王家の星影

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セイガの恋 ③蛍

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 食事会、もとい、お見合いの場から二人は逃げ出すように食事会の開かれていた建物の近くの池のほとりまで出てきた。池には一本の橋がかけられている。

 この池は陰気で宮中の者は誰も寄り付いたりなんかしない。でも、俺は知っている、ここは宮中でおそらく一番美しい場所であるということを。
俺は橋の真ん中あたりまで行く。その後ろから、雪華さまは付いてくる。
ほら、今日だって緑っぽい光が草の影に。
セイガは指をさした。
「雪華さま、あそこを…」
雪華はグッと目を凝らす。
「蛍…ですか?」
「そうです、季節違いのおかしな蛍です」
雪華はフフッと声を出して笑った。
「まさか、ご冗談を」
「ここの蛍は、初秋に舞うのです。本当に」
 緑の光は数を増やす。池の水に反射してそこには音のない幻想的でただただ美しいとしか表現のしようがない景色がブワッと広がる。無数の灯りはまるで二人を歓迎しているみたいだ。息をのむような美しさ、豪華絢爛な装飾なんてそこにはいらない。
「素敵ですね。まるで、星空に飛び込んだみたい」
雪華はそう言って、こちらを見て微笑んだ。
「うん」
セイガは静かに頷いた。
「陽影の宮さま、ありがとうございます」
セイガは星影の宮という自分ではない人に向けられたその純情な眼差しに、ただこの瞬間だけは耐え難い痛みを感じた。
でも、それをギュッと胸に押し込めて、ニコッと笑顔を作る。
「…雪華さまに喜んでいただけたのなら、私も嬉しく思います」

フッと二人の手がわずかに触れあう。
チラッと二人の目があう。
ドキッと二人に緊張がはしる。
フラッと二人の間を蛍が遊ぶ。
ギュッと二人は手を重ねた。

「陽影の宮さま、少し、もう少し、一緒にお話をしたくなりました」
照れているのか、少しばかり頬を赤らめた雪華。その言葉に驚きはしたが、気持ちは一緒だった。
「私もです」
あぁ、今日だけは、セイガとして彼女に見てほしい。
いや、そんなことを思ってはいけない。俺と陽尊、二人は同じでいなければ、俺の存在意義はそれなんだから。
「陽影の宮さまは、ここをいつからご存知何ですか?」
「それは、」
俺が影として陽尊に仕えて間もない頃に、不安まみれの俺に宮中の案内をしてくれて、ここは一番のお気に入りの隠れ家なんだと教えてくれたんだ。
「忘れてしまいました。でも、ここは、私の秘密の隠れ家なんです。小さい頃からの」
「宮さまに隠れ家ですか?」
「はい、良いところでしょう?」
セイガは自慢気に言った。昔、ここを教えてくれたとき、陽尊がやったように。
「この国一番の隠れ家ですね」
「そうかもしれませんね、ここに誰かを招くのは貴女が初めてです」
「え?そうなんですか?」
「はい」
「そんな特別なところに私などが…嬉しい」

分かっていた。
彼女の仕草に、表情に、話に、温もりに、全てに惹かれてしまうのはそう時間がかからなかった。
「あ、髪に」
雪華の頭に一羽の蛍が座る。
「え?」
それを、追い払うようにセイガは一歩分雪華に近づく。
「すみません、」
不用意に近づきすぎたか?
雪華はフルフルと頭を左右に振った。
「宮さま、」
雪華は俺の背中に手を回して、そっと抱きついた。
「失礼は承知しております」
セイガは、雪華を抱き締める。
線の細いその体は強く抱き締めるものではなく、大切に触れなければならないような気がした。
「失礼なものですか…」
頭では分かっている。
陽尊にも言わないまま、こんな風なことをしてはいけないということを。そして、身の上も明かすことが出来ない自分と一緒にいて良いことなんか無いのに、誰にも彼女を、雪華さまを渡したくない。

俺は、雪華さまを好いている。
月並みな表現だけれど、愛している。


 蛍も眠りにつき、辺りは真っ暗になった頃、誰かが、俺と雪華を探しに来た。遠くから、名前を呼ぶ声が聞こえる。あぁ、夢が終わる。
二人は池のほとりの茂みに身を潜めた。
「宮さま、誰か」
「シッ」
「また…お会いできますか?」
囁くような声で、雪華はそう尋ねた。
セイガはなんと答えたら良いか分からなかった。だって、雪華さまは今、陽影の宮と会っていると思っているんだから。だから、今までの言葉は全て、俺にかけられたものじゃない。この時間を刻むのは、俺じゃない。もし、陽影の宮じゃない俺。侍女の子どもで、なんと言う地位もなく、本来貴女に巡り会えるわけのない普通の人だって知っても、貴女は俺に同じように笑いかけてくれるのか?ありのままを見てくれるのか?
 ダメだ。また会ったとして、こんなの陽尊に隠して出来るようなことじゃない。
無口になったセイガを心配する雪華。
「どうかされましたか?」
なら、もう言ってしまおう。
雪華の手を握る。
「…ごめん
…何年後になるか分からないけれど、私が私として生きられる時に、貴女には側にいて欲しい。それまで、会えなくても、俺はずっと雪華さまを想い続ける」
「会えない…ってことですか?お側にいられるのは、ずっと先ってことですか?」
「許して」
雪華は手をほどいた。
「はっきり、おっしゃって良いんですよ!」
「好きです、雪華さまをお慕いし申し上げております」
「なら…」
「でも、私は…きっと会えない。私のことは忘れてください。本当にすみませんでした」
セイガは、これで良い。と自分に言い聞かせて茂みを出る。


「あぁ、陽影の宮、どこへいらっしゃったのですか?皆、心配しておりましたよ」
「すみません、厠へ行った後、辺りが暗くて」
「左様でしたか」
「はい…私、帰ります、疲れた」


俺は、陽尊のいる執務室に寄る。まだ、陽尊は仕事をしていた。あと数枚か。
「どうだった?」
「特に何も…」
「そうか、私はてっきり合同の見合いみたいなものかと思っていたが」
「知ってたの?」
「まぁ、日彦大臣は婿探しに奔走中と聞いていたから」
「それ、俺に行かせて良かったの?」
「セイガが見込んだ女子おなごなら、良いかと思ったんだ」
こちらを見ず、口と手だけを動かす陽尊に無性に腹が立った。俺の苦悩も何も知らないで、のうのうとしている姿。
「陽尊は良いよな、何にも気にしないで良いんだから。逆立ちしたって、俺の気持ちは分かんないんだろうな」
「どうかしたか?」
「なんでもない、もう寝るわ」
「そうか、おやすみ」


ベッドに入って天井の木目模様をぼさっと見ていると、雪華の笑顔が浮かび上がる。
「待っていて…お願い…」
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