105 / 173
・・・
しおりを挟む
まだ黒川が若い頃、この家に仕えた時には仲の良い家族であった。
正成も厳しさはあったにせよ、誠一郎をよく可愛がり、妻の腹の中の幸成が生まれるのを今か今かと待ち侘びていた。
それが幸成が生まれて半年程経った頃、正成の妻の不貞が明るみになった。
数年に一度訪れる“行商人”との睦言を使用人に聞かれたのだ。
泣きながら一度きりの過ちだと許しを請うた妻を手に掛けてから正成は変わってしまった。
口にこそ出さないが、恐らく幸成を“自分の子”では無いと疑っているのだ。
そして誠一郎も、母への歪んだ愛情が幸成へと執着させているのだろう。
それ程まで幸成は美しいと言われた母によく似ている。
しかしそれを知る由もない、当日赤子であった幸成には、謂れのない罰を与えられている様なものだった。
「…………黒川……悪いが、兄上の部屋まで一緒に行ってくれるか……?誰かに見られでもしたら、元も子もなくなってしまう」
重苦しい沈黙を壊し、幸成が笑顔を向けた。
しかしその笑顔が昼間とは違う。
自分に心配させまいと笑っているのだ。
「幸成さま……誠一郎さまが仰ったことは──」
「───何も言うな!………頼むから……何も言わないでくれ…………」
「しかしッ……」
「良いんだ!……あの人さえ守れるなら……」
「幸成さま…………」
「あの人は……琥珀は、俺のことを“強い”と言ってくれた。力で捩じ伏せるだけが強さでは無いと……それが俺には……本当に嬉しかったんだ……」
黒川の瞳を真っ直ぐに見つめると、幸成ははにかむ様に笑った。
「それに……初めて人から物を贈られた。なんてことの無い“花”だったが……山に行くと、必ず花を詰んできてくれる。……俺も男なのにおかしいだろ?……でもきっと、その時俺を思って詰んでくれているんだと思うと、凄く……幸せだと思えた……」
こんな時でも、穏やかな幸成の笑顔が真神と過ごした時間を物語っているようで黒川は言葉を呑み込んだ。
本当であれば、幸成を止めすぐにでも『真神』の元に帰したい。
しかし、幸成は幸成なりに真神を守ろうと必死なのだ。
「向こうにいる間……俺はずっと琥珀に守られてきた。……だから……今度は俺が守りたい」
例えそのやり方が間違っていたとしても。
「黒川、心配するな。心は琥珀の元に置いてきた……。だから、こんな事は痛くも痒くもない」
「…………幸成さま……」
自分の不甲斐なさにキツく手を握ると、黒川は幸成を見つめた。
しかしその瞳の奥に今までとは違う想いが隠れていることに気付かずに、幸成は穏やかな笑顔を返した。
正成も厳しさはあったにせよ、誠一郎をよく可愛がり、妻の腹の中の幸成が生まれるのを今か今かと待ち侘びていた。
それが幸成が生まれて半年程経った頃、正成の妻の不貞が明るみになった。
数年に一度訪れる“行商人”との睦言を使用人に聞かれたのだ。
泣きながら一度きりの過ちだと許しを請うた妻を手に掛けてから正成は変わってしまった。
口にこそ出さないが、恐らく幸成を“自分の子”では無いと疑っているのだ。
そして誠一郎も、母への歪んだ愛情が幸成へと執着させているのだろう。
それ程まで幸成は美しいと言われた母によく似ている。
しかしそれを知る由もない、当日赤子であった幸成には、謂れのない罰を与えられている様なものだった。
「…………黒川……悪いが、兄上の部屋まで一緒に行ってくれるか……?誰かに見られでもしたら、元も子もなくなってしまう」
重苦しい沈黙を壊し、幸成が笑顔を向けた。
しかしその笑顔が昼間とは違う。
自分に心配させまいと笑っているのだ。
「幸成さま……誠一郎さまが仰ったことは──」
「───何も言うな!………頼むから……何も言わないでくれ…………」
「しかしッ……」
「良いんだ!……あの人さえ守れるなら……」
「幸成さま…………」
「あの人は……琥珀は、俺のことを“強い”と言ってくれた。力で捩じ伏せるだけが強さでは無いと……それが俺には……本当に嬉しかったんだ……」
黒川の瞳を真っ直ぐに見つめると、幸成ははにかむ様に笑った。
「それに……初めて人から物を贈られた。なんてことの無い“花”だったが……山に行くと、必ず花を詰んできてくれる。……俺も男なのにおかしいだろ?……でもきっと、その時俺を思って詰んでくれているんだと思うと、凄く……幸せだと思えた……」
こんな時でも、穏やかな幸成の笑顔が真神と過ごした時間を物語っているようで黒川は言葉を呑み込んだ。
本当であれば、幸成を止めすぐにでも『真神』の元に帰したい。
しかし、幸成は幸成なりに真神を守ろうと必死なのだ。
「向こうにいる間……俺はずっと琥珀に守られてきた。……だから……今度は俺が守りたい」
例えそのやり方が間違っていたとしても。
「黒川、心配するな。心は琥珀の元に置いてきた……。だから、こんな事は痛くも痒くもない」
「…………幸成さま……」
自分の不甲斐なさにキツく手を握ると、黒川は幸成を見つめた。
しかしその瞳の奥に今までとは違う想いが隠れていることに気付かずに、幸成は穏やかな笑顔を返した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
野球部のマネージャーの僕
守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる