神殺しの花嫁

海花

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まだ黒川が若い頃、この家に仕えた時には仲の良い家族であった。
正成も厳しさはあったにせよ、誠一郎をよく可愛がり、妻の腹の中の幸成が生まれるのを今か今かと待ち侘びていた。
それが幸成が生まれて半年程経った頃、正成の妻の不貞が明るみになった。
数年に一度訪れる“行商人”との睦言を使用人に聞かれたのだ。
泣きながら一度きりの過ちだと許しを請うた妻を手に掛けてから正成は変わってしまった。
口にこそ出さないが、恐らく幸成を“自分の子”では無いと疑っているのだ。
そして誠一郎も、母への歪んだ愛情が幸成へと執着させているのだろう。
それ程まで幸成は美しいと言われた母によく似ている。
しかしそれを知る由もない、当日赤子であった幸成には、謂れのない罰を与えられている様なものだった。

「…………黒川……悪いが、兄上の部屋まで一緒に行ってくれるか……?誰かに見られでもしたら、元も子もなくなってしまう」

重苦しい沈黙を壊し、幸成が笑顔を向けた。
しかしその笑顔が昼間とは違う。
自分に心配させまいと笑っているのだ。

「幸成さま……誠一郎さまが仰ったことは──」

「───何も言うな!………頼むから……何も言わないでくれ…………」

「しかしッ……」

「良いんだ!……あの人さえ守れるなら……」

「幸成さま…………」

「あの人は……琥珀は、俺のことを“強い”と言ってくれた。力で捩じ伏せるだけが強さでは無いと……それが俺には……本当に嬉しかったんだ……」

黒川の瞳を真っ直ぐに見つめると、幸成ははにかむ様に笑った。

「それに……初めて人から物を贈られた。なんてことの無い“花”だったが……山に行くと、必ず花を詰んできてくれる。……俺も男なのにおかしいだろ?……でもきっと、その時俺を思って詰んでくれているんだと思うと、凄く……幸せだと思えた……」

こんな時でも、穏やかな幸成の笑顔が真神と過ごした時間を物語っているようで黒川は言葉を呑み込んだ。
本当であれば、幸成を止めすぐにでも『真神』の元に帰したい。
しかし、幸成は幸成なりに真神を守ろうと必死なのだ。

「向こうにいる間……俺はずっと琥珀に守られてきた。……だから……今度は俺が守りたい」

例えそのやり方が間違っていたとしても。

「黒川、心配するな。心は琥珀の元に置いてきた……。だから、こんな事は痛くも痒くもない」

「…………幸成さま……」

自分の不甲斐なさにキツく手を握ると、黒川は幸成を見つめた。
しかしその瞳の奥に今までとは違う想いが隠れていることに気付かずに、幸成は穏やかな笑顔を返した。

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