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第五章
193:フジミ・タウンの異変
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「市長、水が出ないって問い合わせが相次いでいますが?」
「川を見に行くぞ。私も行くから他に四、五人集めてくれ」
「やっておきます!」
この日、フジミ・タウンの役場では職員があわただしく動いていた。
今朝になって急に水が出ない、水の出が悪くなる、という問い合わせが殺到したのである。
最初に市内の配管を調査したが、配管そのものに問題はなかった。
しかし、配管を流れる水の量が極端に少なくなっていることは明らかであった。
原因は市内の配管ではなく、水源から配管の間にあるだろう。
そこで市長のユキナリ・クルスは自らを中心とした調査チームを水源である川に派遣することにした。
LH三八年四月二七日の昼前、調査チームが役場を出発した。
一方、調査チームが出発した後の役場は平穏な空気が流れていた。
これまでにも、大雨の後などで水道の出が悪くなることは何度かあった。
ここ三週間ばかりは雨らしい雨が降っていないが、今回の水道の異変も過去のそれと同じような原因だろうと考える者が少なくなかった。
過去と同じであれば、あと数時間もすれば復旧するだろう。
「ハドリさんの息子さん、四年生に進学したのだって?」
「そうなんです、課長。親の出来が良くないのに、あの子は本当によくやってくれるの。本当に頼りになる子なんですよ」
「ほう、息子さんの話も聞いてみたいものだね」
サトミ・ハドリはフジミ・タウンの役場の農業課に勤務する職員である。
市民からの問い合わせが落ち着いたので、農業課の職員たちは雑談に花を咲かせていた。
その輪の中心にいたのがサトミだった。
彼女自慢の息子が、職業学校の中でもエリート中のエリートが進学する五年制特別コースの四年生に進級した。課内はその話で持ち切りだったのだ。
フジミ・タウンでは職業学校に進学する者は珍しい。
義務教育を終えたらすぐに市内で働く者も多く、職業学校へ進学しただけでエリートと言われる土地柄である。
若者が市内から外へ出ないのはフジミ・タウンと他の都市との関係が険悪であることも影響している。
食料の売買を通じた関係は辛うじて続いていたが、それがなければフジミ・タウンと他の都市との交流関係は一切成立しなかったに違いない。
ただ、この関係があったからこそ、わずかとはいえ、フジミ・タウンから当時ポータル・シティにあった職業学校へ進学する者が存在し得た。
しかも、サトミの息子はただの職業学校生ではなかった。五年制特別コースの学生である。フジミ・タウン出身者でこのコースへ進学するのは、史上初の快挙であった。
「うちの子供は出来が悪くって、どうしたらハドリさんの息子さんみたいになれるのか、昼にでも教育方針とか聞きたいね」
「それは聞かせてもらいたいなぁ」
農業課の職員から、次々に声があがった。
サトミが、「どうしようかなぁ」と考えていると、課長が「授業料として昼をおごろう!」と申し出た。
「そうですね、それなら行きましょうか」
こうして昼休みに農業課の職員全員が課長のおごりで昼食へと行くことになったのである。もっとも、農業課は課長を含めて五人の職員しかいないのだが。
サトミの提案で最近オープンしたというレストランでの昼食となった。
「やっぱり、一人なら男の子のほうが頼りになっていいわ。男の子は一人になっても生きていけるし」
サトミが皿に手際よく料理を取り分けながら言った。給仕役にはうってつけのようだ。
「そういうものですかね」
「そういえばハドリさんのところは息子さん一人ですね」
その言葉に、サトミの手が一瞬止まる。
そして、早口で、
「そうとは限らないかもしれないですよ。娘がいるとか。みんなどんな人生を送っているかなんてわからないでしょ。課長さんだって浮気や不倫の一つや二つあったっておかしくないですし」
とまくし立てた。
周りの視線がサトミに集中した。場の空気が何とも言えない重いものへと変貌し始める。
サトミの言葉はまだ続く。
「人には誰にも知られたくない秘密のひとつやふたつありますよ。だから、私に女の子がいる、なんてことがあってもおかしくないのじゃないですか?」
「うわ、ハドリさん、冗談キッツイわ」
課長がサトミの言葉に苦笑した。
サトミの話が度を過ごしだしたと判断した課長は、彼女の感情を害さないようにと気を遣いながら止めに入ったのだった。
「確かにハドリさんは時々冗談がキツイですよねー」
「その調子でドラマの脚本とか書いたらすごいのができるじゃないですか?」
「それは見てみたいというか、わはは」
「あははは」
課長の言葉が功を奏したのか他の職員が笑い転げる。
しかし、サトミの言葉の前半部分は完全に事実であった。彼女には娘がいたのだから。
フローレンスと名づけられた娘は八年前に行方不明になっていたが、娘が幼いときに別れたサトミが、そのことを知る由もなかった。
