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第十七章
782:必要な結論
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バン・シシガはポータル・シティ南東部の有力者、ヒサマ家の娘を母に持っていた。
母親には兄が一人いたが、兄夫婦は子供に恵まれずヒサマ家には後継者がない状態が続いた。
そこでヒサマ家はやむなく、近くにあるヒサマ家の息のかかった発電会社の役員━━シシガの父親━━と娘を引き合わせ、強引に結婚させた。
結婚の経緯のこともあり、夫婦仲は最初から冷え切っていた。
だが、彼らは家からの期待に応え、彼らは子を設けることができた。その子がシシガである。
このとき、シシガの両親は確かにヒサマ家の望む「役割」を果たしていた。
しかし、その直後、奇跡的に長男夫婦に子ができ、シシガの存在はヒサマ家に疎まれるようになった。長男夫婦の子とシシガとの間で後継者争いを発生させないためだろう。
ここでヒサマ家がシシガの両親に期待した「役割」は「ヒサマ家と関係のない家族であれ」というものであった。
この時点でシシガの両親はヒサマ家から期待された「役割」を果たせなくなった。
父親が勤務していた発電会社はこの頃から業績が悪化し、建て直しのためシシガの父は会社で寝泊まりすることが増えた。その結果、家のことに関わることが困難になった。
一方で夫からも実家からも遠ざけられたシシガの母親は父親との結婚を後悔し実家に戻ろうとした。
だが、実家は言葉には出さなかったものの、「ヒサマ家と関係のない家族であれ」と言わんばかりにこれを拒絶した。
それから母親は他のパートナーを求めるようになると共に、邪魔になったシシガを虐待するようになった。
また、シシガ自身も「役割」を果たす子供ではなかった。
虐待の現場となった自宅から毎日のように脱走し、周囲に虐待の事実を知らしめたのであった。「役割」に忠実な子供であれば、虐待の事実が存在したとしても、それを隠し通すはずだからだ。
シシガの行動は彼の置かれた状況を変えるには至らなかった。
母親が有力者の血縁であったことからか、表立ってシシガを助ける者は皆無に等しかった。
当時の有力者は絶大な力を有しており、有力者の家とことを構えるのを恐れる市民が多かったのが原因だろう。
結局、父親は「フジミの大虐殺」に巻き込まれて死亡、母親はヒサマ家に引き取られた上で、別の男性と再婚した。
シシガ自身は孤児院に放り込まれ、現在に至っている。
もし、シシガの両親がオイゲンなみの「役割に対する忠実さ」を持っていれば、彼は未だに完璧に近い家族を持った状態にあったと思う。
しかし、人間にそれを求めるのは無茶が過ぎる、とシシガは考えた。
オイゲンはそうしたシシガの考えを木っ端微塵に破壊した人物であった。だからこそ、興味を惹かれたのであった。
実際にオイゲンと接してみて改めて自分の考えが正しい、という結論に至った。
一見、オイゲンはありきたりな人物である。
しかし、ある意味度を越している「役割に対する忠実さ」をこれだけ発揮しながら、周辺にそのことへの違和感を覚えさせない。この点において、非凡であるというのがシシガの結論であった。
オイゲンは特別な才能を持つ者であり、真似てよい人間ではない。
だからこそ、オイゲンと同じような役割を担う「人以外の存在」を作る、これがシシガの研究であった。
また、一般的に人に求められる役割と本人の意思や能力との間には、頻繁に齟齬が生じている。
各人の隣に役割を果たすための存在を置くことで、その齟齬を解消する意味もある。
齟齬が生じる原因について、かつてのシシガは明確な答えを持っていなかったが、これはヌマタという別の才能あふれる人物から得られた。
人という存在が持つ構造上の誤り、これがあるゆえに、役割を果たすための存在は人であってはならない。
これがシシガの得た結論であった。
ウィリマはシシガの研究に協力的で、長い間お互いの研究を補完する研究を行っている。
ウィリマはあるとき、その目的を次のように語った。
「基本的にはアタシの身体をこんなのにしちゃった奴に対する復讐、だね。それができた世界、というのを想像するとワクワクもゾクゾクもしてくるよ」
その場にいたのはシシガとエリックの二人だけであった。
その後、ウィリマはこのような言葉を語ったことはなかったが、研究を続けていることからも、復讐の気持ちは失っていないものと思われた。
研究の目的の正しさは確認できた。あとは必要な結論が得られるまで続けること、とシシガは誓った。
「さて、イナさんたちを受け入れるのであれば、向かいの建物の掃除が必要です。ヌマタさん、手伝ってもらえませんか?」
「仕方ねぇな」
シシガの言葉に憮然とした表情でヌマタが立ち上がった。
文句を口にしなかったのは必要な作業であることを理解していたからのようだ。
