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新婚旅行④
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沈黙を破るのは、ツキヨの質問。
「セイガさんはどんな方だったんですか?」
「セイガ…そうだな、やっぱり私の印象に残っているのは、優しい奴であったということだな。私が、うっかり筆を忘れたときに、セイガが、筆を貸してくれてな、今でも覚えているよ。セイガは、筆を私に貸してしまったことで、自分の筆がなくなり師に怒られて、私が名乗り出ようかと思ったが、手で止めとけと指示をするんだ」
「そんなことが」
「あぁ、あと、私が飼っていた鳥が逃げてしまったとき、泥まみれになりながら一緒に探したこともあったな。「もう良い」と私が言っても、「きっとこの近くに」と言って。お互い、服も顔も汚して…」
尊星はどこか楽しそうにセイガとの思い出を話す。
「セイガは16歳くらいになると、美男子と評判になって、交代交代で仕事に出ると、私が仕事に出る日には、「寝不足ですか」などと他部署の女性に言われてしまったこともあったな。今となっては笑い話だが、当時は本気で悩んだものだ。どうすればセイガのようになれるか と」
「セイガさんは影武者をお務めになるくらいですから、尊星さまも格好良かったのではないですか?」
「いえ、私は、見ての通りです」
自信なさげにそう答えた尊星。
ツキヨは立ち止まる。
それに気がついて、尊星は振り返る。
「どうかしましたか?」
ツキヨは、尊星に一歩近づいて、尊星の頬、ちょうど薄い傷痕の上に手を伸ばした。
「私は、尊星さまのお顔立ち、カッコいいと思いますよ」
尊星はそんなことを言われると思ってもみなくて、笑いそうになる。だって、それも、ツキヨさんは本気の顔で言ってくるんだもん。
尊星はツキヨの手を少し離すようにする。
「そのようなことを言うのは、ツキヨさんだけです」
「そうですか?言葉にしないだけで思っている人は多いと思いますよ」
「そうであろうか。そんな風に思えば、セイガに笑われてしまうかもしれない。
私はセイガには何も勝てない。セイガは私より運動も得意で、〇〇大会とつくものには、ほぼ必ずセイガの方が参加していた。そして、賞を受けるときだけ私が壇上に登るのだ。私は、ずるい人間だ」
「でも、尊星さまがセイガさんになさっていたこともあるのでしょう?」
「…どうだろうな?
あぁ、算学の試験では、私が先に受けて、その問題と解答をセイガに横流しして、同じ先生のもとで学べるように図らっていたな。セイガは、算学だけは苦手だったから。あと、夕食の後に、菓子をねだり、布団の上でこっそりと食べたり。って、半分は私自身の為だが」
「尊星さまも、布団の上でお菓子を召し上がるなんて意外です」
「セイガにこうやって食べると背徳感でもっと美味くなると聞いてから、二人で作戦会議などと言ってよく。懐かしいな、セイガの恋の話を聞いたり、たまには、先生の悪口を言ったりなんかして」
王族としての顔をする必要のない数少ない人。向こうも、二人のときは、陽尊と呼び捨てにタメ口。6歳からずっと一緒で、兄弟みたいに喧嘩して、仲直りしてを繰り返した。寝室も週に何回かでランダムに交替する。それも防犯上の都合でもあるんだけど、幼い頃はそんなこと何も考えていなかった。
「セイガさんと本当に仲が良かったんですね」
「…兄弟のような、関係だったと思います。悪巧みをするときは仲良くなって、仲が良すぎる時間が長くなると喧嘩をして」
「なんだか、尊星さまがそんな風におっしゃるなんて、意外というか、尊星さまも一人の人なんだなと…すみませんなんか変な言い方になってしまって」
「ツキヨさんが言いたいことは分かる。王子と言えば、そんな固定観念は根強い。だけど、私も、私の兄も弟も皆、同じ一人の人でしかないんだ。だから、悩むし、ずるをしてしまう時もあるし、良心に従って上の命に背くこともある。秘密を誰かと共有したくなる時もある」
「王子も同じ一人の人…」
そんなことを言うこと、それ自体、庶民には許されない。王家は神にお仕えする以上、神の血を引いた存在で人ではない。どこか、心の中でそうやって線引きをしていた。
尊星は、先に歩いていた。そして、呟くように言った。
「なんだか、ツキヨさんに話すと心が軽くなった気がする。ありがとう」
高い空に一羽の鳶が羽ばたいて、それを追いかけるみたいにふわりと風が駆け抜ける。風に押され、私は、尊星さまの背中に追い付く。
振り向いた尊星さまと目があった。私は、ありがとう と言われたこともちょっと嬉しくて、ニコッと反射的に笑顔になる。
尊星さまは優しく微笑んで、遠くに見える町を指さした。
「この足で、町の見物にでも行こう。それから、シンたちにお土産でも買って帰ろうか」
そう言った横顔は、嬉しそうというか、楽しそうというか、私にはそんな風に見えた。尊星さまの瞳に一点の光が宿る。
