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第五章

191:裏切られた移住者

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 LH三八年ごろ、ポータル・シティの郊外の平地に八千人が集うキャンプがあった。
 キャンプに住まう人々は、ポータル・シティ内に定住するための住居を持たなかった。
 彼らが本来住むべき住居を失ったのは、次のようないきさつからであった。

 天然資源に事欠くエクザロームでは、金属や化石燃料といった資源の探索が急務とされていた。
 五年ほど前にポータル・シティのはるか南東で鉄の鉱脈が発見された。
 ポータル・シティの有力者はこぞって自らの管理する区域の住民を現地に送り込んだ。
 いつしか、鉱脈の付近には人が集まって都市ができた。

 LH三四年には、この都市に「インデスト」という名前がつけられた。
 鉄鉱石は採掘できたが、当時はそれを加工するすべが無かった。製鉄にもエネルギーが必要なのである。
 また、採掘した鉄鉱石を輸送するにしてもインデストとポータルの間は距離がありすぎた。
 更に二都市の間は砂地と湿地だらけで道が悪い。

 結局、鉄鉱石の採掘は採算が取れず、多くの人々はインデストでの生活を諦めた。
 その結果ポータル・シティへ戻る者が続出したが、世間の風は彼らに冷たかった。
 インデストへ移住した者の中には、全財産を投げ打った者も多くいた。
 しかし、有力者たちはすべてを失った彼らに何の補償もしなかった。途中で投げ出した方が悪い、としたのだ。
 また、彼らに補償するだけの余裕がない状況なのも事実であった。

 一方、彼らにも言い分がある。
 インデストに彼らを送り込んだのは有力者たちなのである。採算の取れない事業に人を送り込んでおきながら、責任を取らないのは何事か、ということである。

 両者がいがみ合う結果になったが、有力者たちも無い袖は振れなかった。
 インデストから戻ってきた者にはわずかばかりの見舞金が支払われただけであった。
 住処を失った彼らの多くはポータル・シティの郊外でテント暮らしを始めた。
 この中には野盗となって、ポータル・シティやフジミ・タウンで略奪や盗みを働く者もいた。

 有力者たちの処置に不満を持ったのは、インデストから戻ってきた者とは限らなかった。ポータル・シティや付近の都市の市民にも不満を持ち、有力者たちを糾弾した者たちがいたのだ。
 こうした市民の扱いに手を焼いた有力者たちは、その多くを政治犯として海洋調査隊に送り込んだ。

 この状況に目をつけた者がいた。名前をキョウジ・トイという。
 彼は各地に有力者が乱立しており、中央集権的なコントロールを持っていない状況に憤りを感じていた。
 このままではエクザロームが滅亡する。
 彼にはそうした危機感があった。人は強力なコントロールがあってこそ正しく動くものなのだ。コントロールのない集団は野獣の類と同じである。彼はそう信じていた。

 まず、彼は有力者の中でもっとも力ある者のところで仕事をすることを決めた。有力者の持つ力を操って、他の有力者たちを取り込もうとしたのである。
 そこで、海岸エリアの有力者であるスザキに仕えた。

 しかし、トイの目論見は崩れた。
 スザキに他の有力者を打倒するなり、取り込むなりといった意欲が薄かったのである。それどころか、ナンバーツーのマサヨシ・ハドリに「エリア長代行」なる役職を与え、自分は「高齢のため」とさっさと引退してしまったのだ。

 トイの見るところ、自分ほどスケールの大きい志を持つ者は他になかった。
 そこで、次なる方法を考えた。
 自分が有力者となり、他の有力者を打倒するか取り込むことにしたのである。

 しかし、彼は有力者の血縁ではないし、以前のように養子を求める有力者も無い。
 また、彼には資金も、人も、土地も無かった。あるのはただ一つ、自宅に残されていた記録ディスクのみであった。

 彼は、「人」として有力者に捨てられたテント生活者を利用することとした。
 子分を使い、テント生活者の持つ不満を集めた。

 彼らに過度な信頼は置けないが、使い道はある。彼らの持つ負の感情を利用すればよい。
 しかし、この感情もそのままでは使い物にならなかった。各々が持つ感情の向きがバラバラなのだ。これを正す必要がある。
 トイは同時に彼が地盤とする土地も探した。力を得るために必要なものだからだ。

 サブマリン島で多くの人々を養えるだけの土地は限られており、その殆どすべては既に人が居住している。新たな土地を開拓するには手間と時間がかかりすぎる。
 しかし、新たな土地を開拓する以外にも地盤を確保する方法はある。
 条件の良い新たな土地が無ければ、既にあるものを奪い取ればよいからだ。

 トイはフジミ・タウンを自らの基盤の第一候補とした。
 十分な広さがあり、肥沃な土地であることが最大の理由だ。
 他にもポータル・シティの有力者達と折り合いが悪く、他の有力者と呼応して反撃される可能性が低いこと、近くに他の有力者がないことも選択の理由だった。攻めやすく、反撃を受けにくいのである。

 とはいえ、相手からの反撃があることは容易に予想できる。
 力ずくで奪い取っても、こちらが傷つけばこの地を狙う狡猾な者どもに漁夫の利をさらわれる恐れがある。
 そこで彼がやったことは、人的な戦力の拡充だった。

 彼の手には唯一ともいえる武器があった。
 彼の亡くなった父はルナ・ヘヴンス内で非合法の医療機関に勤務していた。
 そこにはルナ・ヘヴンスの暗部とも言える数々の情報が山積みになっていた。
 これらの情報はルナ・ヘヴンスの不時着とともにいずこかへと失われたはずだった。
 しかし、トイのもとにその情報が残されていた。
 彼はこれを用いて、海洋調査隊から戦力を引き出そうとした。海洋調査隊に送り込まれた犯罪者たちを活用するのだ。

 手元にある有力者の隠し子という情報はそれだけで材料となり得るが、それだけでは不十分であるとトイは考えた。
 そこで彼はマサヨシ・ハドリに関する更なる情報を求めた。
 すると、テント生活者の一人がトイのもとへやって来た。
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