(イナさん、私は貴方を支持しますよ。だから、貴方が支持するミヤハラ社長には協力しましょう……)
シシガが小さくつぶやいた。その声は一番近くにいるヌマタの耳にも届いていないようであった。
母親には兄が一人いたが、兄夫婦は子供に恵まれずヒサマ家には後継者がない状態が続いた。
そこでヒサマ家はやむなく、近くにあるヒサマ家の息のかかった発電会社の役員━━シシガの父親━━と娘を引き合わせ、強引に結婚させた。
結婚の経緯のこともあり、夫婦仲は最初から冷え切っていた。
だが、彼らは家からの期待に応え、彼らは子を設けることができた。その子がシシガである。
このとき、シシガの両親は確かにヒサマ家の望む「役割」を果たしていた。
しかし、その直後、奇跡的に長男夫婦に子ができ、シシガの存在はヒサマ家に疎まれるようになった。長男夫婦の子とシシガとの間で後継者争いを発生させないためだろう。
ここでヒサマ家がシシガの両親に期待した「役割」は「ヒサマ家と関係のない家族であれ」というものであった。
この時点でシシガの両親はヒサマ家から期待された「役割」を果たせなくなった。
父親が勤務していた発電会社はこの頃から業績が悪化し、建て直しのためシシガの父は会社で寝泊まりすることが増えた。その結果、家のことに関わることが困難になった。
一方で夫からも実家からも遠ざけられたシシガの母親は父親との結婚を後悔し実家に戻ろうとした。
だが、実家は言葉には出さなかったものの、「ヒサマ家と関係のない家族であれ」と言わんばかりにこれを拒絶した。
それから母親は他のパートナーを求めるようになると共に、邪魔になったシシガを虐待するようになった。
また、シシガ自身も「役割」を果たす子供ではなかった。
虐待の現場となった自宅から毎日のように脱走し、周囲に虐待の事実を知らしめたのであった。「役割」に忠実な子供であれば、虐待の事実が存在したとしても、それを隠し通すはずだからだ。
シシガの行動は彼の置かれた状況を変えるには至らなかった。
母親が有力者の血縁であったことからか、表立ってシシガを助ける者は皆無に等しかった。
当時の有力者は絶大な力を有しており、有力者の家とことを構えるのを恐れる市民が多かったのが原因だろう。
結局、父親は「フジミの大虐殺」に巻き込まれて死亡、母親はヒサマ家に引き取られた上で、別の男性と再婚した。
シシガ自身は孤児院に放り込まれ、現在に至っている。
もし、シシガの両親がオイゲンなみの「役割に対する忠実さ」を持っていれば、彼は未だに完璧に近い家族を持った状態にあったと思う。
しかし、人間にそれを求めるのは無茶が過ぎる、とシシガは考えた。
オイゲンはそうしたシシガの考えを木っ端微塵に破壊した人物であった。だからこそ、興味を惹かれたのであった。
実際にオイゲンと接してみて改めて自分の考えが正しい、という結論に至った。
一見、オイゲンはありきたりな人物である。
しかし、ある意味度を越している「役割に対する忠実さ」をこれだけ発揮しながら、周辺にそのことへの違和感を覚えさせない。この点において、非凡であるというのがシシガの結論であった。
オイゲンは特別な才能を持つ者であり、真似てよい人間ではない。
だからこそ、オイゲンと同じような役割を担う「人以外の存在」を作る、これがシシガの研究であった。
また、一般的に人に求められる役割と本人の意思や能力との間には、頻繁に齟齬が生じている。
各人の隣に役割を果たすための存在を置くことで、その齟齬を解消する意味もある。
齟齬が生じる原因について、かつてのシシガは明確な答えを持っていなかったが、これはヌマタという別の才能あふれる人物から得られた。
人という存在が持つ構造上の誤り、これがあるゆえに、役割を果たすための存在は人であってはならない。
これがシシガの得た結論であった。
ウィリマはシシガの研究に協力的で、長い間お互いの研究を補完する研究を行っている。
ウィリマはあるとき、その目的を次のように語った。
「基本的にはアタシの身体をこんなのにしちゃった奴に対する復讐、だね。それができた世界、というのを想像するとワクワクもゾクゾクもしてくるよ」
その場にいたのはシシガとエリックの二人だけであった。
その後、ウィリマはこのような言葉を語ったことはなかったが、研究を続けていることからも、復讐の気持ちは失っていないものと思われた。
研究の目的の正しさは確認できた。あとは必要な結論が得られるまで続けること、とシシガは誓った。
「さて、イナさんたちを受け入れるのであれば、向かいの建物の掃除が必要です。ヌマタさん、手伝ってもらえませんか?」
「仕方ねぇな」
シシガの言葉に憮然とした表情でヌマタが立ち上がった。
文句を口にしなかったのは必要な作業であることを理解していたからのようだ。
(イナさん、私は貴方を支持しますよ。だから、貴方が支持するミヤハラ社長には協力しましょう……)
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