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26:契約の場へ
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「……だ、ダン、さん?」
培楽が転がってくるものに向けて声をかけた。
転がってきたのは人間だった。
身に着けているグリーンのウインドブレーカーには見覚えがある。
転がってきた人は、培楽の右脇数メートルのところを通り過ぎ、更に下へと転がっていく。
培楽の目にははっきりとは見えなかったが、ウインドブレーカーには赤黒い何かがべっとりとくっついていたように思われた。
「木口さんっ!」
呆然と立ち尽くす培楽に頂上の方から声が飛んできた。
培楽が顔を上げると、斜面の上の方でヘッドライトを点灯させたまま走っている主任の姿が見えた。
彼女は何人かの山刀を持った敵に追われている。
「だ、ダンさんが……」
培楽が消え入りそうな声で答えたが、その声は到底主任に届きそうになかった。
「あの女を上に行かせるな!」
「深入りするんじゃない! あの女を見失わないようにしろ! 南に逃げた二人に合流させるな!」
頂上の方から敵の怒鳴り声が聞こえてくる。
培楽が主任の方に目をやると、敵は相変わらず山頂から主任を遠ざけるように追いかけているように見えた。
主任が敵に捕捉されずにいるのは、彼らが彼女を山頂に到達させないことに重きを置いているからのように思われる。
(そろそろ時間かも……行かないと……)
培楽がのろのろと主任の方に向けて走り出した。
主任の走る速度も速くない上に、彼女は頂上に向かっては包囲の輪に阻まれ離れることを繰り返しているので、培楽との相対的な距離がほとんど開くことがない。
このため、培楽の歩くような速度の走りでも、徐々に主任の方に近づくことができる。
「はぁ、はぁ。だ、ダンさんが……」
息も絶え絶えになったところで、培楽が主任との合流に成功する。
主任は黙ってうなずいた後、もうすぐ約束の刻限ですと培楽に告げた。
「ど、どうしますか?」
培楽が小声で主任に尋ねた。
二人には頂上に到着する必要がない。あくまで代理が決められた時間に到着できればよい。
「私に考えがあります。常に私の右隣にいるようにしてもらえますか?」
主任の指示に培楽が黙ってうなずいた。
「……」
それから主任は弧を描くようにじりじりと東の方に進みだした。
こうすると斜面の上側に培楽、下側に主任が位置することになる。山頂を囲むように守っている敵からの視点では、培楽が主任を守っているように見える。
「こんなにゆっくりで大丈夫ですか?」
培楽が小声で尋ねると、主任は黙ってうなずいた。
その視線は山頂を囲む敵に向けられており、何かを待っているようにも見える。
「?!」
突然主任が培楽の腰をぽん、と叩いた。
その直後、手にしていたタブレットを近くにいる敵に向けて投げつけた。
「行きます!」
敵が一瞬怯んだ隙に、主任が右に折れて山頂に向けて走り出した。一歩出遅れた培楽が後に続く。
敵が主任と培楽をブロックしようと二人の方に向けて走ってきたが、二人の方が一瞬早かった。
ブンッ!
培楽の背後で何かが空気を切り裂く音が聞こえた。敵が山刀を振るったのだ。
だが、その切っ先は培楽には届かなかった。
代わりに背中のリュックを切り裂き、中の荷物がドーッっと地面に向けて流れ落ちる。
背中が軽くなった培楽は、速度を上げて前を走る主任に追いつこうとする。
すると主任は左に方向転換し、東へと進みだした。
「こっちだ! 山頂に入れるな!」
「背の低い方はどうでもいい! 高い方だ!」
後ろから敵の怒鳴り声が聞こえてくる。
前方には銃を構えた敵の姿がある。
しかし、それには構わず主任は敵の脇をすり抜けようと走る。
「う、撃ってきたらまずいですよ!」
敵との距離が七、八メートルになったところで培楽が慌てて主任に警告する。
「大丈夫です! 見ていてください!」
しかし、主任は警告を無視して敵の脇をすり抜けて背後に回り込む。
そして、股の下から渾身の蹴りをお見舞いした。
敵はぎゃっ! と情けない悲鳴をあげた後、銃を落として悶絶する。
主任が落とした銃を拾って斜面の下の方に向けて放り投げた。
「お見事、です……」
培楽が駆け寄って主任に声をかけた。
「この者が持つ銃に撃つ弾はありません」
主任が培楽に耳打ちした。
だから主任は躊躇なく向かっていけたのかと培楽は感心した。
「まだです、行きましょう」
主任が油断なく培楽を促した。
少し東に進むと、境界を示すロープのようなものが張られているのが見えた。
「これは?」
「触らないでください!」
