鳥籠の花

海花

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「えれぇ機嫌良さそうじゃん」

 渡り廊下からまだ授業中の静かな廊下に戻ると、階段下の影から声を掛けられ、和志はビクッと体を震わせた。

「……なんだ………的場か……」

 突き当たりになった壁に寄りかかり立っている的場に、安心したように胸を撫で下ろし和志は小さく息を吐いた。

「和志でも授業サボったりすんのな」

「…………サボってなんかないよ……体調が優れないから………休んでただけ……」

「他校の生徒引っ張り込んでか?」

 鼻で笑った的場に和志は表情の無い視線を向けた。

「覗き見?……趣味悪いね」

 その冷たくも見える瞳を見据えると、的場は和志の腕を引き強引に体を壁に押し付けた。微かな音がまだ誰もいない廊下に響く。

「やっとお前らしい顔になったじゃん。……あいつももう咥え込んだのかよ?」

 耳のすぐ側で囁かれた声に息が掛かる。

「なに?……嫉妬してんの?」

 的場の緩んだネクタイを掴み、今度は和志が的場の顔を引き寄せた。唇が触れそうなほど近づき、一瞬触れたようにも見える。
 しかし的場は鼻で笑うと

「……ジョーダンだろ。お前に嫉妬なんかしてたら……神経もたねぇよ」

 和志から離れ、すぐ横に並んで壁に背中を預けた。

「なにそれ……それじゃ僕に気があるみたいじゃん」

「じゃなきゃ何年もお前の相手する訳ねぇだろ」

 冗談とも本気とも取れる声に、和志は首を僅かに傾げると、どこかバカにしたように笑った。

「よく言うよ……的場も親に逆らえないだけだろ?」

「…………お前っちゃぁ……本当、可愛げ無ぇな」

「的場に媚びてどうすんのさ」

 本気でバカにしている訳では無いし、的場もそれを承知っている。
 伊達に中学からの付き合いでは無いし、お互い“秘密”を共有しているだけに、また哲太とは違う絆があるのを的場もだが、和志も認めているのだ。

「…………次いつ?……」

 短い沈黙の後、今までとは違う的場の低い声が、ぽっかりと空いた穴のような空間に響いた。

「月末くらいじゃない?」

「…………何人……?」

「多ければ多いほど良いんじゃない?何人いようが………どうせ満足なんかしないんだからさ……」

 的場の憂いを含んだ低い声とは不似合いな和志の軽い声が、その場の空気を逆に痛々しいものに感じさせ、的場は顔を歪ませた。

「川村はもう呼ばねぇ……二度と和志の前に姿見せるなって言ってある……」

「…………誰それ?……」

和志は惚けたように首を傾げると「あぁ……」と口角を微かに上げた。

「僕が誰にでも股開くって言いふらした人だ」

 何も言わず俯いている的場に

「別にいいよ。本当の事だし……」

 そう言ってまた肩を竦めた。 

「僕の中を溢れさせてくれるなら誰だって構わない……そうだろ?」

 まるでそこに子宮でもあるように下腹部をなぞった細い指と、それと共に見せられた妖艶な笑顔が、哲太と一緒にいた時とは別人のように的場に向けられた。
 しかしそれが的場には、触れただけで壊れてしまいそうな隅々までヒビが入った美しいグラスを思わせ、僅かに顔を歪ませた。

「…………薬……使うのか……?」

「僕はね。……どうせやるなら気持ちいい方がいいでしょ」

「──お前…………」

 何か言いかけて的場は言葉を呑み込んだ。
 すると2人の会話の終わりを告げるようにチャイムが鳴り響き、和志はそれ以上何も言わず教室へと向き直した。
 しかしそのまま戻ろうとした和志の腕を引くと、その細い体を抱き寄せ今度こそ2人の唇が重なった。
 教室が並ぶ廊下からは、授業からやっと解放された生徒たちが賑やかな声を轟かせ始め、それでも抱きしめ舌を絡める的場に、和志は抵抗するでもなくさせたいようにさせた。
 近付いてきた足音のせいか、ただ気が済んだのか、やっと離された唇に

「何突然盛ってんだよ」

 和志は的場の体を軽く押し離した。

「……お前がエロい顔するからだろ……」

「何それ……僕のせいにすんなよ」

 鼻で笑うと、移動教室なのか次々に生徒たちが通り過ぎ、和志はそれを横目で見送った。

「……ま、いいや…………とにかく段取りよろしく」

 その波に逆行するように歩き出す背中が、今あったこと全てを無かった事にしているようで、的場は口の中で小さく舌打ちをした。
 しかしそれすらも賑やかな声が消していく。

「あー…………あの茶髪……誰か聞くの忘れた……」

 軽く言った口調とは裏腹に、イラつきを逃がすように握りしめられた拳が音を立てて壁を打ちつけ、その音に振り返る生徒を余所に、和志の姿が見えなくなった廊下を的場も歩き始めた。
 
 
 
 
 

 
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