もちろん、彼女と同じテーブルを囲んでいる農業課の職員たちもそのことを知るはずがなかった。
「川を見に行くぞ。私も行くから他に四、五人集めてくれ」
「やっておきます!」
この日、フジミ・タウンの役場では職員があわただしく動いていた。
今朝になって急に水が出ない、水の出が悪くなる、という問い合わせが殺到したのである。
最初に市内の配管を調査したが、配管そのものに問題はなかった。
しかし、配管を流れる水の量が極端に少なくなっていることは明らかであった。
原因は市内の配管ではなく、水源から配管の間にあるだろう。
そこで市長のユキナリ・クルスは自らを中心とした調査チームを水源である川に派遣することにした。
LH三八年四月二七日の昼前、調査チームが役場を出発した。
一方、調査チームが出発した後の役場は平穏な空気が流れていた。
これまでにも、大雨の後などで水道の出が悪くなることは何度かあった。
ここ三週間ばかりは雨らしい雨が降っていないが、今回の水道の異変も過去のそれと同じような原因だろうと考える者が少なくなかった。
過去と同じであれば、あと数時間もすれば復旧するだろう。
「ハドリさんの息子さん、四年生に進学したのだって?」
「そうなんです、課長。親の出来が良くないのに、あの子は本当によくやってくれるの。本当に頼りになる子なんですよ」
「ほう、息子さんの話も聞いてみたいものだね」
サトミ・ハドリはフジミ・タウンの役場の農業課に勤務する職員である。
市民からの問い合わせが落ち着いたので、農業課の職員たちは雑談に花を咲かせていた。
その輪の中心にいたのがサトミだった。
彼女自慢の息子が、職業学校の中でもエリート中のエリートが進学する五年制特別コースの四年生に進級した。課内はその話で持ち切りだったのだ。
フジミ・タウンでは職業学校に進学する者は珍しい。
義務教育を終えたらすぐに市内で働く者も多く、職業学校へ進学しただけでエリートと言われる土地柄である。
若者が市内から外へ出ないのはフジミ・タウンと他の都市との関係が険悪であることも影響している。
食料の売買を通じた関係は辛うじて続いていたが、それがなければフジミ・タウンと他の都市との交流関係は一切成立しなかったに違いない。
ただ、この関係があったからこそ、わずかとはいえ、フジミ・タウンから当時ポータル・シティにあった職業学校へ進学する者が存在し得た。
しかも、サトミの息子はただの職業学校生ではなかった。五年制特別コースの学生である。フジミ・タウン出身者でこのコースへ進学するのは、史上初の快挙であった。
「うちの子供は出来が悪くって、どうしたらハドリさんの息子さんみたいになれるのか、昼にでも教育方針とか聞きたいね」
「それは聞かせてもらいたいなぁ」
農業課の職員から、次々に声があがった。
サトミが、「どうしようかなぁ」と考えていると、課長が「授業料として昼をおごろう!」と申し出た。
「そうですね、それなら行きましょうか」
こうして昼休みに農業課の職員全員が課長のおごりで昼食へと行くことになったのである。もっとも、農業課は課長を含めて五人の職員しかいないのだが。
サトミの提案で最近オープンしたというレストランでの昼食となった。
「やっぱり、一人なら男の子のほうが頼りになっていいわ。男の子は一人になっても生きていけるし」
サトミが皿に手際よく料理を取り分けながら言った。給仕役にはうってつけのようだ。
「そういうものですかね」
「そういえばハドリさんのところは息子さん一人ですね」
その言葉に、サトミの手が一瞬止まる。
そして、早口で、
「そうとは限らないかもしれないですよ。娘がいるとか。みんなどんな人生を送っているかなんてわからないでしょ。課長さんだって浮気や不倫の一つや二つあったっておかしくないですし」
とまくし立てた。
周りの視線がサトミに集中した。場の空気が何とも言えない重いものへと変貌し始める。
サトミの言葉はまだ続く。
「人には誰にも知られたくない秘密のひとつやふたつありますよ。だから、私に女の子がいる、なんてことがあってもおかしくないのじゃないですか?」
「うわ、ハドリさん、冗談キッツイわ」
課長がサトミの言葉に苦笑した。
サトミの話が度を過ごしだしたと判断した課長は、彼女の感情を害さないようにと気を遣いながら止めに入ったのだった。
「確かにハドリさんは時々冗談がキツイですよねー」
「その調子でドラマの脚本とか書いたらすごいのができるじゃないですか?」
「それは見てみたいというか、わはは」
「あははは」
課長の言葉が功を奏したのか他の職員が笑い転げる。
しかし、サトミの言葉の前半部分は完全に事実であった。彼女には娘がいたのだから。
フローレンスと名づけられた娘は八年前に行方不明になっていたが、娘が幼いときに別れたサトミが、そのことを知る由もなかった。
もちろん、彼女と同じテーブルを囲んでいる農業課の職員たちもそのことを知るはずがなかった。
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