神殺しの花嫁

海花

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罪と罰

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「あのチビは?」

座敷に座り一足先に一杯やりだしていた紫黒は、琥珀の姿が見えると杯の中の酒を飲み干してから口を開いた。

「余程疲れたんだろ……布団に下ろしても起きもしなかった」

その様子を思い出したのか琥珀の顔に優しい笑みが浮かんだ。
黒曜達を帰した後、幸成を抱き上げると暫くして緊張が解けたのかいつの間にか眠っていた。
妖狐が見せた幻覚にも、慣れない山道にも疲れきっていたのだろう。

「琥珀様……」

瑠璃から差し出された杯を受け取り、そこに並々と汲まれた酒を琥珀はゆっくりと喉を通した。
喉を通る酒の味が、幸成が無事だったのだと、やっと安心させてくれた。
瑠璃からの知らせを受けた後、不安と怒りだけが自分の中を満たしていた。
二人を見つけた時も、妖狐から微かにした黒曜の匂いに気付かなければ間違いなく殺していた。

「瑠璃、留守を任せて済まなかったな」

琥珀の言葉に、瑠璃は小さく首を振ると

「いえ…。翡翠も厠の前で眠っていただけでしたし……ただ本人は、厠に入る前だったらしく……尿ししを……漏らしてしまったと、怒ってましたが……」

言いながら堪えきれずクスっと笑った。
妖狐に眠らされたことより、そちらの方に顔を真っ赤にして怒っていた。
しかし瑠璃が不意に真顔になり琥珀を見つめた。

「……幸成殿のお怪我は……?」

「怪我は大したことは無い」

「今、お伺いしても……?」

「ああ。……悪いが頼む」

かしこまりました。……黒曜の元には……明日向かいます」

瑠璃はそれだけ告げると、頭を下げ座敷を後にした。

「……まぁ………飲めよ」

二人きりになると、紫黒が珍しく徳利を差し出した。
琥珀は無言のまま杯を満たした、紫黒が汲んだ酒を今度は一気に飲み干した。

あの妖狐が幸成を殺そうとしたことに、黒曜が絡んでいるとは思わない。
それでも、少なからず衝撃を受けていた。
生意気な口をきいても『眷属』という自分との完全な主従関係が結ばれている以上、本気で逆らうようなことはしなかったし、出来ない筈だ。
それでも……あの時黒曜は妖狐の前から退くことは無かった。

「……親離れしてて良かったじゃねぇか」

揶揄う様に口にすると、紫黒は自分の杯を酒で満たし、それを口へ運んだ。

「お前と黒曜は……俺んとこと違ってまた特殊だからな……」

本当なら『眷属』とするには、お互い合意の上での契となる。
それは眷属になることで『利』も『不利』も得ることになるからだ。
命が尽きることの無い主と長い時を共に過ごし、何よりも主が優先される。
それは親であれ、伴侶であれ変わらない。
勿論己よりだ。
寿命より遥かに長い時間が与えられ、主の為だけに生きる。
それ故に契を結んだ時点で、それ以前の記憶は全て無くす。
大事な記憶も、大切な人も……。
全てを引き換えに『眷属』になるのだ。
それが本来の姿だった。

「オレは……眷属なんかいらねぇと思ってる」

ぽつりと口にした琥珀に紫黒の視線が向けられた。

「お前は主殿に……惚れて眷属になったんだろ?」

「…………ああ、そうだ。あの方の為なら全て差し出せる」

「命もか?」

「ああ」

「……瑠璃もか?」

「………………ああ……。それは……瑠璃だけじゃねぇ。俺の眷属皆が解ってる事だ。俺にとって主以上の者は存在しない」

短く留めた言葉が、瑠璃への愛情と主への忠誠心に嘘が無いことを告げた。



一人で生まれ落ち、誰から教わることも無く自分の力を理解していた。
そして「ある男」の言葉によって自分が「神」と呼ばれる者だと知った。
しかしその意味までは100年以上生きた今でも解らなかった。

何故自分は「神」として生まれたのか……

何故自分が「神」として生まれたのか……

与えられた地を護り生きていく。

それにどんな『意味』があるのか……。

自分にそんな「資格」があるのか…………。



「…………お前の手足となるのは黒曜だけだろ。何故……眷属を作ろうとしない?」

「……オレみたいな名ばかりの『神』に使えたがる馬鹿そうそういるかよ」

紫黒の言葉に肩を竦め笑った琥珀を、実直まっすぐな瞳が見つめた。

「ふざけるなよ。いたろ……何人も……。今の群れの中にだってお前に惚れ込んでる“馬鹿”がいねぇ訳じゃねぇ……」

「…………オレなんかの為に全て捨てろってか……」

「それが「神」だろ」

「神ってより……やってきた事は『悪神』だな」

「………………もう……罰を受けてんだろ」

紫黒の慰めとも取れる言葉に、杯に酒を注ぎ、琥珀はまた笑った。



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