ストランディング・ワールド(Stranding World) 第三部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて国を興す~

空乃参三

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第十六章

740:反撃開始

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「皆様にお見せしたいものがあります。先日、ある方から弊社に届けられたものなのですが……」
 こう前置きして、レイカはジン・ヌマタが持ってきた通信機を机の上に置いた。
 長身とはいえ細身で華奢に見える彼女が、一〇キログラム近くある通信機を軽々と持ち上げた姿に、おおっと歓声があがった。
 彼女自身はやや不本意であったのだが、この歓声は本題とは関係ないと割り切っていた。
 マーケター時代に自分がサンプルなどで取り寄せたワインやコーヒーなどを自らの手で運んでいたのでこのくらいは当然としか思っていないのだが、そのような姿を知る者はほとんどない、というだけであった。
 歓声があがったことについては不本意ながらも成果を得られているとレイカは考えている。
 本題に入る前に注目を集められたことで、今回の発表の価値が高められると判断したのだ。

 会場のざわめきが少し落ち着いたところで、レイカは通信機が昨年末に地熱発電所で発生した火災の発火装置に使われたとされたものであることを、部品のロット番号などの証拠を示しながら発表した。
 騒がしかった会見場が、一瞬にして静かになる。

「はは、うまくペースに巻き込んだな。相変わらずの演出力だ」
 画面を見て腕組みしていたミヤハラが、笑みを浮かべながらつぶやいた。
 画面の中のレイカはというと、通信機の調査に時間を要したこと、そして通信機の存在の発表が今日になったことを謝罪していた。
 その上で、レイカは「勉強会」グループに事件の容疑者として身柄を拘束された三人の即時釈放を呼びかけた。
 更に、レイカは容疑者とされた三人について、立場や人となりなどを集まった人々に質問してみせた。
 その後、会見場ではレイカに対する質問が出され始めた。
 問題となった通信機の出所や、ECN社で行った調査の内容、そして調査結果を発表しようとした理由、などである。
 質問に対し、レイカが答え始めたところで、ミツイリからミヤハラたちに連絡が入った。
 主な内容は二つであった。
 まず、レイカの会見を受けて「EMいのちの守護者の会」が、地熱発電所火災事件の容疑者の即時解放を求めるとともに、同事件の捜査にECN社を協力させるべきだという声明を発表したこと。
 そして、「勉強会」グループはレイカが提示した通信機について、何者かが捏造した証拠を誤ってECN社が採用したのだろうという見解を発表したこと。
「ついに動いたな、仲間割れとまではいかなかったが……」
 ミヤハラがオイゲンに話しかけた。
「『勉強会』の人たちは、『EMいのちの守護者の会』に遠慮があるようだね。『EMいのちの守護者の会』にしても、直接『勉強会』の名前は出さなかったけど」
 オイゲンが応じた。

 レイカの発表により、ECN社は「勉強会」グループへ喧嘩を売った形となったとミヤハラは考えていた。
 インデストにおける「勉強会」グループへの支持を考えれば、レイカの発表がある程度インデスト市民に受け入れられて初めてECN社が「勉強会」グループに対抗できるとミヤハラは見込んでいる。
 一方で、「EMいのちの守護者の会」が「勉強会」グループと少し距離を取るような声明を出したことについては、その意図を慎重に見極める必要があると考えていた。
 少なくとも、現時点で「EMいのちの守護者の会」がECN社に味方したと判断するのは、あまりに甘いと言わざるを得なかった。
 ミヤハラの見立てでは、彼らがECN社に味方するとすれば、それはECN社が彼らに完全に屈服したときのみであろう。
 彼らに完全に屈服する、ということは、彼らにとって都合の悪い者を排除するために手を汚す役割を担うことになる可能性が高い。
 ミヤハラ個人としても、ECN社としても、その立場となることを甘受せよ、というのは到底受け入れられることではなかった。
「EMいのちの守護者の会」と対決することになるだろうが、「勉強会」グループと「EMいのちの守護者の会」をまとめて相手にするのは、ECN社の規模をもってしても厳しい。
 その意味では「勉強会」グループに対して、「EMいのちの守護者の会」が距離を置き始めるような言動を見せたことは、ECN社にとって朗報であった。

「始まったな」
 ミヤハラがつぶやいた。
「そうだね、始まってしまった。始めさせられた、というところかもしれないが、最初の一本は取れたのではないのかい?」
 オイゲンの答えはあくまで慎重であった。
「まったく、面倒事ばかり押し付けやがって……イナ、お前も巻き添えだからな、覚えておけよ」
「はは……肝に銘じておくよ」
 ミヤハラの八つ当たりに、オイゲンは苦笑で応じたのであった。
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