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27:契約
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パァァァン!
山頂の方から耳をつんざくような乾いた音が聞こえてきた。
「くっ!」
主任が音の方に向かおうと駆けだしたが、山刀を持った男二人に行く手を阻まれた。
すぐ後ろにいる培楽は足がすくんで動けない。
「……」
主任と山刀の男二人がにらみ合いを続けている。
数で勝る敵が斬りかからないのは、斬りかかった隙に主任に輪の中に入り込まれるのを阻止するためだろう。
(あわわわわ……主任さん、大丈夫かな……それとさっきの音は……)
培楽は主任の後ろで固まったまま動けない。
さきほどまでは必死に敵から逃げ回っていたのに、今は動こうとしても足をボルトで地面に固定されたかのように動かせないのだ。
山頂の方が騒がしくなってきた。
なにやら声が聞こえてはいるのだが、何を言っているのかまでは培楽にはわからない。
不意に主任と睨み合っていた敵のうちの一人が後ろを向いた。
その隙を逃さず主任が横にステップを踏んでから山頂の方に向けて走り出した。
培楽も慌てて主任を追おうと足を踏み出そうとした。
「えっ?!」
山頂の方からまばゆい光がこちらを照らし出す。
培楽は身体が宙に舞うような感覚を覚えた。
光はやがて周囲を覆いつくし、培楽の視界を白で埋め尽くした……
※※
「むっ!」
先生が背後から遅いかかった敵の腕を取った。
山刀の刃がウインドブレーカーの生地を切り裂いたが、意に介さない。
銃を構えた敵が先生に狙いを定め、引き金に置いた指に力を入れる。
「ふんっ!」
パァァァン!
銃声とほぼ同時に先生の掛け声が山頂に響いた。
先生は腕を取った敵の身体を銃を持つ敵目がけて投げつけた。
「がっ!」
投げられた男の身体が、銃を持つ男に命中した。
「邪魔をしないでください!」
一方、代理は背後にもう一人いる山刀の男の足を払い、転倒させた。
そして、武器から手を離した隙にそれを取り上げた。
すぐに反撃に備えて山刀を構える。
「……刻限ぞ」
不意に低い男の声が石柱から聞こえてきた。
直後、石柱から白い光が発せられ、周囲を照らし出した。
光は徐々に広がっていき、周囲を覆い尽くそうとしている。
「……」
代理や先生と対峙していた者達をはじめとした敵がすべて、力を失ったかのように地面に崩れ落ちる。
やがて周囲が白い光に覆い尽くされると、石柱の上に灰色の人影が姿を現した。
それは灰色一色のマネキンのようなもので、顔にあたる部分にも目や鼻などのパーツが見当たらなかった。
「……当代の者か? 書類は持っておろうな?」
灰色の人影が代理に尋ねた。
「はい。今出しますので、少々お待ちください」
代理が恭しく頭を下げ、リュックを開いて契約書を探し出した。
※※
「……」
培楽の意識は朦朧としていた。
主任を追いかけようとして身体が宙に浮く感覚を覚えた後、徐々に意識が遠のいていった。
(あれ……? これって死ぬ直前の走馬灯、ってやつかな? 何でこうなったんだろう?)
遠のいていく意識のもと、培楽は必死に自分の身に起きた出来事を思い出そうとしていた。
身体のどこにも痛みはない。
だとしたら何が理由だろうか?
(このまま……意識が薄れて……)
意識が完全に失われたとき、培楽は自身が死を迎えると考えていた。
だが、いつまで経っても意識が完全に途切れることはなかった。
(あれ? あれ? 一体、どうなっているの?)
いつまで経っても意識が失われないどころか、今度は徐々に鮮明になっていくように培楽には感じられた。
十分に睡眠が取れた日の朝、目が覚める直前に徐々に周囲の様子を感じとれるようになる、そんな感覚だ。
「あ……」
突如、目が開けられるようになり、培楽が周囲を見回した。
「しゅ、主任さん……これって……」
まばゆいばかりの白い光に視界はほとんど奪われていたが、培楽は辛うじて主任の姿を見つけた。
いつの間にか培楽と主任は地面にうつ伏せの状態で横たわっていた。
「わかりません……ですが、始まった、のだと思います……」
答える主任の言葉も、どこか確信を得られていない様子であった。
「……」
「……」
培楽と主任はうつ伏せに横たわったまま、周囲を見回した。
先の方に灰色の人影のようなものが見える。
背格好や服の色が異なることから、代理ではないことが容易にわかる。
「……あのグレーの方が契約相手、ですか?」
培楽がうつ伏せのまま主任の隣まで這いずっていってから尋ねた。
「そうだと思います」
「私達を狙っていた敵はどうしたのでしょうか?」
「……姿が見えませんが、相手の方によって無力化されたのではないかと」
「……もうちょっと近くに行ってみませんか?」
培楽は契約の様子を近くで見たいと興味を覚え、思い切って主任を誘ってみた。
そして、誘った直後に後悔する。
(主任って自分に厳しそうなタイプだっけ? ヤバっ! 誘っちゃいけない人を誘ったかも?)