「はい!」
明るい返事に、尊星はコクりと頷いた。
「セイガさんはどんな方だったんですか?」
「セイガ…そうだな、やっぱり私の印象に残っているのは、優しい奴であったということだな。私が、うっかり筆を忘れたときに、セイガが、筆を貸してくれてな、今でも覚えているよ。セイガは、筆を私に貸してしまったことで、自分の筆がなくなり師に怒られて、私が名乗り出ようかと思ったが、手で止めとけと指示をするんだ」
「そんなことが」
「あぁ、あと、私が飼っていた鳥が逃げてしまったとき、泥まみれになりながら一緒に探したこともあったな。「もう良い」と私が言っても、「きっとこの近くに」と言って。お互い、服も顔も汚して…」
尊星はどこか楽しそうにセイガとの思い出を話す。
「セイガは16歳くらいになると、美男子と評判になって、交代交代で仕事に出ると、私が仕事に出る日には、「寝不足ですか」などと他部署の女性に言われてしまったこともあったな。今となっては笑い話だが、当時は本気で悩んだものだ。どうすればセイガのようになれるか と」
「セイガさんは影武者をお務めになるくらいですから、尊星さまも格好良かったのではないですか?」
「いえ、私は、見ての通りです」
自信なさげにそう答えた尊星。
ツキヨは立ち止まる。
それに気がついて、尊星は振り返る。
「どうかしましたか?」
ツキヨは、尊星に一歩近づいて、尊星の頬、ちょうど薄い傷痕の上に手を伸ばした。
「私は、尊星さまのお顔立ち、カッコいいと思いますよ」
尊星はそんなことを言われると思ってもみなくて、笑いそうになる。だって、それも、ツキヨさんは本気の顔で言ってくるんだもん。
尊星はツキヨの手を少し離すようにする。
「そのようなことを言うのは、ツキヨさんだけです」
「そうですか?言葉にしないだけで思っている人は多いと思いますよ」
「そうであろうか。そんな風に思えば、セイガに笑われてしまうかもしれない。
私はセイガには何も勝てない。セイガは私より運動も得意で、〇〇大会とつくものには、ほぼ必ずセイガの方が参加していた。そして、賞を受けるときだけ私が壇上に登るのだ。私は、ずるい人間だ」
「でも、尊星さまがセイガさんになさっていたこともあるのでしょう?」
「…どうだろうな?
あぁ、算学の試験では、私が先に受けて、その問題と解答をセイガに横流しして、同じ先生のもとで学べるように図らっていたな。セイガは、算学だけは苦手だったから。あと、夕食の後に、菓子をねだり、布団の上でこっそりと食べたり。って、半分は私自身の為だが」
「尊星さまも、布団の上でお菓子を召し上がるなんて意外です」
「セイガにこうやって食べると背徳感でもっと美味くなると聞いてから、二人で作戦会議などと言ってよく。懐かしいな、セイガの恋の話を聞いたり、たまには、先生の悪口を言ったりなんかして」
王族としての顔をする必要のない数少ない人。向こうも、二人のときは、陽尊と呼び捨てにタメ口。6歳からずっと一緒で、兄弟みたいに喧嘩して、仲直りしてを繰り返した。寝室も週に何回かでランダムに交替する。それも防犯上の都合でもあるんだけど、幼い頃はそんなこと何も考えていなかった。
「セイガさんと本当に仲が良かったんですね」
「…兄弟のような、関係だったと思います。悪巧みをするときは仲良くなって、仲が良すぎる時間が長くなると喧嘩をして」
「なんだか、尊星さまがそんな風におっしゃるなんて、意外というか、尊星さまも一人の人なんだなと…すみませんなんか変な言い方になってしまって」
「ツキヨさんが言いたいことは分かる。王子と言えば、そんな固定観念は根強い。だけど、私も、私の兄も弟も皆、同じ一人の人でしかないんだ。だから、悩むし、ずるをしてしまう時もあるし、良心に従って上の命に背くこともある。秘密を誰かと共有したくなる時もある」
「王子も同じ一人の人…」
そんなことを言うこと、それ自体、庶民には許されない。王家は神にお仕えする以上、神の血を引いた存在で人ではない。どこか、心の中でそうやって線引きをしていた。
尊星は、先に歩いていた。そして、呟くように言った。
「なんだか、ツキヨさんに話すと心が軽くなった気がする。ありがとう」
高い空に一羽の鳶が羽ばたいて、それを追いかけるみたいにふわりと風が駆け抜ける。風に押され、私は、尊星さまの背中に追い付く。
振り向いた尊星さまと目があった。私は、ありがとう と言われたこともちょっと嬉しくて、ニコッと反射的に笑顔になる。
尊星さまは優しく微笑んで、遠くに見える町を指さした。
「この足で、町の見物にでも行こう。それから、シンたちにお土産でも買って帰ろうか」
そう言った横顔は、嬉しそうというか、楽しそうというか、私にはそんな風に見えた。尊星さまの瞳に一点の光が宿る。
「はい!」
明るい返事に、尊星はコクりと頷いた。
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