神殺しの花嫁

海花

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「……あの………俺は本当に大丈夫です……」

「大丈夫なわけねぇだろッ!何度も同じ事言わせるな……それに……」

部屋へ戻ると琥珀は無理に幸成を座らせた。
当てられていた手拭いが血液が混ざった薄紅色の雫を垂らしている。
もう使い物にならないであろうそれを外すと、腕には牙が刺さっていたと分かる程の穴があき、それ以外の歯のところでさえ血を滲ませている。
まだ溢れ出る血液が部屋に血の匂いを漂わせていく。

「…………それに……オレが平気じゃねぇ……」

ぽつりと独り言の様に口にした言葉が聞き取れず幸成は眉を顰めた。

「……え……?」

ポタポタと腕を伝う血を琥珀のどこかぼんやりした瞳が見つめる。

部屋の中を満たしはじめた血の匂いが、甘く誘うように鼻腔に届き遠い昔の記憶が蘇った……。
この甘い匂いを啜り……甘美な肉を貪った。

柔らかく……甘いしし…………。

「…………あの……」

幸成の声が届いていないのか、琥珀は紅く染まり始めた腕を引き寄せると“ぺろり”と舌を這わせた。

「 ───あ…………」

滴る血を琥珀の舌が拭っていく。
やがてそれは溢れる血を待てないのか傷を舐め、その舌がぽかりと空いた傷口を広げようとしているかの様にぐっとねじ込まれた。

「───痛いッ……」

それでもなお傷口を舐め続ける琥珀から幸成は目を離せなくなっていた。
恐ろしく感じるのに……口の端から見え隠れする、蒼玉とは比べ物にはならない程大きく立派な牙が、夢中で血を欲している舌が……美しく妖艶に見える。

「───琥珀…………」

不意に幸成の怪我をしていない方の手が琥珀の頬を撫でた。
無意識だったが、琥珀を現実に引き戻すには充分だった。


──『……琥珀……もし……どうしても人が食べたくなったら…………私を食べてね……』


「……ゆ……き…………」

我を忘れ血を舐めていた自分を見つめる瞳が、余計はっきりと昔を思い出させた。

───今オレは……何をしていた…………

「すまんッ!…………すぐ薬を持ってくる」

何かを断ち切る様に自分の腕を離し、部屋から出ていく琥珀を幸成は呆然としたまま見送った。



一人残された幸成は琥珀の舌が這わされた腕を見つめた。

一瞬……このまま琥珀に身を預け………そのまま牙を立てられてもいいと思った……。
息が絶えるまで……あの瞳に見つめられるなら……それでいいと…………。

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