だが、主任は少し考えてから、
「……そうですね。このまま近づいてみましょう」
と培楽の提案を受け入れたのだった。
二人が横たわっている場所から灰色の人影まではおよそ一五メートルほど。
主任と培楽が目配せした後、うなずき合った。
立ち上がって歩いていけばものの一〇秒ほどで到達できる距離である。
だが、さすがに姿を見られるのはまずいと考え、うつ伏せのまま這いずっていくことになった。
ずりずりと音をたてながら、二人が灰色の人影の方にうつ伏せのまま近づいていく。
灰色の人影が二人に気付いた様子はない。
また、どういう訳か代理や先生の姿が見えない。見えるのは灰色の人影だけだ。
灰色の人影の頭はつるんとした球体で、そこには髪や目耳鼻など人間の顔を構成するパーツが一つも見当たらない。
数メートル進んだが、何を話しているのか、二人の耳には聞こえてこない。
時折二人は顔を見合わせながら、ゆっくりと進んでいく。
「?!」「あっ!」
残り五、六メートルくらいになったところで、二人は突如、見えない壁に進路を阻まれた。
「確認します」
主任が上半身を起こし、壁に切れ目がないか手で探っていく。
だが、隙間らしい隙間は見つからない。
「木口さん、右に回り込みましょう。ここに目印を置いていきます」
「はい」
主任の提案で、今度はうつ伏せのまま壁伝いに右側へと進んでいく。
「……これって?」
数分後、培楽が地面に置かれた未開封のペットボトルを見つけた。先ほど主任が目印に置いたものだ。
「一回りしてしまったようです」
壁は灰色の人影を中心とした円状に隙間なく設置されているようであった。
これでは二人がこれ以上契約の場と思われる場所に近づくことはできない。
壁伝いに一周してわかったことだが、その内側には灰色の人影の他に、壁に近いところに二つの人影があった。
いずれも意識を失った状態で地面に倒れており、服装から敵であることは解る。
だが、代理や先生の姿は確認できない。
中心に近い方ほど白い光がまぶしく、中の様子が窺えないようになっている。
「他の皆はどうしているのでしょうか……?」
培楽が周囲を見回した。しかし、主任以外の仲間の姿は見えない。
「わかりません……契約が取り交わされているようには見えるので、恐らく代理はご無事だと思いますが……」
主任がそう答えたところに、斜面の上の方から下に向けて強い風が吹いてきた。
「わわっ!」
風にあおられて培楽の身体が浮き上がりそうになる。
「木口さん! つかまってください!」
主任が培楽の手を取り、地面へと引きずり下ろした。
「飛ばされちゃう!」「伏せましょう!」
台風の中のような強い風に主任と培楽が顔を地面に伏せる。
「……承知した。こ……二年待たれよ……」
風に乗って声が聞こえてくる。二人の知る代理の声ではない。
「しゅ、主任さん! これって?!」
培楽が地面に伏したまま大声で主任に尋ねた。風の音が大きくてこうでもしないと聞こえないと考えたのだ。
「そ、そんなに大きな声でなくても聞こえます。恐らく、契約の話かと……」
主任も地面に伏したまま答えた。
「……は我に同行し……見届けよ……」
「承知しました」
「「?!」」
聞き慣れた声に主任と培楽が顔を上げてその主の姿を見ようとする。
だが、相変わらずまばゆいばかりの白い光に阻まれて、灰色の人影以外の人の姿は見えない。
「……風が、止んだ?」
「はい……止みましたね……」
それまで二人の身体を浮き上がらせんばかりに吹いていた風がぱたりと止んだ。
二人が身体を起こす。
上半身を起こすところまでは何とかなったが、上から何か強い力で押さえつけられているようで、立ち上がることはままならない。
