神殺しの花嫁

海花

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「───勘違いしてんなよ……糞餓鬼……」

長く逞しい腕が伸ばされ胸元を掴むと、幸成の身体を思い切り引き寄せた。
息が掛かる程の距離から言葉同様に怒りを隠そうともしない鋭く光った冷たい瞳が見据える。

「琥珀が本気でてめぇなんぞの相手をすると思ってんのか……?……あいつはただ、お前に惚れた女の影を重ねてるだけだ」

思いもしない言葉に幸成の顔が僅かに歪んだ。

───女の……影…………

「人の匂いがして……欲望を吐き出せりゃ誰でも良かったんだよ」

黒曜の言葉に思考が追いつかず、幸成はただされるままに立ち尽くした。






「…………あれは役になど立たねぇよ」

声色ひとつ変えるでも無くそう言い、当たり前の様に琥珀は酒を口へ流し込んだ。

「………そりゃそうか……。あのチビはどう見ても“神殺し”なんて大それた事が出来る玉じゃねぇわな」

馬鹿にした様に鼻で笑い肩を竦めながら同じように酒を呷った紫黒を一瞥すると、琥珀はまた酒を杯へと注ぎ同じように鼻で笑った。

「大それた事ねぇ」

「………なんだよ……」

「……別に?」

馬鹿にしたような物言いに僅かに苛立ったが、瑠璃の怒った顔が頭を掠め紫黒は話を続けた。

「………なら傍に置く理由は何だ?」

「特に理由なんかいらねぇだろ……。気に入ったから、それだけだ」

「…………お前がか?」

「オレがだ」

「……………………あの女に……何処と無く似てると思ったのは、俺だけか?」

紫黒の視線が様子を窺う様に向けられているのに気付いていないのか、琥珀は何も言わずに杯を口へ運んだ。
その表情からは何も窺えない。

「雪と言ったか……?あの女は……」

「……雪乃だ」

「いつも“雪”と呼んでただろ……?」







必死で隠そうとしてはいるが、幸成が戸惑っているのが手に取るように分かる。
琥珀が何故この男をそんなに気に入ったのかなど、本当の所は解りはしない。
それを口にしたのはただ、さらう様に琥珀を手にしようとしているこの男を傷付けたいという思いと、求められることの無い自分への言い訳に過ぎなかった。

黒曜はもう一度幸成を自分へ引き寄せると、耳元で語りかける様に続けた。

「ここで俺がお前を噛み殺したところで……あいつは次の身代わりを見つけるだけだ……。お前がいたことすら思い出しもしない」

───身代わり………………

何の確証もない、降って湧いた様な言葉に幸成の気持ちが揺らいだ。

───傍にいろと言ってくれたのは……俺にじゃなくて…………

「………琥珀の目にお前なんか映ってねぇんだよ……」

───俺に重ねて……見ている女性ひと…………

「琥珀の…………あいつの中には、ずっとその女だけが居続けてる……」

───あの優しい手も……声も…………

「俺だけじゃねぇ……お前の居場所なんか、あいつの中には端からこれっぽっちも無ぇんだよ」

───俺に向けられた…………ものじゃない…………


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