ロープに触れようとした培楽をピシャリと主任が制した。
「えっ?!」
慌てて培楽が手を引っ込める。
「侵入防止のための電流が流れていると聞いています。合法のものであれば痛いで済むと思いますが、違法のものの可能性があるとのことです。その場合、最悪感電死、ということも……」
「ひゃっ!」
主任の脅しに培楽が慌てて飛びのいた。
敵はこれ以上培楽達を追ってこないようで、山頂に二人が入ることだけを阻止しようと睨みをきかせている。
※※
時は少し遡る
培楽と主任が包囲の輪を突破して中に入り込む少し前、代理と先生は目的の山頂から東南東の方向にある小さな茂みに潜んでいた。
二人は主任、ダン、培楽の三人を囮にし、山頂の南側の斜面を下から回り込むようにして現在の場所まで移動していた。
「想定していなかったこともありましたが、ここまではほぼ予定通りに来ることができました。ありがとう」
代理が先生に向けて礼を言った。
「いえ、まだです。契約書にサインをもらうまでは……」
先生が油断なく周囲を警戒している。
「タケさんには申し訳ないことをしてしまいました……協力者であったばかりにあのようなことになってしまって……」
代理が頭を垂れた。
「彼の気持ちに応えるためにも契約を成し遂げなければなりません。あのようなことになってなお、彼は契約のことを最優先に考えていたのですから……」
二人は敵の動きを観察して、あることに気付いていた。
敵はあくまでこちらのメンバーが目的の山頂に入るのを阻止していること。
そして、追っているのは代理ではなく主任であること。
一行の目的地についてタケは、真実を敵に話したのだろう。
どのようにして敵は彼がこちらの協力者であることを見抜いたのかまではわからない。
だが、メンバーの役割については、恐らく彼が敵に意図的に誤った情報を流したのだろうと二人は推測した。
木曜日の夕方にカフェで今後の計画を確認しているときに敵に乗りこまれた際、敵は今回の「代理」役が誰だか把握していなかった。
だから代理本人だけではなく主任、先生、そして無関係の培楽までを拘束したのだった。
二人はタケが敵に寝返ったとは微塵も考えていなかった。
彼は代理達に協力するために、わざわざ都会からこの地に移住してきたのだ。
バーを経営しながら敵に関する情報を収集して代理達に報告したり、当時地元を離れていたコーチを実家に呼び寄せて協力させるなど、労を惜しまなかった。
今回も危険を冒して北の竹花川周辺で敵の動きを探っていた。その動きが敵に怪しまれたのかもしれない。
「来ましたか……」
山頂を挟んで反対側の斜面の方に向けて敵の何人かが走り出したのが見えた。
代理と先生が顔を見合わせてうなずき合う。
少しして敵の怒鳴り声や争う声が聞こえてきた。
声や音のする方向が山頂から今度はこちら側、すなわち東の方に向けて近づいてくる。
「ぎゃっ!」
ダッ! ダッ!
カエルが潰れたような悲鳴を合図に二人が茂みから飛び出した。
一直線に山頂を目指すのではなく、声の方から遠ざかる方向に斜めに進んでいき、できるだけ敵の包囲の輪が薄いところを狙って山頂に入り込もうと試みる。
(……すみません、もう少しです……)
途中、地面に突っ伏している小柄な人影の脇を通り過ぎた。
代理が一瞥し、軽く頭を下げた。
倒れているのはおっかさんであった。
暗がりでよく見えないのだが、その肩はわずかに上下しており、よく見ればまだ息があるのがわかるはずであった。
だが、二人はおっかさんの生死を確認することなく走り続けた。
「こっちにも来たぞ! デカいのと小さいのだ!」
「男か? 女か?」
「デカいのは男だ! 間違いない! 小さいのは……わからない!」
「そっちは囮だ! 背の高い女を中に入れるな!」
敵が二人に気付いて警戒の声をあげたが、その場を動く様子はない。
未だに本命が主任だと思い込んでいるのだろう。
「失礼します」
先生が方向転換し、山刀を構えた敵の一人に向けて突進していく。
敵も決して小柄ではないのだが、先生と比べると背が頭半分くらい低く、横幅は二回り細い。
「貴様っ!」
敵が先生に向けて山刀を突き出すが、先生の身体がぐっと沈み込んだ。
山刀を突き出した敵の目からは、先生の巨体が一瞬にして消え失せたように思われたはずだ。
声をあげる間もなく、敵の身体が宙を舞い、背中から地面に落ちた。先生のタックルに吹っ飛ばされたのだった。
その脇から代理が包囲の輪の中に向けて駆け込む。
「こっちから来たぞ!」
「デカい奴に一人やられた! 救援を!」
敵が喚いているが、代理と先生は意に介さず輪を抜けてその中へと走る。
代理は何かを探すかのように視線を左右に向ける。
(契約の場所は……あれだ!)