「……培楽さん、やはり貴女もこちら側の方だったようです。申し訳ありませんがお二人とも、二年待ってください……」
代理の声に思わず二人が周囲を見回す。
だが、見えるのは灰色の人影だけで、代理の姿は無い。
「……その気があるようでしたら二年後の五月二一日午前零時に再びこの場所に来てください。あなたの気持ちが変わらず準備を済ませていれば、私のいる側に行くことができると思います。この契約は……」
そこで代理の言葉は途切れた。
徐々に白い光が薄れはじめ、辺りの様子が二人の目にも見えるようになってきた。
「……さっきのは何だったのでしょうか……」
「……わかりません。ですが、間違いなく代理の声でした……」
二人が周囲を見回したが、代理の姿だけではなく、先ほどまで見えていた灰色の人影も消え失せていた。
東の方の空が白み始めている。
「四時一一分……」
主任がポケットからスマホを取り出し、時刻を読み上げた。
「ご無事でしたか!」
培楽達から見て左斜め前、南側の斜面から小柄な女性を背負った大男が姿を現した。
「先生……」
先生が背負っている女性を見て、培楽が言葉を失った。
「大丈夫です。かすり傷くらいですから生命に別状はないでしょう」
「……ったく……年寄り扱いが荒いんだよ! アタシゃ休むよ! 丁重に……運んでいきな!」
先生の背中からおっかさんがむくっと身体を起こして毒づいた。
声に力がないのは疲労のためだろう。言うだけ言って再び先生の背中に突っ伏したのだった。
「……」
培楽が他の皆さんは、と言おうとしたが、言葉にならなかった。
周囲には地面に横たわっている人の姿がいくつもあった。
その多くは敵のものであるが、一つは培楽とは面識のない味方のものだ。
確かタケさんと呼ばれていたな、と培楽は昨晩のやり取りを思い出していた。
主任とともに一行を先導していたダンがどうなったのかはおおよそ想像がつく。
だが、そうなっている可能性を口に出すのは憚られるような気がする。
また、代理に何が起きたのかはわからない。こちらは誰に聞いても答えを持っていないだろうと思われる。
「戻りましょう」
主任が力なく西の方を指差した。しばらく歩けば鷲河山の登山道に出るはずだ。
山頂の方から耳をつんざくような乾いた音が聞こえてきた。
「くっ!」
主任が音の方に向かおうと駆けだしたが、山刀を持った男二人に行く手を阻まれた。
すぐ後ろにいる培楽は足がすくんで動けない。
「……」
主任と山刀の男二人がにらみ合いを続けている。
数で勝る敵が斬りかからないのは、斬りかかった隙に主任に輪の中に入り込まれるのを阻止するためだろう。
(あわわわわ……主任さん、大丈夫かな……それとさっきの音は……)
培楽は主任の後ろで固まったまま動けない。
さきほどまでは必死に敵から逃げ回っていたのに、今は動こうとしても足をボルトで地面に固定されたかのように動かせないのだ。
山頂の方が騒がしくなってきた。
なにやら声が聞こえてはいるのだが、何を言っているのかまでは培楽にはわからない。
不意に主任と睨み合っていた敵のうちの一人が後ろを向いた。
その隙を逃さず主任が横にステップを踏んでから山頂の方に向けて走り出した。
培楽も慌てて主任を追おうと足を踏み出そうとした。
「えっ?!」
山頂の方からまばゆい光がこちらを照らし出す。
培楽は身体が宙に舞うような感覚を覚えた。
光はやがて周囲を覆いつくし、培楽の視界を白で埋め尽くした……
※※
「むっ!」
先生が背後から遅いかかった敵の腕を取った。
山刀の刃がウインドブレーカーの生地を切り裂いたが、意に介さない。
銃を構えた敵が先生に狙いを定め、引き金に置いた指に力を入れる。
「ふんっ!」
パァァァン!
