神殺しの花嫁

海花

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「……幸成です……」

閉じた襖の前から声を掛けると「ああ…」とだけの短い返事が聞こえ、幸成は逃げ出したくなる衝動を抑え、襖を開けた。
すると開け放たれた障子を背もたれに、立てた片膝に腕を乗せた琥珀の背中を瞳が映し出した。
すぐ横には盆の上に酒と、盃がひとつ乗せられている。
こうして翡翠達を寝かせた後、琥珀の部屋を訪れるのは初めてなのに、その背中がひどく懐かしく感じ、何故か胸を強く締め付けた。

「……お前も一緒にどうだ?」

振り返ることも無く投げ掛けられた言葉に、幸成は僅かに俯き

「……酒は………飲んだことがないので……」

そう答えた。
たかだか二間ふたまばかりの距離が遠く感じる。

「…………そう言わずに飲めよ……」

振り返った琥珀の笑顔が僅かに辛そうに歪んだ。
いや、今ばかりでは無い。
自分を見る琥珀の瞳は、いつも何処か辛そうで、それが幸成には、琥珀が自分を眷属にしてしまった事を後悔しているように見えてならなかったのだ。
傍にいることすら拒まれているように感じてしまう。
その笑顔から目をそらすと、幸成は琥珀の傍まで行き盆を挟んで横へ座った。

「……昼間降った雨が……嘘みてぇに綺麗な月だと思わねぇか……?」

山のすぐ上にある月が、半分だけ明るくその身を輝かせ、その灯りが優しく庭を、そして二人を照らしている。
盆に置かれたままの盃を琥珀の長い指がすくうと、幸成へ差し出した。

「少しばかり付き合えよ」

月明かりで淡く光って見える、琥珀が注いでくれた酒を、幸成はゆっくり口に含みやがてそれが喉を過ぎていった。

「……美味しいです……」

思っていたより甘く、香りの良いそれに、素直に口から漏れた。

「……そうか……」

月を仰いだまま、少し嬉しそうに口元を緩めた琥珀の横顔を見つめると

「…………さっき……唄ってたのは……」

不意に琥珀色の瞳が幸成へ向けられた。

「…………え……」

「いつも唄ってたのと違ったろ……」

「あ………あれは……翡翠達に教わった唄を唄っていたら……何となく……思い出したので……」

誰が唄っていたのかも、本当にそんな唄があったのかも分からないが、あの時不意に頭の中に浮かんだのだ。
まさかそれを琥珀が聞いているなどと思わず口にしていた。

しかしそう言った幸成を見つめたまま、琥珀色の瞳は揺らぐことも、そらされることも無く幸成を見つめている。

「あの…………変でしたか?」

「変じゃねぇよ……以前…………やはりお前が唄って聞かせていた唄だ……」

そう言うと、視線がそらされ、空になった幸成の盃へ琥珀は酒を注いだ。

「……お前には意気地のねぇとこばっか見せてきたよな」

静かな声がゆっくりと言葉を吐き出した。

「傍にいろと……離れるなと言いながら………お前を突き放した」

「………琥珀さま……」

「……“さま”なんて呼ぶなよ……。オレは名ばかりの神だ…………現に今も…………」

月と同じ色の瞳が幸成へ向けられ、戸惑うように笑った。

「心底惚れた奴に……怖気付いてる間抜けに過ぎねぇ……」






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