目を見開いた。
現在、五月二〇日二三時五七分
━━契約の刻限まで、あと三分━━
羽交い絞めにされた培楽が、背後からの手を振りほどこうと暴れる。
「こっち!」
背後の手がぐいっと培楽の頭を横へと向かせた。
「ダンさん?!」
目の前には先ほどまで行動を共にしていた褐色の肌の男性の姿があった。
「逃げる!」
「わ、わっ!」
ダンに手を引かれ培楽が慌てて走り出した。手にしていたペットボトルとインナーは落としてしまったが仕方ない。
培楽が走り出した直後、周囲が一瞬昼と見紛うほどに明るくなる。
直後、後ろの敵から怒りの声があがった。
「や、やりやがった!」
「撃っちまえ!」
「馬鹿、弾の数を考えろ!」
「こっちです。今は逃げましょう!」
ヘッドライトを点灯させた主任が培楽の脇に駆け寄って来て西の方を指し示した。
敵の混乱に乗じて逃げ出そうというのだろう。
「ヘッドライトの奴を頂上に近づけるな!」
「あっちの婆もどうにかしろ! 鬱陶しい!」
頂上の方から声が聞こえてくる。
それだけではない、新たな追手が四人、培楽達の方に向かってきた。
「時間まで私を守ってください! 後は私が!」
「は?」
突然の主任の指示に、培楽が思わず声をあげてしまった。そんな話は聞いていない。
「先に行かない! バカ!」
(い、一体何~?!)
突然ダンに大声で怒鳴られ、培楽が混乱した。
(守るのは代理で、私達は囮じゃなかったの……? 何が何だか……)
まばらに生える高い木の間を縫うように走りながら、培楽は必死に自分が何をしたのだろうかと考えている。
幸運にも敵が発砲してくる様子はない。
足の速さに自信はないが、それでも今のところ敵に追いつかれてはいない。
ダンを先頭に間に主任、最後尾が培楽となって、三人が西に向けて走る。
「今度はこっち!」
ダンが左に曲がって斜面を斜めに登り出した。進行方向は東南東になる。
「ちょっと、は、速すぎます!」
前を走る主任の背中が離れそうになり、培楽が思わず抗議した。
いつの間にか三人を追う敵の姿が見えなくなっている。
「ちっ、仕方ない」
ダンが舌打ちしてから速度を落とした。
「……やはり山頂を守っているようです。山頂に誰も入れなければ阻止できる、と思っているのでしょう」
主任が唇を噛んだ。
培楽が山頂の方に目を向けると、いつの間にか敵がこれを守るかのように斜面の下の方を向いて輪になっているのが見えた。
「……この距離なら大丈夫でしょう。いったん止まりましょう」
「わかった」
主任の提案を受け入れ、ダンが足を止めた。
山頂までの距離は一〇〇メートルくらい、敵は山頂を中心に直径一五メートルほどの輪を作っている。
「今は……二三時五一分、ですか……五分前になったら突入します」
主任が淡々と告げた。
「はぁ、はぁ。それまで、ここで待ちますか?」
培楽が期待している様子で尋ねた。今はとにかく休憩して息だけでも整えたい。
「ダメ! 別のが……来てる!」
培楽の期待と裏腹に、ダンが西の方を指差した。
灯りが四つ、こちらに向かって近づいてくる。
「協力者ではないようですね……もう少し引き付けたら、行きます」
灯りとの距離は一〇〇メートルあるかないか、現在地から山頂までの距離とほぼ同じだ。
山頂は東北東、新たな敵はほぼ真西の方角だ。
新たな敵はほぼ一直線にこちらへ向けて移動してきている。主任のヘッドライトの灯りを目標にしているのだろう。
「「……」」
主任とダンが山頂と後ろの敵を交互に見やっている。
「行く!」
後ろの敵との距離が五〇メートルほどになったところで、ダンが走り出した。
主任が後に続く。
(ひえぇぇぇ、早すぎるぅ!)
