20 / 240
第十六章
740:反撃開始
しおりを挟む
「皆様にお見せしたいものがあります。先日、ある方から弊社に届けられたものなのですが……」
こう前置きして、レイカはジン・ヌマタが持ってきた通信機を机の上に置いた。
長身とはいえ細身で華奢に見える彼女が、一〇キログラム近くある通信機を軽々と持ち上げた姿に、おおっと歓声があがった。
彼女自身はやや不本意であったのだが、この歓声は本題とは関係ないと割り切っていた。
マーケター時代に自分がサンプルなどで取り寄せたワインやコーヒーなどを自らの手で運んでいたのでこのくらいは当然としか思っていないのだが、そのような姿を知る者はほとんどない、というだけであった。
歓声があがったことについては不本意ながらも成果を得られているとレイカは考えている。
本題に入る前に注目を集められたことで、今回の発表の価値が高められると判断したのだ。
会場のざわめきが少し落ち着いたところで、レイカは通信機が昨年末に地熱発電所で発生した火災の発火装置に使われたとされたものであることを、部品のロット番号などの証拠を示しながら発表した。
騒がしかった会見場が、一瞬にして静かになる。
「はは、うまくペースに巻き込んだな。相変わらずの演出力だ」
画面を見て腕組みしていたミヤハラが、笑みを浮かべながらつぶやいた。
画面の中のレイカはというと、通信機の調査に時間を要したこと、そして通信機の存在の発表が今日になったことを謝罪していた。
その上で、レイカは「勉強会」グループに事件の容疑者として身柄を拘束された三人の即時釈放を呼びかけた。
更に、レイカは容疑者とされた三人について、立場や人となりなどを集まった人々に質問してみせた。
その後、会見場ではレイカに対する質問が出され始めた。
問題となった通信機の出所や、ECN社で行った調査の内容、そして調査結果を発表しようとした理由、などである。
質問に対し、レイカが答え始めたところで、ミツイリからミヤハラたちに連絡が入った。
主な内容は二つであった。
まず、レイカの会見を受けて「EMいのちの守護者の会」が、地熱発電所火災事件の容疑者の即時解放を求めるとともに、同事件の捜査にECN社を協力させるべきだという声明を発表したこと。
そして、「勉強会」グループはレイカが提示した通信機について、何者かが捏造した証拠を誤ってECN社が採用したのだろうという見解を発表したこと。
「ついに動いたな、仲間割れとまではいかなかったが……」
ミヤハラがオイゲンに話しかけた。
「『勉強会』の人たちは、『EMいのちの守護者の会』に遠慮があるようだね。『EMいのちの守護者の会』にしても、直接『勉強会』の名前は出さなかったけど」
オイゲンが応じた。
レイカの発表により、ECN社は「勉強会」グループへ喧嘩を売った形となったとミヤハラは考えていた。
インデストにおける「勉強会」グループへの支持を考えれば、レイカの発表がある程度インデスト市民に受け入れられて初めてECN社が「勉強会」グループに対抗できるとミヤハラは見込んでいる。
一方で、「EMいのちの守護者の会」が「勉強会」グループと少し距離を取るような声明を出したことについては、その意図を慎重に見極める必要があると考えていた。
少なくとも、現時点で「EMいのちの守護者の会」がECN社に味方したと判断するのは、あまりに甘いと言わざるを得なかった。
ミヤハラの見立てでは、彼らがECN社に味方するとすれば、それはECN社が彼らに完全に屈服したときのみであろう。
彼らに完全に屈服する、ということは、彼らにとって都合の悪い者を排除するために手を汚す役割を担うことになる可能性が高い。
ミヤハラ個人としても、ECN社としても、その立場となることを甘受せよ、というのは到底受け入れられることではなかった。
「EMいのちの守護者の会」と対決することになるだろうが、「勉強会」グループと「EMいのちの守護者の会」をまとめて相手にするのは、ECN社の規模をもってしても厳しい。
その意味では「勉強会」グループに対して、「EMいのちの守護者の会」が距離を置き始めるような言動を見せたことは、ECN社にとって朗報であった。
「始まったな」
ミヤハラがつぶやいた。
「そうだね、始まってしまった。始めさせられた、というところかもしれないが、最初の一本は取れたのではないのかい?」
オイゲンの答えはあくまで慎重であった。
「まったく、面倒事ばかり押し付けやがって……イナ、お前も巻き添えだからな、覚えておけよ」
「はは……肝に銘じておくよ」
ミヤハラの八つ当たりに、オイゲンは苦笑で応じたのであった。
