神殺しの花嫁

海花

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想い

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夢から覚める時と同じ様に幸成は瞼をゆっくり開けた。

その頬にはいく筋もの涙が伝った痕が見える。
たった今見せられたものが、真実だとは到底思えなかった。

あの優しい琥珀が、翡翠達を見る温かい眼差しが……
昔、次々に人を殺し……
犯した女に産ませた自分の子まで食べたと……どうしたら信じられるだろうか。

「どうだった!? 中々見応えがあったでしょ!?」

まだ涙をいっぱいに溜めた瞳を、愉しそうに覗き込んだ白姫の顔を幸成はキツく睨みつけた。
ただ琥珀と自分を傷付けたいが為に、こんなものを見せたのだ。
仮に……例えそれが真実だったとしても、そんなこと知りたくもなかったし、琥珀だって知られたくない筈だ。

しかも今夜は琥珀と共に過ごせる最後の夜になるかもしれないのだ。

「…………あんなものは……嘘だ……あなたが勝手に作り上げたものだ……」

言葉と共に次々に涙が溢れ出した。
この男が自分を傷付けようとして、でっち上げた過去に決まっている……そう思うのに、血塗ちまみれの琥珀の姿が脳裏に焼き付いて消えない。


涙を流しながら自分への恐怖すら忘れ睨みつける幸成を青黒の瞳が見据え、やがてケラケラと声を上げて笑いだした。

「そうだよね!そう思うよねッ!」

馴れ馴れしく肩を叩く態度に、思わず身を反らせた幸成の腕を掴むと、白姫はその腕を引き自分へと近付けた。

「それが当たり前の反応だよ!──だって…認めたくないもんね。赤子の血を啜った舌が自分の身体に這わされて、その喉笛を引きちぎった手で…………感じてたなんてさ……」

耳元に寄せられた口から、邪気を孕んだ息が掛かる。

「あんな狂った男をとは言え……愛したなんてさ」

「───違うッ!」

「違わないよ」

払い除けようとした幸成の手を白姫が強く掴んだ。

「きみは“琥珀”が必要なんじゃない……。“自分には与えられることの無かった愛情”が必要なだけだ」

「…………違う……」

「だから琥珀の過去を受け入れる事は出来ない。だって琥珀の過去は……」

抗いたいのに身体が固まったように動かない。

「きみがとは違うから」

耳元で囁かれた言葉に、心臓がドクンッと強く音を立てた。

───俺が…………望んでいる琥珀…………

白姫は既に手を離しているのに、幸成はその場から動くことが出来なかった。
囁かれた言葉がしゅの様に、身体の中に入り込み靄のように淀ませる。
今視たモノが真実だったら…………

───俺はそれを…………受け入れられるのか…………?

 「誰もきみを責めたりはしないよ。……琥珀すらね…………」

───あの笑顔が…………

「だって……全てあいつがやったことだ……」

───優しく抱きしめてくれる腕が…………

「あいつが一番理解ってる……」

───過去と……今と…………真実ほんとうなのはどっちだ…………

「──憎しみに囚われて“何をしたか”……」

「…………憎…しみ…………」

無意識に幸成の口から言葉が漏れた。

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