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第七章

277:無策

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 病棟の白っぽい廊下に五人の男女がたむろしている。
 廊下の突き当りには「手術中」のランプが点灯した部屋がある。
 その前を何人かは落ち着かない様子で歩き回り、何人かは備え付けの椅子に腰かけている。

 ここはジンにある巨大医療施設「メディット」の某所である。
 五人の男女は手術を受けている青年の知人であり、彼を待っている。

「メルツ先生とモリタ君は遅いね……売店ってそんなに遠かったかな?」
 落ち着きなく辺りを歩き回っている一人がそうつぶやいた。眼鏡以外に特徴がない青年だ。
 するとやはり歩き回っている一人が声を荒げた。こちらは群を抜いた長身が特徴的だ。
「社長さんが落ち着かなくてどうするんだよ! トップが慌てたら部下にも伝染するだろうが!」
「……すまない、そうだったね」
 歩き回っているのはオイゲンとロビーだった。眼鏡の青年がオイゲン、長身がロビーである。

 ニ〇分ほど前にモリタとレイカは全員の分の飲み物を買いに行くと席を離れた。
 セスが手術室に運び込まれてから既に六時間以上が経過している。
 セスはメディットに運び込まれた後、緊急でいくつかの検査を受けた。
 いくつかの血管に異常が見つかり、緊急手術が実施されることになったのだ。
 セスの担当医のほかにも副院長のヴィリー・アイネスなどが手術に立ち会っているようだが、中の様子はよくわからない。
 時々人の出入りはあるが、中の様子についての報告はない。そのことが待っている者達の不安を煽っている。

「大丈夫……ですよね?」
 椅子に座っていた若いショートヘアの女性が隣に座っている女性に不安そうに問い掛けた。
「大丈夫に決まってるって! 私があの子を逝かせはしないわよ。二〇かそこらで人生おしまいなんて、あまりにも不公平だわ」
「そうですね……」
 椅子に腰掛けていたのはコナカとカネサキの二人である。オオイダはコナカの隣で壁に寄りかかりながら立っている。
「駄目なら手術を続けることはしないだろう。手術が続いているのは可能性があるという証拠だろうな」
 ロビーがコナカに向かって自分に言い聞かせるように言った。コナカはロビーに向かって無言でうなずいた。
「それにしてもあの二人、遅いわね……」
 オオイダが手術室と反対側の廊下に目をやった。
 手術室の状況がなかなか変わらないので、どうしてもこの場にいないレイカとモリタに注意が回ってしまうようだ。六時間以上もこの状況が続いているので無理もない。
 オイゲンがそうですね、と曖昧に答えた。

 アイネスからオイゲンに緊急連絡があったのは昨日のことだ。
 ロビーが定期的にセスの情報をメディットに送信していたのだが、そのデータに異常らしいものが発見されたのだ。
 担当医はアイネスにそのことを連絡すると、アイネスからオイゲン宛てに通信を飛ばした。
「彼らが戻り次第、早急にメディットへ移動させること」
 アイネスはいくつかの用意すべきものをオイゲンに示して、セスの到着を待ったのであった。

 オイゲンはアイネスからの連絡を聞いて、セスが到着次第そのままメディットへ直行することを決めた。そのための準備も事前に済ませておいていた。
 できるだけのことはしたと思うが、結果が伴わなければ意味が無い。
 自分が悩んだところで何もできないのだが、それでもオイゲンは悩むしかできなかった。

「社長さん、ちょっと!」
 ロビーがオイゲンを小声で呼ぶ。
 オイゲンが答えると、ロビーはこう切り出してきた。
「セスが助かって退院した後の話だがよ……」
 オイゲンもセスの兄らしい人物が、自身のもと部下であったウォーリー・トワであることを知っている。そして、オイゲンが経営するECN社ではウォーリーが代表を務める「タブーなきエンジニア集団」との接触が禁止されている。
「わが社の従業員として動いてもらうのは少し厳しいですね。『タブーなきエンジニア集団』へ降伏を勧告しに行くメンバーという線も考えましたが、降伏勧告を出すこと自体をハドリ社長に拒絶されてしまいました」
 オイゲンが申し訳なさそうに告げると、ロビーは首を横に振った。
「あまり社長さんのところにも迷惑はかけられないからな。一旦バイトを辞職しようと思っている。そうすれば社長さんの会社には迷惑がかからないだろう」
「しかし……それでは……」
「これ以上、社長さんにも迷惑はかけられないからな。それはわかっているつもりだ」
「……すみません。後でお渡ししたいものがあります。出発の直前に連絡ください」
「……ああ、わかった」
 ロビーとオイゲンの会話は小声だったので、カネサキたちの注意をひくことはなかった。
 オイゲンはセス達の出発時に多少の路銀を出してやろうと考えていた。
 電子マネーのチップにはまだ余りがあるから、そのくらいはできる。
 しかし、オイゲンにもそれ以上のアイデアが無いのは事実だった。
 このようなとき、オイゲンは自分の無策さとECN社の社長という立場を呪いたくなる。
「やっぱり、東に活路を求めるしか……」
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