代理の視線の先には、高さ三〇センチほどの石の柱がある。これが契約の地の目印なのだ。
目的の石の柱にたどり着き、代理は背中のリュックを前に抱いてその場にかがみこむ。
リュックを前抱きにしたのは、契約書を守るためだ。
まだ、契約相手は現れていない。
相手が現れるまでは何としても契約書を守り切らなければならない。
「ここはお任せください」
遅れて先生が駆け寄って来て、代理を守るように立ちはだかる。
「こっちに二人立ち止まった! 応援頼む!」
「女の方もここに入れないようにしておけ!」
代理と先生が石柱のところで止まったことで、敵にはわずかにだが混乱が生じていた。
代理と主任のどちらを阻止すればよいのかわからなくなったのだ。
「何、ここにいる二人をどければ済むこと。お前ら、あっちの女どもを近づけるなよ」
黒ずくめのスーツ姿の男が銃を構えて正面から代理達に狙いを定めた。
少し離れた背後からは、山刀を持った迷彩服姿の敵二人がやはりじりじりと距離を詰めている。
もう少しで代理と先生を囲む包囲の輪が完成する。
「……」
先生は無言で銃を構えた男を見据えている。
ヒュンッ!
突如、先生の背後で空気が切り裂かれるような鋭い音が聞こえた。
「?!」
音のなり始めとほぼ同時に先生が後ろを向く。
パァァァン!
少し遅れて耳をつんざくような乾いた音が山頂に鳴り響いた。
現在、五月二〇日二三時五九分
━━契約の刻限まで、あと一分━━
培楽が転がってくるものに向けて声をかけた。
転がってきたのは人間だった。
身に着けているグリーンのウインドブレーカーには見覚えがある。
転がってきた人は、培楽の右脇数メートルのところを通り過ぎ、更に下へと転がっていく。
培楽の目にははっきりとは見えなかったが、ウインドブレーカーには赤黒い何かがべっとりとくっついていたように思われた。
「木口さんっ!」
呆然と立ち尽くす培楽に頂上の方から声が飛んできた。
培楽が顔を上げると、斜面の上の方でヘッドライトを点灯させたまま走っている主任の姿が見えた。
彼女は何人かの山刀を持った敵に追われている。
「だ、ダンさんが……」
培楽が消え入りそうな声で答えたが、その声は到底主任に届きそうになかった。
「あの女を上に行かせるな!」
「深入りするんじゃない! あの女を見失わないようにしろ! 南に逃げた二人に合流させるな!」
頂上の方から敵の怒鳴り声が聞こえてくる。
培楽が主任の方に目をやると、敵は相変わらず山頂から主任を遠ざけるように追いかけているように見えた。
主任が敵に捕捉されずにいるのは、彼らが彼女を山頂に到達させないことに重きを置いているからのように思われる。
(そろそろ時間かも……行かないと……)
培楽がのろのろと主任の方に向けて走り出した。
主任の走る速度も速くない上に、彼女は頂上に向かっては包囲の輪に阻まれ離れることを繰り返しているので、培楽との相対的な距離がほとんど開くことがない。
このため、培楽の歩くような速度の走りでも、徐々に主任の方に近づくことができる。
「はぁ、はぁ。だ、ダンさんが……」
息も絶え絶えになったところで、培楽が主任との合流に成功する。
主任は黙ってうなずいた後、もうすぐ約束の刻限ですと培楽に告げた。
「ど、どうしますか?」
培楽が小声で主任に尋ねた。
二人には頂上に到着する必要がない。あくまで代理が決められた時間に到着できればよい。
「私に考えがあります。常に私の右隣にいるようにしてもらえますか?」
主任の指示に培楽が黙ってうなずいた。
「……」
それから主任は弧を描くようにじりじりと東の方に進みだした。
こうすると斜面の上側に培楽、下側に主任が位置することになる。山頂を囲むように守っている敵からの視点では、培楽が主任を守っているように見える。
「こんなにゆっくりで大丈夫ですか?」
培楽が小声で尋ねると、主任は黙ってうなずいた。
その視線は山頂を囲む敵に向けられており、何かを待っているようにも見える。
「?!」
突然主任が培楽の腰をぽん、と叩いた。
その直後、手にしていたタブレットを近くにいる敵に向けて投げつけた。
「行きます!」
敵が一瞬怯んだ隙に、主任が右に折れて山頂に向けて走り出した。一歩出遅れた培楽が後に続く。
敵が主任と培楽をブロックしようと二人の方に向けて走ってきたが、二人の方が一瞬早かった。
ブンッ!
