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理-ことわり-
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白い木綿の包帯を巻き終わると琥珀は小さく溜息ともとれる息を吐いた。
巻き終えたばかりの包帯に既に薄く血が滲んでいる。
「…………すまなかった……。蒼玉にはよく言って聞かせる……」
「……本当に…………俺なら大丈夫ですから……」
先程のことがあったせいか、幸成は僅かに残るぎこちなさを隠すように言葉を続けた。
「…………蒼玉の親は…………何故……」
腕の中から自分を見上げた、子供とは思えない蒼玉の瞳を思い出すと胸が締め付けられる様に痛んだ。
心の隅で想像したものが外れていれば良いと、蒼玉のあの憎しみの奥に深く刻まれた恐怖が自分の勘違いだと思いたかった。
「…………それを知ってどうする?」
琥珀の瞳が冷たく幸成を睨んだ。
「甘んじて蒼玉の牙を受け入れるか?」
「───それは………」
「勘違いするな。オレはお前を守る為に蒼玉を止めたんじゃねぇ。……あいつを憎しみの渦の中に入れたくなかっただけだ」
「憎しみの……渦……」
琥珀の冷たい瞳が幸成の胸を締め付けた。
「お前が思っている通り、蒼玉の親は人に殺された。蒼玉の目の前でだ」
───蒼玉の……目の前で…………
幸成は膝の上に置かれていた手の平をギュッと握りしめた。
やはりあの目は幸成を通して“人間”に向けられたものだったのだ。
決して許すことも忘れることも出来ない怒りと、それ以上の恐怖…………。
「……けどそれが…この世の道理だろう?」
しかしその思いに不似合いな程、感情の感じられない琥珀の声に幸成は眉を顰めた。
「…………蒼玉……?」
納戸の隅に隙間に入り込んだ蒼玉に、驚かさない様に…それ以上怖がらせない様に、翡翠は囁く様に声を掛けた。
「……蒼玉?」
何の反応も与えられず、もう一度僅かにハッキリした声で呼ぶと中からゴソッと動く音が聞こえ翡翠はホッと小さな溜息を吐いた。
蒼玉は拗ねるといつもここに入り込む。
蒼玉だけでは無い、母が恋しくなると以前は自分もこの隙間に入り込みよく泣いていた。
しかし蒼玉がそれを真似る様になってからは、先に琥珀の元にいた自分は“兄なのだから”とその場所を蒼玉へ譲ったのだ。
「……大丈夫か…………?」
心配そうな声にまたゴソゴソと音がする。
「……兄ちゃんなら……きっと大丈夫だよ……。兄ちゃんも……そう言ってたし……」
言っている自分ですら、それが当てにならない言葉だと解っていながらつい口から衝いて出ていた。
蒼玉の牙が完全に幸成の腕を捉え、食い込んでいたのは翡翠の目から見ても明らかだった。
しかし蒼玉が人を憎み、そしてそれ以上に怖がっているのを翡翠は誰よりも知っていた。
年に一度、祭りに行く時も翡翠が蒼玉のそばを離れる事は決して無かった。
翡翠が離れると酷く怯えるからだ。
そんな『弟』を、どうにか安心させたかった。
「…………わざとじゃないんだよな…?……兄ちゃんが人だって解って…………怖かったんだよな…………?」
光が届かない隙間から洟を啜る音が聞こえ、翡翠はその場に腰を下ろした。
「兄ちゃんは良い奴だよ……。おれたちの母ちゃんや父ちゃんを殺した奴らとは違う……。琥珀もいつも言ってる
だろ……?……人だって……色んな奴がいるし…………おれたちが肉や魚を食べる様に………………人も生きる為に………獣を殺すんだって…………」
『だから人を憎んではダメだ』
何度となく琥珀から言い聞かされた言葉だった。
それを蒼玉に伝えようと思うのに、心のどこかで納得していない自分が言葉を濁らせていく。
翡翠の親もまた、人間の手によって殺された。
狩りに出たまま帰らない親を探し、人間の家の庭先で捨てられた様に転がる亡骸を見たのが両親を見た最後の姿だった。
「………怖いし…………憎いよな……」
ぽつりと本音が口を衝く。
「………………けどおれは……兄ちゃんは好きだよ……。祭りで笑ってる奴らも……嫌いじゃない……飴屋のおっちゃんも…………面白いし……」
隙間の奥から聞こえる「ズズッ」という洟を啜る音が、やがて堪えきれず嗚咽へと変わった。
「…………だから……きっと…………恐い奴ばっかじゃないと思うんだ…………」
なんと言葉を続けていいのか分からず翡翠も黙り込んだ。
琥珀が言うように人を憎んでほしくない訳じゃない。
自分だって全く憎んでいないと言えば嘘になる。
ただ“人”だと言うだけで嫌いになってほしくなかった。怖がらないでほしかった。
「…………ご……め……なさ………」
隙間から鳴き声に紛れて微かだが蒼玉の声が翡翠の耳に届いた。
「───蒼玉ッ!」
「………ごめん………なさ……」
「おいで!──蒼玉‼︎」
翡翠は隙間に腕を突っ込み蒼玉の頬に触れた。
指に温かい涙が伝う。
「おれと……一緒に謝りに行こう?……な?……おれも一緒に謝るから………」
触れた指から蒼玉が頷いたのが分かった。
膝をついたまま、のそのそと出てきた頼りない小さな“弟”を翡翠は力一杯抱きしめた。
巻き終えたばかりの包帯に既に薄く血が滲んでいる。
「…………すまなかった……。蒼玉にはよく言って聞かせる……」
「……本当に…………俺なら大丈夫ですから……」
先程のことがあったせいか、幸成は僅かに残るぎこちなさを隠すように言葉を続けた。
「…………蒼玉の親は…………何故……」
腕の中から自分を見上げた、子供とは思えない蒼玉の瞳を思い出すと胸が締め付けられる様に痛んだ。
心の隅で想像したものが外れていれば良いと、蒼玉のあの憎しみの奥に深く刻まれた恐怖が自分の勘違いだと思いたかった。
「…………それを知ってどうする?」
琥珀の瞳が冷たく幸成を睨んだ。
「甘んじて蒼玉の牙を受け入れるか?」
「───それは………」
「勘違いするな。オレはお前を守る為に蒼玉を止めたんじゃねぇ。……あいつを憎しみの渦の中に入れたくなかっただけだ」
「憎しみの……渦……」
琥珀の冷たい瞳が幸成の胸を締め付けた。
「お前が思っている通り、蒼玉の親は人に殺された。蒼玉の目の前でだ」
───蒼玉の……目の前で…………
幸成は膝の上に置かれていた手の平をギュッと握りしめた。
やはりあの目は幸成を通して“人間”に向けられたものだったのだ。
決して許すことも忘れることも出来ない怒りと、それ以上の恐怖…………。
「……けどそれが…この世の道理だろう?」
しかしその思いに不似合いな程、感情の感じられない琥珀の声に幸成は眉を顰めた。
「…………蒼玉……?」
納戸の隅に隙間に入り込んだ蒼玉に、驚かさない様に…それ以上怖がらせない様に、翡翠は囁く様に声を掛けた。
「……蒼玉?」
何の反応も与えられず、もう一度僅かにハッキリした声で呼ぶと中からゴソッと動く音が聞こえ翡翠はホッと小さな溜息を吐いた。
蒼玉は拗ねるといつもここに入り込む。
蒼玉だけでは無い、母が恋しくなると以前は自分もこの隙間に入り込みよく泣いていた。
しかし蒼玉がそれを真似る様になってからは、先に琥珀の元にいた自分は“兄なのだから”とその場所を蒼玉へ譲ったのだ。
「……大丈夫か…………?」
心配そうな声にまたゴソゴソと音がする。
「……兄ちゃんなら……きっと大丈夫だよ……。兄ちゃんも……そう言ってたし……」
言っている自分ですら、それが当てにならない言葉だと解っていながらつい口から衝いて出ていた。
蒼玉の牙が完全に幸成の腕を捉え、食い込んでいたのは翡翠の目から見ても明らかだった。
しかし蒼玉が人を憎み、そしてそれ以上に怖がっているのを翡翠は誰よりも知っていた。
年に一度、祭りに行く時も翡翠が蒼玉のそばを離れる事は決して無かった。
翡翠が離れると酷く怯えるからだ。
そんな『弟』を、どうにか安心させたかった。
「…………わざとじゃないんだよな…?……兄ちゃんが人だって解って…………怖かったんだよな…………?」
光が届かない隙間から洟を啜る音が聞こえ、翡翠はその場に腰を下ろした。
「兄ちゃんは良い奴だよ……。おれたちの母ちゃんや父ちゃんを殺した奴らとは違う……。琥珀もいつも言ってる
だろ……?……人だって……色んな奴がいるし…………おれたちが肉や魚を食べる様に………………人も生きる為に………獣を殺すんだって…………」
『だから人を憎んではダメだ』
何度となく琥珀から言い聞かされた言葉だった。
それを蒼玉に伝えようと思うのに、心のどこかで納得していない自分が言葉を濁らせていく。
翡翠の親もまた、人間の手によって殺された。
狩りに出たまま帰らない親を探し、人間の家の庭先で捨てられた様に転がる亡骸を見たのが両親を見た最後の姿だった。
「………怖いし…………憎いよな……」
ぽつりと本音が口を衝く。
「………………けどおれは……兄ちゃんは好きだよ……。祭りで笑ってる奴らも……嫌いじゃない……飴屋のおっちゃんも…………面白いし……」
隙間の奥から聞こえる「ズズッ」という洟を啜る音が、やがて堪えきれず嗚咽へと変わった。
「…………だから……きっと…………恐い奴ばっかじゃないと思うんだ…………」
なんと言葉を続けていいのか分からず翡翠も黙り込んだ。
琥珀が言うように人を憎んでほしくない訳じゃない。
自分だって全く憎んでいないと言えば嘘になる。
ただ“人”だと言うだけで嫌いになってほしくなかった。怖がらないでほしかった。
「…………ご……め……なさ………」
隙間から鳴き声に紛れて微かだが蒼玉の声が翡翠の耳に届いた。
「───蒼玉ッ!」
「………ごめん………なさ……」
「おいで!──蒼玉‼︎」
翡翠は隙間に腕を突っ込み蒼玉の頬に触れた。
指に温かい涙が伝う。
「おれと……一緒に謝りに行こう?……な?……おれも一緒に謝るから………」
触れた指から蒼玉が頷いたのが分かった。
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