心の中で悲鳴をあげながら、培楽も二人の背中を追った。
特別培楽がトロいという訳ではないのだが、二人に比べると反応が遅い。一瞬にして、五、六メートル離されてしまう。
「ライトをつけた奴だ!」
培楽の背中の方から声が飛んだ。
敵が主任のライトだけではなく、培楽達の姿を視界に捉えたのだ。
「上の連中は何をやっているんだ?」
「撃たんか!」
更に後ろから声が飛んできた。
「撃たんか!」の声に培楽が思わず飛び上がるが、いつまで経っても発砲音は聞こえてこない。
(……あれ?)
相変わらず後ろで敵が何か怒鳴っているが、その声が思ったほど近づいてこない。
撃たれるか捕まるかのどちらかだと考えていたが、もしかしたらこのままのペースで逃げ切れるのではないか? 走りながら培楽はそんなことを考えている。
ダンや主任が走るペースは、先ほど山頂の敵に追われていたときと比べるとややゆっくりだ。
登りということも影響しているのかもしれないが、平地をやや速足で歩くくらいの速度にしかなっていない。これなら培楽もしばらく耐えられそうだ。
「??」
後方から照らされるライトの向きが徐々に変わっていくのに培楽が気付いた。
敵との距離は変わっていないというより徐々に開いているように感じられる。
「ストップ!」
ダンが走るスピードを緩め、その場に停止した。
「包囲する、ということですか……」
主任が周囲を見回しながらつぶやいた。
その顔には不敵な笑みさえ浮かんでいるように培楽には見える。
「どうしますか?」
培楽が思わず尋ねた。二人が何を考えているのかよくわからないからだ。
そうしている間に敵は包囲の輪を完成させ、じりじりとその径を縮めにかかっている。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……)
辛うじて顔には出ていないものの、培楽の胸中は焦りで埋め尽くされそうになっている。
だが、ダンや主任は不敵な笑みを浮かべたままだ。
主任がタブレット端末にチラッと目をやった。
そしてダンに何やら耳打ちする。
ダンはうなずくと周囲を見回し、ある方向に向けてじりじりと進みだした。主任が後に続く。
「木口さん、ついてきてください」
主任に促され、培楽もじりじりと進みだした。
「……」
三人は彼らを囲む敵の輪の中を、らせんを描くように徐々に外側へと向けて進んでいく。
輪を構成する敵は少しずつ増えており、現在一五、六名になっている。
(五分前、って言ったから五五分になったら突入、だよね……まだなの?)
培楽が落ち着きなく周囲を見回しながらダンと主任が動くのを待つ。
ダンが時計を持っているようには見えないので、時刻がわかる手段を持っているのは主任だけだ。
培楽もスマートフォンを持っているのだが、先ほど投げつけるものを探すときにバッテリー切れを起こしているのに気付いていた。
(まだ、タブレットを見ていない。大丈夫、かな……)
三人が描くらせんは徐々に径を拡大しており、一番近い敵までは十数メートルにまで近づいている。
敵のうち何人かは銃らしきもので武装しているが、銃を持つ者よりも山刀を持っている者の方が多い。
敵の方も包囲の輪を少しずつ縮めているので、三人と敵との距離は徐々に近づいている。
いつ発砲されてもおかしくない、と培楽は考えているのだが、敵はまだ撃ってこない。
「……」
培楽の視線が頻繁に主任の手元に向く。
その間隔は徐々に短くなっているのだが、一向に主任は持っているタブレットの画面に目を向けようとしない。
(こっちの人は……刃物。ならまだ大丈夫。こっちは……銃、イヤだなぁ……)
培楽の視線が向けられる先は主任の手元だけではない。
徐々に狭まってくる包囲の輪、すなわち敵にも向けられている。
山刀も十分すぎる脅威ではあるが、攻撃範囲はそれほど広くない。輪をすり抜けて斜面の下の方に転がっていければ逃れられそうだ。
だが、銃は射程が長いからそうもいきそうもない、というのが培楽の考えだ。
(刃物の人はここと…ここと……)
相手が攻撃してきたら刃物の敵同士が並んだ間から逃げよう、と考えながら培楽はひたすら主任の合図を待つ。
タンッ!