銃声とほぼ同時に先生の掛け声が山頂に響いた。
先生は腕を取った敵の身体を銃を持つ敵目がけて投げつけた。
「がっ!」
投げられた男の身体が、銃を持つ男に命中した。
「邪魔をしないでください!」
一方、代理は背後にもう一人いる山刀の男の足を払い、転倒させた。
そして、武器から手を離した隙にそれを取り上げた。
すぐに反撃に備えて山刀を構える。
「……刻限ぞ」
不意に低い男の声が石柱から聞こえてきた。
直後、石柱から白い光が発せられ、周囲を照らし出した。
光は徐々に広がっていき、周囲を覆い尽くそうとしている。
「……」
代理や先生と対峙していた者達をはじめとした敵がすべて、力を失ったかのように地面に崩れ落ちる。
やがて周囲が白い光に覆い尽くされると、石柱の上に灰色の人影が姿を現した。
それは灰色一色のマネキンのようなもので、顔にあたる部分にも目や鼻などのパーツが見当たらなかった。
「……当代の者か? 書類は持っておろうな?」
灰色の人影が代理に尋ねた。
「はい。今出しますので、少々お待ちください」
代理が恭しく頭を下げ、リュックを開いて契約書を探し出した。
※※
「……」
培楽の意識は朦朧としていた。
主任を追いかけようとして身体が宙に浮く感覚を覚えた後、徐々に意識が遠のいていった。
(あれ……? これって死ぬ直前の走馬灯、ってやつかな? 何でこうなったんだろう?)
遠のいていく意識のもと、培楽は必死に自分の身に起きた出来事を思い出そうとしていた。
身体のどこにも痛みはない。
だとしたら何が理由だろうか?
(このまま……意識が薄れて……)
意識が完全に失われたとき、培楽は自身が死を迎えると考えていた。
だが、いつまで経っても意識が完全に途切れることはなかった。
(あれ? あれ? 一体、どうなっているの?)
いつまで経っても意識が失われないどころか、今度は徐々に鮮明になっていくように培楽には感じられた。
十分に睡眠が取れた日の朝、目が覚める直前に徐々に周囲の様子を感じとれるようになる、そんな感覚だ。
「あ……」
突如、目が開けられるようになり、培楽が周囲を見回した。
「しゅ、主任さん……これって……」
まばゆいばかりの白い光に視界はほとんど奪われていたが、培楽は辛うじて主任の姿を見つけた。
いつの間にか培楽と主任は地面にうつ伏せの状態で横たわっていた。
「わかりません……ですが、始まった、のだと思います……」
答える主任の言葉も、どこか確信を得られていない様子であった。
「……」
「……」
培楽と主任はうつ伏せに横たわったまま、周囲を見回した。
先の方に灰色の人影のようなものが見える。
背格好や服の色が異なることから、代理ではないことが容易にわかる。
「……あのグレーの方が契約相手、ですか?」
培楽がうつ伏せのまま主任の隣まで這いずっていってから尋ねた。
「そうだと思います」
「私達を狙っていた敵はどうしたのでしょうか?」
「……姿が見えませんが、相手の方によって無力化されたのではないかと」
「……もうちょっと近くに行ってみませんか?」
培楽は契約の様子を近くで見たいと興味を覚え、思い切って主任を誘ってみた。
そして、誘った直後に後悔する。
(主任って自分に厳しそうなタイプだっけ? ヤバっ! 誘っちゃいけない人を誘ったかも?)
だが、主任は少し考えてから、
「……そうですね。このまま近づいてみましょう」
と培楽の提案を受け入れたのだった。
二人が横たわっている場所から灰色の人影まではおよそ一五メートルほど。
主任と培楽が目配せした後、うなずき合った。
立ち上がって歩いていけばものの一〇秒ほどで到達できる距離である。
だが、さすがに姿を見られるのはまずいと考え、うつ伏せのまま這いずっていくことになった。
ずりずりと音をたてながら、二人が灰色の人影の方にうつ伏せのまま近づいていく。
灰色の人影が二人に気付いた様子はない。
また、どういう訳か代理や先生の姿が見えない。見えるのは灰色の人影だけだ。
灰色の人影の頭はつるんとした球体で、そこには髪や目耳鼻など人間の顔を構成するパーツが一つも見当たらない。
数メートル進んだが、何を話しているのか、二人の耳には聞こえてこない。
時折二人は顔を見合わせながら、ゆっくりと進んでいく。
「?!」「あっ!」
残り五、六メートルくらいになったところで、二人は突如、見えない壁に進路を阻まれた。
「確認します」
主任が上半身を起こし、壁に切れ目がないか手で探っていく。
だが、隙間らしい隙間は見つからない。
「木口さん、右に回り込みましょう。ここに目印を置いていきます」
「はい」
