神殺しの花嫁

海花

文字の大きさ
22 / 173

・・・

しおりを挟む
「ほら、着替え」

屋敷の裏手に作られている木で出来た大きな樽の中程まで張られた湯が湯気を上げている。
竹垣で囲われた簡素な作りだったが、風呂としては充分過ぎるといえた。

「ありがとうございます」

自分の手から着替えを受け取りながら礼を言う幸成に琥珀は苦笑いした。

「……褌が無ぇなら無ぇって言えよ」

「………すみません……」

白無垢の中に勿論褌など着けている訳もなく、まさかこんな風に食事を貰い、風呂まで入ることになろうとは露ほども思いもしなかったのだから何も持っていなくても当然と言えた。
それどころか本来なら再び朝を迎えられるとすら思っていなかった。
恐縮して謝る幸成の髪に大きな温かい手が触れた。

「まぁ……あの状況じゃ言える訳ねぇか」

その言葉と共に黒く真っ直ぐな髪を大きな手がくしゃっと撫でる。
トクっと音を強くした鼓動に幸成は意図せず琥珀を見上げた。
目の前にある優しい笑顔に余計鼓動が早まり、それが苦しい程胸を締め付ける。
するとその笑顔が不意に近付き

「ちゃんと隅々まで洗ってこいよ……特に“臀”を念入りにな」

「───なッッ…………」

耳元で囁かれ、幸成の顔が一瞬で紅く染まった。

「バーカ、傷があるからだろ?なに想像してんだよ」

悪戯っぽく言うとケラケラと声を上げて笑いながら去っていく琥珀の後ろ姿を真っ赤な顔のまま幸成は見送った。

───まったく…………

揶揄われたことに少し腹を立てながら幸成は無造作に小袖を脱ぎ、風呂場で湯を汲み上げた。
程よく温まったお湯で汗を流していく。

ここ数日色々なことがあり過ぎた。
兄のことも、殺す為に来た“山神”が、幼い頃自分を助けてくれた男によく似ていることも……。
隅々まで丁寧に流すと、幸成は温かいお湯にまだ鼓動が早いままの身体を沈めた。

───温かい………………。

昨夜琥珀が塗ってくれた薬の為か痛みはほぼ無かった。
浴槽の淵に頭を預け屋根と竹垣の隙間から見える空を見上げる。

───俺は…………どうすればいいんだろう…………

琥珀を殺さなければならないようには思えない。
しかし実際に毎年生贄に差し出された娘たちはひとりとして戻ることは無かった……。
それに………今年は頻繁に家畜や人が獣に襲われもした……。
けれどあの優しく愛情深い笑顔と、それらは全く結びつかない。

──子供の為に飯を作り……生贄だと騙した俺の為に魚を取り………風呂まで用意して…………

無意識に口から大きな溜息が漏れた。

───俺は…………一体どうすれば…………

静かな空気が幸成の髪から滴り落ちた雫の音さえ響かせる。
すると突然ドタドタと大きな足音が近付いて来るのが聞こえ

「幸成!」

「やめろよッ!離せーッ!!」

自分を呼ぶ琥珀の声と翡翠の必死な叫び声が静寂を破った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...