ストランディング・ワールド(Stranding World) 第三部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて国を興す~

空乃参三

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第十六章

741:研究の原動力

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「ふん、腐っているな、反応が。連中らしい」
 ジン・ヌマタがモニタの前で思い切り毒づいた。
 ハモネス郊外にある「マッチ・ラボ」では、バン・シシガ、ウィリマ・サソ、そしてヌマタなどがある研究に従事していた。
 ここで行われている研究は主にふたつで、ひとつがシシガとウィリマが中心となっている「理想の異性となるロボットの研究」であり、もうひとつはエリック・モトムラが中心となっている「遺伝情報の空き領域を用いて生物に任意の情報を読み書きする研究」であった。
 ヌマタは、どちらの研究に対しても多少の嫌悪感を覚えているのだが、匿ってもらっていることには一定の恩義を感じているため、彼らの研究に協力している。
 百パーセント否定できる研究内容であれば、彼も協力を拒んだだろう。
 だが、肯定二〇パーセント、否定五〇パーセント、肯定でも否定でもない三〇パーセントくらいの感覚であったため、妥協したのであった。

「腐ってないと彼らではないとも言えますからね。腐っていてこそ、です。証拠としては覆すことができないくらい完全なものなのですけどね」
 口調は非常に丁寧なのだがそうは思えない言葉を吐いたのは、近くで作業していたシシガであった。
 シシガから見て、ヌマタの主張は感心させられることが多かった。
 目のつけ所が良いし、他人が目を背ける部分に堂々と切り込んでいく。
 それでいて自身を神聖視しないし、己の限界をよくわきまえている、というのがシシガの評価であった。
 特に自分の思想通りの行動ができないところについて、自身を嫌悪しているという点にシシガは注目していた。
 もっとも、注目される側のヌマタからはやりにくいという印象を持たれているようであった。
 だが、シシガはそれを気に留めることはなかった。

「アタシがこういうのはどうかと思うけど、『勉強会』の連中は操り人形だし、『EMいのちの守護者の会』の連中も踊らされているだけだからね。金持っているのが性質悪いけど」
 ウィリマは計測器の画面から目を離さずに会話に参加していた。
 室内の大型モニタには数時間前にインデストで行われたレイカ・メルツの会見の様子が映し出されていた。
 ヌマタからすれば、待ちに待った日であった。
 IMPU代表のサン・アカシと、彼に付き添っていたキースという青年から託された通信機がこの日になってようやく陽の目を見たのであった。
 通信機の存在をレイカが公に発表したことの意義は大きかった。
 少なくともヌマタ自身で同じ事をするよりは、遥かに多くの人々の注目を集めたはずであった。
 立場を考えれば、ヌマタはベストを尽くしたのではないかとシシガは思った。
 しかし、シシガの目に映るヌマタは、とても満足しているように見えなかった。
(有能な人だし、理想が高いのかな……?)
 そう感じたのだが、それならそれで好都合である、と考えるのがシシガらしい。
 ヌマタから学ぶことは多い、とシシガは感じていた。
 シシガが長い間回答を得ることができなかった疑問について、ヌマタは一瞬で完全な答えを提示したのだ。
 そして、答えを惜しげもなく晒すヌマタの行動がシシガにとって望ましいものでもあった。これらの要素を合わせて素直にすごい人だと感心した。

 それにしても急に面白い人たちが集まりだしたものだ、とシシガは思った。
 そのすべてが学生時代から付き合いのあるエリック・モトムラからもたらされたものであった。
 最近のエリックを取り巻く人々の動きは、シシガにとって興味深いものであった。
 その動きは、世の中をシシガにとって望ましい方向へ動かす可能性があるように見えたのだ。
 これまで、「マッチ・ラボ」で行われている研究に好意的な評価をする者はほとんどなかった。
 評価どころか忌み嫌う者や頭越しに否定する者が圧倒的に多く、このことが彼らが人々のほとんど住まないサイ川の北側に研究所を設立した要因のひとつとなっていた。
 シシガとウィリマは理解できない奴に邪魔をされるくらいなら、そうした連中に関心を持たれない方がよい、と考えたのである。

 しかし、今回エリックが連れてきたオイゲンやヌマタは、少なくとも彼らの研究を頭越しに否定することはなかった。
 ヌマタは彼らの研究に多少の嫌悪感を覚えてはいたものの、研究の有用性も認めており、「マッチ・ラボ」に匿われる立場とはいえ、彼らの研究を手伝っている。
 オイゲンは彼らの研究について好意的な見方をしており、「マッチ・ラボ」に滞在していたときは、ヌマタ同様に彼らの研究を手伝っていた。
 シシガは、「マッチ・ラボ」で行われている研究を「人が自らの意に反した行動を取らされないようにするための研究」としていた。
 彼自身、「自らの意に反した行動を取らされる立場」にあったことがあり、この経験が研究の原動力のひとつ、それももっとも重要なものとなっていた。
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