培楽の背後で何かが空気を切り裂く音が聞こえた。敵が山刀を振るったのだ。
だが、その切っ先は培楽には届かなかった。
代わりに背中のリュックを切り裂き、中の荷物がドーッっと地面に向けて流れ落ちる。
背中が軽くなった培楽は、速度を上げて前を走る主任に追いつこうとする。
すると主任は左に方向転換し、東へと進みだした。
「こっちだ! 山頂に入れるな!」
「背の低い方はどうでもいい! 高い方だ!」
後ろから敵の怒鳴り声が聞こえてくる。
前方には銃を構えた敵の姿がある。
しかし、それには構わず主任は敵の脇をすり抜けようと走る。
「う、撃ってきたらまずいですよ!」
敵との距離が七、八メートルになったところで培楽が慌てて主任に警告する。
「大丈夫です! 見ていてください!」
しかし、主任は警告を無視して敵の脇をすり抜けて背後に回り込む。
そして、股の下から渾身の蹴りをお見舞いした。
敵はぎゃっ! と情けない悲鳴をあげた後、銃を落として悶絶する。
主任が落とした銃を拾って斜面の下の方に向けて放り投げた。
「お見事、です……」
培楽が駆け寄って主任に声をかけた。
「この者が持つ銃に撃つ弾はありません」
主任が培楽に耳打ちした。
だから主任は躊躇なく向かっていけたのかと培楽は感心した。
「まだです、行きましょう」
主任が油断なく培楽を促した。
少し東に進むと、境界を示すロープのようなものが張られているのが見えた。
「これは?」
「触らないでください!」
ロープに触れようとした培楽をピシャリと主任が制した。
「えっ?!」
慌てて培楽が手を引っ込める。
「侵入防止のための電流が流れていると聞いています。合法のものであれば痛いで済むと思いますが、違法のものの可能性があるとのことです。その場合、最悪感電死、ということも……」
「ひゃっ!」
主任の脅しに培楽が慌てて飛びのいた。
敵はこれ以上培楽達を追ってこないようで、山頂に二人が入ることだけを阻止しようと睨みをきかせている。
※※
時は少し遡る
培楽と主任が包囲の輪を突破して中に入り込む少し前、代理と先生は目的の山頂から東南東の方向にある小さな茂みに潜んでいた。
二人は主任、ダン、培楽の三人を囮にし、山頂の南側の斜面を下から回り込むようにして現在の場所まで移動していた。
「想定していなかったこともありましたが、ここまではほぼ予定通りに来ることができました。ありがとう」
代理が先生に向けて礼を言った。
「いえ、まだです。契約書にサインをもらうまでは……」
先生が油断なく周囲を警戒している。
「タケさんには申し訳ないことをしてしまいました……協力者であったばかりにあのようなことになってしまって……」
代理が頭を垂れた。
「彼の気持ちに応えるためにも契約を成し遂げなければなりません。あのようなことになってなお、彼は契約のことを最優先に考えていたのですから……」
二人は敵の動きを観察して、あることに気付いていた。
敵はあくまでこちらのメンバーが目的の山頂に入るのを阻止していること。
そして、追っているのは代理ではなく主任であること。
一行の目的地についてタケは、真実を敵に話したのだろう。
どのようにして敵は彼がこちらの協力者であることを見抜いたのかまではわからない。
だが、メンバーの役割については、恐らく彼が敵に意図的に誤った情報を流したのだろうと二人は推測した。
木曜日の夕方にカフェで今後の計画を確認しているときに敵に乗りこまれた際、敵は今回の「代理」役が誰だか把握していなかった。
だから代理本人だけではなく主任、先生、そして無関係の培楽までを拘束したのだった。
二人はタケが敵に寝返ったとは微塵も考えていなかった。
彼は代理達に協力するために、わざわざ都会からこの地に移住してきたのだ。
バーを経営しながら敵に関する情報を収集して代理達に報告したり、当時地元を離れていたコーチを実家に呼び寄せて協力させるなど、労を惜しまなかった。
今回も危険を冒して北の竹花川周辺で敵の動きを探っていた。その動きが敵に怪しまれたのかもしれない。
「来ましたか……」
山頂を挟んで反対側の斜面の方に向けて敵の何人かが走り出したのが見えた。
代理と先生が顔を見合わせてうなずき合う。
少しして敵の怒鳴り声や争う声が聞こえてきた。
声や音のする方向が山頂から今度はこちら側、すなわち東の方に向けて近づいてくる。
「ぎゃっ!」
ダッ! ダッ!