主任の提案で、今度はうつ伏せのまま壁伝いに右側へと進んでいく。
「……これって?」
数分後、培楽が地面に置かれた未開封のペットボトルを見つけた。先ほど主任が目印に置いたものだ。
「一回りしてしまったようです」
壁は灰色の人影を中心とした円状に隙間なく設置されているようであった。
これでは二人がこれ以上契約の場と思われる場所に近づくことはできない。
壁伝いに一周してわかったことだが、その内側には灰色の人影の他に、壁に近いところに二つの人影があった。
いずれも意識を失った状態で地面に倒れており、服装から敵であることは解る。
だが、代理や先生の姿は確認できない。
中心に近い方ほど白い光がまぶしく、中の様子が窺えないようになっている。
「他の皆はどうしているのでしょうか……?」
培楽が周囲を見回した。しかし、主任以外の仲間の姿は見えない。
「わかりません……契約が取り交わされているようには見えるので、恐らく代理はご無事だと思いますが……」
主任がそう答えたところに、斜面の上の方から下に向けて強い風が吹いてきた。
「わわっ!」
風にあおられて培楽の身体が浮き上がりそうになる。
「木口さん! つかまってください!」
主任が培楽の手を取り、地面へと引きずり下ろした。
「飛ばされちゃう!」「伏せましょう!」
台風の中のような強い風に主任と培楽が顔を地面に伏せる。
「……承知した。こ……二年待たれよ……」
風に乗って声が聞こえてくる。二人の知る代理の声ではない。
「しゅ、主任さん! これって?!」
培楽が地面に伏したまま大声で主任に尋ねた。風の音が大きくてこうでもしないと聞こえないと考えたのだ。
「そ、そんなに大きな声でなくても聞こえます。恐らく、契約の話かと……」
主任も地面に伏したまま答えた。
「……は我に同行し……見届けよ……」
「承知しました」
「「?!」」
聞き慣れた声に主任と培楽が顔を上げてその主の姿を見ようとする。
だが、相変わらずまばゆいばかりの白い光に阻まれて、灰色の人影以外の人の姿は見えない。
「……風が、止んだ?」
「はい……止みましたね……」
それまで二人の身体を浮き上がらせんばかりに吹いていた風がぱたりと止んだ。
二人が身体を起こす。
上半身を起こすところまでは何とかなったが、上から何か強い力で押さえつけられているようで、立ち上がることはままならない。
「……培楽さん、やはり貴女もこちら側の方だったようです。申し訳ありませんがお二人とも、二年待ってください……」
代理の声に思わず二人が周囲を見回す。
だが、見えるのは灰色の人影だけで、代理の姿は無い。
「……その気があるようでしたら二年後の五月二一日午前零時に再びこの場所に来てください。あなたの気持ちが変わらず準備を済ませていれば、私のいる側に行くことができると思います。この契約は……」
そこで代理の言葉は途切れた。
徐々に白い光が薄れはじめ、辺りの様子が二人の目にも見えるようになってきた。
「……さっきのは何だったのでしょうか……」
「……わかりません。ですが、間違いなく代理の声でした……」
二人が周囲を見回したが、代理の姿だけではなく、先ほどまで見えていた灰色の人影も消え失せていた。
東の方の空が白み始めている。
「四時一一分……」
主任がポケットからスマホを取り出し、時刻を読み上げた。
「ご無事でしたか!」
培楽達から見て左斜め前、南側の斜面から小柄な女性を背負った大男が姿を現した。
「先生……」
先生が背負っている女性を見て、培楽が言葉を失った。
「大丈夫です。かすり傷くらいですから生命に別状はないでしょう」
「……ったく……年寄り扱いが荒いんだよ! アタシゃ休むよ! 丁重に……運んでいきな!」
先生の背中からおっかさんがむくっと身体を起こして毒づいた。
声に力がないのは疲労のためだろう。言うだけ言って再び先生の背中に突っ伏したのだった。
「……」
培楽が他の皆さんは、と言おうとしたが、言葉にならなかった。
周囲には地面に横たわっている人の姿がいくつもあった。
その多くは敵のものであるが、一つは培楽とは面識のない味方のものだ。
確かタケさんと呼ばれていたな、と培楽は昨晩のやり取りを思い出していた。
主任とともに一行を先導していたダンがどうなったのかはおおよそ想像がつく。
だが、そうなっている可能性を口に出すのは憚られるような気がする。
また、代理に何が起きたのかはわからない。こちらは誰に聞いても答えを持っていないだろうと思われる。
「戻りましょう」
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