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辺境伯領編
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しおりを挟むヴァニタスの膝の上で寝こけた俺は、その後夕食の時間に彼に起こされた。起きてみるとあらびっくり。獣化が解けているではないか。獣化の制御が未熟であったばかりに、彼は子猫の重みならまだしも人間の子供の重みを数時間膝に受け続ける羽目になったのだ。ヴァニタスは優しいから起こさなかったのだろうが、俺は内心冷や汗ダラダラである。もうこんなヘマはしないと心に誓った。そんな俺の様子をヴァニタスはニコニコしながら見守っていた。やはり天使である。
そうしてそのままヴァニタスと共に夕食を共にとった。サングィスの姿は無かったが、居たら居たで空気が気まずくなりそうだったので、ヴァニタスと二人で良かった。夕食の場には使用人がヴァニタスと俺、一人ずつ付いていた。カノン辺境伯家は由緒正しき上位貴族であるため、夕食時など絶好の暗殺機会である。毒味役も兼ねているのだろう彼女らは、やはりこの城特有の静けさを纏っていた。顔が能面のようだった。もう少しこの城のこの雰囲気はどうにかならないものかと俺は心の中で重苦しい空気に舌を出した。
そんな空気とは裏腹に、ヴァニタスとの会話は和やかに進んだ。彼はまだこの城に慣れていないだろう俺の緊張を解すためか、色々な話をしてくれた。カノン辺境伯領のこと、この国のこと、騎士団のこと、そして、魔法のこと。
ヴァニタスは特に魔法について教えてくれた。この世界の人間の大半は魔力を持って生まれてくること。この国では5歳になった時点で『魔法測定』を行うことができるようになるのだということ。
「『魔法測定』っていうのは、名前の通り魔法についての素質を測るもの…と思ってもらえればいいかな。基本的に測定するのは二つで、‘‘魔力量‘‘と‘‘魔法適正’’を調べるんだ」
「魔力量と、魔法適正とはなんですか?」
疑問に思ったことをそのまま伝えれば、ヴァニタスは快く教えてくれた。
魔力量とは、言葉通りその者の扱える魔力の量のことである。では魔法適性は何かと聞けば、その人が使える魔法の属性を指すものだという。この世界の魔法属性には、まず一般魔法属性と、特殊魔法属性という大きな二つの括りで分類されるらしい。一般魔法属性とは、火、水、風、土の4属性であり、四元素魔法の事を指す。魔力を持つ者には必ず扱える魔法で、一般的に多く使われているのが一般魔法属性だ。そして、特殊魔法属性とは、魔力があるものに必ず一つだけ与えられる四元素以外の属性魔法のことだという。例えば、攻撃だけに特化した攻撃魔法、補助に特化した補助魔法、防御魔法、回復魔法、召喚魔法…上げ出したらキリがないが、その人だけに扱える特別な魔法だと思えばいいらしい。『魔法測定』では、一般魔法属性の中の得意属性、そして特殊魔法属性が何であるかを調べるのだという。
そこまでヴァニタスに懇切丁寧に教えてもらった俺は、彼の魔力量と魔法適正についてちらっと聞いてみた。彼は今10歳であるので、5年前に魔法測定は終わっているはずである。
「俺の魔力量は…どうなんだろうね。高い方だっていうのは聞いたかな。魔法適正は、得意属性は土で特殊魔法属性は‘‘創造’’だよ」
とのことだった。魔力量高いのか…となんとなくイメージ通りだなとか思っていたら、‘‘創造魔法’’ってなんぞ??聞けば、無から有を創り出す魔法であり、自身のイメージをそのまま創ることが出来るのだという。俺は思った。「何そのチート!!?」と……。無から有って……つまるところ物質であればなんでも作れるということだ。無機物・有機物も関係なく、魔法さえも生み出せるということである。我が兄、怖し。今日で何度この兄に恐怖させられたかわからないが、やはりヴァニタスは只者ではないということはわかった。敵にだけは回したくないのでどうか記憶思い出しませんように!そしてライがあの時の双子の片割れだと気づきませんように!と祈るばかりである。
ヴァニタスの魔法についても聞けたところで、俺と彼の食事がほぼ同じくらいに終わる。まだ小さな俺でも食べやすい量を考えて出されており、こういう細かなところは本当に完璧に整えられた場所だと思った。話にひと段落つき、食後の紅茶が運ばれてくる。ヴァニタスは運ばれてきたティーポットとティーカップを受け取り、自ら二人分の紅茶を淹れてくれた。彼の紅茶の淹れ方は、一つ一つの動作が繊細なのに優雅で、思わず見惚れてしまう。そのまま赤色の紅茶が入ったティーカップを俺の方に差し出すと、「どうぞ」と言って笑った。ヴァニタスは何が楽しいのか始終ニッコニコである。不思議に思うが今はいいだろう。俺はティーカップを持ち、顔を少し近づけてまずは紅茶の匂いを楽しむ。紅茶の銘柄はダージリンだろうか。爽やかで芳醇な香りが鼻いっぱいに広がる。いい香りだ。ちなみに毒が盛られていないかも確認したが問題はなさそうである。俺は紅茶に口をつけた。途端に口に広がる上品な渋み、そしてコクと甘さ。俺は一口含むとほぅ…と息をついた。元々の品質もいいのだろうが淹れ方も上手いのだろう。なんとも深みのある味わいだった。一連の俺の様子を見ていたヴァニタスも、自身の分の紅茶を口に含む。そうして一息ついた彼は、俺にある提案をしてきた。
「ライも『魔法測定』受けてみたら?」
青天の霹靂である。俺は思わず紅茶を溢しそうになった。なんとか震える手でティーカップをソーサーに置く。そうだ、そうなのだ。この世界に魔法があるということは俺だって魔法を使えるということである。魔法も使えない者も中にはいるのだそうだが、貴族に見られるのは稀だという。俺は今年で6歳になる。ということは『魔法測定』をすでに受けられるのだ。
俺はゴクリと唾を飲み込む。ヴァニタスと邂逅した衝撃で意識外に追いやられていたが、俺には目の前の彼にかけられた『20年以内に死ぬ呪い』があるのだ。俺はこのまま何もしなければ20年以内に死ぬ。しかし、前世で俺はその呪いを解呪する魔法を20年の時をかけて構築したのだ。そう、解呪の魔法である。今世の俺が持つ魔法適正や魔力量にもよるが、魔法理論や魔法式が違っても同じ魔法という概念である以上、前世の魔法知識は今世にも何かしら活かすことができるはずである。つまり、魔法を使えば今世もまた呪いを解くことができるかもしれないという事だ。この際記憶のことは後回しである。早々に呪いを解くことができれば、前世では魔法研究のために得られなかった一度は夢見た自由気ままなスローライフを余生で送ることができるかもしれない。俺は今世、魔法のある世界に生まれたことを感謝した。この世界に生まれなければヴァニタスと逢わずに呪いも発動しないまま記憶も蘇らなまま生きられたかもしれないとか思うのは野暮である。もう逢ってしまったのだから考えるだけ無駄だ。とにかく今は今世の俺の魔法についてである。
「兄様、『魔法測定』はいつ受けられますか!?」
興奮を隠さずそう言った俺にヴァニタスはニコニコと微笑む。多分今俺の目はキラキラと輝いているだろう。比喩ではなく物理的に。ヴァニタスは少し考える素振りを見せてから言った。
「そうだな…。明日にでも教会に行こうか」
「明日、ですか???」
「うん、明日」
俺はキョトンとしておうむ返しにそう聞いた。すると、ニコニコ顔のままヴァニタスから返事が返ってくる。明日。明日……。早すぎない??正直早くても一週間後とかだと思っていたのだが???思わず俺はポカンとしてしまう。
「明日はちょうど俺の家庭教師が来ない日なんだ。ライにも家庭教師がつくのはもう少し先だろうし……いい機会だからライも早く知りたいだろう?ライが良ければ、どうかな」
ヴァニタスは小首を傾げながら俺にそう聞いてくる。彼はそのまま紅茶を一口含む。なんとも様になっていることである。
正直俺にとっては、願ったり叶ったりというやつである。呪い解呪のためには自身の魔法について知っておくことは早いことに越したことはない。おそらく、ヴァニタスが気にしているのは怒涛の今日の明日で疲れていないかという俺の心労を慮ってくれたのだと思うが……。精神年齢×××歳の俺にはこれぐらいの苦労なんてことはないのだ。
俺は残っていた自身の紅茶を全て飲み干してから「是非!」と言って笑った。
そうして翌朝、ヴァニタスと俺は領地内の教会へと出発した。カノン辺境伯領は、辺境の地だけあり領地が広い。教会へは少し距離があるということで馬車で向かうことになった。今世では二度目の馬車である。俺はヴァニタスに手を引かれて城の裏門まで連れて行かれた。裏門の側には庶民用の簡素な馬車が止まっていた。今回はお忍びであるので、貴族用の馬車ではない。ちなみに俺とヴァニタスの服装も、庶民風なものになっている。
馬車の前には、庶民服を着た背の高い青年が立っていた。ヴァニタスが青年に近づくと、青年は敬礼をした。
「今回護衛に就きます、騎士のハウルと言います。」
「そう、よろしくね」
「よろしくお願いします」
そう挨拶をした護衛のハウルは、焦茶色の髪に燻んだ赤色の瞳をしていた。顔立ちは凛々しいがまだ若々しく、溌剌として人懐こそうな印象を受ける。
ヴァニタスに続いて俺も返事を返せば、ハウルはヴァニタスの方を見て目を剥いていた。驚いているようであるがどうしたんだろうか。その様子に俺が小首を傾げれば、ハウルはハッとしたようにコホンと咳払いをして「失礼しました」と頭を下げた。本当になんだったんだろう。ヴァニタスの方を見れば、昨日今日ですっかり見慣れたキラキラスマイルだった。
ハウルに促され、ヴァニタスとともに馬車に乗り込む。中は庶民用と言っても座りやすく臀部が痛くならないような工夫が車内に施されており、居心地が良さそうであった。俺はヴァニタスの向かい側に座ろうと思ったのだが、それに気づいたヴァニタスが自身の隣を指差し手招きしてきた。俺はどうしようかとは迷ったが、ヴァニタスの笑顔には敵わなかった。俺は恐る恐るヴァニタスの隣に座る。その様子を何か言いたげな顔でハウルが見てきたが、結局何も言わずに自身は御者席に乗り込んだ。どうやら彼が馬を引いてくれるらしい。
「では、出発いたします」
ハウルの呼びかけと共に、馬車が動き始める。その途端にフワッとした空気に身が包まれた。俺はヴァニタスの顔を見た。彼は人差し指を持ち上げて少し得意そうな顔をしてこの空気の正体を教えてくれた。
「これは風魔法だよ。風の力を借りて少し馬車全体の空気を浮かせるんだ」
一般魔法属性は、自然の力を借りて生活に用いることが多いのだという。自身の魔力を使い魔法を行使することも可能だが、このように自然を操り魔法として用いることの方が一般的らしい。今風魔法を使っているのはハウルで、基本的に馬車に魔法をかけるのは御者だという。俺はこの世界の魔法知識についてまた一つ知見が増えた。
城の外壁から出ると、街の街道に繋がっていた。俺は外の景色を眺めた。昨日も城に着く前にこの街を通ったが、昨日の俺には余裕がなく外の景色をゆっくりと見る心の余裕がなかった。街は城内の異様な静けさと裏腹に活気で満ちていた。行き交う人々は皆笑顔で楽しそうだ。街は綺麗に整備されておりなんとも住みやすそうな街であった。俺は街の様子をじっと見つめていた。ヴァニタスはそんな俺に声をかけるでもなく、俺の隣でニコニコと微笑ましそうに見守っていた。
街道をまっすぐ進み、それから少し入り組んだ道に入る。すると、教会と思わしき建物の上部が見えてきた。俺は馬車から少し身を乗り出して教会の方向を見る。いよいよだ。いよいよ俺も魔法が使えるようになるのだ。呪い云々の件もあるが、俺は普通に魔法が好きだ。便利だからといのもあるが、単純に楽しいのだ。魔法研究も発明も、全てが俺には楽しいものに思えるのだ。だから俺は、本当に楽しみにしているのだ。そう、本当に楽しみにしていたのだ――――――。
「ま、魔力0…それに伴い魔法適正も測定不能……」
目の前の神父が口をあんぐりと開けながら呟く。俺は呆然としながら思った。「俺のワクワクを返せ!!!!」と。
ハウルも目を見開き俺を二度見する中で、ヴァニタスは何が面白いのか先程から口許を手で覆っている。確実にツボっている。俺はそんなヴァニタスに人睨みするが、そんな俺もまた何かの琴線に触れたのか今度は蹲り始めた。そんなに面白いか。俺は何も面白くないがな!!
「そ、測定魔導具が壊れているのかもしれません。今新しいのを持ってきますので…」
「いや、その必要はないと思うよ」
神父が若干顔を青ざめさせながら震える声でそう提案しようとするが、その声に被せるようにヴァニタスの笑いを堪えるような声がそれを止める。見ると蹲っていた体を起こしていた。アンタは早く笑うのを止めろ。
ヴァニタスは溢れる笑いを完全に止めてから、神父が持っている測定魔導具を見つめながら言う。
「その測定魔導具は壊れてない。なんなら同じものを今俺が作ってもう一度測定し直してもいい。結果は同じだと思うよ」
そう言ったヴァニタスは俺の方を向き目を合わせる。その顔は笑ってなどいなく、至って真面目な顔をしていた。彼の目も真剣であり、今真面目な顔をしたってさっき笑っていたのを俺は忘れないからなとか言える雰囲気ではなく、俺は何か言おうとしている神父を視線で留めて息をついた。
「兄様の仰る通り、俺にもその魔導具は壊れていないように思います。きっと俺には魔力がないのでしょう。…残念ですが、今知れてよかったです。兄様、連れて来てくださりありがとうございます。」
神父にも礼を言い、俺は少し一人になりたいと教会の礼拝堂を出た。神父は気遣わしげな視線を寄越して、それに苦笑しながら俺は部屋を出て行った。ヴァニタスはその俺の様子を、俺の姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
そう、人生などうまくいかないことばかりである。俺は魔法というものに一縷の希望を見出したが、結局俺は魔法が使えなかった。魔法がある世界で魔法が使えないとは、なんとまあ難儀なことである。貴族の中で魔法が使えない者など殆どいないようで、俺は所謂落ちこぼれという扱いになるのだろうと思う。今世はやはりハードモードで、世界は俺に安息を与えてはくれないらしい。
教会の裏手で蹲み込んで、俺はそんなことをつらつらと考えながらぼーっと空の雲が左から右に流れていく様を眺めていた。そんな俺の頭上に影がさす。
「こんなところにいた。…あ、いらっしゃいましたか」
顔を上げれば、ハウルが俺を見下ろしていた。俺はぼうっとした顔のままハウルの顔を見つめる。ヴァニタスや俺とは系統が違うが、犬のように利発で整った顔をしていると思った。
「え…と、俺の顔に何かついてます?」
ハウルの顔をじっと見すぎていたからだろうか。ハウルは少し顔を赤くしながら頬をかく。そんな彼の様子に俺は思わず笑ってしまった。
「あはは、別に、何も。敬語使い慣れてないなら、今度から俺には敬語使わなくていいよ」
そんな俺を見てどう思ったのか、ハウルは少し目を見開くと人懐こい顔で破顔した。
「じゃあお言葉に甘えて。…思ったより落ち込んでないんだな」
訪れて早々物事の核心をつく言動に、この人は裏表のない素直な人だなと思った。俺はそれが少しおかしくて、笑って答える。
「それ、俺が本当に落ち込んでたらクビになってたよ。ま、俺は落ち込んでないから別に問題ないんだけどね」
「あ……」
ハウルは自身の失言に気付いたように口を抑えて唸る。俺はまたそんな彼にまた笑ってしまった。彼は俺の様子に顔を赤くしてコホンと咳払いをすると、口を尖らせる。
「落ち込んでいたように見えたから心配したんだが…杞憂なようで何よりだ」
どうやらハウルは俺を心配して俺の元までやって来てくれたらしい。彼はきっと相当のお人好しなのだろう。いくら護衛対象とはいえ、先程会ったばかりの、しかもスラム育ちの庶子に優しくしてもいいことなんてないのに。わざわざ心配して来てくれた彼は、性根がまっすぐで優しい人なんだろう。俺は最後にふっと笑うと、口許に笑みを象ったまま首を傾けた。
「心配してくれてありがとう。でも、見ての通り大丈夫だから。……まあ、少しは残念に思ったけど」
「それは、そうだろう。今朝だって、ずっと楽しみにしていたのは見ていたからわかる」
俺が少し本音を漏らすと、それを間髪入れずに肯定される。当然だろうと。それに少し驚いて、俺の発言でまた顔を少し歪めてしまったハウルに、表情がよく変わる人だなと可笑しくて、苦笑した。そのまま俺は膝に顔を埋める。
「……でも、本当にそこまで落ち込んではいないんだよ?残念ではあったけど、ないものはしょうがない」
「だが、」
そこで一区切りを入れて、ハウルが俺に何かを言おうとする。しかし俺は顔を上げて彼の言葉を遮った。彼の燻んだ赤と目を合わせて微笑んだ。
「ハウルにとって、魔法って何?」
俺のその発言にハウルは不意を突かれたように目を見開き驚く。しかしすぐに考える素振りをしだすと、すぐに口を開いた。判断が早い。彼はいい騎士なのだろう。
「魔法は、俺を強くしてくれるもの、だ。剣術だけでは補えない部分をカバーしたり、戦術の選択肢を広げてくれる」
戦いに重点を置く魔法、それがハウルにとっての魔法なのだろう。現に彼は騎士なのだし、その回答は至って一般的なものだろう。…少し脳筋的な回答な気もするが、それには一旦目を瞑る。俺は彼の回答に頷いた。
「うん、魔法は俺たちの選択肢を広げてくれる。でも、だからといって魔法が全てなわけじゃない」
俺は折り曲げていた膝を伸ばして立ち上がると、ハウルの顔を仰ぎ見る。こうして立ってみるとやはり背が高いことが伺えた。俺は彼の服の裾を掴み、しゃがむように言う。それを心得たようにハウルはその場にしゃがんだ。そうしてやっと俺と同じ目線になったハウルに、俺は少しむくれる。己のまだ小さな体を恨めばいいのかハウルのでかい体を恨むべきか……俺は眉を顰めた。その俺の様子にハウルは困惑したように眉を下げる。彼は俺の指示に従っただけで何も悪いことをしていない。完全に俺の見当違いな身長への恨みである。俺は大きくため息をつく。ハウルがビクッと大きな体を揺らした。……面白いな本当に。大型犬みたいで。少し機嫌を取り戻した俺は、話の続きだったなと思い出し、言葉の先を紡ぐ。
「俺にとって魔法は多くある手段の一つだ。選択肢が一つなくなるのは残念だけど、魔法がなくても他の方法を探せばいい、と俺は思ってる」
そう、魔法はあくまで複数ある選択肢の一つなのだ。確かに魔法は楽しいし、呪いを解く鍵になったかもしれない。だがこの広い世界で楽しいものは魔法だけではないし、呪いを解く方法は他のものを探せばいい。だから俺は、魔法がなくてもめげたりしょげたりしないのだ。……多少なりとも残念だったのは事実だけども。
「……あなたも、ヴァニタス様も、本当に子供らしくないな…その年でその考えを持てる者はそう多くはない」
ハウルはそんな俺の言葉に驚き、けれど何かを思い出したかのようにそう言って苦笑した。俺はハウルの発言に少し首を傾げた。
「兄様は、やっぱり子供らしくないんだ?」
「子供らしくないというか…あの方に関しては俺にはよくわからない。ただ、あんな風に感情を表に出している姿は初めて見た。ライ様の魔法測定の時に、測定結果もだが……ヴァニタス様が笑い転げていたので天地がひっくり返ったかと思った」
……やはりというか、なんというか。どうやらヴァニタスのニコニコスマイルは俺専用のもののようだ。おそらく普段は初対面の時のような空虚で抜け落ちたような相貌なのだろう。それがあんなに笑うとなれば…天地がひっくり返ってもしょうがない。というか、あれに関してはどうしてあんなに笑われたのか全くわからない。彼のツボは謎である。
俺がヴァニタスの不可解さに眉を顰めていると、ハウルは俺から視線を外して空を眺めながら言った。
「俺、ヴァニタス様の魔法測定の時も護衛だったんだ。その時ライ様とおんなじことを聞かれて…やっぱり兄弟なんだな」
「…その時、兄様は魔法についてなんて言ってた?」
「『あってもなくても変わらないが、あれば少しは役に立つかもしれない』って。あの魔力量と特殊魔法を持ってそんなこと言われるとなあ……」
ハウルは遠い目をして言った。俺はヴァニタスと同じ発言をしていたことに驚いたが、その後の彼の昔の発言で俺も遠い目になった。いや、あってもなくても変わらないんだったら俺にくれよ…と思わず俺は脱力した。なんだろう、根本的なところで俺と考えていることは同じだが言い方が…もっとマシな言い方なかったのかと思った。昨日今日でヴァニタスの人物像がブレブレである。彼は一体何者なんだろうなと思った。
「…と、そろそろ戻らないか?ヴァニタス様も心配しておられるだろうし」
そう言って、ハウルはしゃがんでいた体勢を起こした。ハウルの顔を見ていたので目線が大きく上にずれる。首が痛い。
俺は彼に「そうだね」と言おうと一つ瞬きして、礼拝堂に戻ろうと目線をそちらに向ける。
「ライ」
成熟しきっていないアルトボイスが俺の耳に届く。目の前にはヴァニタスが穏やかに微笑みながら立っていた。ちょうど先程話題にしていた人物に、少し背中に冷や汗が流れる。俺は動揺を悟られぬように平静を装ってとぼけたように首を傾げた。
「兄様、どうしたんですか?」
「お前の様子を見に行ったハウルの戻りが遅かったから、俺も心配して来てしまった」
……心配してくれていたのか。この兄は本当によくわからないが、今までの様子を見るに彼の優しさに嘘はないと思う。俺は張り詰めていた息を吐いた。ハウルの方を見れば少し顔を青くしている。ハウルは多分ヴァニタスが苦手なのだと思う。俺は別に苦手ではないが、不可思議な人だなとは思っている。ただ顔を青くするほどでもないと思うが…何かあったのだろうか。俺が首を傾げていると、ヴァニタスがこちらに近づいて俺の手を握った。そのまま俺の顔を覗き込む。
「うん、顔色は悪くないね。ハウルと何か話したのかな」
「はい、仲良くなりました」
俺はニコニコとしてそういうと、ハウルはますます顔を青くした。顔面蒼白である。本当にどうした。ヴァニタスはへえ…と興味深そうに頷いてハウルの方を見る。あ、ハウルの顔色が青超えて白になった。よくわからないけど、兄様もうやめて!ハウルのライフはもう0よ?!?
と、脳内茶番はここまでにして、俺はヴァニタスに向き直る。ハウルのことは一旦放置だ。
「心配させてしまってすみません。そろそろ帰りますか?」
「全然。お前のことで心をかき乱されるなら本望だよ。
そうだね、ハウル。馬車の手配を頼めるかな」
ヴァニタスは俺限定のドMかなにかなのだろうか。所々発言が危うい気がするが気のせいだろうか…まあどこぞのストーカー兼自称下僕よりはマシだが……。俺が半目になっている横でハウルが顔色を戻しハッとした様にヴァニタスに応える。
「は、はい!ただいま用意してまいります!!」
ハウルはそれだけ言うと足早にその場を離れた。脱兎の如く、と言うやつである。そんなにヴァニタスのこと苦手なんだな……と俺はハウルに向かって心の中で合掌した。
教会の裏手の中庭で、俺とヴァニタスは二人きりになった。ヴァニタスは握った俺の手を自身の手と絡める。
「さっきは笑ってしまってごめんね。魔法が使えない者は少なく珍しかったものだから…。お前の気分を悪くしてすまなかった」
どうやらヴァニタスは先程俺の魔法測定の結果に大爆笑をかましたことに思うところがあるらしい。普通はあの場面で笑われでもしたら最悪な気分になるだろうし俺も何笑ってんだとはなったが…、このよくわからない不可思議な兄なので正直もうあまり気にしていなかった。
「謝ってくださりありがとうございます。ですが兄様、俺は特に気にしていないので大丈夫です。」
俺は微笑んでそう言った。その俺の言葉にヴァニタスは「そうか」と一言だけ溢して、俺の頭を撫でた。やばい、俺はこの撫でテクに敵わないのだ。すぐ気持ち良くなってしまう。ハッとして俺は俺の頭を撫でているヴァニタスの腕を掴み、教会の礼拝堂までの道に引っ張っていく。
「ハウルを待たせてはいけません。行きましょう、兄様」
「…そうだね」
その後、俺とヴァニタスと合流したハウルはまた顔を真っ青にしていた。護衛対象が苦手って…大分致命的じゃないか?行きの時はそうでもなかったんだがな…と俺は自身のいない間に何かあったのだろうと推測した。ハウルを可哀想に思うが、後は帰るだけなのでもう少し頑張ってもらいたいものである。
そうして帰りの馬車に揺られて、また飽きることなく外の景色を眺めていた俺は、不意に隣に座るヴァニタスに声をかけられる。
「ライに、紹介したい者がいるんだ。俺の従者になる予定の男なんだけれど。やっと教育が終わった様で、近いうちに俺の従者として正式に仕えることになると思うから。」
ヴァニタスの綺麗な黒い髪が、開けた窓からの風で横に靡く。俺を見る目は優しく、微笑みを崩さない。こうして見ると、本当に一枚の絵画のようである。
俺はヴァニタスの言葉を反芻する。――紹介したいもの、か。俺に紹介したいぐらいだから彼は相当その者を気に入っている様である。俺は少し瞳を輝かせた。
「そうなんですか、それは是非紹介してください!俺も会うのが楽しみです」
俺はヴァニタスに笑顔を向けた。ヴァニタスもそれを見てニコニコと笑っている。
そうして無事に城に戻った俺とヴァニタスは、護衛をしてくれたハウルに礼を言って昼食をとった。ハウルには今日はゆっくり休んでもらいたいものである。
そうして、俺は魔法を使えないこの生で生きていく覚悟を決めたのだった。
一週間後。
俺はそろそろ城での生活に慣れていた。とは言うものの、いまだにこの城特有に静けさには慣れない。しかし、ヴァニタスは俺の様子をよく見てくれるし、俺の愛想がいいからだろうかそろそろ家庭教師をつけてもいいのではないかという話も出ているらしい。愛想と態度が良いのは当然である。一応これまでの生で貴族だったことも何度かあったのでね!自慢である。
今日は、この前にヴァニタスが言っていた紹介したい者が城に登城する日である。ヴァニタスの私室に呼ばれた俺は、意気揚々とヴァニタスの部屋をノックし、中に入った。
ガチャッ
……………パタン。
――が、すぐに部屋の扉を閉じた。
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。こんな偶然あるか?いやないだろうどう考えても!いや決めつけるのは早計だと、流石に今回は見間違いだと俺は思った。そうだよ。こんなに立て続けに偶然なんて起こらないってあはは。よーし、とりあえず一旦深呼吸してー、深呼きゅ「どうした、ライ」
俺は気絶したくなった。
ヴァニタスによって無情にも開けられた扉。扉の中は最近もうよく見知った内装で……そして見知らぬはずの子供がいた。
その身に纏う色は透き通るような銀。光を反射して輝く髪。伏せられた長い睫毛の中の白銀と目が合った。
見覚えはない、ただその色彩とガラス玉のような目には見覚えがあった。そして、
「紹介するよ、俺の従者のニクスだ」
ヴァニタスがその少年――ニクスの隣に並び立つ。その黒色と銀色が並ぶ光景はある記憶を呼び起こすものだった。
俺は呆然としたまま動けなかった。なあ世界、俺のことそんなに嫌いかな?こんなに自身の記憶を恨むことになるとは思わなかった。
――ニクス。彼はヴァニタスと俺が双子だった生でヴァニタスの部下だった男だった。
そして、俺がヴァニタスに呪いを刻まれることになった直接的な原因でもある。
ニクスは俺に対して、左手を前にして腹部にあて右手を後ろにしたまま頭を下げる。そんな完璧な礼をして見せると、ニクスは顔をあげて澱みなく言った。
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それが、今世での二度目の衝撃の再会だった。
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俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
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