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第二章
78:もう一つの問題
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ヘンミの退室後、オイゲンはその場に残った役員と上級チームマネージャー達に一つの提案をした。
「皆さん、私から一つ提案したいことがあります。クロス・センターの作業員にタツシ・キノシタという人がいます。彼をヘンミTMのサポートに付けたいのです」
オイゲンは自身に意見したデータ管理センターの作業者を高く評価していた。
昨日の冷静な対応から、彼は危機に強そうだと感じていたのである。あの迫力ならOP社のエイチ・ハドリとも渡り合えるかもしれない。
オイゲンを含めて、現在のECN社のトップ層は平時の人であって危機に強くないように思われる。ウォーリーが残留していれば話は別であったが、彼はECN社をすでに去っている。
役員や上級チームマネージャーはウォーリーの後任であるヘンミをそれなりに高く評価しているようだが、彼もどちらかというと平時の人間だろう。
オイゲンから見て現状は平時とは言いがたい。
一般の従業員レベルでは現状が把握しきれていない部分もあるだろうが、OP社からの要求は日増しに厳しくなっており、いつまで自社が対応できるだろうかオイゲンにも不安がある。
今はまだよい。しかし、これから当分の間、状況は悪くなる一方だろう。
だから、今のうちに危機に強い人間を上に押し上げる必要がある。
上級チームマネージャーの一人がキノシタの役職を照会する。上級リーダー職になるようだと皆に説明する。
キノシタが勤務するクロス・センター担当の役員トミカは彼の存在を知っていた。
役員が一介の上級リーダーを知っているというのは異例であるが、キノシタはそれだけ目立つ存在であった。
少し考えてから、
「彼ならどうぞ。センターの仕事よりも補佐的な仕事の方が向いていると思います」
と心にもないであろうことを言った。
トミカ自身、キノシタには手を焼いており、オイゲンの発言をきっかけに体よく厄介払いしたかったのだ。
「ちょっと役職が低過ぎないだろうか?」
このような疑問の声もあがったが、ヘンミが少し前までキノシタの一ランク上のサブマネージャーだったことが考慮された。
補佐役が少し前まで同格だった者ではやりにくいだろう。
このくらいの役職がちょうど良い、ということになって、キノシタがヘンミの補佐役と決まった。
キノシタへはオイゲンが異動を指示した。
ひと悶着あるのではないか、とオイゲンは思ったが、キノシタは思いのほか素直に異動を受け入れた。
オイゲンとしても拍子抜けだったが、キノシタが異動を受け入れてくれたことに感謝することにした。
会議を終えて、オイゲンは社長室に戻った。
彼にはもう一つ解決しなければならない問題があった。
秘書のメイの処遇である。
メイをポータル・シティに連れて行くわけにはいかなかった。
秘書帯同での研修をOP社が受け入れる訳がない。
それに独身のオイゲンが同じく独身女性のメイを帯同して研修を受けるとなれば、ECN社内でもあらぬ噂を立てられることになるだろう。
オイゲンには一つ考えがあったのだが、それはメイに大きな負担を強いることになるかもしれない。そのような方策を彼女が受け入れるだろうか?
オイゲンは無言で席に着いた。
そして、端末の前で腕を組んでメイにどう話をするか考え込んでいた。
しばらくしてメイがオイゲンの前にやってきた。
「社長、何を考えていらっしゃるのでしょうか?」
「あ、いや……ちょっとね」
オイゲンが口ごもるのを見て、メイは意を決した様子で言う。
「私のことであれば、私は社長の仰るとおりに致します……」
「……どうしてそう思ったのですか?」
オイゲンは一瞬言葉を失ったが、少なくとも表面上は平静を装って尋ねた。
「……すみません、会議の話、すべて聞いてしまいました……」
メイが申し訳なさそうに答えた。
考えてみれば彼女はモニタで会議の状況を把握できる立場にあるし、特に問題のある行為ではない。彼女は業務でこうした会議の記録をとることがあるからだ。
「そうでしたか、すみません……」
オイゲンは大きくため息をついた。
メイは真剣な目をして、オイゲンに向かって言う。
「あの……私のことであれば、覚悟はできています。仕事をしない秘書はこの会社に必要ないでしょうから……」
メイの発言にオイゲンが慌てる。
「いや、僕が考えているのはそういうことじゃないんだ。僕の不在時にやって欲しい仕事があるのだけど……
果たしてこんな大変な仕事をカワナさんに頼んでしまってよいものか……
まだ、カワナさんの体調も万全ではないと思うし……」
オイゲンの言葉にメイは意外そうな表情をした。
そして少し考えてから口を開く。
「あの、もし、私なんかでもできることならば……仰ってください」
「あ、うん。僕が研修を受けている間、別の仕事をして欲しい。研修にカワナさんを帯同することができないので」
