神殺しの花嫁

海花

文字の大きさ
6 / 173

二匹の狼

しおりを挟む
「俺を…………俺を…あなたのものに…………」

青味がかった黒い瞳いっぱいに溜まっていた涙が頬に零れていく。

それでも───泣いて怒ってくれた清吉もいる……。
毎日のように共に過ごした子供達も…………。

「どうか、俺一人の命で気が済むのなら……村の人達は…………」

地面に擦り付けるように幸成は頭を下げた。

山神を殺す事などもうどうでも良いと思えた。
共に笑い合った子供達を救えるなら、それでいい。

『………………それが答えか……』

「……………………はい…………」

『…………楽に死ねるとは思っておるまいな……?』

赤い口が先程とは違うようにニヤリと笑った。

「…………そんなこと…………思ってなどいません……」

幸成の返事に、山神はゲラゲラと声を立てて笑いだした。

『ならばよい。──黒曜、こいつを運んでやれ』

幸成を見つめたまま、名前を口にすると一匹の狼が奥の方からのそりのそりと姿を現せた。

山神程では無いにしろ、やはり他と比べ優に一回りは大きく、闇の中に佇んでいたら決して分からないだろう、と思える漆黒の毛並みの中に銀色の瞳が鋭く光っている。

『…………まさか……人間を連れてく気じゃねぇだろうな……』

黒曜と呼ばれた黒毛の狼が面白くなさそうに口にした。

『連れてくさ。オレはこいつが気に入った』

『…………冗談だろ……人間なんか連れて帰ってみろ……何をやらかすか解ったもんじゃねぇ』

銀の瞳が山神を睨みつけ、その瞳がそのまま幸成へ向けられる。

『…………こんな不味そうな餓鬼……ここで食っちまえばいい……』

『オレの決めたことに逆らうな』

『…………ならテメェで連れてけよ』

しばらく二匹の睨み合いが続き、周りの狼にも緊張が走ったのが幸成にも分かる。

『……そう言うなよ。オレはちび共を迎えに行かなきゃなんねぇ』

しかし折れるように山神が黒曜の顔に鼻先を擦り付け、今までとは違う優しい声で鳴いた。

『…………勝手ばっか言いやがって……』

そしてそれに応えるように黒曜も山神の首に顔を擦り付ける。
そして諦めたように幸成のすぐ傍へ歩み寄った。

『背中にしがみつけ、糞餓鬼……』

『──皆も先に戻れ。オレも祭りに顔を出したらすぐに戻る』

山神の言葉に見守っていた狼達も緊張が解けたように身体をブルブルと震わせたり、伸ばしたり、各々動き始めた。

───祭りに……!?

「──待って……話が違うッ!」

慌てて立ち上がり、山神に近付こうとする幸成を黒曜の鋭い瞳と剥き出しにされた牙が止めた。
地を這うような低い唸り声が響く。

『……勘違いするな。ちび共を迎えに行くだけだ。それより───』

山神はもう一度黒曜の身体に顔を擦り付けると、幸成の隣まで近寄り

『すぐに脱げるようにしておけ』

小さな耳元で囁き、そしてまた口の端を上げニヤっと笑うと、スっと暗闇へ姿を消した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...