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「ほら、着替え」
屋敷の裏手に作られている木で出来た大きな樽の中程まで張られた湯が湯気を上げている。
竹垣で囲われた簡素な作りだったが、風呂としては充分過ぎるといえた。
「ありがとうございます」
自分の手から着替えを受け取りながら礼を言う幸成に琥珀は苦笑いした。
「……褌が無ぇなら無ぇって言えよ」
「………すみません……」
白無垢の中に勿論褌など着けている訳もなく、まさかこんな風に食事を貰い、風呂まで入ることになろうとは露ほども思いもしなかったのだから何も持っていなくても当然と言えた。
それどころか本来なら再び朝を迎えられるとすら思っていなかった。
恐縮して謝る幸成の髪に大きな温かい手が触れた。
「まぁ……あの状況じゃ言える訳ねぇか」
その言葉と共に黒く真っ直ぐな髪を大きな手がくしゃっと撫でる。
トクっと音を強くした鼓動に幸成は意図せず琥珀を見上げた。
目の前にある優しい笑顔に余計鼓動が早まり、それが苦しい程胸を締め付ける。
するとその笑顔が不意に近付き
「ちゃんと隅々まで洗ってこいよ……特に“臀”を念入りにな」
「───なッッ…………」
耳元で囁かれ、幸成の顔が一瞬で紅く染まった。
「バーカ、傷があるからだろ?なに想像してんだよ」
悪戯っぽく言うとケラケラと声を上げて笑いながら去っていく琥珀の後ろ姿を真っ赤な顔のまま幸成は見送った。
───まったく…………
揶揄われたことに少し腹を立てながら幸成は無造作に小袖を脱ぎ、風呂場で湯を汲み上げた。
程よく温まったお湯で汗を流していく。
ここ数日色々なことがあり過ぎた。
兄のことも、殺す為に来た“山神”が、幼い頃自分を助けてくれた男によく似ていることも……。
隅々まで丁寧に流すと、幸成は温かいお湯にまだ鼓動が早いままの身体を沈めた。
───温かい………………。
昨夜琥珀が塗ってくれた薬の為か痛みはほぼ無かった。
浴槽の淵に頭を預け屋根と竹垣の隙間から見える空を見上げる。
───俺は…………どうすればいいんだろう…………
琥珀を殺さなければならないようには思えない。
しかし実際に毎年生贄に差し出された娘たちはひとりとして戻ることは無かった……。
それに………今年は頻繁に家畜や人が獣に襲われもした……。
けれどあの優しく愛情深い笑顔と、それらは全く結びつかない。
──子供の為に飯を作り……生贄だと騙した俺の為に魚を取り………風呂まで用意して…………
無意識に口から大きな溜息が漏れた。
───俺は…………一体どうすれば…………
静かな空気が幸成の髪から滴り落ちた雫の音さえ響かせる。
すると突然ドタドタと大きな足音が近付いて来るのが聞こえ
「幸成!」
「やめろよッ!離せーッ!!」
自分を呼ぶ琥珀の声と翡翠の必死な叫び声が静寂を破った。
屋敷の裏手に作られている木で出来た大きな樽の中程まで張られた湯が湯気を上げている。
竹垣で囲われた簡素な作りだったが、風呂としては充分過ぎるといえた。
「ありがとうございます」
自分の手から着替えを受け取りながら礼を言う幸成に琥珀は苦笑いした。
「……褌が無ぇなら無ぇって言えよ」
「………すみません……」
白無垢の中に勿論褌など着けている訳もなく、まさかこんな風に食事を貰い、風呂まで入ることになろうとは露ほども思いもしなかったのだから何も持っていなくても当然と言えた。
それどころか本来なら再び朝を迎えられるとすら思っていなかった。
恐縮して謝る幸成の髪に大きな温かい手が触れた。
「まぁ……あの状況じゃ言える訳ねぇか」
その言葉と共に黒く真っ直ぐな髪を大きな手がくしゃっと撫でる。
トクっと音を強くした鼓動に幸成は意図せず琥珀を見上げた。
目の前にある優しい笑顔に余計鼓動が早まり、それが苦しい程胸を締め付ける。
するとその笑顔が不意に近付き
「ちゃんと隅々まで洗ってこいよ……特に“臀”を念入りにな」
「───なッッ…………」
耳元で囁かれ、幸成の顔が一瞬で紅く染まった。
「バーカ、傷があるからだろ?なに想像してんだよ」
悪戯っぽく言うとケラケラと声を上げて笑いながら去っていく琥珀の後ろ姿を真っ赤な顔のまま幸成は見送った。
───まったく…………
揶揄われたことに少し腹を立てながら幸成は無造作に小袖を脱ぎ、風呂場で湯を汲み上げた。
程よく温まったお湯で汗を流していく。
ここ数日色々なことがあり過ぎた。
兄のことも、殺す為に来た“山神”が、幼い頃自分を助けてくれた男によく似ていることも……。
隅々まで丁寧に流すと、幸成は温かいお湯にまだ鼓動が早いままの身体を沈めた。
───温かい………………。
昨夜琥珀が塗ってくれた薬の為か痛みはほぼ無かった。
浴槽の淵に頭を預け屋根と竹垣の隙間から見える空を見上げる。
───俺は…………どうすればいいんだろう…………
琥珀を殺さなければならないようには思えない。
しかし実際に毎年生贄に差し出された娘たちはひとりとして戻ることは無かった……。
それに………今年は頻繁に家畜や人が獣に襲われもした……。
けれどあの優しく愛情深い笑顔と、それらは全く結びつかない。
──子供の為に飯を作り……生贄だと騙した俺の為に魚を取り………風呂まで用意して…………
無意識に口から大きな溜息が漏れた。
───俺は…………一体どうすれば…………
静かな空気が幸成の髪から滴り落ちた雫の音さえ響かせる。
すると突然ドタドタと大きな足音が近付いて来るのが聞こえ
「幸成!」
「やめろよッ!離せーッ!!」
自分を呼ぶ琥珀の声と翡翠の必死な叫び声が静寂を破った。
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