カエルが潰れたような悲鳴を合図に二人が茂みから飛び出した。
一直線に山頂を目指すのではなく、声の方から遠ざかる方向に斜めに進んでいき、できるだけ敵の包囲の輪が薄いところを狙って山頂に入り込もうと試みる。
(……すみません、もう少しです……)
途中、地面に突っ伏している小柄な人影の脇を通り過ぎた。
代理が一瞥し、軽く頭を下げた。
倒れているのはおっかさんであった。
暗がりでよく見えないのだが、その肩はわずかに上下しており、よく見ればまだ息があるのがわかるはずであった。
だが、二人はおっかさんの生死を確認することなく走り続けた。
「こっちにも来たぞ! デカいのと小さいのだ!」
「男か? 女か?」
「デカいのは男だ! 間違いない! 小さいのは……わからない!」
「そっちは囮だ! 背の高い女を中に入れるな!」
敵が二人に気付いて警戒の声をあげたが、その場を動く様子はない。
未だに本命が主任だと思い込んでいるのだろう。
「失礼します」
先生が方向転換し、山刀を構えた敵の一人に向けて突進していく。
敵も決して小柄ではないのだが、先生と比べると背が頭半分くらい低く、横幅は二回り細い。
「貴様っ!」
敵が先生に向けて山刀を突き出すが、先生の身体がぐっと沈み込んだ。
山刀を突き出した敵の目からは、先生の巨体が一瞬にして消え失せたように思われたはずだ。
声をあげる間もなく、敵の身体が宙を舞い、背中から地面に落ちた。先生のタックルに吹っ飛ばされたのだった。
その脇から代理が包囲の輪の中に向けて駆け込む。
「こっちから来たぞ!」
「デカい奴に一人やられた! 救援を!」
敵が喚いているが、代理と先生は意に介さず輪を抜けてその中へと走る。
代理は何かを探すかのように視線を左右に向ける。
(契約の場所は……あれだ!)
代理の視線の先には、高さ三〇センチほどの石の柱がある。これが契約の地の目印なのだ。
目的の石の柱にたどり着き、代理は背中のリュックを前に抱いてその場にかがみこむ。
リュックを前抱きにしたのは、契約書を守るためだ。
まだ、契約相手は現れていない。
相手が現れるまでは何としても契約書を守り切らなければならない。
「ここはお任せください」
遅れて先生が駆け寄って来て、代理を守るように立ちはだかる。
「こっちに二人立ち止まった! 応援頼む!」
「女の方もここに入れないようにしておけ!」
代理と先生が石柱のところで止まったことで、敵にはわずかにだが混乱が生じていた。
代理と主任のどちらを阻止すればよいのかわからなくなったのだ。
「何、ここにいる二人をどければ済むこと。お前ら、あっちの女どもを近づけるなよ」
黒ずくめのスーツ姿の男が銃を構えて正面から代理達に狙いを定めた。
少し離れた背後からは、山刀を持った迷彩服姿の敵二人がやはりじりじりと距離を詰めている。
もう少しで代理と先生を囲む包囲の輪が完成する。
「……」
先生は無言で銃を構えた男を見据えている。
ヒュンッ!
突如、先生の背後で空気が切り裂かれるような鋭い音が聞こえた。
「?!」
音のなり始めとほぼ同時に先生が後ろを向く。
パァァァン!
少し遅れて耳をつんざくような乾いた音が山頂に鳴り響いた。
現在、五月二〇日二三時五九分
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