こう前置きして、レイカはジン・ヌマタが持ってきた通信機を机の上に置いた。
長身とはいえ細身で華奢に見える彼女が、一〇キログラム近くある通信機を軽々と持ち上げた姿に、おおっと歓声があがった。
彼女自身はやや不本意であったのだが、この歓声は本題とは関係ないと割り切っていた。
マーケター時代に自分がサンプルなどで取り寄せたワインやコーヒーなどを自らの手で運んでいたのでこのくらいは当然としか思っていないのだが、そのような姿を知る者はほとんどない、というだけであった。
歓声があがったことについては不本意ながらも成果を得られているとレイカは考えている。
本題に入る前に注目を集められたことで、今回の発表の価値が高められると判断したのだ。
会場のざわめきが少し落ち着いたところで、レイカは通信機が昨年末に地熱発電所で発生した火災の発火装置に使われたとされたものであることを、部品のロット番号などの証拠を示しながら発表した。
騒がしかった会見場が、一瞬にして静かになる。
「はは、うまくペースに巻き込んだな。相変わらずの演出力だ」
画面を見て腕組みしていたミヤハラが、笑みを浮かべながらつぶやいた。
画面の中のレイカはというと、通信機の調査に時間を要したこと、そして通信機の存在の発表が今日になったことを謝罪していた。
その上で、レイカは「勉強会」グループに事件の容疑者として身柄を拘束された三人の即時釈放を呼びかけた。
更に、レイカは容疑者とされた三人について、立場や人となりなどを集まった人々に質問してみせた。
その後、会見場ではレイカに対する質問が出され始めた。
問題となった通信機の出所や、ECN社で行った調査の内容、そして調査結果を発表しようとした理由、などである。
質問に対し、レイカが答え始めたところで、ミツイリからミヤハラたちに連絡が入った。
主な内容は二つであった。
まず、レイカの会見を受けて「EMいのちの守護者の会」が、地熱発電所火災事件の容疑者の即時解放を求めるとともに、同事件の捜査にECN社を協力させるべきだという声明を発表したこと。
そして、「勉強会」グループはレイカが提示した通信機について、何者かが捏造した証拠を誤ってECN社が採用したのだろうという見解を発表したこと。
「ついに動いたな、仲間割れとまではいかなかったが……」
ミヤハラがオイゲンに話しかけた。
「『勉強会』の人たちは、『EMいのちの守護者の会』に遠慮があるようだね。『EMいのちの守護者の会』にしても、直接『勉強会』の名前は出さなかったけど」
オイゲンが応じた。
レイカの発表により、ECN社は「勉強会」グループへ喧嘩を売った形となったとミヤハラは考えていた。
インデストにおける「勉強会」グループへの支持を考えれば、レイカの発表がある程度インデスト市民に受け入れられて初めてECN社が「勉強会」グループに対抗できるとミヤハラは見込んでいる。
一方で、「EMいのちの守護者の会」が「勉強会」グループと少し距離を取るような声明を出したことについては、その意図を慎重に見極める必要があると考えていた。
少なくとも、現時点で「EMいのちの守護者の会」がECN社に味方したと判断するのは、あまりに甘いと言わざるを得なかった。
ミヤハラの見立てでは、彼らがECN社に味方するとすれば、それはECN社が彼らに完全に屈服したときのみであろう。
彼らに完全に屈服する、ということは、彼らにとって都合の悪い者を排除するために手を汚す役割を担うことになる可能性が高い。
ミヤハラ個人としても、ECN社としても、その立場となることを甘受せよ、というのは到底受け入れられることではなかった。
「EMいのちの守護者の会」と対決することになるだろうが、「勉強会」グループと「EMいのちの守護者の会」をまとめて相手にするのは、ECN社の規模をもってしても厳しい。
その意味では「勉強会」グループに対して、「EMいのちの守護者の会」が距離を置き始めるような言動を見せたことは、ECN社にとって朗報であった。
「始まったな」
ミヤハラがつぶやいた。
「そうだね、始まってしまった。始めさせられた、というところかもしれないが、最初の一本は取れたのではないのかい?」
オイゲンの答えはあくまで慎重であった。
「まったく、面倒事ばかり押し付けやがって……イナ、お前も巻き添えだからな、覚えておけよ」
「はは……肝に銘じておくよ」
ミヤハラの八つ当たりに、オイゲンは苦笑で応じたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる