ソーダ色の夏

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 「蒼士!何回言わせるわけ?ちゃんと、水は大切に使ってよ」
「できる限りは、やってるよ!だって、仕方ないじゃん」
蒼士が何をしたのかと言うと、手を洗うのに、バケツ一杯にも及ぶ水を使ったのだ。聞いているこちら側からしてみれば、どっちもどっち。
「また、やってる」
「放っておくのがいいよ。すぐに、仲直りするだろうし」
「そうかなぁ?」
「そうだよ、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ。幼馴染みだし、気兼ねなく何でも言い合える仲だからこそだよ」
翠は、操舵室にまで聞こえてくる喧嘩の声に心配そうだが、琥珀は全然気にしていないらしい。
「わりぃ、蒼士、海藻を見つけたんだ。網、借りるぜ」
琥珀は船の後ろ側に回って海藻を網で手繰り寄せる。
「どう?とれそうかい?」
「あ、うん。まぁな」
海藻は貴重なミネラルを豊富に含むので、このチャンスを逃すわけにはいかない。その思いで、必死に網で手繰り寄せようとするが、微妙に遠い。体をグーッと伸ばしてようやく網の先でチョンチョンとつくくらいだ。
「僕も手伝うよ」
翠が琥珀の方に来る。
「ありがとな、なんか長めの物を持ってきて」
「長めの物だね」
翠は、船をぐるりと一周して、釣竿を持ってきた。
「確かに長いけど、これじゃ」
「ガムテープもあるから、二つをくくりつけて、持ち手の長い網にしよう」
琥珀は、釣竿の持ち手部分に網の持ち手にをガムテープに固定する。
「これならいけそう」
琥珀は、体をギリギリまで出して、海藻を手繰り寄せることに成功した。
「すごい、すごい」
「別にすごくないよ」
海藻をびろーんと持ち上げて、琥珀は船の前の方に戻ると、乾燥できるようにとピンと張られたロープに海藻をササット水で流してから、かける。
「明日の昼頃には食べ頃かな?」
「だと、いいな」
船上での生活が肌に馴染んできた。約11ノットで走る船は、夜も懸命に走っている。今でも、交代で見張りをしているのだ。さすがに、速度は落とすけど。かれこれ、そんな生活が一週間。2000キロくらい進んだ。全体の四分の一に到達。
「おーい、琥珀」
部屋から、蒼士の声がする。
「なに?」
「昼から、雨だって紅葉が。だから、海藻は曇りになったらすぐに中に入れてって」
「分かった」
なんだ、もう仲直りをしていたのか。ホッと胸を撫で下ろす翠。
「それじゃ、明日の昼御飯で食べるのは難しいかもしれないね」
「そーだな、まぁ、雨は仕方ないけどまた風呂に入れるかな?」
この間、船に雨が降ったときは、ビニールプールに水を集めて風呂をした。やはり、水の固まりというのは気持ちよかった。
「そうだね、僕も入りたいなぁ」
翠は、琥珀を横目に見る。うん、やっぱりそうだ。翠の心に浮かんだ疑念は、確信へと変わった。琥珀は、絶対に笑わない。別にしかめっ面をしているわけではない。でも、口角を上げて笑わない。
「俺の顔に何かついてるか?」
「ううん、そうじゃない、ただ、琥珀は笑わないなって」
「なんで?別に笑う場面無かったし。」
「いや、別に今、笑わなかったってだけじゃなくて、僕 と初めて合ったときから、君は笑わないなから」
 琥珀は翠を無視して、紅葉がいる操舵室に向かった。
「変わるよ、紅葉」
「まだ、時間じゃないけど、どうして?」
咄嗟に言い訳を考える。
「雨が来るかもしれないんでしょ?だったら、蒼士とプールの準備してもらえないかなって」
紅葉はしばらく考える。
「琥珀がやっても良いんじゃないの?蒼士もそっちの方が楽だと思う。私とアイツが共同作業しても、ケンカになっちゃう」
クフッと笑う紅葉。紅葉は言い訳ではなく思った事をそのまま口に出した。
「・・・そっか。悪いな、紅葉、操縦任せちゃって」
 琥珀は、カンカンと音をたてて操舵室から数段の梯子を降りる。甲板に足がつくと、蒼士を手招きする。
「プール出すの、手伝って。蒼士」
「了解、翠、竿持っといて」
蒼士は、翠に竿を持たせると琥珀についていく。
 子供用と言えども膨らますのは結構大変だったりする。横100センチのプール。空気入れを見事に忘れてきた。
「そっちの方、引っ張って」
膨らましたあとは、外れないようにがっしりと固定する。
「もっと、左に!」
ロープでグーッと縛る。
「それくらいで良いよ、琥珀」
琥珀はパッと手を離す。
「じゃ、俺、操舵室に行ってくる」
「頑張れよぉ」
 今度こそ、紅葉と交代した。琥珀は、ポケットから付箋とペンを取り出し、「翠へ  話す事がある。夜の二回目の見張りで話そう。」そう、書き記すと、琥珀は操舵室の窓にペタッと張り付ける。これでよし。言わなくちゃ、アイツには。怖いけど、逃げたらダメだ。