「……はい。どういったお仕事でしょうか?」
メイが静かにうなずいた。その瞳には決意の色が見てとれた。
「皆さん、私から一つ提案したいことがあります。クロス・センターの作業員にタツシ・キノシタという人がいます。彼をヘンミTMのサポートに付けたいのです」
オイゲンは自身に意見したデータ管理センターの作業者を高く評価していた。
昨日の冷静な対応から、彼は危機に強そうだと感じていたのである。あの迫力ならOP社のエイチ・ハドリとも渡り合えるかもしれない。
オイゲンを含めて、現在のECN社のトップ層は平時の人であって危機に強くないように思われる。ウォーリーが残留していれば話は別であったが、彼はECN社をすでに去っている。
役員や上級チームマネージャーはウォーリーの後任であるヘンミをそれなりに高く評価しているようだが、彼もどちらかというと平時の人間だろう。
オイゲンから見て現状は平時とは言いがたい。
一般の従業員レベルでは現状が把握しきれていない部分もあるだろうが、OP社からの要求は日増しに厳しくなっており、いつまで自社が対応できるだろうかオイゲンにも不安がある。
今はまだよい。しかし、これから当分の間、状況は悪くなる一方だろう。
だから、今のうちに危機に強い人間を上に押し上げる必要がある。
上級チームマネージャーの一人がキノシタの役職を照会する。上級リーダー職になるようだと皆に説明する。
キノシタが勤務するクロス・センター担当の役員トミカは彼の存在を知っていた。
役員が一介の上級リーダーを知っているというのは異例であるが、キノシタはそれだけ目立つ存在であった。
少し考えてから、
「彼ならどうぞ。センターの仕事よりも補佐的な仕事の方が向いていると思います」
と心にもないであろうことを言った。
トミカ自身、キノシタには手を焼いており、オイゲンの発言をきっかけに体よく厄介払いしたかったのだ。
「ちょっと役職が低過ぎないだろうか?」
このような疑問の声もあがったが、ヘンミが少し前までキノシタの一ランク上のサブマネージャーだったことが考慮された。
補佐役が少し前まで同格だった者ではやりにくいだろう。
このくらいの役職がちょうど良い、ということになって、キノシタがヘンミの補佐役と決まった。
キノシタへはオイゲンが異動を指示した。
ひと悶着あるのではないか、とオイゲンは思ったが、キノシタは思いのほか素直に異動を受け入れた。
オイゲンとしても拍子抜けだったが、キノシタが異動を受け入れてくれたことに感謝することにした。
会議を終えて、オイゲンは社長室に戻った。
彼にはもう一つ解決しなければならない問題があった。
秘書のメイの処遇である。
メイをポータル・シティに連れて行くわけにはいかなかった。
秘書帯同での研修をOP社が受け入れる訳がない。
それに独身のオイゲンが同じく独身女性のメイを帯同して研修を受けるとなれば、ECN社内でもあらぬ噂を立てられることになるだろう。
オイゲンには一つ考えがあったのだが、それはメイに大きな負担を強いることになるかもしれない。そのような方策を彼女が受け入れるだろうか?
オイゲンは無言で席に着いた。
そして、端末の前で腕を組んでメイにどう話をするか考え込んでいた。
しばらくしてメイがオイゲンの前にやってきた。
「社長、何を考えていらっしゃるのでしょうか?」
「あ、いや……ちょっとね」
オイゲンが口ごもるのを見て、メイは意を決した様子で言う。
「私のことであれば、私は社長の仰るとおりに致します……」
「……どうしてそう思ったのですか?」
オイゲンは一瞬言葉を失ったが、少なくとも表面上は平静を装って尋ねた。
「……すみません、会議の話、すべて聞いてしまいました……」
メイが申し訳なさそうに答えた。
考えてみれば彼女はモニタで会議の状況を把握できる立場にあるし、特に問題のある行為ではない。彼女は業務でこうした会議の記録をとることがあるからだ。
「そうでしたか、すみません……」
オイゲンは大きくため息をついた。
メイは真剣な目をして、オイゲンに向かって言う。
「あの……私のことであれば、覚悟はできています。仕事をしない秘書はこの会社に必要ないでしょうから……」
メイの発言にオイゲンが慌てる。
「いや、僕が考えているのはそういうことじゃないんだ。僕の不在時にやって欲しい仕事があるのだけど……
果たしてこんな大変な仕事をカワナさんに頼んでしまってよいものか……
まだ、カワナさんの体調も万全ではないと思うし……」
オイゲンの言葉にメイは意外そうな表情をした。
そして少し考えてから口を開く。
「あの、もし、私なんかでもできることならば……仰ってください」
「あ、うん。僕が研修を受けている間、別の仕事をして欲しい。研修にカワナさんを帯同することができないので」
「……はい。どういったお仕事でしょうか?」
メイが静かにうなずいた。その瞳には決意の色が見てとれた。
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