突然先頭を歩くダンが軽くジャンプした後、急反転した。
それにつられて何人かの敵が銃の引き金に指をかけた。
だが、ダンはそれ以上の動きを見せない。
変わったのは、それまで外に広がるように描いていたらせんを、内に向かって縮まるように描くようにしたことだ。
三人を包囲している敵の輪との距離が少し開き、培楽がほっと胸を撫で下ろす。
ピンチであることには変わりないのだが、敵との距離の近さは培楽にとって相当のプレッシャーになっている。
三人が敵から遠ざかろうとしているのを警戒したのか、敵は包囲の輪を狭める速度を緩めだした。
培楽には敵の狙いが読めないが、何らかの意図を持っているであろうことだけは理解できる。
主任がチラッとタブレットに目をやった。
(……もうすぐ、来る!)
培楽が息を飲んだ瞬間、主任がタン! と地面を蹴った。
「行く!」
ダンが叫んで走り出した。
山の頂上ではなく、西の方に向かっている。
その先には銃を構えた敵の姿がある。
(えっ! そっち?!)
培楽は慌てたが、一人取り残されて的にされては敵わないとばかりに走り出した。
「いや、こっち!」
ダンは銃を構えた敵の五メートルほど手前で直角に方向転換し、斜面を下り出す。
主任はダンとほぼ同時に直角に曲がった。
培楽は一歩遅れて曲がり、慌てて代理の背中を追う。
「だぁぁぁぁっ!」
今度はダンが雄たけびをあげながら、先にいる山刀を構えた敵に向かって突進する。
敵が無言で山刀を構えた。
「ふんっ!」
ダンは身をかがめ、敵の足に向けてタックルした。
そのまま敵を巻き込んで斜面の下の方に向けて転げだす。
「こっちです!」
その隙に主任がダンの脇を通って輪の外へ脱出した。培楽も後に続こうとする。
「きゃっ!」
しかし、脇から山刀を持った別の敵が突進してきたため、身をかがめて刃を避ける。
そのままバランスを崩し、今度は培楽が斜面を転がり出した。
何とか止まろうと手足を広げようとするが、なかなか止まらない。
体勢を立て直して逃げないと、と必死になっているところに敵の声が飛んだ。
「あっちだ! 背の高い女だ!」
敵はこれ以上培楽を追おうとはせず、主任の方に向かっていった。
培楽の身体は斜面の下の方に向けて転がっていくが、徐々にその速度は緩やかになっていく。
ちょうどこのあたりは斜面がなだらかになっているのだ。
勢いを失った培楽の身体が停止する。
「いったぁ……皆はどこ?」
培楽が腰をさすりながら身体を起こす。
上の方で灯りが山頂に向けて集まっていくのが見える。主任と彼女を追う敵だ。
培楽の位置からだと三、四〇メートルくらい先だろうか。
(追いかけないと……)
培楽がのろのろと立ち上がり、灯りの方に向けて歩き出した。
服の何ヶ所かが擦り切れていたが、身体に傷は無いようだ。
腰や肘が痛むが、動けないほどではない。
だが、疲労のためなのか身体の節々が悲鳴をあげており、思うように足が前に進まない。
それでも培楽は灯りの方、すなわち頂上の方へと進んでいった。
転げ落ちた距離の半分ほどを進んだところで、上の方から空気を切り裂くようなパン! パン! という乾いた音が二度聞こえてきた。
その直後、ゴロゴロと何かが培楽の右斜め上の方から転がってきた。
「?!」
転がってきたものの正体に培楽が思わず目を見開いた。
現在、五月二〇日二三時五七分
━━契約の刻限まで、あと三分━━
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