「雨、すごいな」
「はい、琥珀」
「サンキュー」
蒼士が操舵室の琥珀に昼御飯を届けに行く。傘が必ず欲しい雨の間を縫うようにして、蒼士は戻る。
「ほんとに、一人で良いんだな?」
「蒼士まで濡れると、乾かすスペースがなくなるから」
「悪いな」

 夕方には、いよいよ暴力的な雨足に変わった。
「翠、時間」
「はぁ、行ってくる」
ま、ため息も出るわな。レインコートを着て、操舵室に行く翠。それと入れ替りで、琥珀が入ってくる。
「琥珀、ビショビショじゃん。すぐに着替えて、風邪引いちゃう」
琥珀は、唯一の更衣スペースで全身を拭いて、服を着替える。
「パンツまでびしょ濡れか?」
「いや、そこはセーフ。」
翠は付箋に気づいただろうか。翠は、雨の中、淡々と舵をとり、夕飯が近づくと、蒼士と交代した。琥珀と顔を会わせても、他愛もない話をするだけで、付箋について話さなかった。

 夜になり、琥珀と翠の二度目の見張りが回ってきた。
「琥珀」
琥珀は、翠に呼ばれて星の見えない空の下に出る。
「翠、付箋は見たか?」
「話すことって?」
翠は、首をかしげる。
「気づかれないようにしてたこと。」
随分と暗い声。
「話したくないなら、無理に話さなくても」
翠は、琥珀の肩に手を置く。温かい手だ。この人がペアでラッキーだ。琥珀はそう思った。琥珀は、顔をあげる。
「話させて欲しい。翠には、知って欲しい。」
 そこから、琥珀はポツリポツリと、話し始めた。
「昼間に翠は、俺が笑わない。って言ったよな。」
「あ、うん、」
「だから、話さないとって思ったんだ。」
心臓の音がうるさい。耳障りだ。でも、手の触れる位置にいる翠はそんなことは気にしていないらしい。
「あのさ、こんなことを言ったら、変態だって思うだろうし、その、なんつーかドン引きするだろうけど・・約束、守って、今までと変わらずにペアでいるって。今までと同じように接するって」
翠は間髪入れずに
「約束するよ。ほら、ゆびきり」
小指を差し出した。琥珀は、翠の小指に自分の小指を絡ませる。
「・・・実は、男じゃないんだ。俺。いや、あたし。女なんだ。」
翠はしっかり3秒固まる。
「えっと、それは、トランスジェンダーとかそういうこと?」
「そうじゃなくって」
琥珀は、翠の腕を掴むと翠の手を喉元に持っていく。
「喉仏もないだろ?体も心も女だよ!」
翠の腕を離す。翠は、しばらくあっけにとられている。
「どうして?」
もっともな疑問だ。
「家が、料亭って話は前にしただろ。料亭を継ぐのは男しかダメなんだ。別に、あたしは興味もないし継ぐつもりもない。でも、親がそれは認めなかった。あたしには年の離れたお兄さんがいたんだけど、あたしが生まれる前に死んでしまって、優秀だったんだって。だから、尚更、家も継げない女のあたしに、男を強要したんだよ。笑ったら女ってバレるとも言われてきた。」
「そんな、誰かに話したりできなかったの?」
「しなかった。変な家だけど、それが小さい頃は当たり前だと思ってた。それに、言ったところでどうにもできないから言わない方が楽だったしね。それに、怖かった。本当の事を言ったら、皆、離れるんじゃないかって、気味悪がるんじゃないかって、」
さっきの琥珀がなぜ、約束して欲しいと言ったのか翠にはようやく理解できた。
「そっか、ずっと琥珀は辛い思いをしてきたんだね。」
翠は琥珀の手を握る。小刻みに震えているのが分かった。
「ちょっと、手を離してよ」
琥珀は自分の顔がカーッと赤くなるのが分かった。翠は離すことなく話を続ける。
「でも、安心して。僕は、琥珀の事を男だと思っていたけど、男だからって理由で一緒にいた訳じゃない。きっと琥珀が女って知っていても女だからどうだってことはない。男だからとか、女だからとか、それ以前に、琥珀だからペアとして信頼してたし、一緒に行動してた。」
翠の言葉が、どれ程嬉しかったか。心が解放された気がして、涙が自然と流れ出す。
「な、泣かないで、琥珀」
「ううん、泣いてないよ。ただ、雨の水滴が顔にかかっただけ。」
咄嗟に嘘をつく。意味はないが、なんかそうしてしまった。
「なんだ、てっきり僕は琥珀を泣かせちゃったのかなって焦ったよ。」
この時が初めてだった。琥珀が笑った。
「笑うと、琥珀はそんな顔になるんだね。」
「え?いつ笑った?」
本人は無自覚のようだ。でも、この一歩は本当に琥珀にとって大切なものになった。翠は微笑みを浮かべて、舵をとる手にグッと力を入れた。



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